2003(平成15)年度
基幹運動計画 〈門信徒会運動・同朋運動〉





T.基幹運動とは

私たちを取り巻く現状    

【浄土真宗のみ教え】

    浄土真宗は、本願成就の南無阿弥陀仏のはたらきによって、凡夫が仏に成る教えであり、今ここで正定聚の身とならせていただくということです。
それは、お互いが大悲につつまれたいのちであり、御同朋であることを知らされることです。
そこから、自己中心的な生き方を見つめ直し、いのちの尊厳と平等観に樹って、本願にもよおされた新しい人生がはじまります。


【社会と教団の現状】

    今日、私たちの社会は科学技術の進歩などによって、かつては考えられなかった生活をおくることができるようになりました。
しかし、その一方で、人類の欲望は、世界中に「人権抑圧」「環境破壊」「戦争」など多くの深刻な問題を引き起こしています。
さらに「高齢・少子化」「過疎・過密」「青少年問題」「生命倫理」など、社会のあらゆる分野でさまざまな矛盾や悩みが露呈しています。まさに苦悩する社会ともいえましょう。
    こうした社会のなかにあって、私たちの教団においても、従来の寺院や伝道教化のあり方などに大きな影響を受けています。
    また、教団は同朋教団であるべきにもかかわらず、部落差別をはじめとする差別体質を残存させ、ヤスクニ・環境など現実の問題に積極的に取り組もうとはしてきませんでした。


『私たちの課題』

【基幹運動のあゆみ】

        私たちは、こうした現状のなかで、教団や社会の本来あるべき姿を実現するために基幹運動を進めてきました。
基幹運動は、教団や社会の現状から目をそむけず、み教えに問い聞きながら、同朋教団の再生・御同朋の社会の実現をめざす運動です。
    これまで、門信徒会運動は40年、同朋運動は50年のあゆみを重ね、先人は多くの成果を残してきました。
    その成果の一つに、門徒推進員の誕生があります。
門徒推進員は連続研修(連研)の開始以来着実に増加し、その一人ひとりが社会の課題に積極的に取り組むことを決意し、運動推進の大きな力になっています。


【運動の課題】

    このような基幹運動の取り組みを、一層着実に進め展開するためには、門信徒の参画が不可欠といえます。
これまで以上に全員聞法・全員伝道を実現するという目的を門信徒と僧侶が共有していかねばなりません。
その共有するものとは、「差別法名・過去帳調査」によって明らかにされた課題や、これまでの基幹運動の成果を僧侶が門信徒に問い、門信徒が僧侶に問うていくことでもあります。

あわせて門信徒や僧侶がともに男女共同参画を具体的に実現することも大切です。
    ことに今日、差別の現実を見抜くことができなかったこれまでの教学理解の見直しが教団の内外から求められています。
また、御同朋の願いに応える教学をすべての教団人がともに学びあい、各教化団体などと連携しあいながら、生涯を通しての聞法のあり方を確立していくことが必要です。


【次代にむけて】

    新しい時代にむけて、私たちは、地球的規模の諸課題を自らのものとしなければなりません。
それは、宗祖親鸞聖人の「一切の有情はみなもつて世々生々の父母・兄弟なり」というおこころを体し、国家や国籍など、人間のつくり出したあらゆる立場を超えていく御同朋の教学を依りどころとした生活でありましょう。
    今こそ、私たちは、み教えを聞き、信心に生かされるよろこびを伝え、御同朋の社会をめざして歩もうではありませんか。
    来たる2011(平成23)年には、親鸞聖人750回大遠忌を迎えます。
その時に向けて、浄土真宗のみ教えが、今を生きる私たちの依りどころとなり、私たちの教団が、一人ひとりを支える大きな連帯の輪となっていくよう、皆で力を合わせましょう。

 
 




U.目    標        御同朋の社会をめざして
 




V.スローガン    念仏の声を    世界に    子や孫に
 




W.重点項目

@    全員聞法・全員伝道の話し合い法座を実践し、門信徒会運動を推進しよう
−−親鸞聖人のみ教えに学び、力を合わせて同朋教団の再生を−−

A    現実を直視し信心の社会性を問いつづけ、同朋運動を推進しよう
−−差別・被差別の事実から、私と教団の差別の体質を改める実践を−−

B    人びとの悩みに応える活動を展開し、開かれたお寺にしよう
−−すべての人びとが参加し、家庭・地域・職場にみ教えの心を−−    

C    過去の過ちに学び、平和を求める念仏者になろう    
−−非戦・ヤスクニの課題を担い、平和への確かな歩みを−−

D    すべてのいのちや人格を尊重し、いのちの尊厳と平等観に樹って生き抜こう    
−−人権・環境など、いのちを損なう社会の問題への取り組みを−−    




X.活動内容

    2001年度から5年間継続して取り組まれている基幹運動計画は、@門信徒と僧侶が共に歩む運動、A御同朋の教学の構築、B同朋教団の再生をポイントとして策定されました。
その計画に基づいて進められてきた運動も、3年目を迎えるに当たって、先の2年間の点検と反省を踏まえ、より一層の運動推進が望まれます。
    特に、男女共同参画の実現や、門信徒と僧侶の課題の共有のためには、相互理解を深めるための論義が不可欠となります。
それにより、御同朋の教学への思索が深まり、真の同朋教団再生への道が拓かれていきます。
    基幹運動は、同朋運動50年・門信徒会運動40年の歩みのなかで、着実に成果をあげてきました。
昨年12月1日に本山総御堂で行われた「門信徒会運動40周年・門徒推進員20周年記念大会」におけるご親教のなかで、ご門主は、「歩みを共にする仲間に出会うことは、み教えをいただくことと同じ意味を持つと、お釈迦さま、親鸞さまが教えて下さいました」とお示しになりました。
このお示しを通して、今までの基幹運動の歩みが、「歩みを共にする仲間に出会う」ことをめざす運動でもあったことが確認されました。
その「御同朋の社会をめざす」歩みを、さらに着実に進めていきたいとあらためて決意するところです。
    本年、基幹運動の半世紀にわたる実績に基づき、21世紀の社会に宗門が念仏者の使命を果たしていくために、一層、基幹運動推進のための全教団的な態勢の強化をはかることを目的として、11年ぶりに総局部門の職制改革が行われました。
    本年度より、今まで進められてきた基幹運動の経緯を充分に踏まえながら、責任と役割を明確にする中で、より強力かつ円滑な基幹運動を推進することとなりました。
    来る2011(平成23)年にお迎えする親鸞聖人750回大遠忌に向けて、今日までの運動の成果をふまえつつ、そこで問われてきた課題を克服すべく、門信徒と僧侶が共に運動に参画し、同朋教団の再生に向けて邁進いたしましょう。





「@    全員聞法・全員伝道の話し合い法座を実践し、門信徒会運動を推進しよう
−−親鸞聖人のみ教えに学び、力を合わせて同朋教団の再生を−−    」

        教団の基幹運動(門信徒会運動・同朋運動)は、全員聞法・全員伝道の運動体として推進されています。
    昨年に40周年を迎えた門信徒会運動は、今日まで「本願を仰いで生きられた親鸞聖人に学び、つねに全員が聞法し全員が伝道して、わたくしと教団の体質を改め、御同朋の社会を実現していく運動です」(1985年度の「基幹運動計画」より)という願いのなかで推進されてきました。
    そこに示されていますように、基幹運動は、まず私たち自身がみ教えを聴聞し、み教えに学び、お念仏をよろこぶなかに、一つひとつの実践として展開されていきます。
    昨年12月、「門信徒会運動40周年・門徒推進員20周年記念大会」が本山総御堂において1000人の門徒・僧侶が結集して意義深く開催されました。その大会では、5000人を超える門徒推進員の誕生や、話し合い法座の導入などの、運動の大きな成果と今後の課題が確認されました。
        今日まで門信徒会運動の基軸的取り組みとして継続されてきたのが「門徒推進員養成連続研修会(連研)」です。今後の大きな課題は、その継続と開催、さらには活性化です。
    昨年の11月の時点で、全533組のうち、開催中は282組(53%)で、残り251組(47%)が準備または休止中、未開催となっています。組連研は恒久的な取り組みとして位置づけられるべきものであり、継続開催はもとより、未開催組においては開催に向け組内の力を結集すべきでありましょう。さらには、連研修了者の「門徒推進員中央教修」に向けた位置づけも重要な課題です。
    組連研に関して、本年度、65歳を超えた連研修了者を対象として、「連研履修者本山参拝研修会」(中央開催)を開催し受け入れていくこととなりました。門徒推進員としての委嘱はなされませんが、意欲ある方々の受講は今後の活動につながっていくはずです。
    門信徒会運動に関する本年度の新規の取り組みとして、各組において僧侶と門信徒代表による研修協議会を開催いただくようお呼びかけすることといたしました。
    真の意味での聞法の道場であり、さらには「歩みを共にする仲間に出会う」場、つまり御同朋の寄り集う場となるべく、お寺や組の現状を踏まえ、その本来化と運動推進に向けて協議いただくものです。
    それらの協議を踏まえながら、本年度は、新たに生涯にわたる聞法の体系の策定に向けた作業を進めます。その聞法体系は、お互いが改めて今日までのお寺や各教化団体での聞法の在り方を問い直し、真の同朋教団に再生していくための道しるべとなるものをめざします。
    さらには、各教化団体の活動についても、基幹運動の目標や方針に即したものとしていくよう点検、反省を重ねるとともに、その充実をはかっていかねばなりません。
    単位組織という面で困難な状況にある壮年と青少年層への実効ある対策、活動の活性化を強くはからなければなりません。
    その一環として、本年度、従来からの懸案事項であった「壮年教化のてびき」と「日曜学校沿革史」が発行される予定となっています。
    さらには、聞法という面から、特に教団の機関紙ともいうべき「本願寺新報」と「大乗」の頒布・購読現況は、教団規模からみても極めて低調であり、基幹運動の具体的な実践として、それぞれの立場でその普及・購読に努めていかねばなりません。
    全員が聞法し全員が伝道しながら、同朋教団の再生に向かって門信徒会運動を進めていきましょう。





「A現実を直視し信心の社会性を問いつづけ、同朋運動を推進しよう
−−差別・被差別の事実から、私と教団の差別の体質を改める実践を−−」

    2000年に50周年を迎えた同朋運動は、50年の間、差別の現実に立って、その現実から出発することを大切にしてきた運動です。その運動は、私と教団のもつ具体的な課題を前に、自らの改めるべき事柄・体質を共に問い学び、そして改めていく道を考え、実践していくという「信心の社会性」の営みです。
    一昨年よりスタートした第V期「基幹運動推進僧侶研修会」は、今まで同朋運動のなかで明らかにしてきた課題を、僧侶のみならず門信徒が共に問うていくため、「門信徒との運動の共有」をテーマに掲げて推進しています。第V期僧研初年度の報告書によると、成果として、「現実の声を聞き、現実を学ぶ」という視点を持った具体的な研修が行われている反面、参加者の少数固定化や、各組間の取り組みの意識格差が指摘されています。
僧研の原点、願いをつねに確認しながら、さらに積極的に実施することがのぞまれます。
    昨年度には、帰敬式規程に「二字法名」が明文化されたことは、特に「法名・過去帳調査」により明らかとなった、法名の本来化への学びと実践の中からの成果ですが、さらに、本来化に向けての学びと実践が求められます。そして過去帳の、「書き換え」によって、「公開」することのできる過去帳とするという門信徒と僧侶の課題の共有化へも向かっていかなければなりません。
    門信徒と僧侶の課題の共有という点で不可欠なのは、門徒推進員の存在です。本年度より7年ぶりに再開される「連区別門徒推進員研修協議会」や、各教区の連絡協議会などでの、同朋運動の視点から課題の共有化に向けての具体的な話し合いが期待されています。
    昨年3月をもって「地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律(地対財特法)」の期限が切れ、1969年より法を基盤として行われてきた「同和対策事業」が一般対策へ移行されました。法期限を理由に、「同和行政」「同和問題」の終了としていこうとする傾向が今各地にあらわれていますが、それは、結果として差別の現実を放置することに他なりません。
    2002年は、全国水平社が創立されて80年という節目の年でした。この80年の運動の歩みは、戦争という時代を経て、再び部落差別への取り組みが大きなうねりとなり、1965年に国から出された「同和対策審議会答申」以来、部落差別という個別の人権侵害に取り組む学びの中から、さまざまな総合的な人権という視点で、問題に取り組んでいかなければならないという意識を生み出しました。
    今、国において総合的な人権救済という視点で「人権擁護法案」が検討されています。
    これは、教団でも強力に取り組んできた当初の「部落解放基本法制定要求国民運動」の成果です。
    しかし、人権擁護法案が、真に差別された人間の人権救済の法となりうるのかどうかという点を注視していくことが大切です。
    また、一昨年、ハンセン病熊本地裁判決に対して出された、「私たちも同じ過ちを繰り返すことのないように学びを進めていく決意を表明するものであります」という教団の総長声明を、教団内の営みとして、より具体的に進めていかなくてはなりません。そのためにも教団とハンセン病の係わりの歴史の総括や、現在教団ができる取り組みを行うための指針の策定を進めます。その指針をもとに、様ざまな取り組みが期待されます。
    私たちの社会には、部落差別をはじめとして、障害者差別、性差別、民族差別、ハンセン病差別など様ざまな人権が侵害される差別の現実があり、私たち教団にも繰り返される様ざまな差別事件にその現実が表れています。
教団の「拓く伝道」の展開という上からも、今日までの同朋運動における学びと実践で培ってきた営みを、一つひとつの具体的問題において、より一層主体的に取り組んでいくことが求められています。





「B人びとの悩みに応える活動を展開し、開かれたお寺にしよう
−−すべての入びとが参加し、家庭・地域・職場にみ教えの心を−−」

    お釈迦さまの説法は「対機説法」と言われるように、教義を理屈として説かれたのではなく、人びとの苦悩の声に共感し、その苦悩に応じて教えを説いていかれました。
    ご門主は、「念仏は、私たちがともに人間の苦悩を担い、困難な時代の諸問題に立ちむかおうとする時、いよいよその真実をあらわします」と、『教書』のなかでお示し下さっています。私たちは、どのような形で人びとの苦悩に共感し応えることができるのか、また、人々の苦悩の中から何を学んでいくのかということを課題にしなければなりません。
    その具体的な学びの場が、「連研」です。各組で行われる「連研」での「話し合い法座」は、単に「教学を知識的に学ぶ」のではなく、生活のなかで湧いてきた疑問などについて話し合い、僧侶も門徒も共に考え、一人ひとりがお互いの意見を大切しながら、仏さまの教えに問いたずねていく法座です。この研修を通して、人びとの悲しみ、苦しみ、喜びに共感し、共に歩むことのできる関係が生まれるのです。この地方での連研を重ね、本山での中央教修を経て、僧侶と共に御同朋の社会をめざして基幹運動を実践する門徒として誕生するのが門徒推進員なのです。
    このように、養成の過程で「苦悩を共有・共感していく」学びを経験した門徒推進員は、苦悩の現実から出発し、人びとの悩みに応える活動を、お寺を超えて、家庭・地域・職場などにおいても幅広く活動し、基幹運動の担い手となっているのです。
このような活動の積み重ねが、「宗祖聖人のお心に立ち返り同朋精神にあふれた心豊かな人間関係を築いて…」(「同朋運動50周年記念法要」表白より)ゆくことにつながるのです。
    現在5000人を超える門徒推進員が、全国各地でこのような視点で様ざまな活動に取り組んでいます。僧侶とともに基幹運動を推進する門徒推進員の活動をさらに充実してしていくことが急務となっています。そのためには寺院や僧侶側が門徒推進員の役割に対する認識を深め、受け入れ体制を整備する必要があります。
    さらには、悩みを相談するのが門信徒でその相談に応えるのが僧侶であるといった固定的な意識を乗り越え、僧侶としての悩みを門信徒の前に披瀝し、相談するというなかで運動を推進するという視点も大切です。
    本年度より、7年ぶりに「連区別門徒推進員研修協議会」が再開されることとなりました。一昨年度より、各教区の門徒推進員連絡協議会の意向を集約しながら、再開に向けて諸準備を進めてきました。本年度は「御同朋の社会をめざして」を共通テーマとして、五つの連区において、各教区の基幹運動推進委員会関係者も同席して開催されます。そこでは、さらなる活動の充実に向けた、教区をこえた広がりのなかで実践例や情報の交換がなされることになっています。
    従来、浄土真宗のお寺は、誰にでも開かれた聞法の道場であるところに、最も大きな特色がありました。お寺は、仲間とともに、み教えにあい、み教えを聞き、み教えに学ぶ場であり、さらには、悩みを共有共感する場でもあるはずでした。しかし、お寺を取り巻く現状は、地域差はあるにしても、お寺に親しみをもってお参りくださる方々が減りつつあり、お寺とのつながりを持つことのない方々が増え続けています。
    そうしたなかにあって、従来の伝統的な法座形態に加えて、福祉やビハーラ活動などを導入して、新たなご縁をつくりだしている寺院も徐々に増えてきています。
    現代社会にあって、お互いが抱える苦しみや悩みは一様ではありません。
今、法座をはじめとしたお寺の活動のなかで特に留意すべきことは、それらの一つひとつの多様な苦悩を大切にし、共に聞き、共に語り合いながら、み教えに学んでいく姿勢ではないでしょうか。    基幹運動の願いは、先人が護り伝えてくれたお寺を、住職はもとより、僧侶と門信徒とが協力し役割を分担して、ご法義で結ばれた開かれたお寺にしていくことにあります。
    今年度は、組基幹運動推進委員会会長でもある組長が改選される年です。本年、6月・7月に中央において4回にわたり組基幹運動推進委員会会長(組長)研修が開催されます。そこでは、組における運動態勢の充実を期すための諸方策が協議されることとなっていますが、組内各寺院の活性化をはかるためには、組内の寺院が協力して、また僧侶と門信徒が手を携えて、組全体で諸活動を進める態勢を確立することが不可欠です。





「C    過去の過ちに学び、平和を求める念仏者になろう
−−非戦・ヤスクニの課題を担い、平和への確かな歩みを−−」

        イラクの大量破壊兵器をめぐる問題は、本年3月に米国と英国による武力行使という最も恐れていた事態を迎えました。
また、日本政府は、米国等の武力行使をいち早く支持するなど、戦争の放棄を謳った憲法の精神に背く立場を鮮明にしました。
    宗派は、3月19日に出した「声明」のなかで、「浄土真宗では阿弥陀仏による救済を説きます。その阿弥陀仏の救済のはたらきは、あらゆるいのちに至り届けられています。それは自らだけでなく他のいのちも、ともに阿弥陀仏の救済のはたらきを受けるということであり、いかなるいのちも自らと同じかけがえのない尊厳をもったいのちであるということです。この教えに立脚する私たちは、いかなる理由があっても、他のいのちを奪う武力行使を容認することはできません」と、浄土真宗の教えの立場から、終始一貫して、武力行使に反対するとともに、あくまでも平和的解決を求めることを強く訴えてきました。
また、日本政府に対しても、翌20日に出した「声明」で、「日本政府は米国等の武力行使を支持していますが、戦争放棄を謳った憲法の精神に背く立場を鮮明にしていることを憂慮するものであります」と、危惧の念を表明しました。また、各地の教区基幹運動推進委員会や関係団体からも同様の抗議文や声明が出されています。
    それらの緊迫した状況は、否が応でも私たち一人ひとりに、現実的な意味をもって非戦・平和の課題を問いかけてきています。
    これらの声明や抗議文は、「宗祖の教えに背き、仏法の名において戦争に積極的に協力していった過去の事実を、仏祖の御前に慚愧せずにはおれません」(終戦50周年全戦没者総追悼法要でのご親教)との過去の過ちに学び、平和を求める念仏者となることを決意した、念仏者としての平和への歩みの一歩です。

    この平和への歩みを着実に重ねていくためにも、本年で23回を重ねる千鳥ヶ淵全戦没者追悼法要や、終戦50年を機に今日まで積み重ねられてきている教区や組での非戦・平和に向けた取り組みをさらに、継続していかなければなりません。
また、「『戦後問題』検討委員会答申」の具体化も今後の課題です。
    さらには、過去のみならず、現在の戦争がなぜ行われ、人びとがなぜ殺されていかなければならないかを、念仏者として自らに問うていかなければなりません。それは、国連のいう「戦争は最大の人権破壊である」との言葉を待つまでもなく、戦争、差別、貧困の課題を同一地平で課題としていくことに他なりません。
寺院・組・教区それぞれの場で、門信徒と僧侶が共に、「御同朋の社会をめざす」具体的な取り組みとして、いのちを大切にするという営みを通して、非戦・平和のさまざまな取り組みを広げていかなければなりません。それが、差別と貧困を全世界からなくしていく具体的あり方なのです。その歩みこそ、「兵丸無用」の教言を頂く仏教徒として、また「世の中安穏なれ」の宗祖のご遺訓を体する念仏者としての在り方でありましょう。
    また、昨年度は、首相の靖国神社公式参拝をめぐる課題の中で、新しい国立の追悼施設の在り方などをめぐって教団内に活発な意見が交わされました。    このことについては、各教区の基幹運動推進委員会等から国立の追悼施設ということに対する懸念など多様な意見が寄せられ、各教区の推進委員会はもとより基幹運動本部会議や中央基幹運動推進委員会等において白熱した論議が重ねられました。
    今後も討議を継続しながら、新たな国立の追悼施設をめぐる動向を注視していくとともに、それぞれの立場で憲法で定められた「信教の自由と政教分離」を求める取り組みをより強力に進めていくことが大切です。    これらさまざまな取り組みを通して、戦争のない平和な社会をつくってまいりましょう。





「D    すべてのいのちや人格を尊重し、いのちの尊厳と平等観に樹って生き抜こう
−−人権・環境など、いのちを損なう社会の問題への取り組みを−−」

    蓮如上人五百回遠忌法要御満座の消息のなかで、ご門主は、「このご法要を通して、私どもの『いのち』を育む『環境』問題や『家族』について学びました。
私どもの周辺には『いのち』の尊厳を傷つける問題が山積しています。み教えを学び、お念仏を申しつつ、自らの人生の課題として、これらに取り組んでいくことが宗門のすすめています基幹運動であります」とお示しになりました。
法要以降、これらの課題がどう具体化してきたかを点検してみることが必要です。
    現代社会においてさけて通ることのできない「いのちの尊厳」を脅かす具体的問題を、念仏者の課題とすることは基幹運動を進めていく上で大切なことです。「いのちの尊厳と平等観に樹って生き」、「いのちを損なう社会の問題への取り組み」を進めるために、具体的にどのような実践ができるのかということについて考え、取り組んでいかなければなりません。
    教団におけるいのちを損なう社会の問題についての取り組みは、特に差別の問題については、教団内にある部落差別の現実を克服することをめざして出発しました。
    2001年3月に「男女共同参画を考える委員会」から「提言書〜教団の男女共同参画をすすめるために〜」が出されました。教団内にある性差別の事実を踏まえた上、その克服がめざされなければなりません。
そのためにも、今年度出版される予定の啓発資料を活用した学びが求められます。また、教区基推において、「男女共同参画委員会」が立ち上げられ、具体的協議に入った教区もあり、今後とも、共同参画に向けた取り組みが加速されることが期待されます。
    今年度から、障害をもつ方の得度習礼の受け入れが実施されることになりました。しかし、障害者差別への取り組みは、今、はじまったばかりと言っても過言ではありません。今後、差別克服のための具体的な学びと実践が望まれます。
    さて、いのちを損なう社会の問題として深刻な問題が、地球環境破壊の問題です。
    環境破壊、それは、私たち人類が、「いのちの尊厳」を忘れ、「いのちの平等観」を失って、「便利」な世の中、物質的な「豊かさ」を際限なく求めてきた結果です。私たちは、環境破壊の現状を踏まえ、さらに私たちがどのような形で具体的に取り組むことができるかということを考えることが大切です。
そのためには、お互いの間で、環境破壊の実態を知ると同時に、さまざまな論議が必要です。より本質をとらえた論義を重ねていくことで、具体的実践課題を明らかにすることができます。そこから、「自分ひとりでもできることをしよう」とか「自分ひとりからはじめよう」という考え方が集まれば、大きく変化が起こるはずです。しかし、「私ひとりぐらいやっても」という考えからは、何も生み出すことはできません。いや、この考え方は、いのちの滅亡につながる考えなのかもしれません。
    具体的には、お寺や地域、また各教化団体で、環境破壊の実態を学び、それぞれで何ができるかということを話し合うことからはじめたいと思います。
    正定聚の身を生きる私たちは、私を大切に生きることが、まわりを大切にすることであり、そして、まわりを大切にして生きることが、私を大切に生きることだということを知らされます。
それは、自らの「いのちの尊厳」へのめざめから、さらにあらゆる「いのちの尊厳」「いのちの平等観」という視点へと深まってゆくのです。それが、「すべてのいのちや人格を尊重し、いのちの尊厳と平等観に樹って生き抜こう−−人権・環境など、いのちを損なう社会の問題への取り組みを−−」という運動へとつながるのです。