報 恩 講 風 景
このページは、地方の一寺院である光輪寺で 12月4日5日と執り行われる報恩講の記録です。この年は、たまたま地方のミニコミ誌の取材があり。 それを契機に写真を撮って見ようと思い。記録に残してみました。
ほんこさんの話
 報恩講とは、宗祖・親鸞聖人を偲ぴ、そのご恩に報いるよう、お念仏をよりいっそう味わわせていただこうということからつとめられる、浄土真宗にとって、一年のうちでもっとも大切な仏事です。
   親鸞聖人は、弘長二年(1262)十一月二十八日、九十歳の生涯を京都でとじられました。そして、聖人の遺徳を偲んで毎月の二十八日に、門徒たちによってお念仏の集いが営まれるようになり、これがさらに大きく広がっていき、本願寺第三世の覚如上人によって法会の基本となる形が明らかにされました。(1294) そして、この法会の集まりを「講」と称し、浄土真宗のみ教えを明らかにしてくださった聖人のご恩に報いる法会であることから、「報恩講」と呼ばれるようになったのです。 〃報恩講さん〃−。まことに親しみ深い言葉です。そしてこの言葉は、念仏者としての美しい生きかたの伝統としてつたえられてきました。お念仏をよろこぷ人ほど「おかげさま」「ありがたい」「もったいない」といった言葉がしみしみと日をついて出るものです。それは、如来の大悲はもとより、あらゆるもののお恵みによって生かされていることへの感謝のこころのあらわれであり、それは、本来どのような恩恵にも浴する資格のない私が……という深い反省につらぬかれているといえましょう。  ところで「報恩講」は、聖人のご命日につとめられることから「ご正忌」とも呼ばれています。  まず、東本願寺(真宗大谷派本山)で、十一月二十八日までの八日間つとめられ、西本願寺では新暦にあらためて一月九日から十六日までつとめられます。さらにこの前後に、お寺を中心に、このあと述べる一般家庭を含め、全国いたるところで営まれます。特に、本山より先におつとめするのを「お取り越し」と言っており、仏教界ではもっとも大きな広がりの中で行われる仏事だといえるでしょう。(仏事のイロハより)
  【季語・冬】
 民族学的にいうと地方寺院の報恩講は、親鸞聖人の遺徳を偲ぶ法要という一面のほかに、秋の収穫祭という一面をそなえているようである。このあたりはキリスト教のクリスマスと同様であろう。 (イエスは12月生まれではありません。念のため)
 季語か冬になっているように秋の農作業から解放された人々が集い、お供えに(お華束)に餅を盛り、お斎に往時としては御馳走を食べる。白米のご飯と甘い飛竜頭。また光輪寺でも以前は、見せ物小屋や縁日がたったりしていたようである。
 今日的には、飽食という言葉すら聞かなくなった日本において、多くの人の手に係った田舎の精進料理を食べることに、別の意義を見いだせるのではないだろうか。
 また、これは想像であるが、非常事態に備えての炊き出しの予行演習をもかねていたのではないだろうか。阪神大震災の炊き出しの手伝いに行ったとき、大量の炊き出しを仕切れたのは、富山から来ておられた報恩講のお斎を造っておられた人たちだった。一向一揆の準備とは思わないが、近隣の共同体を維持する大切な行事という一面も備えているのであろう。

報 恩 講 風 景
全 景 報恩講時のお寺の外観です。
お 斎 お昼に出す、食事(お斎)の出来るまでです。
荘 厳 報恩講時の内陣の荘厳です。
法 要 法要風景です
・写真を多用しているため少し重いです。
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