《 「基幹運動 御同朋の社会をめざす法要」に際しての消息》

 このたび、「基幹運動推進 御同朋の社会をめざす法要」を厳修するにあたり、阿弥陀如
来の恩徳を仰ぐとともに、宗門がすすめています基幹運動について、思いを新たにするところであります。思いますに、私たちは、阿弥陀如来の本願を信じ、念仏申して、往生成仏の道を歩むという生死をこえて生き抜くいのちを恵まれています。このいのちのすばらしさ、尊厳性を先ず自らが自覚するとともに、自己中心的欲望の追求にあけくれる閉じられた心をふりかえり、他のいのちや人格を尊重して、いのちの平等観に立って、生き抜きたいと思います。御本願には「十方衆生」、成就文には「諸有衆生」とあり、曇鸞大師は「遠く通ずるにそれ四海の内、皆兄弟とするなり」といわれて、浄土につらなるものは無量であることを示されています。
 宗門では、僧侶門信徒ともに、み教えに聞き伝えるなかから、生命尊重、人権擁護を根底として、御同朋の社会実現に向かって、基幹連動(門信徒会運動・同朋運動)を推進してきましたが、今日なお多くの課題があります。ことに、現在、国内にあるさまざまな差別の中、部落差別は封建制身分社会より引き継がれ、市民的権利と自由を侵害する深刻な社会問題であり、その解決は国民的課題であるとともに、宗門にとって法義上、歴
史上、避けて通ることのできない重要課題であります。しかしながら、宗門には、因習による偏見のもと、時代の波を克服することができず、差別を温存してきた歴史があり、今なお、差別が残存していることは、念仏者として、仏祖のおん前に慚愧せずにはいられません。私たちは、差別を根絶するために取り組んでこられた先人の努力の足跡を学び、差別の現実に学んで、その撤廃に積極的に取り組む自らの姿勢を築きあげなければなりません。そのためには、予断を取り除き、思い上がりを離れて、差別・被差別の実態を知るだけにとどまらず、いのちの共感を妨げているものを見抜き、親鸞聖人の「一切の有情はみなもつて々生々の父母兄弟なり」というおこころを体して、自ら生き方を変えていくことが大切です。すべてのいのちの尊厳性を護ること、基本的人権の尊重は、今日、日本社会の課題にとどまらず、人類共通の課題であり、世界平和達成への道でもあります。このたびのご法要を機縁に、聖人のお流れを汲む私たちは、聞法者としての自覚のうえから、宗門の過去の事実
を確かめ反省するとともに、同じ願いに生きる人々とも手を携えて、同朋教団本来の面目を発揮するように、決意を新たにいたしたいと思います。

 一九九七(平成九)年三月二十日
                     龍谷門主釈即如