浄土真宗本願寺派
宗務総長   武野以徳様
 
 
浄土真宗本願寺派山口教区門徒推進員

 
「新しい国立墓苑をつくる会」について
申し入れ

   慈光照護のもと、念仏繁盛のため日夜ご尽力のことと心からお喜び申し上げます。
   さて、私は、去る大戦で父と兄二人を失った遺児であり、何代もわたって続いてきた浄土真宗本願寺派の門徒であります。
   表題の件について、私は最近数多くの資料を見ることになり驚いております。小泉首相の諸外国や国内の反対を押し切っての二回にわたる靖国神社参拝の強行、有事法制提案など戦争準備の策動が具体的に行われているこの時期に、去る大戦に教団として協力したことを反省し、平和のために惜しみなき貢献をしなければならない立場にある教団が、新しい戦争の受け皿となる新たな国家霊苑施設の建設を準備する委員会に参加することは、到底理解することが出来ません。直ちに委員会から脱会されるよう申し入れます。
 

   私の家は、何代にもわたって続いてきた浄土真宗本願寺派の門徒であります。第2次世界大戦で私の兄は、1943年9月ニューギニアで、父は、私が15才になる終戦の年、1945年6月沖縄で玉砕し戦死しました。病身な母と5人兄弟の生活を支えるため私は旧制中学校を中退し、働かなければなりませんでした。それからひたすら戦争のない社会、日本社会の繁栄のため働き、努力してきました。家の宗教のことは、全て母が取り仕切っていました。その母が先立ってから先祖のことや家のことを、私が引き継ぐことになりました。
浄土真宗のご法義の目覚め、靖国神社に反対するようになったのは、60歳を超え、組の連続研修会を経て、門徒推進員中央教修(112回)を受講し、門徒推進員となり、お剃刀を戴いて、聴聞を重ね、基幹運動に具体的に参加するようになったからであります。現在、他の多くの住職・門推員・門徒と共に「小泉首相の靖国神社参拝違憲訴訟」の原告団の一人になることができ、訴訟を進めているのもそのお陰であります。
   最近の国内外の動きは、いつ戦争が起こってもおかしくないような情勢となっており、そのための準備が急ピッチに進められています。そのためには、教団と私たちは、二度と再び戦争遺族を作らないように、戦争に通ずる全ての策動を一つ一つ摘み取って行くことをしなければなりません。戦争遂行の精神的バックボーン施設となる「新しい国立の追悼施設」を作ることを断じて認めることは出来ません。
 

以上


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