2002(平成14)8月21日
 総局御中 
福岡教区基幹運動推進委員会
  
非戦・ヤスクニの課題に関する、当教区基幹運動推進委員会としての意見等を、下記の通り報告いたします。
 

  1.首相及び閣僚の靖国神社公式参拝中止を求めることについて

 首相、及び閣僚の靖国神社公式参拝中止を求めることは継続すべきです。
  1969年の「靖国神社国家護持法案」提出以来、教団も真宗教団連合の一員として、反対の意思表示を行っており、継続していかなければなりません。
 首相・閣僚の靖国神社公式参拝は、政教分離・信教の自由に違反します。これは、1991年1月「岩手靖国違憲訴訟」の仙台高裁での判決「憲法二十条三項が禁止する宗教的活動に該当する違憲行為」でも明らかであります。福岡教区の僧侶・門徒が原告となった92年2月の「九州靖国公式参拝違憲訴訟」福岡高裁では「継続すれば違憲の疑い」との判決が出されたことでした。
  加えて憲法99条規定の「公務員の憲法擁護義務」を踏まえ、より強い要請を望みます。


  2.国による新たな追埠・平和祈念のための施設に関して

 標記にあたる施設は必要ありません。なぜならば、国による追悼・平和祈念の施設は、常に「国のために犠牲になられた方々への感謝の施設となることは必然です、そこでいかに追悼行事を行い平和を祈念したとしても、国家施設である限り、「犠牲」を生んだ国家の政策の失敗を分析し銘記し責任者を追及する場とは絶対になりえません。むしろ、失政の法的責任を負うべき為政者や官僚の責任を、「感謝」という情動を国民に強制することによって曖昧にする装置なのです。
 この装置は戦前は「靖国神社・護国神社」という形式で完壁に成功しました。しかし「神道」への反省や批判が多くの国民の多数意見となれば、国家にとってそれはもはや利用に値しません。新たな犠牲者を生み出す政治靖況では、その遣族となるであろう人々の意識や感性にふさわしい施設が構想されるのは当然です。このような現実の国家の持つ宗教性を絶えず批判していかなければなりません。私たちは、「棄国揖王」して建立された「浄土」をいのちの帰依処としているのですから。


  3.「新しい国立追悼施設をつくる会」が小泉内閣総理大臣に提出した「首相の靖国神社公式参拝中止と新しい国立追悼施設の建立を要請する申し入れ書」の内容等について

  すでに海上自衛隊の艦船が米軍の後方支援のためにインド洋に派遣されている準戦時体制ともいえるなか、「有事法制」の審議が次期国会へ継続されることになりました。このような政治状況の中であえてこのような会がつくられ、「新たな追悼施設の建立」を求めることは大きな問題があるのではないでしょうか。
 かつて「靖国神社」に代わる追悼施設建設が、靖国神社国家護持や公式参拝を牽制するために一定の意味を持っていた情況もありました。しかし70年代前半の当時は、いまだ戦争の評価や戦没者追悼のあり方をめぐって国民的対立が大きかった時代であり、次善の方法としてそのような要望が可能でした。
  しかし、戦後世代が大多数を占めるようになり、また細川首相以後は「明らかに侵略戦争であらたことを認め、多大な損害を与えた中国、韓国をはじめとするアジア諸国の人ぴとに謝罪する」という政府の公式見解が定着するなかで、「先の戦争で犠牲になった方々の遣族に対する慰謝」を目的とする施設の必要性は無くなってきたのではないかと思われます。
 このような時代の推移を省みず、現在の政治情況においてなお「新たな追悼施設の建立」を求めることは、過去の犠牲者よりも、これから生まれる可能性のある新たな犠牲者を受け入れる機能を持つ場所を必要とする政府の思惑に、結果的に加担することになるのではないでしようか。 このような政治的な意味合いが極めて大きく、日本国の将来を危ういものにしかねない動きには大きな疑問を持ちます。


  4.その他

  既に宗門は大谷本廟や国立・千島ヶ淵戦投者墓苑において戦争犠牲者の死を悼み、平和への決意を新たにする法要を行ってきました。
    この法要の充実が宗門内外に非戦平和を願う真宗者の立場を表明する場となるはずであります。その立場こそが、個人の内面に国家が介入することを許さないという、自立した信抑です。
 戦後の教団の大きな信仰課題の一つである靖国問題について、このような新たな動きを行われる場合には、宗会はもとより、教学研究所・基幹運動本部・各教区基推・さらに在野の研究者や運動を推進してきた人たちなどとも時間をかけて充分な議論を経る必要があると思われます。 
以上


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