2002(平成14)年8月28日
宗会議員    様
教務所長・教区基幹運動推進委員会会長    様
教区基幹運動推進委員会委員    様
真宗遺族会    事務局    菅原龍憲
反靖国連帯会議    事務局    木村真昭
「新しい国立追悼施設の問題」について
(緊急報告)

謹啓
   慈光照護のもとみなさまには基幹運動推進にご尽力のこと敬意を表します。
   さて、「本願寺新報」(8月20日号)に掲載されました標記の件につきまして、8月22日付で、不二川公勝基幹運動本部長より組長・組基幹運動推進委員会会長宛てに説明資料の送付がありました。
    これは、この前日21日に武野以徳総長の特設のご配慮により開催いたされた、私たち真宗遺族会と反靖国連帯会議との会談を受けてのことと推察されます。この文章では、この折に交わされた私たちの意見と総局回答が反映されておりませんので、正確を期すためにその要点のみを、当該文章に即してご報告し、宗会でのご議論、および各教区での意見集約の参考にしていただきたく僭越ながらお送り申しあげる次第です。

【会談について】
日    時        8月21日(木)午後2時〜3時50分
場    所        宗務総合庁舎3階    総局会議室
出席者       ・武野以徳総長、不二川公勝基幹運動本部長、山内教嶺公室長、他事務局員
                 ・大分勇哲真宗遺族会代表、菅原龍憲   同事務局長、木村真昭反靖連事務局長
                  小武正教備後靖国問題を考える念仏者の会事務局長、など計17名
内   容

最初に別紙の「抗議文」を手渡す。
なぜいま「国立追悼施設」の建設なのか、「新しい国立施設をつくる会」入会へのきっかけ、基幹運動の中での位置付けなどについて質問。
   終始一貫して、山内公室長が回答。最後に武野総長が、個人的体験を踏まえて靖国には明確に反対の立場であることを強調された。


以下、【当該文書の問題点】に即して報告いたします。

【当該文書の問題点】    ●:当該文書の内容    →    :総局の回答と私たちの見解

●「1.「国立施設をつくること」は宗門が継続して要請してきたところです。」
→「@要請は、1969年(略)以来繰り返し継続的に要請してきた」とありますが、毎年8月、首相宛てに公式参拝を行わないようにという要請に付言しての国立施設建設の要請は1981年を最後に行われていません。これを継続とはいいません。
終始説明に専念されていた山内公室長も認めました。

●「@〜靖国問題についての宗門の基本的考えとして定着しています。」
→そもそもこの事案が初めて宗門の公の場に提起されたのは、7月25日、宗会の「教学伝道審議会」でした。しかしその場では「何も決めていません。広く意見を聞き、最終的には中央相談員会でまとめて決定します」と挨拶し、十分な論義がつくされないまま終わったにもかかわらず、総長は7月30日の「新しい国立施設をつくる会」に入会しました。そして、本願寺新報8月20日号一面トップで入会の報道をしておいて、9月10日までに各教区の意見集約を求めるとは、すすめる手順が全く逆です。これは7月までに極秘裏に意志決定をなしておきながら、その後に宗門の意志が一致しているかのように糊塗する姑息な動きであり、宗会および教区基幹運動推進委員会を愚弄するものといわざるを得ません。
    靖国問題を教区や組の現場で推進していくことの困難さをよく知っている、6名の中央相談員が、職を賭して反対声明を出したことも理解できます。
    また、総局や担当職員は替わりますが、30年以上在野の立場で靖国問題に取り組み、宗門の方針を絶えず注視してきた私たちは、「宗門の基本的な考え方として定着」しているとの認識を持っていません。
    従ってこれは、「宗門の基本的な考え」ではなく、現総局が唐突に持ち出した考えにすぎず、それを独断暴走で進めているといわざるをえません。

●「A〜千鳥ヶ淵「全戦没者追悼法要」を公示し、国立施設の要請が実働に移されました。」「B〜ご門主さまも『現在の日本国内において、〜最もふさわしい場所であります』、と述べられてあります。」「C今年で第22回を数える」
→千鳥ヶ淵「全戦没者追悼法要」を勤めることが、どうして「国立施設の要請が実働に移される」ことになるのでしょうか。
    千鳥ヶ淵「全戦没者追悼法要」は当時靖国神社の国家護持運動が挫折して、首相の公式参拝を望む声が戦没者遺族の間で高まるなかで、浄土真宗の立場での追悼法要を提示する社会的責任を果たす必要性をお感じになったご門主のご発意で勤められたものであって、そこにはご門主の苦衷のご判断があったのです。その当時の公式参拝をめぐる緊迫した状況に身を置いていたものであればだれでも知っています。その当時とは全く異なる政治状況の今日、唐突に「国立施設の建設」を要請する根拠とはなんでしょう。

    また、「(資料)4、〜ご門主ご法話」は、ご門主のご内意を逸脱して、81年以降20年間建設・要請を行ってこなかった空白をうずめるかのように、あたかも意志の「継続」の根拠のごとく恣意的に利用することは許されることではありません。このような無理をすること自体、現総局の思いつきである証明です。

●「2、武野総長は〜昨年も要請しています。」
→承知しています。昨年唐突になされ、「宗門の基本的な考え方として定着」していなかったからこそ、真宗遺族会の「要請文」や、福岡教区からの「お尋ね」が出されたのです。

●「3、『国立施設設立の要請』は今、なぜ必要なのでしょうか。@A3CD」
→別紙の21日当日お渡しした「抗議文」をご清覧ください。
    政府の意図する「施設」は、あくまで「靖国神杜」の延長線上にあるものであって、有事体制下において新たに生まれる可能性のある犠牲者の受け入れ施設になることは明白です。その意図を超えた民間有志の「建立を要請する申し入れ書」にある、追悼施設設立の条件4点は、建立が現実となったときには無視され、「要請」のみが既成事実として利用されましょう。
    総長が参加した経緯はご本人の説明によれば、「6月6日には開儲された『新しい国立墓苑をつくる会』準備会に出ている石上智康議長が、総長の参加を要請してきたが、これまでの靖国問題についての宗門の方針に100%合致しなけれぱ参加できない返答したところ、『その全てをのむ』と言ってきたので参加することにした。」とのこと。ということは、この会の動きは総長サイドというより、石上議長や元新宗教団体連合会事務局長として著名な清水雅人氏など東京サイドから発想されたもののようです。それを「1969年以来の方針」と強弁する必要が一体どこにあるのでしょうか。

●「4、中央相談員から教区相談員への文書について」
→こと基幹運動については職制を超えて自由な提案や発言が保証されるべきであり、    上記のごとく、唐突な方針であったがゆえに運動を担ってきた人たちが危機感を持つのは当然でありましょう。彼らを懲罰委員会にかけるということは論外であり、部下から反旗を翻された総局の組織運営、運動展開の稚拙さをこそ自己批判すぺきです。
    これに関連して、「各教区基幹運動推進委員会会長による教区意見の集約では、中央相談員に対する総局の対応を見たら報告内容は決まってしまうのではないか。」との質問は対して、総長は「そんなことはない。自由に書いてもらったらええ。」とのことでした。

    以上、十分に会談の内容をつくすことはできませんが、取り急ぎご報告申しあげます。
他の経済事犯と違い、戦後の教団の歩みを根本的に誤らせかねない問題です。後世振り返って禍根を残すことの無いよう、確かで慎重なご判断をお願いいたします。


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