第5回

組活動推進者養成研修会記念講演

講演記録

「21世紀は砂漠の時代  アジアは一つ 世界は和平」

遠  山  正  瑛  氏

  (日本砂漠緑化実践協会会長)

2000.3.17  PM14:00~16:00
聞法会館3F研修室

[A面]
  今日は中国を主体にする問題、砂漠の問題をお話をしたい。私は今色々機会ある度に全国を回って「21世紀は砂漠の時代」。そういうお話を申し上げる。なぜ砂漠か。従って砂漠の大国である中国。なぜ中国か、という問題を申し上げている訳です。この問題を地球上の人類が解決しないと人類は生き残る事は出来ない。私はそう信じております。人類は生き残る事は出来ない。それには世界陸地の4分の1。世界の陸地の4分の1の砂漠を開発して人類生存の役に立てる。それで人類は益々増えてくる。文明諸国と言われる先進国では少子化、子供を出来るだけ少なくする。人間を少なくするという事によって、人間が地球上に生き残って行こうという策を立てたり、これは私は大きな誤りであると思っている。世界陸地の4分の1が砂漠である。ここを放っておいて人間の数を減らしていくなんて言うのはとんでもない間違い。これが私の京都大学を出てからの体験。私自分でやってみたの。体験だから。これをどうしても世界人類の役に立てたい。こういう考え方なんです。
  それで、この考え方は私は山梨県の中学を出まして日川中学と言うんですが、私の出た中学は日川中学と言うんです。これ略して日中と言うんです。日本と中国という事です。これは偶然ですよ。高等学校は仙台の第二高等学校を出まして、それで京都大学に入ったんです。なぜ京都大学に入ったか。それは仙台第二高等学校の大先輩で京都大学の農学部の教授をしておったキクチアキオ先生という先生を慕って入ったんです。これは仙台の第二高等学校で土井晩翠先生をはじめ、いろんな先生方に薫陶を受けました。   さて京都大学に入りまして、そこで私の父が本願寺にちょっと役をいただいて勤めさせておる。それで私は伏見のサンヤ荘で、ずっと前の門主の大谷光瑞猊下に2回お目にかかった。それで大谷猊下は「中国をやらなければいけない」と、「お前、中国をやらなければいけない」という話を懇々と私に教えていただいた。そして大谷光瑞さんのご意見は、中国という国は東洋文明・世界文明の先進国である。5千年前に天文学を発明し、活字を発明し、紙を発明し、世界のトップの先進国である。さらにその後中国はだんだんだんだん外国に少し劣ってきた。それで中国はヨーロッパの先ず侵略を受けた。一番大きなのがアヘン戦争。ヨーロッパの文明諸国は中国人に全部アヘンを飲ませて皆殺しをしてしまいます。こういう政策に出てきたの。なぜヨーロッパが中国に目をつけたか。国土は広い。国土は広いし、今皆さんもお気付きでない方もあるかも分からないが、中国という国は資源が多いんです。資源が多い。21世紀にはこの資源を開発せなからば人類は生き残れない。日本もようやくこれに気付いて、今大手の企業は中国の地下資源、地上資源、将来が太陽資源、太陽資源の開発に乗り出して世界人類を幸福にしよう、という今運動に入りつつある訳です。
  私も本年94歳になりましたが、「94歳なんて言うのはまだ鼻たれ小僧だね。何かきんさんという方がおばあちゃんが亡くなったそうだが、きんさんみたいに早死にをしたくない」と、この間私も言っている。だけども生きているだけじゃ駄目なの。生きているだけじゃ駄目なの。仕事もせずに生きている人が増えるから日本国民の税金がそこへ行かなければいけない。これは「老人を大事にする」という思想。これは誤りではございません。ただ老人はそれに甘んじて溺れて何もせずに経済に非常にご迷惑をかけているのは人間の本質でないと私は思います。だから私も94歳になってしまったけれども、出来ればまだ10年20年は働いて、死ぬ瞬間まで働きたいと思っている。
  そういう考えを持ってますから、この間もある東京の出版社の「料理・健康」の雑誌が記者が来たが、「うまいもの食うなんて言うのは人間の目標じゃないんだ」と、「飽食・美食などをやっていると人類は滅びる」。だがそこの雑誌社も書きようがなかったけれども、この間何とかうまい事書いて先月号に出てますがね。うまいものを食ったから健康になる訳ではないんです。栄養のものを食ったから健康になる訳ではない。食べたものをいかに消化して栄養をとるかの体がなかったら駄目なんです。そうでしょう。ね。ガソリンだけを食ったってエンジンが悪くしたったら駄目なの。エンジンを健康にするのには毎日働くという事です。毎日働く。エンジンが錆びついてしまったら駄目なの。これは私の思想だが。
  私も、しかし昨年、ちょっと失敗した事がある。生まれて初めて病気というものをした。何故したか。これは私の全くの不注意。私は食べている暇が惜しかったから食わずに働いた。一週間ほど殆ど食わずに働いたところが、ある朝起き上がれなくなってしまった。そして私にくっ付いている人が「こりゃ大変だ。救急車を呼べ」って、直ぐ救急病院へ入った。血圧を測ってみたら40度を切っている。「こりゃ駄目だ」と。食べ物を食べずに働いておったから栄養失調になってしまった。だから血圧が40度切ってしまったという事は私は分からない。それで1週間点滴をやりましてね65に回復をしまして、だから、その時に言われた。「先生、食べ物を食べなかったら駄目ですよ」って。「あっ、そうだか。そうだか。ガソリンを入れずに車を動かしたら最後にエンジンも壊れてしまう」。やっと90去年3歳で「なるほどなあ、やっぱり食べ物を食べなければいけない」。実験してみた。殆ど食べる暇がなくて1週間近く、ちょっと食べ、ちょっと食べて毎日働いておいたら今度は起き上がれなくなってしまった。体験したんですよ。体験した。それで今血圧も67、8に元へ戻りました。今食べ物を食べてます。やっぱり食べ物を食べなければ人間死んでしまうという事は分かった。体験したんです。まあ偶然ですがね。計画的にやった訳ではない。これは神様・仏様が私に教えてくれたんかも分からない。そういう訳で、しかし、うまいものを食ったから健康になるという訳ではない。私に言わせればね。まあ必要程度の食べ物を食べておれば良い。うまいものを食ったからたくさん長生きをするという訳ではないと思うんですね。いらないものはみんな排泄してしまうから。そういう事で私も93歳になって1つの体験をした。これ遅かった。頭の回転が悪かった
  さて、今中国問題がなぜ登場したか。それで世界にはアフリカも、私もアフリカ5国を3回周りましたが、大変な砂漠ですよ。それでアフリカはもう砂漠の人々は苦労してます。しかし、今アフリカへ私は手を出す事は出来ない。ニジェールという国へ行って、ニジェール川という砂漠の中を大きな川が流れて、汽船が上るような川がある。汽船が上っていく。その両脇は全部砂漠なんです。それで「これは面白いなあ」と思って話をしたら、フランス政府が「駄目だ。またジャップ。日本人がやってきて領土侵略をやるか。経済侵略をやるか。日本人は絶対に入ってはいけない」。こういう話になったから「うん、お前らはもう死に絶えてもしょうがないぞ」と。それはヨーロッパの白人の一握りの白人が立派な農場を持ってやっている。そこの生産物を難民にみんな供給して難民がお客さんなんです。難民がなくなったら白人の儲けが困るんです。ここらがお分かりですか、一握りの白人が食糧生産をやって難民に供給して難民はお客さんだから。まあ病院で言えば病人が亡くなったら病院が潰れてしまうから、病人を出来るだけ増やす方が良いという医学になるかも分からない。
  アフリカは22世紀と私は考えている。21世紀はアジアの時代。アジアは中国が中心である。ところがこのアジアでは日本が大戦争を起こしてしまった。大戦争を起こして最後は日本が負けた。日本は敗戦をした。3200万の犠牲者を出した。その犠牲者は帰ってこない。私も鳥取大学の前身、鳥取農林専門学校、鳥取高等農林学校に勤めておった時に、残念ながら教え子を学徒出陣で最初は12月卒業で戦線に送った。だんだんだんだん敗戦が近くなってきて、今度は10月卒業で皆戦線に立って行った。私もたくさんの教え子を戦線に送らざるを得なかった。その時、反対はしてみても「天皇陛下の命令だ」と言うんだからどうしようもない。ただし学徒が「我々は行きます」。「帰る」とは言わなかった。「我々は行きます。後の日本を頼みます」の一言で皆戦線に立って行った。たくさんの教え子を戦線で亡くしたの。彼らの英霊を私はどうしても安んじなければいけない。「後の日本を頼みます」。
  私は幸か不幸か。昭和3年に徴兵検査を受けた。その時の内閣総理大臣が若槻礼次郎。島根県出身の総理大臣がロンドン会議に行って軍縮、「世界で軍備をみんな縮小しよう」と、日本もそれに調印をした。だから師団廃止をやり、軍艦を制限し、軍備の制限をやった時が私の徴兵検査だったから、兵隊なんか必要ない頃だった。行きたくても行けなかった。まあ「行きたい」とも思わなかったけれども、だから徴兵司令官は我々にこういう訓辞をした。「兵隊になるだけが国家に忠儀ではないぞ。各々の職場において役に立つ人間になりなさい」。徴兵官はそういうふうな訓辞をしてくれた。私はその通りだと。「軍人だけが国家に対する忠儀ではない。各々が職場において役に立つ人間になって社会を立派にしなさい」。郡の徴兵官がそういう訓辞をされた。私もその通りだと。だから軍人になるだけが忠儀ではない。ちろん日本は徴兵制度がありましたから、だから軍にお呼びの時には行かないという訳にはいかない。これはね。そういう時代を私は過ごしてきた。そして京都大学へ入ってきたから、さっき申し上げるように大谷猊下にお目にかかって「大東亜共栄圏をやらなければ駄目だ」というお話を受け賜って、私は「そうだなあ」と思って今それを実行している訳。
  それで世界陸地の4分の1が砂漠ですが、その砂漠が今拡大しているんです。地理学者の統計によると、年々四国の半分ぐらいの大きさほど砂漠が拡大している。先ずこれを止めなければいけない。止めただけではいけない。砂漠を緑にしていかなければ駄目だ。そこに大きな問題があるけれども、これ人間がやらなければ。人間がやらなければいけない。人間が生き残らなければいけない。だから私は「一人になってもやってみせる」という覚悟は持っています。それで幸いにして日本の方々が今応援をしていただいているが、私は死ぬ瞬間まで先頭に立ってそれをやらなければいけない。   この間1週間ほど行って帰りましたが、26日からは、どんどん今度は3月の末から岡山隊をはじめ、どんどん来てくれるから私がやっぱり現場に立ってないと、皆さんが「遠山先生おらんじゃないか」と言われるものだから、私は現場に立って「皆さん頼みますよ。私も出来る限りお手伝いしますから」。こう言って先頭に立って、そうして皆さんのご協力を得て、「先ず中国の砂漠を緑の大地にしよう」という事なんです。そうすれば大谷光瑞さんも安んじていただけるんではないか。
  それでちょっと小さいが、大きな地図はあるんですけれども持って来るのが大変だから小さい地図で。これが世界地図ですね。今や世界をあげての問題だからこの世界地図。これが太平洋。これが中国。中国という国はでっかい国なんです。そこの東の方に日本がちょっとくっ付いている。明日選挙問題で今揉めている台湾がこれ。台湾。ところが太平洋の向こう側にはアメリカという、またでかい国がある。これがなかなかうるさい。だけどうるさい所とも仲良くしなければいけない。嫌ってはいけない。そもそも太平洋戦争なるものはロシアが満州へ出てきた。それで共産主義のロシアが出てきたから「これは怖い」と思って、日本は満州で日露戦争というものが起きてしまった。ロシアを追い返した訳。3月10日、日本軍が奉天に入城した訳なんです。これが陸軍記念日と言う。もうこの間3月10日なんです。ロシアをこれから追い返した。そうして日本がその後の権益を再びロシアがこれ出てこないように満州というものを守った訳です。それで守るためにはそこへ満州国というものを作ってしまった訳ですね。これは守らざるを得ない。いつでもこれロシアが狙っているものだから。また出てくるかも分からないから日本軍がここで追い返した訳。
  ところが、それが今度は満州事変が隣が北支、北支那ですから、そこに色々いろんな張作霖であるとかいうような、いろんな軍人政権があって、日本がまた出て来やしないかと言うので排日運動、抗日運動をやった。だから日本が出てくる事をとにかく抑える。仕方なくてそれが北支事変になったんです。北支事変になったところが、今度はこの向こうの大国アメリカが「日本に中国を独り占めさせてはいけない」というやきもち焼きがおる。そこでアメリカが今度は出てきた。アメリカが出てきて私どもが中学・高等学校の頃には「日米もし戦わば」という書物がたくさん出た。日本とアメリカがもしも戦争になったらどうなるか、いう読み物が当時はたくさん出てきた。
  その当時からアメリカは沖縄にミッションスクールを作って、沖縄の海底の深さをつぶさに研究しておった。これは私の中学時代。中学時代に長谷川という軍事教官がおって「アメリカは沖縄のサンゴ礁の深さを逐一測っておる。これは日本が中国に対する野望を持っている。それに対して日本だけにはさせてはいけない」。その当時からアメリカは沖縄に対しては非常に細かな調査が進んでおった。私の方もその頃は「そんなものかな」と思っておったが、今日やっぱりそうでない。アメリカは沖縄を離しません。
  ところが北支事変が今度は日中戦争になって、時の蒋介石政権は毛沢東がソ連の共産主義を借りて革命をやった。革命をやって蒋介石政権は孫文。孫文という人の三民主義ですから中華民国。戦い利あらず台湾に逃れた。台湾に逃れた。だから中国の北京に故宮という古い大博物館があるんだが、故宮の品物は軍艦が2隻出て台北に故宮を建てた。今日本の観光団が故宮に行きますけれども、中は空なんです。建物があるだけ。全部台湾に行って。台湾の台北にある故宮の中にはかつての北京にあった故宮の中のもの全部移した。これは蒋介石政権がもう台湾を根拠にやるという事をもう決めたんではないかと思うんですがね。
  そんなんで今明日が総選挙のようだが、台湾は中華民国ですから。それで大陸は中国大陸は中華人民共和国。やっているのは共産党。名前は共産党で共産主義ではないらしいが。2つの中国を認めるか認めないかという事が大きな問題なんだが、私に言わせれば、中華人民共和国と中華民国の2つの政権があるんだから2つの国家ではないかと思う。しかし、これは仲良くしなければいけない。どっちかと言えば台湾の中華民国が中華人民共和国を全部おさめるようにすれば政権1つになるんだ。私はこういう考え方。台湾頑張れ。それでかつての孫文先生のやった中華民国になれば良いのにね。ただ図面で見ると、これだけでっかい所とこの台湾のちっぽけな所とがあるというだけの話だが、理論から言えば台湾政府が大陸をおさめれば良いんだと。だから私は中国へ行っても「2つの中国がある」とは言わない。「1つになりなさい」と、どっちがどっちになるかは人民が決める事だからね。どっちがどっちになるかは人民が決める事で、我々が言う事ではない。まあ「1つに早くなりなさい」。
  ところが私はここでそういう事を申し上げるが、台湾もなかなかやるもんですよ。今私は内蒙の砂漠で1年300日を暮らしている。26日からまた参ります。台湾の資本技術が砂漠へどんどん来た。台湾の資本技術が中国の大陸を乗り越えて、裏側の砂漠へどんどん今広がっている。下手をすると、これは砂漠と台湾から中華人民共和国を挟み撃ちという事にならないかな。裏門と表門からや。こういう気配が私には考えられる。私には。しかし、そんな事を誰も言う人はないと思います。私はそう考えます。下手をすると砂漠を早く中華人民共和国がやらないとね。台湾の資本等技術でやられるかも分からない。そういう事態。
  そこで、この間中華人民共和国の全国大会が行われた。皆さんは日本の新聞というものを読んでられるますか。その中の大きな問題に大陸西北開発。西北開発。これが大きな国の話題として取り上げています。今頃になってそんな事を言って。私は中国へ足を踏み入れて64年になります。その頃も盛んに西北開発と言って。西北開発。だけど言うだけでやらないもん。やらないんじゃない、やれないんだろう。言うだけでなかなか。これだけやっている。やらない。それで私は中国の砂漠の開発をやり始めた時、蘭州という所に行って、それで蘭州大学にも長いこと2〜3年行きました。蘭州大学でも西北開発という事を盛んに言っている。「お前ら言うんじゃない、やれ」と言うんだけれども、やらないの。やれない。これだけは達者だ。まだやってない。
  だけど今度江沢民主席は今から65年前に私が言った事をやるでしょう。江沢民主席は私も2回お目にかかって話をしている。あれは軍人ではない。経済人ですから上海市長をした人。軍人ではない。だけども経済力で軍を抑えてある。江沢民はね軍人ではないんです。だけども経済力で軍を抑えられたの。それだけの実力は持っている。だから私も江沢民さんとは約束事をしている訳です。「江沢民さん、やれ。やれば出来るよ。やらなければ出来ない」。そこで江沢民は「遠山先生、頼みます」と言うから、「あんたに頼まれたからわしはやるんじゃない。あんたに頼まれようが、頼まれまいがアジアは1つ。大東亜共栄圏をやらなかったら世界は平和にならないんだ。私はやってみせる」。これは大谷光瑞思想。私も本願寺の門徒に生まれた人間、そしてどうしてもこれをやってみせないと。言うだけではいけない。やってみせないといけない。そういう考え。西北開発と言うのは今度の人民大改造のカギのうちの大きなテーマですよ。
  そこで「やるだろうかな、やらないだろうかな」と思って、私も考えておったらところが、この間1週間ほど砂漠へ行って来た。その事実を捉まえた。「やる」。「やる」という事実が捉まった。それは証拠を見せます。私も「さすがはやっぱりやるなあ」と思った。それで写真を撮って帰ってきた。今度はその事実がはっきりした。やっぱりやり始めた。中国は今ね日本の新聞を見ると、軍備予算を今年は大きく計上した。ただ日本の新聞にはね言葉が足りない所がある。軍事予算となると武器かと思う。大砲、鉄砲、武器、ミサイルかと思うが、私はこの間行ってみて今度は武器ではない。人間なんです。人間。砂漠に行ってみて砂漠にこういうものが建った。民兵。「民兵は砂をおさめ緑化の騎士だ」。これが建った。私が言っている通りになった。民兵と言うのは若者・兵隊をたくさん集める。そうして砂漠の緑化の騎士を作る。これの予算なんです。「やっぱり江沢民はわしの言う事をよう聞いたな」。これは証拠ですよ。今度は小渕総理にこれを見せる。「小淵さん安心しなさい。向こうが武器の拡張ではない。民兵」。だから小淵さんも、去年私は小淵総理と一緒に行ったんですが、安心するだろうと思います。
  この裏には生態の建設をやると、「その効果は当代でなくて利益は千年に残る」と書いてある。中国はやった。やっぱり江沢民はわしの意思がよく分かっていると思っている。その写真を撮って砂漠の中に建っているんです。だから、これ「小渕総理、日本国民は向こうで今度は軍事予算を増やしたのは武器に使う金じゃない。兵隊をたくさん作って、いわゆる屯田兵。その兵隊で砂漠の緑化開発をやるという事です」。これは私が3年ほど前に日本の自衛隊に行って防衛庁長官にウスイヒデオという長官がおった。私に100人ほど自衛隊を貸してくれる。それは緑の自衛隊として中国へ行って植林活動をやる。だけど時の内閣が変ってしまったものだから、また今度は行きますが、これを私は「緑の自衛隊」と言う。「日本の自衛隊も富士のすそのなんかで鉄砲を少しぐらい撃っているぐらいで、自衛隊だなんて偉そうな顔をするな。世界の砂漠ぐらい駆け足で歩いてみろ。このくらいの自衛隊を作れ。無駄にならないぞ」という話をしたら、ウスイ長官は「先生のおっしゃる通りだ。それはグッドアイデアだ」と言って誉めてくれたんです。今度は実行させなければいけないから。私に自衛隊を100人預けて。中国の人民軍と合体して砂漠の開発をやった。やっぱりねやっているとね思う通りになるよ。辛い事は辛抱してやるんだよ。辛いからと言って負けたら駄目だ。辛くともあくまで辛抱してやる。そうすると必ず報いが来ると私は確信しています。もう今度は行ってみてね、これが建ってしまっているんです。「あっ、なるほどな」。と言うのはね中国もこういう実績があるんです。かつてね。実績がある。それを江沢民が今度はやっと気が付いたという事です。兵隊のように。それはね、この地図をちょっと前に出してもらえないかな。これ演壇をもうちょっと向こうに引っ込めて、皆さん見えないからね。ここ真ん中に出して下さい。これ一番大事な地図。
  中国という国家は世界の大国だけれども、これはケ小平という前の実力者ですね。もう亡くなりましたが、中国はここへ、これは小学校・中学校の国定教科書ですよ。そこに1本の赤線が入っている。この赤線とはいったい何だ。自分の小学校・中学校の教材に、これ私が引いたんじゃないですよ。ここへ赤線が1本入っている。それで私はこれは中国の一番最初が武漢中央テレビ。それから北京の北京テレビ、2ヶ所へ元旦の番組を撮りに行ったんです。「21世紀は砂漠の時代」というテーマで元日の最初のテレビなので、それを日本人がやるんですよ。日本人がやるんですよ。負けた国の日本人がやるんだから、そこまで中国は追いつめられていた。それで「この赤線は何のためだ」という話をするけれども、誰1人答えない。誰1人答えない。普通ではこんな地図を中学校・小学校で子供さんが「この赤い線は何だ」と言った時、説明の出来る教師が1人もおらないという事。武漢の中央テレビでやった時には誰も答えなかった。それから帰りに今度は北京テレビに来てその話をした。だけど誰も答えない。いったいこの赤い線は何だ。この線は何だ。これは国家が出している指示じゃない。学校で子供さんが「あの赤い線は何だ」と言ったら誰も先生説明が出来ないの。こんな地図を出したって駄目じゃないか。
  そして北京テレビでねビデオ撮りが済んで、「ちょっと時間があるから後で座談会をやりましょう」と言って、私が約140〜150人の人が集まってくれた。その時、私がその話をした。「いったい中国に12億の人が住んでおって『この赤線が何だ』と言うのは答えられないのはなんだ。日本は戦争に負けた国だけれども、あえて中国の皆さんにそれを問い質します」と言ったら、ある女性が一人立ち上がった。名前はお聞きしませんでしたが、もう涙を流して立ち上がって「遠山先生に一言答える」。それで私は「あなたはどういう身分の方ですか」と聞いたら、「私は環境研究所の職員でございます」。それだけ言われたが名前はお聞きしなかった。それで「この赤線は何だ」と言ったら、その方のご説明では「ケ小平という親分が戦い利あらずと言うのをやった」。ケ小平という人は一人っ子政策をやった人なんです。人間が増えてはいけないから子供は一人しか生んではいけない。そうすると70年経つと人間が半分になっている。それのあおりが天安門事件なんです。天安門事件はここで語るのにはあまりに悲惨であったが、私も天安門に耳たにもう伏せて見ておった。あまりに中国が悲惨だから。私もね涙がこぼれた。   それで解放政策と言うのをやった。広州・上海・北京の大都会で若者が街を歩いているのを直ぐトラックへ引き上げる。強制的にこの赤線から西北へ送り出している。「砂漠の開発をやって来い。帰ってくれば撃つぞ」という政策をやっておる。
それがケ小平の解放政策。そのご婦人の説では1万数千人の若者を街の中で「あれ良さそうだ」と言って直ぐ乗せてしまう。そうしてこの赤線から放り出して「お前ら開発やって来い。帰ってくれば撃つぞ」。こういう強制労働。
  日本もかつて敗戦時にロシア軍が来て、日本の兵隊をシベリアへ抑留して働かせて、たくさんのシベリアで命を落とした日本の兵隊さんがたくさん多い。それをやった訳なんです。あの時は日本は戦争に負けたから行かなければそこでやられる。仕方なしに行って思うように食べ物も食べずに働いた。そうして寒いシベリアでもって抑留された。今本願寺の門徒総代の瀬島隆三さん。11年シベリアで働いた人なんです。門徒総代だそうですね。「戦略なき国家は滅びる」という、こういう大きな著書を書いておいでです。この前ここで私もお目にかかった。シベリアで11年あの過酷な生活に耐えて生き残って帰られた。そういう方が本願寺の門徒総代ですよ。富山の人でね北陸門徒なんです。本願寺はそういう門徒総代をいただいているんです。
  それでそのご婦人に「結果はどうなった」という話をした。そうしたら「もう2年のうちに殆どが歩いて逃げ帰ってしまった。捕まらないように。捕まえればやられる」。「駄目じゃないか」。「駄目だ。解放政策は失敗した」。そういうね、やり方では駄目なの。   だから、今私は内蒙の砂漠基地恩格貝(オンカクバイ)という所へ立って、日本の協力隊の方々が1年に何千人の人が協力していただいている。「そういう所へ来て一緒に働きたかった」。今中国のボランティアの方々が黒竜江省から昆明までの青年が約一万人来てくれている。そして日本の皆さんと一緒に協力して植林をやってもらっている。彼らはねやっぱり「日本人と一緒に働きたい」と言っている。「日本は中国と戦争をして負けた国ですよ。だから偉いんだ。日本は尊敬します」と言っている。我々はあの解放政策をやった人々と一緒に汗を流して働きたかった。ただ送り込んで「帰ってきたら撃つぞ」じゃ駄目なの。そういう現状なんです。現状がそう言うんです。だけれども今中国は「なるほど、やっぱり日本人に見習わなければいけない」という事で、私の面目も立っている訳。
  そこでもってね、これは私の話になるから新聞記者のいる所では、私がそういう話をする訳にいかないんだが、今日は新聞記者がおらないから大丈夫です。それで恩格貝の岸に私の銅像が建ってしまった。去年の8月15日、日本から1500人、中国から2000人の人が集まって除幕式をやってくれた。私みたいな銅像が建っている。かつての敵国人ですよ。これはね私に言わせれば「江沢民にやられたな。江沢民さすがは政治家」。「遠山先生を繋いでおけ砂漠へ。あの先生は鎖や」。ロープで繋いでおく訳にいかないから銅像を建ってしまいました。銅像を建ったらもう逃げられない。この政策にやられた。砂漠のど真ん中に私の銅像が建っておる。それだけ私を期待してくれている。
  お分かりですか。鎖やロープでは繋げないから銅像が建ってしまいました。私の精神を見抜いたんです。これを建てられたから私が逃げないという訳ではない。私は死ぬ日までそこで働いて、この身は砂漠へ埋めるつもりだと言うのは最初から言っている訳。私はこの身体は砂漠へ埋める。霊魂を砂漠へ残すと。そういう信念。ところがこうなってしまった。
  ところがね、この間カナダの大使館の人がこれを見に来た。そうしてね彼はどう言ったか「オー、ワンダフル」と言った。「何がワンダフルや」。「ただねゴム長靴を履いて剪定バサミを吊るしてスコップを持って立っているなんて銅像が世界中にあるか。銅像となると、だいたいモーニング、燕尾服、シルクハット。日本では羽織・袴。そう言うのが銅像だ。こんな労働者みたいな格好したスコップを持って立っている銅像は世界にこれ1つだ」と。
「1つでも2つでもわしには関係ない。向こうさんがお建てになったんだから、私は『有り難う』と言っただけの話なんです」。こうなった。これはもう日本の新聞社に発表しない。世界でただ1つの銅像が建った。
  私は銅像が建ってくれたのは「建って下さい」と言った話でもないし、「建ってはいけない」と言った話でもない。知らないうちに建ってしまったんだから。だから、それについては私個人としては感謝感激だ。もとより私は砂漠に骨を埋めるつもりでやっているんだから銅像には関係ないんだけれども、建てていただいた事には感謝申し上げる。それだけの事なんです。そういう次第でね、かつて敵国人である日本人の銅像が建った。しかもスコップを持ち剪定バサミを吊るし作業服のままの銅像が建ったと言うのはカナダもびっくりしたらしい。そのうちにいろんな事でこれは知れ渡るかも分からないが、そういう事で。但しこれはね、うちの協力隊の皆さんには言っているんです。「形は私の銅像だ。気持ちは精神は全部協力隊の皆さんの精神だから。だから皆さんが自分の銅像だと思って下さい」という事を私は協力隊の皆さんに申し上げている。形は何かないと建てられないからね。私でなくても良いけれど、私にしてしまった訳だから、それはとやかく申しませんという事でね。
  そこで皆さんにお願いをしたいのは、今本願寺門徒さんの皆さんのお力で「阿弥陀の森」と言うのを大プロジェクトで計画をされている。「阿弥陀の森」は広島の教専寺の故選さんという方が指導者で、「阿弥陀の森」を今計画して進んでいます。それで今年の4月から「阿弥陀の森」は本式に変ります。その土地は出来ました。それで入口からずーっと阿弥陀の森をやって、それで最後の所へ拝壇を作って真西に極楽浄土。そこで拝めるように。これは私のロマンなんです。ロマンだけれども、その一番西に大きなこんな太陽が沈むんですわ。大陸の地平線に沈む。そこに阿弥陀の森がずーっとある。だから門徒の皆さんが貯金をいただいて、阿弥陀の森を作る計画は今どんどん進んでいます。これが私が阿弥陀如来に1つのご恩返しをしなければいけない。
  これはね、私この前ここへ来て門主から表彰状をいただく前の話。ここへ来た時にいろんな方にお会いしたが、梅原猛先生、京都大学名誉教授で哲学者の梅原先生とここでお会いした。ただ梅原先生が私に一言こういう事を言われた。「遠山先生、日本に奴隷制度がないのは仏教のお蔭ですよ。だからインドも奴隷制度があって駄目です。今私の教え子がネパールにずっと行っていますが、ここも王国だけれども、奴隷制度があって駄目なんです。農民と王様と別々なんです。インドはだからみんな仏教を嫌ってイスラムにみんな走っている。日本にこの奴隷制度がないのは仏教のお蔭だ」と言って、梅原先生が私にそれを教えてくれた。「なるほどなあ。やっぱり仏教国は『人間は平等だ』と。有り難い教えだ」と思っています。インドも私3回ばかりデカン高原、その他ずっと回って見たけれども、あそこにもイスラム制度というものがあって、労働者と上の階級とは全然別ですから。労働者はいつまで経っても奴隷。それから抜け出す事は出来ない。従ってインドは今イスラム教へどんどん走っている。仏教をやめてイスラム教へ走っている。そう言うのがインドの現状。
  それからインドは隣のパキスタンという国があって、パキスタンがインド領へ出てくるものだから、インドはそれを追い返そうとするけれども、パキスタンは出て行かない。出て行かないから「今度は原爆でやろうか」という話もある。パキスタンとインドが今食いやいをやっている。だから、どうもアジアにはまだ原子力兵器というものが1つ現として存在する。日本はもう広島に長崎に原爆の先例を受けている。原子力兵器というものは絶対反対。ところが今、もう1つ恐るべきなのがここですね。北朝鮮のここに日本の方を向いてミサイルが1発座っている。これいつ飛んでくるか分からない。だから私もね。

[B面]
  東京へ行きますと、出来るだけ東京におる時間を少なくしないと、いつ北朝鮮から来るかも分からない。1発来たら一万人や二万人の犠牲者が必ず出ます。私は砂漠で木を植えて疲れて死ぬのは良いけれども、ミサイルで死にたくない。ここへ座っている。ここへね。これは北朝鮮が破れかぶれになれば、あるかも分からない。ないかも分からない。それを今止めさせる為にアメリカ・日本はやる気になって食糧補給をやっている訳。「まあまあ、そんな事をやるな。食糧だけはやるから」と言うので、今宥めにかかっている訳ですね。だけども向こうもまた金日成一派はどんな事を考えるか分からないから、もう破れかぶれでやるかも分からない。やればおそらく東京・大阪のような大都会を狙って。鳥取なんかみたいな人数の少ない所へ来ない。来るかも分からないけれども、間違ってね。だけれども東京におったら危険性がある。だから、あんまり長いことあそこへ滞在しない方が良い。と言って冗談みたいな本当みたいな話をしている訳なんです。アジアにはそういう危機が今迫っている。明日が台湾総統の選挙日だそうです。まあアジアも今のところは落ち着いているようだけれども、明日は大変ですよ。しかし、これをね何とか日本も協力をして「そんな事をやるな。みんなが仲良く平和に大谷光瑞先生がおっしゃるように大東亜共栄圏だ。大東亜の人間はみんなが仲良く平等に平和に暮らそうじゃないか」。この努力を惜しんではいけないと思うんです。私もやります。
  さて、この地図はこれは1つの丸が100万以上なんです。この赤線をなぜここへ引いたかと言うと、これから東南は国土の43%なんです。国土の43%。43%に95%の人が住んでいる。私の計算によると。ここへ。ここに95%の人が住んだって、こっちは人は住んでない。殆ど住んでない。これでは中国と言うのは健康体でない。健康体でないから私は何としてもこの赤線を取って、そうして日本が「無謀な侵略戦争をやったのは悪かった。この赤線を取って立派な健全体の中国にしてあげる事が日本人のメンズなんです」。こう言っている訳。それで江沢民は「頼みます。頼みます」と言っている。
  但し、その時にこれは皆さんにも約束をします。江沢民さんに。「江沢民先生、これからね慰安婦問題、靖国参拝問題、南京殺掠問題の3つは口にしては困る。それはもう過去の歴史だ。そんな事を繰り返したって今後の日本と中国との国境は決して進まない。これはもう過去の歴史である。それよりも日本と中国は協力して立派なアジアを作ろう」という事の約束をして、それで江沢民も「イエス」と、こう言っているから、過去における慰安婦問題、靖国問題、私の教え子も靖国神社へ行っているんです。私も靖国神社へ行く訳なんです。「君らの霊が皆ここへ納まっている。それで後の日本は我々がやるから安んじて眠ってくれ」。南京の殺掠問題はあったかないか、それは私には分からないが、あったとしてもなかったとしても、もうそういう話はやめよう。歴史だから。そういう事なんです。ここらはもう江沢民さんも「イエスだ」と言っている。もしも言ったら、あいつの首を切らなければいけない。そういう事でお互いが信頼し合って、これからアジアは1つ。世界は和平。21世紀は砂漠の時代。
  この世界陸地の4分の1の砂漠を何とか緑にして、そうして人類が住み易いようにする。それには本願寺の皆さん、門徒さんはその大きなプロジェクトの1つとして、「阿弥陀の森」と言うのをやっていただいている。私も感謝申し上げます。まあ「阿弥陀の森」の写真も持ってきてますから、ご覧になりたい人は今「阿弥陀の森」計画もだいぶん進んでいますから見て下さい。今年はいよいよ本番で「阿弥陀の森」。「阿弥陀の森」へかかるのは、これは中国生まれの中国育ちでシンキョウボプラと言います。これは私も中国で初めて発見したんだが、こんないい木はない。真っ直ぐ伸びる。横枝は張らない。真っ直ぐ立つ。だから1m間隔に植える密植します。密植して10年経つと、だいたい電柱の大きさになる。20年経つと一抱え。これは私やってみたんです。やってみたんです。私が第一次隊で植えた所があるんです。それでこの前行って見たところが第1次隊だから、今から10年ちょっと、11年になるんですが、この間行ってみたらこんなんになっていた。私がその木に抱きついて泣いたんですよ。そうしたらみんなが写真を撮っておって「遠山先生が泣いてる。泣いてる」。それはね植えっぱなしで、私が枝打ちにも来ないし、水遣りにも来ないのに植えた木はこんなんになっておった。その木に抱きついた。この木を植えれば一生の間に3回切れる。日本では杉木の木を植えているから、爺さんが植えた木を孫が切るという。こんな時間が長くては日本経済は持たない。自分が植えた木を一生の間に3回切れる。これが中国生まれの中国育ちのシンジャンポプラ。私も鳥取の家の庭でやっている。3年前に私がこのくらいの枝をさしたんです。今34m伸びている。近所の人が「こんなに高く伸びたら雷が落ちてこないか。冗談だ。雷オヤジは内蒙に行っているからおらへんから落ちはしない」。バーッと伸びている。
  今度はこれを福島県のある業者がやりたいと言うのでやらせます。将来建設省ですから。日本の建設省はねコンクリート・鉄には強いけれども、思っておったところが神戸の震災で案外コンクリート・鉄にも建設省は強くなかったんだね。「建設省はどこが強いんだろう」と思うと、何かマージャンと宴会には強いらしいが、日本滅びるよ。国民がしっかりしないから。国民がしっかりしない。そういう事を許すからいけない。私はそう思うんです。そうするとみんなが「先生は日本から逃げ出しか」と言うから、そう言われてもしょうがない。日本は滅びる。下手をすると日本は滅びる。この国を滅びぼしたくない。私はそう思う。この国を滅びぼしたくない。私は日本を愛するが故にこの国を滅ぼしたくない。
  しかし、私は子供の頃にここへモウコ斑が出来るから。私の先祖はモウコ人なんです。日本人はみんなモウコ人なんです。モウコ族なんです。これは医学的にも証明がされているんです。日本人とエスキモーと南米のマイ族はモウコ族なんです。だから私はモウコに行って「ジンギスカンの子孫である。靖国の日本人はジンギスカンの子孫である」。こう言っている訳です。ここではそんな事を言うのもおかしいけれども、今日の丸・君が代が問題だと言っている。何をぬかすんだと言うの。日の丸の旗はジンギスカンの旗なんですよ。皆さん憶えておいて下さいよ。日の丸の旗の何がいけない。ジンギスカンの旗はこうなっている。ここに三日月がかかっている。これがジンギスカン。それで日本では三日月を取った。だから日の丸はジンギスカンの旗ですよ。日本人が国旗を掲げておって、それも教えてないのは教育とはいったい何だと言うの。「君が代はいかん」とか、「日の丸はいかん」とか、こんな国は滅びる。この三日月を取ったのが日本国の国旗なんです。向こうは風が強いからこうなっているの。日本は風があんまり吹いてないから、こういう国旗になっているんです。モウコは風が強いからね三角になっているの。君が代の問題は私がここで触れる事は遠慮いたします。
  ただ、この旗を中国の孔子の子孫、十七代の孔子の子孫コウケンという人が日の丸について書いている。私もそれ読んでみたら、島津が鹿児島の島津が桜島に太陽が出るのを見て日の丸をこう書いた。そんなものじゃない。孔子の子孫も落ちぶれたなあ」と思っている。ただね島津がこの日の丸を使ったと言うのは分かる。島津は大陸と密貿易をやっておった。加世田にしろ、あの辺は密貿易港だから。だからおそらくジンギスカンの旗が入ってきて島津は「これ良い旗だ」と思って月を削って作ったのが日の丸だろう。
  私はそういうふうに言うが、どこの会場に行ってそういう事を言うけれども、国学院大学の東京大学の連中も一言も言わない。寂しいね。日本の大学は。大学の教授が月給取りになってしまったからこんなんになるんです。サラリーマン化にしてしまったからこんなんになるんです。私に言わせれば。私も鳥取大学に46年ご奉公しました。だから大学教授の経験は持っておるが、大学教授がサラリーマンになったら駄目だ。教育というものはそんなものではないです。今の大学は残念ながら、そういうふうになってしまったという事があるんですが、それを最近清水ケイハチロウという、何故そうなったかという事をアメリカの占領政策です。これは田中角栄の時に清水ケイハチロウという人は千葉大学の名誉教授。私と同じ山梨県人だ。この本をこの間買って読んでみたら「もう憤慨そのものだ。日本国は滅びるぞ。大東亜戦争は忠臣蔵と一緒だ」と書いてある訳。そこまでは私もよう言わないけれども、アメリカのGHQが日本が立ち上がらないように教育を破壊した。それは確かだ。それは確かに。
  私は鳥取大学で学生部長をしておった時に、アメリカから教育指導者のイールス、タイパーの2人がやってきた。それで鳥取大学の学友会というものを解散させられたんです。先生は先生で職員組合を作り、学生は学生で自治会を作れ。そうして職員は職員で組合を作れ、学友会という学生から職員・先生に至る1つの団体を解散させられた。アメリカのイールス、タイパーと言うのがやってきて即。教育を破壊して行った。だけど、その当時はマッカーサーがやってきて日本は占領国になったんだから、これはやむを得ない。得ないけれども早くそれに気がついて、やはり日本の教育体制を整えなければ駄目だ。日本は良いものを持っておった。それをアメリカは「学生は学生で自治会をやれ。日教組は日教組でやれ」ってバラバラにしてしまって、日本を立ち上がれないようにしたのがGHQの政策なんです。だけど、その当時は日本は敗戦国で仕方なかったが、気がついたら早くやっぱりやらなければ駄目だ。それになり切っちゃって、なり切っちゃって「当たり前だ」なんて思ってしまう。それが日本の現状の姿でこの国もこのままで行くと、やっぱり滅びるかも分からない。
  滅ぼしてはいけないから私はあえて言うけれども、誰が何としても日本国は天皇家というものの背筋を一本いただいたビンで、世界にそんな国はないんだから、この国を守らなければ。しかも我々はモウコ族の流れを含むジンギスカンの子孫だから、やっぱり中国とも一緒に仲良くしなければ。これは何も恥ずかしい事でも何でもない。あえて私は公の席上で公言するけれども、誰も「反対だ」と言う人がおらない。私に言わせれば「ざまあみやがれ」。私みたいな百姓の専門家が、専門家じゃないけれども百姓がそんな事を言っても、東京大学も国学院大学も○○大学も「そんな事はない」なんて言う人は1人もおらないの。だから私に言わせれば「お前ら何で今まで飯食っているんだ」と、こう言いたい訳。だけど、それをね私があんまり言ったら駄目なの。
  話はそこで今私は食糧問題と植林と2本立てでやっている。内蒙の砂漠から先ずやる。何故内蒙からやるかと言うと、我々日本人の祖先の国だから。これはね、私もね少し言葉足らずの事もあって、この間中国の砂漠の農民の前で私は土下座をして謝った。私が悪いと思った時には、はっきり謝る。トクショウジョウという所に行きましてね「植林をやってくれ」っていう話をしたの。村の人にね。大水が出るもんだから。「植林をやって下さいよ」って。「砂漠で大水が出る」って言うと、皆さんが「そんな事があるかな」と言う。こういうようにね砂漠と言うのは雨が降ると大水が出る。大水が出る。これは「イヌヅカの森」と言ってイヌヅカアキヨさんという人が7千万円を出しているんです。そこへ植えた森。雨が降るとそれ大水でちょん切られる。だから、これ全部森にしなければいけない。その村へ行って植林を進めたら農民が立ち上がって「植林大反対」、こうなった。「いったい遠山先生、木を見ていれば腹が減らないか」と言われた。そこで私が土下座をして謝った。「これは私の説明が足りなかった。この通りお詫びいたします。私のやるのは植林緑化と食糧生産の2本立てでやるんだ」。そうしたら総立ちで今度は「賛成」となった。
  それほど腹が減っているんです。食糧がない。食糧がないんです。砂漠の人は食糧がないんです。だから、ここの村なんかはね蒙古の村ですけれども、老人と子供しかいない。若い人はみんな都会へ出てしまう。ますます砂漠化が進む。ここの村で私も植林をやり、それで食糧をやる。食糧はね私は今馬鈴薯を専門にやっている。馬鈴薯はよく出来る。うっかり水でもかけてやるとこんな馬鈴薯が出来る。去年作ったのは1つの馬鈴薯は人間の頭の2倍ぐらいある。1キロ650。こんな馬鈴薯になってしまう。馬鈴薯は植え付けた時に水をやったら収穫まで水をやらないの。そうすると、この程度の馬鈴薯が出来る。だけれどもそういうものが出来るという事を体験したから、これを農民に全部作らせて、そして自分達は腹一杯食べて余ったものは全部売れ。私が今農民から余った馬鈴薯は全部買い上げするんです。
  ところが有り難いのはね、買い上げしてもね馬鈴薯はね腐るんですよ。それで貯蔵庫が必要。その話を広島で訴えたところがホリケイコさんという1人の女性が「その都度、そのお金は私が出します。これは薬屋のおばあちゃん。そういう人が現れる。それでお蔭で地下2メートル、地上2メートル、土をかけた貯蔵庫が完成したんです。「広島ホリケイコさん記念馬鈴薯」。これは今15メートル出来ているが、将来それを100メートルまで伸ばす。だから私どもがやれば日本の皆さんがお金を出してくれる。だから私が言う。「知恵のある者が知恵を出せ。金のある者は金を出せ。物のある人は物を出せ。汗を出す人は汗を出せ。4つが組んで頑張れば世界の砂漠は緑化する」。こういう事です。
  ところが日本にはね、1つこれは私もどうする事も出来ないなあ。「金持ち、金を出さず」という鉄則がある。金持ちは絶対金を出さない。私の郷里の先輩金丸信でもそうだ。縁の下に金の延べ棒。一銭も金を出さない。かつて船舶財団をやっておった笹川良一の所へ私は頭を下げて行ったら、「先生に役立てる金は一銭もございません」と言って、ビシッと断られた。それで私が「10円お前にやるわ」と言って帰ってきた。「金持ち金を出さず」という鉄則は絶対破れなかった。そうしたら今度ある人が「先生、そんな事を言ってもいけないから、もう一遍行こう」と言って、ワコールという女性の下着を拵える京都に大きなツカモトと言うね、これは近江商人。そこに頼みに行ったんです。「少し我々の活動に援助してもらえませんか」と言ったら、ツカモト社長は「先生に用立てる金は一銭もございません」。それで私が10円やって帰ってきた。旅費・日当を払っててもそうですよ。「金持ち金を出さず」。この鉄則は破る事は出来ない。これは私の体験です。それは金持ちが10円出しても10円減るから。

  それで笹川良一の船舶財団は、曽野綾子という今女性が後を見ている。作家かも分からない。曽野さんの所にある会合で会ったからその話をしたら、「金持ち金を出さずの鉄則は天皇陛下と言えども破る事は出来ないなあ」と言ったら、「そうだ」。それで曽野さんはこう言った。彼女が今船舶財団をやっているんです。「砂漠は神様の土地だ」。彼女はクリスチャン。「神様の土地ならば、神様は砂漠は人間に役立ってはいけないとおっしゃっているのか」と言ったら黙って逃げてしまった。だから私は「ざまあみやがれ」。「砂漠は神様の土地です」、そう言って逃げてしまった。こんな人が「作家だ」なんてのさばっている日本国と言うのは、あんまり良過ぎるね。皆さん、どう思いますか。私は体験談を語っているんです。苦労話を言っているんじゃない。
  大阪に1人のおばあちゃんがいる。イワザワさんと言うんです。そのおばあちゃんが600万円の金を出してくれた。600万円の。そこで私が挨拶に行こうと思った。「先生に来ていただいても上がる座敷がない。茶飲み茶碗が1つある訳じゃないから、もう結構です」、いうお断りが来た。けれども私としては「そうか」と言って済まされないから事務局長をやったんです。そうしたら事務局長が帰ってきて、こういう報告をした。イワタニのおばあちゃんの所に行ったら、なるほど上がる座敷もなかった。もうドブ板の上の生活だから。お茶1杯いただけるような生活ではなかった。しかしイワタニのおばあちゃんがこう言った。『私は三途の川を渡る時には跣・裸で大手を振って渡ってみせる』」。それで事務局長は参ってしまった。ハアー、こんな偉いおばあちゃんにはもう歯が立たない。「三途の川は跣・裸で立派に渡ってみせる」と、こう言った。こう言うね名もない。「名もない」と言ったら失礼だが、ワコールの社長のツカモトや船舶財団の笹川良一や、こんな金持ちを相手にしたら世の中暮らせない。それで私は今「金持ち金を出さずの鉄則はいかなる事があっても破れない」。こういう心境なんです。だけど「金持ち金を出さずと言え、金のない人金を出してくれる」。これは日本は有り難いね。金のない人が金を出してくれる。
  それで私も益々元気が出て、まだまだ94歳ぐらいは鼻たれ小僧だ。これからが勝負だ。今「阿弥陀の森」の皆さんも広島の故選一法さんを中心にやっていただくから、立派に「阿弥陀の森」をやります。そうして皆さんに拝檀から「西方浄土」。太陽が沈む時地平線の向こうへ沈むから、こんな太陽。そこが「西方浄土だ」という1つのロマンなんです。ロマンなんです。皆さんがいろんな事を言う。「遠山先生のホラ話はでかくて面白いけれども、あのホラ話がホラ話で良い。だけれどもホラ話にロマンがなければ駄目だ」。そういう話をしますと、若い人がみんな「そうだ。やっぱり夢があって、夢はでかいほど良い。そこにロマンがなければ」。私はこう思う。
  それで今ね馬鈴薯を作って、農民が食べて余ったの買い上げしてポテトチップにする。ポテトチップをする時には、これがアメリカから手に入れた紅花の種です。日本の山形の紅花より種が大きいです。山形の紅花をやっておった。だけれども色々情報を聞くと「アメリカの紅花は種が違う」と言って、私がどうしてもこの種がほしかった。ほしかったから私もアメリカへ行って紅花の畑を回って歩いて、ちょっとポケットにチョンボリチョンボリして来ようかと思っておったら、会員の人が「遠山先生、それをやったらいけない。しばらく待ちなさい」と言われて、畑でこれやってね。そうしたところが、ある日私が玄関を開けて参ったら、玄関の前にこれだけの包みがあってアメリカの紅花の種。誰が置いて行ったか分からない。それを3年恩格貝で作りまして、今年は今400キロ獲れました。これだけの種が400キロになる。これを農民に作らせて、そうしてこれから紅花オイルを搾る。油工場。そしてポテトを作って紅花の油でチップを作って袋詰めにして全世界に出してやる。それが私の夢だ。そうしたところが今東京のニシモト食品と言うのが「やろう」。もうみんな声がかかっていた。「全世界に食べ物がない人は米をやろう」と言うと、アメリカのご機嫌が悪い。アメリカはカリフォルニア米で北朝鮮も中国も「みんな言う事を聞け」と。だから米はやらないんです。私はポテトへ逃げた。アメリカとこれやりたくないから。わざわざアメリカと喧嘩する必要はない。私はポテトチップをやって、それで紅花の油でチップを拵えて袋詰めで全世界の難民に配る。その工場を作る。これが1つ。それニシモト食品が今度は本式にやる。
  それから蕎麦を作る。蕎麦はね人間は雑穀を食わなければいけない。皮膚アレルギーになる。米ばっかり食っているからいけないの。これがオルトその蕎麦畑。中国の蕎麦アカバナダネ。8月私が蕎麦畑の真ん中で座っている所です。これをやらせて蕎麦でクッキーを作る。そして蕎麦でクッキーを作らせる。蕎麦を喰う。粟を喰う。馬鈴薯を喰う。皮膚アレルギーはなくなる。こういう食糧宣言。東京のニシモト食品と言うのがこの間言って来ましたが「私も一肌脱ぎます」と言うね、食品工場も建っている。   それに対して今度は、時間もちょっと急ぎますが、太陽エネルギー。これがまた驚くべき日本の事実なんです。広島に安全開発という工場が出来た。町の小さな工場です。この安全開発の設計を見て私がびっくりした。この間も私の家まで社長が2回ほど来てくれた。今度は先ずそれをやりますがね、この安全開発はセラミックでもっている。プリズムを拵えたんです。プリズムを。1メートル30のプリズムを拵えた。それで太陽光線を焦点に集めると、そこに2000度の温度が。日本人の知恵っていうものは大変な物だね。2000度。2000度と言うと鉄をも溶かしてしまう。この間「それレンズはガラスですか」と言ったら、「先生、ガラスは割れるから駄目だ」と言うの。それでねプリズムをね2000度の温度。それでそれを並べるんですわ。砂漠へずっと並べる。そして今度は三洋電機のグループがそれを電池にする。このぐらいの電池を1つ入れると100キロ走れる。500キロ走る時にはこれ電池5つだね。それはもうトヨタと日産が自動車は出来あがった。私も乗ってみた。誠に気持ちが良い。
  だから、今度はサウジアラビアの石油がパーッになったが、日本ではもうあきらめた方が良い。もう石油を使う、ガソリンを使って自動車を走らせる時代はもう過ぎた。これから太陽クリーンエネルギー、全部走らせる。空気を汚さない。そういう技術が日本では成り立たった。皆さんしっかりして下さいよ。それでその工場を砂漠へ今持っていくという、これは私の計画だ。砂漠は土地はいくらでもあるから、私が200万町歩までは請け負います。200万町歩ですよ。2町歩じゃないよ。それはもう江沢民と約束だ。そしてそこへエンジンを作って、それを今度は次の時代は東京・ロンドンを結ぶハイウエー時代ですからね。ロンドンから今イスタンブールまでも来ている。それを今度は中央アジアを通ってシルクロードを通ってロンドンと東京を結ぶんです。これ陸のハイウエー。これはもう間近いですから。それで日本の電気自動車を全世界に売り出す。そして日本人の知恵で太陽電池を作る。そういう時代が来ている。だから皆さんもこんな狭い日本でギクシャクしておったら駄目だという事なんです。お分かりですか。
  私も祖国日本を捨てた訳ではないですよ。仕事場は中国。時々日本に帰ってきて一休みする。これはリゾート。水はきれいで緑で海はね、時々日本で2〜3日休養してまたやる。これは日本はもうリゾートですね。そういうふうにここでは材料がない訳。山を崩せば自然破壊。海を埋めれば自然破壊。木を切れば自然破壊。この国はもうソーッとしておかなければいけない。仏様と神様がここへ鎮座待ちます、いう国ですね。それで我々の活動の舞台は砂漠である。これが終わったら22世紀はここである。だから私も後200年ぐらいは生きたいんだけれども、200年待っておっても一切いらない。そういう事でいろんな材料を、ただそのいろんな材料はセラミックを作るにしても、半導体を作るにしても、このレアメタルがなければ駄目。私どもがいる砂漠の人がこれが世界の85%を占める。レアメタル。これがなければ半導体もセラミックも出来ない。この中に銅の元素が入っている。元素表はご入り用の人には上げますから。そういう訳で。これから人間本当に生きて仕事をする舞台は砂漠だと。それが21世紀は砂漠の時代。それで砂漠で仕事をして世界人類が地球を守って、そうしてみんなが平和な幸福な生活をするように私どもも努力をしましょうという、それが結論でございます。それが大谷光瑞思想。大東亜共栄圏思想でございます。私はやってみせるだ。何かご質問があったら。

司会:先生、有り難うございました。それでは今から10分ちょっとでございますが、質疑応答の時間とさせていただきます。どなたか「これを聞いてみたい」という方がおられましたら挙手お願いします。
遠山:何か「こんな事はどうだな」って、また良い考えを出して下さい。私もちょっと銭もないが、知恵もないけれども、皆さんから助けてもらわなければいけない。
司会:今マイクが参りますので。
Q:先生、どうも有り難うございます。私は先ほどお話の中に出て来られました瀬島龍三さんの所から3キロ離れた所にあるお寺の寺の者でありますが、北陸から参りました。あのフクシママサノブさんという方がおられますですね。愛媛の。愛媛のフクシママサノブさんですね。泥ダンゴと言いますか、種の話を少し聞かせていただけないでしょうか。
遠山:一番最初私はね、黄河の流域を緑化するエロージョンを防ぐために葛を使おうと思った。これは私の大きな誤り。と言うのはアメリカのテネシーへ行って、その実状を見てきて「葛だ」と思ってヒントを得て中国でやったんです。やった所が葛を全部放牧に食われてしまった。全部食われた。もう100万本の苗を植え出した。そうして喜び勇んであくる朝見たら、羊がみんな寄って来て引き抜いて食ってしまった。それは私は日本には遊牧がおらないという事。アメリカに遊牧がおらない。現場に行ってみたら遊牧だらけだから。それでやられたので、今ポプラの大植林をやって、そこを有刺鉄線張りでやって、羊が入らない所をやって成功しようという事で、今植林を一生懸命やっている。とにかく砂漠と言うのは遊牧の民があって羊を放し飼いだから、羊が人間を養っている訳なんです。食べ物を羊にやるんじゃないんです。羊が食べ物を見つけて自分で食って、毛皮と乳と肉を出して人間を養っている訳なんです。そういう国が砂漠なんです。
  アラーの神は羊飼いの息子だから、それでこれは失敗だけれども、私はそれに負けてはいけないから、こっちは今度は有刺鉄線をやって、牧業と農業とを別々にするという、これは始まってます。もう。中国政府もやりました。だから、あきらめてはおりませんが、今クズンブンメをまだ小学生が送ってくれているので、この間山形の田舎まで行って、そこの学校へ行ってお礼を言って来たんです。それで「種を送って下さい。私はあきらめてはおらない。今度は作る所を羊が入らないように囲って作る。そういう事です。
司会:その他ございますでしょうか。あの教区・お名前をおっしゃっていただけると有り難いんですが。もう、これからで結構です。
遠山:やります。まだ。
司会:他にございませんでしょうか。
遠山:何か。その葛の問題はね資料を持ってますが、その報告書も書いて持っている。これから羊の入らない所を拵えてそこへやって、それでね葛の根は2メートル以上伸びますから、2年ほどしたら羊も抜けない。植え出した時は駄目なんです。直ぐ羊が抜いてしまう。何か。その報告書を私も今日は持っておりませんけれども、各葛の種を集めていただいた小学校を回って、そうして子供さんにはそういう挨拶をしてやらなければ。他に何かありますか。
司会:ございませんか。
遠山:後からでも、ここで「ないか、ないか」と言って皆さんにあんまり迫るのも失礼だが。
司会:無いようでしたら、ちょっと早めですが終わりにさせていただきますが、よろしいですか。
遠山:ただケ小平がやった一人っ子政策というものは完全な失敗です。それから解放政策も完全な失敗。だけれども向こうさんもやってみて駄目だったという事が分かったんです。それで今食糧と植林の2本立てをやり、そして解放政策は駄目だから民兵をたくさん連れて今度は屯田兵制度である。その時に日本も協力をしたい。だから「日本の自衛隊を100人頼む」と言っている訳。それで日本の自衛隊と向こうの軍隊と一緒になってやる。1日に植林が10万本ぐらいがいけるようにしたい。そうしないと2000年もかかってしまう。中国の砂漠にやるのに2000年もかかってしまう。今のようなスローモーションでは大変ですよ。まだこれだけやらなければいけない。私が今やっている所は台湾のだいたい3倍の面積。台湾の3倍の面積。台湾はこれですね。台湾でこの丸が2つあるんだから。今ここへ台湾の3倍ある。丸を6つ拵えなければいけない。これずーっとやって。一人っ子政策なんかやったら駄目。それでやれば出来る。やらないから出来ない。何故やらないかと言うと、自分達のやっぱり根性が1つはない。それから技術が発展しない。だけれども5000年前には中国は天文学を発明し、紙を発明し、漢字を発明した大先進国である。その誇りを忘れるな、という事です。それじゃ、どうも。
司会:先生、有り難うございました。では以上もちまして先生のご講義を終了させていただきます。
遠山:それでね、一遍ね百聞一見にしかず。現場を見て下さい。日本みたいな所で昼寝しておったら駄目だ。現場を見て下さい。申し上げておきます。 司会:ちょっと休憩に入る前にちょっと日野さんの方から補足説明が少しございますので今しばらくお待ち下さい。
日野:話があっちへ飛んだり、こっちへ飛んだりしますもので、この先生の話はこういう話なんでございます。あの「阿弥陀の森」の事務局をしておりますので、ちょっと補足をさせていただきます。今先生がおっしゃいましたこのクブチ砂漠と言うのはこの場所でございます。これが黄河、黄河がこういうふうに流れております。北京がここです。日本から行く場合には関西空港や成田空港、あるいは福岡空港から北京へ飛びまして、そこからもうちょっとここの辺りの所にフフホトという内モンゴル自治区の区都がありますが、そこまでまた1時間ほど飛行機で飛びます。それからここがパオトウ(包頭)と言うんですが、フフホトからパオトウ(包頭)を経由して黄河を渡って、車で約5時間ぐらいかかって現地へ入る。そういう場所であります。
  遠山先生は日本砂漠緑化実践協会の会長でありますが、これが出来てここで植林活動を始められて今年は11年目でございます。その遠山先生の運動に賛同をして、本派の僧侶が集まって結成をしました「阿弥陀の森」の事務局が1997年から活動をやっております。やっております事は日本で苗木募金をして苗木代を集めて現地へ届けるという事と、もう1つはこれの所に今年の計画表がございますが、緑の協力隊として阿弥陀の森緑の協力隊を派遣するという事をやっておるところであります。この3回今年度は緑の協力隊は参りますので、是非ご参加をいただきたいという事。行っていただいてどういう事を、という事はこの中の本願寺新報の1月1日号でございますが、ご覧になればだいたいの事はお分かりにいただけると存じますし、このロビーの所でパネルも展示をしてございます。有り難うございました。
司会:それではただ今より休憩となります。30分から次の講義が始まりますので、それまでにはお戻りいただいて一応25分まで休憩という事でお戻りいただければと思います。 



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