以下の文章は、布教団連合が布教使に対して配布した資料です。私(管理人)は、「2.各委員の取り組み意見」「3.十項目の背景への積極的な取り組みと意見」に書かれてある各氏の意見に敬意をはらいます、問いに答えて行く姿勢とはこのようなことなのでしょう。私自身も布教使なのですが、布教とは法を讃嘆することなのでしょうが、苦悩や疑問を語ることも讃嘆ではないのかとこの冊子を読んで感じました。
問いを設問自身が間違っていると退けるのではなく、その奥にある問題を見据えることこそが私たちの求められることでしょう。

「御同朋のねがい−基幹運動入門テキスト−」

への取り組みと研究

浄土真宗本願寺派・布教団連合

2001−3/31発行


 

目次

はじめに

1.「御同朋のねがい−基幹運動入門テキスト−」への取り組みと研究

2.各委員の取り組み意見

3.十項目の背景への積極的な取り組みと意見

4.布教上の諸問題

   イ.教学の側から

   ロ.制度、習慣の面から

   ハ.僧侶、布教使の資質の問題から

5.基幹運動からいって布教そのものは何か

   (僧侶、布教使の資質)

6.布教伝道の方向性

   「御同朋のねがい」に関する取り組みの経過

 

はじめに

僧侶の研修会用として、基幹運動入門テキスト「御同朋のねがい」(平成8年7月)が発行され、4年が経過しました。
 その内容は、教団がこれまで行ってきた布教について、厳しく指摘・批判がされています。布教団連合として看過できるものではなく、早速平成9年3月の常任委員会において、種々意見が提示されました。
 申すまでもなく、宗法第2条には「この宗門は、親鸞聖人を…」と、目的が明確に述べられています。まさしく我が教団は御同朋・御同行の教団であり、伝道教団、聞法教団であります。
 しかし、現実には被差別部落や男女の性をはじめとする、差別布教が何回も起こって右り、宗門の基幹運動と逆行しているのが現実の姿であります。
 布教団連合では、このテキストが各種研修会等で用いられており、基幹運動推進部会を中心として、今一度、布教使のあるべき姿を問い直そうという年とになりました。
 なかでも、特に強く指摘された点は、
[1]『差別事件についての中で救済が伝統的布教により説かれている』ということについて
[2]『それまでの布教が、いわゆる「真俗二諦」の宗風によって、社会構造をそのまま肯定することを前提とする生き方を勧めるものであった以上…』ということについて
[3]『差別法名事件箇所』について
[4]『差別と布教』について
[5]『過去帳差別記載糾弾学習会』について
[6]『布教の場のあり方』について
[7]『お釈迦さまは、実際にインドの各地を巡られ』について
[8]『人びとの苦悩や痛みを無視したところで、教団が営々と運営されてきた』ことについて
[9]この課題について
[10] 『第十八願の世界には差別はありません』について
の十項目であります。

 以降、数年にわたり、布教団連合で論議を重ねてまいりました結果、ここに集約いたしましたので今後の布教の糧としていただきたいと思います。
 今更申すまでもありませんが、布教使はただ単に経典の言葉を伝えるのではなく、絶えず研鑽にはげみ、反省と点検を怠らないようにしなければなりません。
 まずこの私から、差別解放への思いを常に持ち、差別撤廃に向け共々に積極的に取り組み、より一層学びを深めて行きたいものオあります。

1.「御同朋のねがい一基幹運動入門テキスト」への取り組みと研究

 「御同朋のねがい」という本が発刊され(平成8年7月)、本願寺教団の僧侶研修会のテキストとして使用されました。そのねらいは、基幹運動が推進される中で差別問題との取り組みについて特に、本願寺教団が行っている布教伝道、布教活動の現状に対する厳しい指摘と批判、そして、その根底から出て来る方向づけにあるといえましょう。

 本願寺教団は、その特質を示して、次のように定義づけています。宗法第2条に、「この宗門は、親鸞聖人を宗祖と仰ぎ、門主を中心として、宗制に掲げる浄土真宗の教義、本尊及び聖教を信奉し、並びに宗風を遵奉する個人及び本山、寺院、教会その他の団体を包括し、その教義をひろめ、法要儀式を行い、僧侶、門徒その他の信者を教化育成し、他力信仰の本義の開顕に努め、人類永遠の福祉に貢献することを目的とする」といって、浄土真宗の本尊、教義によって、その教義をひろめ、そして、他力信仰の開顕に努めることが、人類の永遠の福祉になることを強調しています。
むしろ、人類永遠の福祉は、他力信仰によってあり得るという強い意味によって、教団の目的、役割があることを特徴づけているといえます。この点からいって、われわれ教団のことを、伝道教団、聞法教団、同朋教団ともいっています。
 一味の信心に住するその教団内において、殊に、布教の現場で差別布教が起こりました。ある布教使が、ハンセン病患者へ、無知と偏見とによっで差別の布教をしたのです。また、布教使研修会場における差別発言、差別落書事件などが数年のうちに何回も起こりました。
 このたび重なる差別布教、差別事件等については、既に、宗務機関の方法を用いてその取り組みが伝えられたことであります。
 そして、その起因を問う中で、差別の布教が、差別事件が、ただ単に個人的な原因に止まるのでなく、教団全体の問題として、教団が持っている差別の構造として取り組んでいくことが基幹運動の推進として強く指摘されているところであります。
 この一連の学びと運動推進の中で、「御同朋のねがい」基幹運動入門テキスト−」が発刊されました。
 この発刊の意図が、点検糾弾会回答書(第5回)「サットヴァ」(1996.8.10.号)に、「差別の現実に直接学ぶため」といって的確に明記されていることによって十分知ることができます。
 差別の現実に学ぶことを通して、テキストがいう諸問題に取り組んでいく中で、本願寺教団が、布教使が、今までに行ってきた
布教、伝道への問題点、文言表現等への批判、指摘が果たしてどうであろうか、現状の布教伝道が、テキストがいう捉え方でよいのだろうかという指摘が浮かび上がったのです。テキストがいう諸問題と真摯に取り組む中で、新しい指摘が持ち上がったのです。
 教団の布教伝道への方向づけとして、その機関である布教団連合において、平成9年度から「布教団連合基幹運動推進部会」を設置して、「テキスト」への新しい指摘の研究と取り組みが行われることになりました。数回にわたる取り組みの中から出された問題を集約しますと次の十項目になります。

[1] テキスト52頁

 『現実の差別意識と傍観者の意識をたくみに利用してひきおこされたのであります。そこでは、いわゆる「救済」が伝統的布教に則って説かれています』
  という、その伝統的布教とは何を指しているのか。

[2] テキスト55頁

  「それまでの布教が、いわゆる「真俗二諦」の宗風によって、社会構造をそのまま肯定することを前提とする生き方を勧めるものであった』
  とは、何を指すのか。

[3] テキスト62〜63頁

  「死後にまで現世の身分差別が続くことをみずから行ってきた差別体質が問われた事件です。−中略−来世での救済という幻想をふりまき、云々』
  という意味と内容は何か。

[4] テキスト75頁

  「これらのたび重なる差別法話・布教現場における差別事件は、個々の僧侶・布教使の差別問題への自覚の欠如に原因があるといった性質のものではなく、私たちの教団における現状の布教活動そのものに起因している』
  という布教活動そのものの否定とも受け取れるその内容とは何か。

[5] テキスト75〜76頁

  『門徒衆の前で説教されるときだけ宗教語とその概念が通用して・それからは奪れた世界では全然それが通用しないようになっているのではないか』
  という僧侶の姿勢と態度、布教に対する問いかけは何か。

[6] テキスト77頁

  『布教とは、僧侶が教えを門信徒に本堂やお内仏の前だけで語り伝えることというように思っているのが現実です』
  という指摘に対する問いかけ。

[7] テキスト78頁

  『お釈迦さまは、実際にインドの各地を巡られ−−中略−−さまざまな人びとに共感しながら、その共感の思いの中でそれらの人びとと共に教えを説き、教えに聴いていかれたのでしょう』
  という指摘は。

[8] テキスト78頁

  『人びとの苦悩や痛みを無視したところで、教団が営々と運営されてきた』
  という指摘は。

[9] テキスト78頁

  『人びとの苦悩の中から何を学んでいくのかということを、現在の私たち一人ひとりの課題としなければなりません』
  という問題提起と取り組みについて。

[10] テキスト68〜69頁

  『十八願の世界には差別はありません。これははっきり申しあげることができます。真実の浄信の世界には差別はないのです。−−中略−−お聖教の言葉の中に逃げこんで、専門用語をしゃべってことたれりとする』
  という表現に対する問い。

等の十項目にまとめて、基幹運動推進部会は、今、全面的にテキストがいう諸問題と取り組み、この本が指摘批判する背景、内容、方向づけ等を明らかにすることで確認し合いました。
 他方、各教区での僧侶研修会で、「御同朋のねがい」が、テキストとして用いられたと伝えられていたが、なぜか、テキストヘの反応、意見、表現文言への批判等が本山へ寄せられていないようです。
 あるブロック布教使研修会で、テキストヘの取り組み、意見等について尋ねても、なぜかあまり問題になっていなかったと印象に残っています。この時も今後の取り組みを依頼したことでした。
 その後、伝道部、教務所などへの問い合わせ、意見内容などの連絡もないようでした。
 その原因がどこにあるのか、その内容を直接つかむことは難しいが、基幹運動推進部会委員の集りの意見を聞いてみますと、

(1)この本をほとんど読んでいないのではないか。
(2)読んでいるが、自分とはほとんど関係がない、という見方ではないのか。
(3)読んでみたが、自分の問題とまではならない。だから、問いが起きない。
(4)また、問題となっても組織機構までの問題とはならない。
(5)テキストとして用いられた中から、その取り組みへの声が聞こえてこないのはどうしてだろうか。
等にまとめることができます。

 このような経緯の中から、布教団連合では、常任委員会なども経て、基幹運動推進部会において、このテキストが意図することと取り組み研鑽することによって、布教の今後の糧とすることでその方向性が定まったのであります。
 このような研鑽の中で、最も特記すべき点は、基幹運動推進の中で、テキストに対する反応が鈍いということに大変危慎を感じます。個人という点では見えなくても、教区、各ブロック等という組織の上において、何か意見、反応があっていいのではないだろうか。
 基幹運動が、布教使自らの取り組み、教団全体の取り組みとなっていないのだろうか。もし、そうだとすると、そのことも含めて、このテキストヘの取り組み研究が、より一層重要になってくるという確認でありました。
 また、続いて、テキストがいう文言、表現として指摘する点について、ただその表現を柔らかく言ったり、表現を言い換えるという手作業だけで問題が解決するのかどうか、ということへの確認でもありました。
 差別問題への取り組みの最も重要なことは、自らが、差別への思いを起こさない差別の撤廃と取り組むということであって、このことを直接布教使が、教団が、テキストを通しながら具体的に学び取ることへの確認となりました。

2.各委員の取り組み意見

 しかし、このような指摘に対して、反論とは言えないが、疑義の念をもって語っている委員がいます。その要約したものを紹介します。
 A氏は、十項目として取り上げられている文書表現にふれて、「『幻想をふりまき−−中略−−差別法(戒)名でわかるように、その身分差別は未来永劫に果てしなく連続する』(テキスト63頁)などの表現に不可解さと、この文章を書かれた僧侶への不信と疑問を感じている」と言っています。
 続いて、「『立派な教え』(テキスト76頁)という表現は、教義・教学を揶揄する言葉ではないだろうか」と、それぞれの個所を通して疑問をなげかけつつ、「全体的に言って、教団の布教活動そのものが差別布教への起因となっているのではないか、という捉え方は、本山、教団の布教活動をそのものを否定することにならないだろうか、どのように受け止めたらよいのだろうか」と不安の念を抱いています。
 また、M氏は、「伝統的布教法とは、具体的に何を指すのかよく分からない」と言って、文言表現の意味の不明瞭な点を指摘しています。
 また、O氏の取り組みは、「それまでの布教」(テキスト55頁)という表現を受けて、「この言い方は一方的であって問題がある。
その理由は、布教は、原稿、スタイルには、それぞれの布教センスによるところが多いと思うから」と言って、立場の相違をあげています。
 続いて、「幻想」(テキスト63頁)という文言個所での反対意見として、「真実の救済に現生正定聚ということは語られなかったのでしようか。幻想という文言を使ったのはどういうことでしょうか」と言って、この表現と表現から出てくる背景にふれた疑問を投げています。
 さらに、「布教活動そのものに起因している云々」(テキスト75頁)について、「文言の訂正をしてはどうか」と提示。
 また、「来世への逃避を祈るという布教がなされてきたのでしょうか」等の考えが示され、立場の相違がくっきりしています。
 T氏は、次のように指摘しています。
 テキスト63頁の「あたかも、輪廻からの解放があるかのように
説きながら」という文言にふれて、「輪廻からの解放を説いては、いけないのでしょうか。お念仏の来世での救済は、輪廻(生死)からの解放のはずです。生死出離は、仏教の目的、大涅槃(当益)です。お念仏を頂いた現生正定聚の者が(現益)、必ず参らせていただく真実の世界であり、幻想では決してありません。なぜ、このような表現をなさるのでしょうか。理解に苦しみます」と苦慮と不明を含みながら問いを発しています。
 続いて、差別事件が「布教活動そのものに起因している」(テキスト75頁)と述べている点に触れて、「布教使の布教内容は、仏徳讃嘆のほかありません。仏徳讃嘆に差別事件の因があるとしたら、釈尊のお説きになった大経をどう頂いたらよいのでしょうか。大経は、十方衆生を救済なさった、無量寿仏威神功徳不可思議なることをご讃嘆なさった経典ではないでしょうか」と、布教使と布教内容の側から疑問を投げかけています。
 また、「『立派な教え』(テキスト76〜77頁)という表現は、み教えそのものと、布教使の布教活動を軽視する言葉と誤解をされるのではないでしょうか」と、文言の使い方へ配慮するよう一石を投じています。
 さらに、「『来世への逃避を祈るという章味での〔往生〕』とテキスト76頁に書かれているが、平生業成の教学からは、来世を祈るという言葉では使われていはずです」。続いて、「あたかも、布教使が、布教の現場で使っているかのような誤解を招く表現は、問題があるのではないでしょうか」と疑問視しております。
K氏は、テキストが言っている問題、課題について、各項目ごとに指摘して意見を埣べています。
 まず、「伝統的布教法」(テキスト52頁)と言われている点にふれて、「覚如上人や蓮如上人以後、本願寺教団が、時代相応の教学により形成されてきたが、教団の都合によって教学が改竄され、その結果、差別の布教がなされてきたことを指すのであろうが、いきなり、伝統的布教と言われては、背景を知らない者にとっては、その表現が、宗祖以来の布教法が差別行為を惹起してきたかの如く錯誤されかねません」と、テキストの表現は問題ありと指摘しています。
 続いて、教学の問題(テキスト55頁)、殊に、真俗二諦にふれて、「真俗二諦は、車の両輪の如く対時することは誤りである」と言い、「ただし、教団という法人格は、世俗の王法によって社会に存在するものであるから、対時は、法人格放棄の覚悟も必要である」とまで言って、真諦の優位性を位置づけています。
 しかし、この考え方は、真諦を重視するあまり、却って、社会を無視し、その上に宗教が成り立っているかの印象を与えるという矛盾の課題を残しているようです。
 次に、「来世での救済という幻想をふりまき」(テキスト63頁)にふれて、「まず、死後までも差別法名で、差別し続けてきたことによって、先の文言となったといえば弁解の余地はない。しかし、この文言を肯定すると、浄土往生という来世の救済が、虚偽だということになってしまう。同じ教団人として、この文言に配慮して欲しい。その理由は、俗世における差別の実態があったとしても、弥陀の救いを信じる者の平等なる浄土のいのちの転生は、間違いないからだ」と、論証しています。
 これに関連して、「浄土と、その死後の救済を『幻想』と表現する人が、教団人と言えるのでしょうか」と鋭く指摘している。これは、注目すべき発言だと言えましょう。
 続いて、「立派な教え」(テキスト76〜77頁)については、「布教式までも否定するのでないか」と指摘しています。
 そして、差別布教が惹起するのは、「現状の布教活動そのものに起因している」(テキスト75頁)という点にふれて、「全布教使の布教活動が駄目だということではないでしょう。また、現状の布教活動への改善に取り組み、その成果も認められるのであるから、テキストが言う指摘は、教団及び布教団連合への過言ではないだろうか。一考を願いたい」と、苦言をもって指摘しています。
 H氏の指摘は、「宗祖の教義に基づいて布教すべきである。それをのに、『伝統的布教法』(テキスト52頁)とは何を指すのか。宗祖教学と異なった教学があるのか。文言、表現の理解に苦しむ」と、反論しています。
 続いて、「幻想」(テキスト63頁)という表現にふれて、「幻想とは、夢、幻のことで、とりとめの無い空想、ありもしないものことをあるように感じること。この意味だとすると、布教者は、人を証かす者なのか。まして、宗祖は、念仏浄土を説いて、人を証かされたのか、そうでないというとテキストの表現はもっての偉かと言わざるを得ない」と、痛烈に憤慨をもって正面から反論しています。

3.十項目の背崇への積極的な取り組みと意見

 先に、十項目の背景について反論、批判などにふれたが、今度は、全く逆のテキストがねらいとするところを積極的に取り組み、差別の布教が生起した問題と取り組みを通して、今後の布教団、布教使の方向性としたいものです。

 十項目の各項目ごとに、テキストがいう意味を各委員が真撃に取り組んで、さまざまな角度からでた意見を列記します。

[1] テキスト52頁

『差別事件についての中で救済が伝統的布教により説かれている』ということについて

A氏 「そもそもこの伝統布教とはどんなものですか。あまりよく分かりませんが、今日まで差別を受け続けた現実があっても、いずれ(来世)は、浄土へ往生できると説かれることを言うのでしょうか。」

B氏 「私は伝統的なものを考えますと、それが契機になり、現代に即応した教学の布教法の構築が必要になると思います。」

C氏 「従来は弱者と強者を比較相対的な比楡を多く用い、自らを優越感に位置づけ、他人と比べて喜ぶことを語ってきたところがあると思います。そのことに気づき、新しい方向づけをすべきではないでしょうか。」

D氏 「今思いますと[ともすれば差別の布教と気づかず、また差別の布教をし、門信徒に苦悩を与え差別を温存してきたことなど、教団、布教使の布教のありようを言っている]と、真摯に受け止めています。」

[2] テキスト55頁

 『それまでの布教が、いわゆる「真俗二諦」の宗風によって、社会構造をそのまま肯定することを前提とする生き方を勧めるものであった以上・・・・」ということについて

A氏 「それは[信心第一主義]と言われ信心獲得すれば、自ら差別の問題は解決するというものでしょ。これは観念論的真宗の理解でして、現実の差別に対する傍観者であり、まさに責任逃避している姿であり、このテキストの意味を受け止めていると言えます。」

B氏 「ややもすると、環実問題から目を背けている布教使への厳しい指摘であり、積極的に自らの取り組みを表明しています。お念仏さえいただければ(信心正因)と仏徳讃嘆している布教使や熱心に聴聞している人びとの大半を、現実逃避型と決めつけるのはどうか、と思います。」

C氏 「差別事件、差別布教が惹起した原因の一つに教学の問題があり、特に真俗二諦、業・宿業、信心の社会性の諸問題が指摘されています。ことに三者懇が提起していることは注目すべきであって、僧侶・布教使個人、教団全体が学ばなければならないもので、今後の大切な方向性を担っています。
 この意味で真俗二諦の宗風にみれて、次のように言っています。
[真諦と俗諦は車の両輪のようなもので、真諦は浄土への道であり、俗諦は王法を指し、これを両輪の如く宗風として位置づけ、王法と権力との妥協という倫理性を教学とまで位置づけ、社会の身分制度(差別制度)を容易に認容し、真諦でこの制度を批判・是正することを見失い、差別法名、差別墓石等、差別を温存、助長を保持してきたのです。そして念仏さえいただければと、教学が勧められていたのです。]
 また、業・宿業についても、差別の布教に大きく関わってきたことは否定できません。仏教は本来、大衆の教化・救済という目的があります。しかし、時代の支配権力が強くなってきますと、その力と安易に結びつき、特に明治維新後は来世救済が力説されて、現世は世俗の法に従うべきとされてきました。[悪しき業論、アキラメの信心]という、非本来的にものをつくり出しました。そして現世の差別を肯定し続けました。その結果、社会の問題にも目を覆うという閉鎖性につながりました。そのようなことに対する問いかけが信心の社会性でありましょう。
 およそ、16年前に信心の社会性という言葉が生まれました。でも、その意味の伝達が充分に理解され、取り組まれているとは思えません。それは、次の表現でも伺い知れます。
(1)浄土真宗は社会の問題とは無関係である。
(2)信心さえいただければ差別はなくなる。
(3)差別問題に関わっている人、運動する人は、まず信心を獲得することだ。
(4)差別の取り組みにおいても、僧侶、布教使は、一般とは少し異なるという姿勢。
(5)教えに生きるということが信心のありよう、心の持ちようによるという域を出ない、そして煩悩心があるから差別はなくならない。
という表現に代表される教学の理解によるものであって、教団人全体の信心のありようが問題視されたのです。そして社会を批判し、方向づける力さえも見失ったと言わざるを得ません。
 まさにテキストの教学への研鑽と方向づけに対して、教団全体が真摯に、積極的に取り組むべき課題でありましよう。」

D氏 「簡単に言いますと、それはそれ、これはこれという布教をしてきたのではないでしょうか、それが問われています。
 宗意安心と社会の問題とは別のこと、念仏さえしておれば聴聞とお参りを勧めた結果、社会問題から逃避する念仏者が育ち、今をそのまま肯定し差別の現実を見抜くことができないため、差別を温存し、生み出してきたのではないかと思います。」

E氏 「業・宿業の教学への研鑽の方向性として、小森龍邦氏の説は、[前世という概念を否定してはならない。人類の歴史的、社会的な業の総体を共業と位置づけ、その一部を背負っている。そこに宿業を認知する。その場合、不共業を個人のなしたる業果を個人が受容させられるということは、悪しき業論の一種である。共業そのものを人間総体が形成した社会業と考えることができる。]と言われています。」

[3] テキスト63頁

 『差別法名事件箇所』について

A氏  「現在、差別法名輝去帳の書きかえが行われている。死後まで現世の身分差別を継続させた行為を行ってきた教団の本質を慚愧し、改めねばならない。」

B氏  「来世で、救済という幻想としか受け取ることができなかったことは、現実の問題をそのままにして、ただ、浄土往生して成仏できるから、今は仕方ないというような布教であったのではないでしょうか。念仏者としての生き方とか、今現に正定聚と言いながら、現実は差別を肯定してきたということではないでしょうか。また、死んだら仏と言いながら死後にも現世を引き継ぐように差別法名、差別添え書き、墓石の差別浩名を書かれていたとは知らなかったのでしょう。その意味を知った時の気持ちは、察して余りあります。幻想でなくて、差別解消という希望をもって生きられるような布教でありたいと思います。」

C氏 「来世でも法名で差別されているのであるから、幻想と言われても仕方がない。ただ、表現上少し紛らわしく混同されやすいが、浄土教を説くことが幻想とは言っておりません。」

D氏 「来世の救いを説く者が死後にまで、差別法名で差別しつづけてきたことは、来世での救済という幻想をふりまいたと言われても、弁解する余地がありません。謗法の咎を深く慚愧するとともに、身を粉にしても正しい法の実践に徹しなければならないと思います。」

[4] テキスト74〜76頁

 『差別と布教』について

A氏 「[逸脱した真俗二諦観、悪しき業・宿業諦、社会性のない信心理解]等、をもって言ってきた伝統的布教法を[立派な教え]として、僧侶が門徒を見下し、説いてきた歴史的事実があり、指摘の通りであります。改善のために、布教団連合では、基幹運動研修会への積極的な参加を促すとともに、布教団通信等で教材を堤供して、その改革に精力的に取り組んできました。しかし、前述の事柄に乏しく多忙な布教使、運動アレルギーといわれる布教使、体質改善がはかばかしくない布教使もいて、差別事件の続発が案じられる状況です。」

B氏 「親鸞聖人は、法然上人をよき人として、如来の本願に救われていかれた。『愚禿釈の鸞建仁辛酉の暦、雑行を棄てて本願に帰す』(浄土真宗聖典[註釈版]439頁。以下、註と記載)と一派を建てられた。立派な蓼えが浄土真宗と受け止めています。」

C氏 「立派な教えが現実社会のさまざまな問題や、人びとの苦悩と遊離したところに存在しました。その[立派な教え]を語る場で、差別布教が行われ、苦しみ、悲しみを与えてきた。業・宿業の思想をもって、あきらめの信心を説き、差別を温存どころか助長してきました。[立派な教え]ではあるが、現実に生きた教えではないと受け取られるような布教、法話であった。法衣を身に着けた時、浴衣を着けた時との違い、社会より乖離した実生活を見たとき、教えは立派であるが、その教えに生きる姿を見ることができなかった。第十八願の世界は、差別はありませんと言いながら、最近まで男中心の社会ということに気づくことなく、女性の法名に、[尼]という字を付けて、男性は当たり前、女性は特別ですとしてきた事実は、[立派な教え]と現実の違いそのものでありましょう。自分の言葉で、生活の言葉で宗教が語られなかったということでしょうか。」

D氏 「差別法話や差別事件が起きるのは、布教使個人と布教使同志の自覚のなさ、差別布教を見抜く学習不足。教団や僧侶の体質等を学ぶことも、継続して行かねばなりません。
布教使の目的は、如来さまが成就して下さった衆生救済の仏事[仏の仕事]を讃嘆させていただき、お念仏を勧めることにあります。如来さまのお仕事を布教使の仕事と勘違いし、思い上がるところに、僧侶が一段高い位置に立ち門徒を下に見ていると思います。このことは門信徒のお聴聞する意欲を損ない、如来さまのお仕事を邪魔する行為となります。生涯、肝に銘じておかなくてはなりません。しかし、[立派な教え]という表現はみ教えそのものと、布教使の布教活動を、軽視する言葉と誤解されるのではないでしようか。」

[5] テキスト75頁

『過去帳差別記載糾弾学習会』について

A氏 「布教使、僧侶が聞き手の立場に視点をおいていない。自分の世界でしか、教えを語ることができないということす。現実に『お聖教』という言葉が理解できないし、「第十八願』、『第十七願』といっても分からないという現実を知らなければ、死んだ宗教語、死んだ教えとなってしまいます。現状をあきらめさせて、来世への逃避を祈るという意味での往生について『差別を支える役割を果たしてきた浄土真宗の布教』という表現を検討するより、現実にそのように受け止められてきた布教そのものを反省しなければ、本来の浄土真宗の教えに生きる姿は出てこないであろう。
 例えば、後生たのみ、後生願いということが言われてきたということは、現実逃避そのものであり、その語りかけの中に差別を支える意味のあることに気づかなかった、ということでしょう。この教えを聞き、この教えの中に生きてほしいということの中に、差別解消の意欲が感じられるような布教でありたいという気持ちをもって、真実を語りかけたい。」

B氏 「被差別部落の人々が自分たちの悩みや痛みを共感することなく、教えを専門語で語れば、それで役目が果たせると認識しているようにしか思えない布教に対する指摘でしょう。しかし、それは被差別部落の人びとのみに関わる問題ではありません。今やその硬直化に対しては、ことあるごとにご門主様が、そして総長が訴えられていることです。
 それにつけても、ただ易しく話せばいいということではないのです。生あるものの悩み、苦しみを解決していただき、大安心の自身の信心を布教することです。そのとき布教使が専門語で逃げるという指摘があるのは、大安心を現代人に取り次ぐ言葉を持たないからと言えます。自身の安心を自分の言葉で話すとき、易しい、難しいということを超えて、法の加備力は、いのちある言葉となって伝わるものといただいております。
 また「来世への逃避という発想]について、この表現は如何かと思いますが、業・宿業の問題とともに、浄土真宗の教えを布教するという名目のもとに、果たしてきた事実を踏まえ、『世をいとうしるし』の生き方に粉骨努力あるのみです。」

C氏 「私は全面的にこの問題を自らの問題と受け止めて、業の問題は、まさにそのものであつた。差別を支える役割の布教を行ってきた。なお、表現的には問題ないと思う。」

D氏 「布教は自信教人信であり、法帰依・法灯明、自帰依・自灯明と生活させていただくのです。すなわち信心に生かされるものの自己活動であります。教義を教義として説くのでなく、教義を生活の中に咀嚼して、私の言葉で伝えていく布教でありましょう。」

E氏 「歎異抄(註842〜844頁)に業縁、宿縁の言葉が出てくるが、それのみを取り上げると、決定論的になってしまう。
 『それほどの業をもちける身にてありけるを云々』の、ご文を切り離してはいけない。教義の上では、機の深信、法の深信は二種一具だからして、人間の実相をとらえると同時に、あくまで本願をよろこぶ世界でなくてはならない。」

F氏 「『現状を諦めさせ、来世への逃避を祈る』ということについて、各教区では往生浄土の研修会を繰り返し行ってきたにもかかわらず、差別の布教が今も行われているのなら、研修の成果を問うて行かねばなりません。このような布教がなされたなら、布教使同志で速やかに誤りを正すべきでしょう。」

[6] テキスト77頁

 『布教の場のあり方』について


A氏 「布教は、自信教人信。法は人を通して法は伝わる。聞法する人を通して法は伝わる。信仰に生きる者の自己活動によって相手に連鎖反応し、話し合いとなり、信が深められていくのが布教でありますから、布教、伝道の場は本堂やお内仏の前に限られたものでなく、生活の場、社会どこでも、いつでも布教伝道の場でありましょう。」

B氏 「布教の場は本堂での法座、お内仏の場だけではありません。今後は、より幅広い場での布教が望まれるのは当然です。しかし・蓮如上人が言われたことで、『他宗・他人に対して沙汰すべからず。また路次・大道われわれの在所なんどにても、あらはに人をもはばからずこれを讃嘆すべからず』(註1117頁)」と引用して、機縁の熟していない人びとに対する仏徳讃嘆は仏法に対して誤解を抱かせることにもなりかねません。お寺の本堂、仏事の場に参集された方がたは、自らお聴聞にこられた皆さまです。さらにお荘厳された本堂には、ご本尊、ご開山、蓮師もご一緒です。お聴聞にふさわしい本堂が全国に一万ケ寺以上あります。将来もこれらの聞法道場で、より多くの布教が継続して行われるように望みます。」

C氏 「私は、現実の布教の場が形骸化、硬直化、現状への指摘と受け止め、その改善が課題・問題です。生活の場の悩みに共感して行う布教、伝道の大事なことに、いささか消極的でありました。今後はビハーラ運動への取り組み、ボランティア活動、職場布教、視聴覚伝道など、研究実践活動です。」

D氏 「現実の布教は、テキストが指摘する通りであると真摯に受け止めている。しかし、宗門法規にいう、[布教]にもとる現実を、どう受け止めるか案じています。」

E氏 「確かにそのように思われても仕方のないものが多くあります。布教とは何か、布教団連合では問題にしてこなかったことで、当たり前のこととしてきたことが、このように受け取られていた、ということを謙虚に反省する必要があります。」

[7] テキスト78頁

 『お釈迦さまは、実際にインドの各地を巡られ』について


A氏 「まず教えありき。人びとの苦しみよりも教えはこうだ、ということが先に立つ現実。例えば、永代経の意味をはっきり説明しないまま、お経をあげると言ったり、水子供養は教えにないと言って突き放したりする姿勢は、どちらが先かというよりも、人の苦しみを無視してきたということではないだろうか。テキストの意を充分に受け止めています。」

B氏 「根本的には現場の問題が先、といえるのではないか。釈尊の四諦説は苦集滅道の運び方である。宗祖はご和讃に『如来の作願をたづぬれば 苦悩の有情をすてずして 回向を首としたまひて 大悲心をば成就せり(註6O6頁)』と示され、苦悩の有情を先に出している。『大医王』ということばも病を治すために薬を与えるのであって、薬を与えて病を診るのではない。しかし、どちらが先かということを敢えて述べる必要はない。対機説法は臨機応変であってよいと思う。」

C氏 「僧侶、寺院は生活、経営管理に追われ、葬式仏教になっている。苦悩や痛み、同和問題など、行政や社会福祉に優先されている。僧侶、布教使も社会の一員ですから、地域社会の福祉、同和問題、環境問題など積極的に参加、関わり人びとの苦悩や痛み、いろいろな課題を私の課題として、仏法に問うて行かねばならないのではないでしょうか。」

D氏 「現場の課題について、教えを聞くことによって、現実の問題が見えてくるということも当然考えられるが、そもそも釈尊の出家の原因が老・病・死の苦悩であることから、現実の苦悩が先という捉え方は間違いではない。むしろ、このことを捉えていない布教のあり方だからこそ、問題にされている。」
 

[8] テキスト78頁

『人ぴとの苦悩や痛みを無視したところで、教団が営々と運営されてきた』ことについて


A氏 「教団論というよりもご門徒の立場、地方性を無視された痛みと苦しみの表現ではないか。すなわち布教団連合の課題、方向性として門信徒からの問いに真剣に考える、ということを忘れてはならない。信心の社会性という言葉にアレルギーがあるように、教義の言葉にこだわって、門信徒の問いかけに本当に答えようとしていないのではないか。
教義にこだわって人びとの悩み、苦しみを共に考えるのではなくて、押し付けがましいことになっていないだろうか。」
 

[9] テキスト78頁

 この課題について


A氏 「布教団連合とは、布教使の私です。この私が人間がつくり出した差別の垣根を取り除き、御同朋の社会に生きねばなりません。『世のなか安穏なれ、仏法ひろまれ』(註784頁)と、示されてあります。真宗生活の究極は安らぎの生活でありましょう。」

B氏 「このテキストの内容け、現実にたび重なる差別事件を直視したものであって、私も教団の一員であると同時に、布教使でもある、とすれば、悲嘆述懐の心情を教団全体に対して問いかけたものとして、我々としても謙虚に受け止めなくてはなりません。」

C氏 「蓮如上人に依って再興された教団は、その後中央集権的本末体制が次第に顕著になり、寺階や僧階制度が確立し、幕藩体制に迎合しつつ、差別的教団へと推移し、ことに被差別部落寺院とその門徒衆に対して、特にはっきりと行われました。誠に残念な歴史です。
 しかし、その歴史的宿業を背負う現教団は差別撤廃のために、基幹運動が展開されてからすでに十数年となり、その間、[基幹運動推進御同朋の社会をめざす法要]が行われ、一人ひとりが差別撤廃へ向かって決意を新たにしたのです。内外への漸偲の念を明確にした教団は、決意をもって、教団の自己目的化から脱皮し、本願寺派の本義をまっとうしなければなりません。
 私は、法<教義>を時代即応に発揮するのが教学と理解しています。その場合、時代の苦悩を法を問うことにより、教学が成立するのですから、現実と遊離しているとの指摘は人びとの苦悩に共感し、共に法に問うという姿勢が教団、寺院、僧侶に欠落していることが問われているのでしょう。
 思うのですが、現場の苦悩を二の次にする教学は、現時代に相応しなくなったと言えます。人権思想の高まった今日にあっては、現代相応の教学が樹立されるべきでしょう。
それには死後の救済と本願に生きる<世をいとうしるしに生きる>と並立した教学への発展と、その普遍化をなすべきだと考えます。人びとの現実の苦悩については、苦悩を共感するために現場を共にすることが必須でしょう。被差別部落を取り上げるならば、その対策としては現場実習により苦悩を共感する中から解放への方途を学び、個人として、布教団連合としての課題として取り組むことです。」

D氏 「テキストが指摘する通りである。一人ひとりの課題としていくための布教団として、具体的なプログラム作りが必要である。」
 

[1O] テキスト68〜69頁

 『第十八願の世界には差別はありません』について


A氏 「ならば、なぜ差別の現実があるのか、言い訳をしても解決にはつながらない。」

B氏 「現実と教義の違いを認識できずに・真実信心の世界を語るだけが、本当の布教なのか。親鸞聖人の時代と現代を同じ視点で捉えるのではなく、現代社会に生きる教えであることをはっきりさせる必要があるのではないでしょうか。」

 以上十項目の各委員の取り組みと意見を示させていただきましたが、第四の項目「『差別と布教』について」において、さらに、現状の布教活動そのものを問い改めると言う角度から、次の諸点についてふれてみます。(テキスト74〜76頁)
 

4.布教上の諸問題

イ.教学の側から

(1)救いとは何か

 浄土真宗の救いが成り立つのは、本願成就ということが第一前提であって、横超釈(註254頁)に、『横超とはすなわち願成就一実円満の真教、真宗これなり』と、親鸞聖人が、本願成就が浄土真宗であることを示されています。
 救いの法が求めるに先立って、既に与えられております。その与えられているものこそ名号法であって、衆生の側から向かっていく方向とは全く逆の立場で、仏より衆生(私)へのはたらき「マネキヨバフ」であり手す。
 阿弥陀仏の名義が、阿弥陀経では、光寿二無量だけで阿弥陀とは言っていません。光明無量の次の句が大事であって、『照十方国無所障擬』といい、寿命無量にも『及其人民 無量無辺』といって、阿弥陀仏の光寿二無量の内容が、そのまま衆生にかけられている、そこに阿弥陀仏と言われるわけが成り立っていることによっても、窺い知ることができます。
 そのことをより一層明確に知らせて頂くのが、『若不生者 不取正覚』(十八願文)のご文で、衆生の往生(私)と弥陀の正覚(仏)とが一体となる誓いと言われるご文であります。
 衆生が気がつく前から本願成就として届けられ、与えられているのであるから、名号法は、いつでも、どこでも、誰にでもはたらいていることになります。
 いつでもは今であり、どこでもはここであり、今ここ、というのは私の存在する場を言うのであって、私の居る場に名号がはたらいていて、招喚(マネキヨバフ)ているのであります。私が居るところにはたらきづくめるのであります。
 だから、おはたらきを聞信させて頂くところに『摂取不捨』の身とならせて頂くのであって、摂取不捨の左訓に(註571頁)、『おさめとる ひとたびとりてながくすてぬなり せうはおさめとるしゆはむかえとる にぐるものをおはえとるなり』と、念仏の衆生の摂取の意が躍動していることを感じ取ることができます。
 この摂取不捨は、経文の正定聚と同じ意味として捉えて、『真実信心の行人は、摂取不捨のゆゑに正定聚の位に住す』(註735頁)といって、「滅度に至るのに決定した仲間に入る」ことだと明らかにされています。
 続いて、『このゆゑに臨終まつことなし、来迎たのむことなし。
信心の定まるとき往生また定まるなり』といって、正定聚が、現生、平生にあることを意義づけて、平生の救いの立場であることを明確にしていきす。親鸞聖人は、正定聚を『おうじょうすべきみとさだまるなり』(註679頁)と左訓して、正定聚とは、未来に仏に成ることを期待する身と定まる現生の救いであると頷いています。
 そして、現生正定聚という実感は、単に未来に対する期待、希望だけに留まるのでなく、「誠哉」「慶哉」(註132頁)というご文に窺われるように、「今、ここに」生きる者として、本願に出遇え々喜び、摂取不捨の喜びは、柔軟な心を産み、すべてのものから聞く耳を開くことになり、あらゆるものを生かして見る眼が開かれ、自らの世界だけに籠らない身、生活者となる、真の仏弟子となることでありました。
 そして、同時に、「悲哉」(註266頁)と現実をみつめ々具縛の凡夫を否定し続ける身、生活者でもあったのです。真実の信心の行人の内実が、現生正定聚においていかんなく発揮され々といえるのです。救いとは、本願力による転成の身となることであるということができます。
 

(2)信心の受け承り方


 この項目の中で「信心の受け取り方」ということが問われている点に占れてみましょう。

 宗教一仏教と言われるもので、信心について触れない宗教は無いと言えるほど、信心を説いて語ります。その重要な役割を果たしている「信心の受け取り方」が問題だと改めて言われるのはどこに原因があるのでしょうか。
 それは、本願寺教団、本願の念仏(信心)に生きる者によって結ばれている教団において、差別の事件が起こったからです。
 今日、差別問題、被差別部落問題は社会問題であり、国民的課題であります。にもかかわらず、教団においても、差別を温存し助長してきた歴史があり、なお、今も差別事件が起こっています。
それはどうしてか。この問いに答えるのが、信心の受け取り方の問題でありましょう。
差別の根絶、それを目的として差別の現実に学び、そして、その根本的な取り組みとして「信心の受け取り方」を研鑽する必要があるのです。今日、「信心の社会性」といわれているのがそれであります。
 お念仏のみ教え、如来より賜る信心が、お浄土に参るという心の中だけの受け取り方に、そして、長い間のうちに、仏法に入るためのものとしての意味になってしまったようです。
 もう既にふれているように、信心と社会問題とは無関係であるという型をつくって、差別を温存し、差別を見抜く力を見失ってきたのです。この現実に立って、差別問題と積極的に取り組んでいくとき、信心の受け敢り方を問わずにおれないのです。これは、教団の役割を問う事だとも言えましょう。
 真宗がいう信心とは、他力、如来の本願力を信ずる心であり、その信は、無限の信であって、如来のおはたらきに他ならないのであります。私の心から生じたものではありません。
だからこそ、自力の執心、一切の自己中心的な自己が否定されるのであり、自己の主我性が破られるのでありましょう。
 親鸞聖人が、信心を領解される御文として、『信楽を獲得することは、如来選択の願心より発起す』(註209頁)と、如来の本願力のほかに信心があるのでなく、本願力が私の上にはたらいて信となっていることを明確にされ、その真実心、如実の心によって自力の執心が全く否定されたのです。
 続いて、『自性唯心に沈みて浄土の真証を貶す、定散の自心に迷ひて金剛の真信に昏し』といって、自己中心的な自我、人間の主我性が否定されることとして頷いています。
 逆に言うと、自己を拠りどころとして、自らに固執することが、いかに捨て難いものであるかを物語っているのであり、全く、如来の大慈大悲によってのみ、自らの主我性が破られることであると言っているのです。
 その主我性とは、例えば、私という自己の存在は、全く単独ではありません。時間的にも、空間的にも限りなく多くのものと関わり合ってつながっています。
 このつながりの中に影響し合いながら、自己の存在が成り立っています。しかし、その存在のありようについて、全く気づかず、全く問いを持たず、むしろ、実体的に、固執的に捉えている状態を指しています。
 この自己中心的な自我が、如来の本願力によって照破されるところに、大智大悲として、すべてのものの根源的な命のはたらきというたものがあることを感じ取ることができます。
 自己は、私以外のすべてのものと深いつながりを持っていることを信知せしめる如来の本願力による「いのち」の平等観に立つとき、自己中心的欲望の追求に明け暮れ、閉じこもる煩悩の自らの相がいよいよ常没の凡愚、流転の群生として、自己に固執する主我性がいかに捨て難いものであるかどうかということに深く頷かされます。
 そして、この自己中心的な自己が否定されるということは、お念仏のみ教えが、自らの浄土へ参るという心の問題だけに止まるのではなく、他の人の生き方、他の人がどんな苦しみ、悩みを抱いているかということに、自らが開かれることを意味していると言えるのであります。
 それが、本願の信に生きる行者の歩みでありましょう。そうすることが、差別の現実に学び、差別の問題を撤廃していく自らの根本的な取り組む姿勢であると同時に、教団の果たすべき役割であるということができます。
 

(3)真俗二諦について


 真諦、俗諦の用語は、根本仏教聖典に既に見えるところであって、真宗独自の言語ではありません。しかし、真諦は仏教、俗諦は国家護持と定めて、両者を併立させ、車の両輪の如くに同等の価値として扱い、そこに宗教的な真実が果たせられるように取り扱ったのが、維新期の真宗の特徴でありました。
 親鸞聖人は、真俗二諦を明らかにしていないと言えましょう。
また、王法への期待も薄く、むしろ、仏法に帰依した者達による同朋社会の形成を望んでいたようで、王法よりも仏法が常に優先していたのです。
 この仏法と王法の関係もだんだんと変質し、本願寺の覚如上人は、改邪鈔(註920頁)で、『それ出世の法においては五戒と称し、世法にありては五常となづくる仁・義・礼・智・信をまもりて、内心には他力の不思議をたもつべきよし、師資相承したてまつるところなり』と、出世法(仏法)、世法(世俗道徳)の形で政教関係を述べています。
 また、存覚上人は、『仏法王法は 一双の法なり 鳥の双の翼のごとし 車の両の輪のごとし一つ欠けては不可なり かるがゆえに 仏法を以って王法をまもり 王法を以って仏法をあがむ』(破邪顕正抄)と言って、仏法王法双翼、両車輪を引用しつつ、殊に、王法が優先しているのが特徴であります。
 この思想は、蓮如上人になると更に具体的になった。それは、一向専念の教義で、広く惣村をまとめていく中で、「王法為本、仁義為本」の思想を、教団の「捉」として念仏の行者に厳しく守らせようとした。
 蓮如上人は、教義の根本として、「一向専念」を説き、入信後の信者の規範として「王法為本」を要請し、前者は真諦、後者は俗諦に相当するものであった。けだし、この両者は思想的な統一性はなく、信仰と実践は背反したままに成り立つのです。
 この影響を受けて、江戸時代中期(明和年間)の「慧琳」が学匠として個人的に真諦は法王(仏法)、俗諦は仁王(国王)とし、両者は鳥の両翼の如くと解釈しています。
 また、江戸中期には、性海という学匠が、「二諦並べて勧め」ています。しかし、仏法より王法(政治)を優先し、政治の完遂が仏法の存在となり得るという思考が強いようです。
 ここで、王法為本と真俗二諦との相違点にふれてみますと、王法為本は教団が社会的に摩擦をおこさせないための、捉、定、制法などであり、必然的に教義から生ずる倫理ではない。
 それに比べて、真俗二諦は仏典上による語句であって、王法優先、世俗厳守を説く。俗諦が教義の範疇に入ることになります。
俗諦の典拠は、大経の五悪段とする例が多いようです。
真俗二諦の思想は、明治維新になって天皇制国家が成立すると、個人的な思想で教団に定着するのではなくて、教団自体において取り上げられ、より一層具体的に展開されました。本願寺の広如上人は、明治元年(1868)に、『真俗二諦相い妨げずよう 門徒末々までも厚く申し諭し』と言って、真俗二諦が教団の基本的な理念とすることを示して公的な意思表示として示されたのです。
 そして、続いて、広如上人の御遺訓御書で体、ご消息の形で明治4年に出されています。
 『夫、皇国に生をうけしもの、皇恩を蒙らざるはあらず −中略− 況や仏法の世に弘通すること、偏に国王大臣の護持により候らえば、仏法を信ずる輩いかでか王法の禁令を忽緒せむや、是によりてわが宗におひては、王法を本とし、仁義を先とし、神明をうやまひ、人倫を守るべきよし、かねてさだめおかるる所なり、是則ち触光柔較の朝益によりて、崇徳興仁務修礼譲の身となり候へば、天下和順日月清明の金言 −中略− 真俗二諦の法義をあやまらず、現生には皇国の忠良となり、罔極の朝恩に酬ひ、来世には西方の往生をとげ、永劫の苦難をまぬかるる身となられ候やう、和合を本とし、自行化他せられ候は、開山聖人の法流に俗せる、所詮此のうへはあるまじく候−後略』と、広如上人が、教団の基本的な理念を「明如」(次期門主)に遺言したものです。
 この文章の中に、皇恩奉載、王法為本、仁義為先、人倫厳守、天下和順、日月清明は、俗諦を示すもので、具体的には天皇制国家への忠誠を示すことであり、殊に、「王法為本、仁義為先」は、蓮如上人の御文章から、「天下和順、日月清明」は、大経の五悪段によるとみられます。
 このことは、真俗二諦思想が教団の伝統的「捉」の思想と、仏教経典における世俗思想との結びつきによって成り立っている真宗独自の理念であると同時に、両者の意味、内容が同一であるという理解にたっていることを物語っていると言えます。
 一般に、明治以後御消息では、真俗二諦を法義、宗義、教旨などと呼び、王法為本、仁義為先を宗意、宗風、宗旨などと呼ぶ場合が多く、これは真俗二諦を教義とみなす立場、仏典に典拠をもつ教えと解釈していると言えます。
 この捉から教義の推移は、天皇制国家の成立によってより一層明確になったと言えます。これは、仏教が天皇制国家にとって相応しないと言って、幕末から維新にかけて排仏論、廃仏毀釈に遭ったことへの克服の論理でもあったのです。
 明如上人は、真俗二諦の意を広如上人から継承し、より一層それを教団内に展開する為に、広如上人のご遺訓に、さらに意註を加えて『消息者、前住之遺訓而、祖師相承之宗義、真俗二諦之妙旨也』と、添書きし、また、自らも消息の中で、『真俗二諦の法義をあやまらず、現生には皇国の忠良となり、罔極の朝恩に酬ひ、来世には西方の往生をとげ、永劫の苦難をまぬかるる身となられ候よう』と、また続いて『明らかに真俗二諦の法義を示し、外には王法仁義の道を守り、内には他力真実の信心をたくはへ、往生の素懐をとげられ候ようねむごろに教えたまひ』などと、真俗二諦の思想を強調し、教団全般の基本的な理念として定着させたと言えるのです。
 

ロ.制度・習慣の面から

 本願寺教団を伝統的に支えてきた農村構造の変化、核家族化に伴う家庭構造の変化による門徒の構成の変化、価値観の多様化に伴い、寺院、仏事などの習慣、伝統の変化により、もう既に、浄土真宗の門信徒として仲間入りしている方がたであっても、伝道が十分に行われているとは限りません。とすると、外部の伝道が今後の布教上の問題です。
 真宗の法に出遇い、それを学ぶ機会を持ちえなくなった方がたに対して、求めてくるのを待つのではなく、むしろ、その方がたに積極的に働きかけていくことが、今後の伝道教団の大きな問題でしょう。教団の役割が、十方衆生への伝道にあることをふまえれば、伝統に安住することなく、積極的に伝道の実に努力すべきときであります。
 

ハ.僧侶、布教使の資質の問題から

(1)社会(時代)動向の認識の必要

 最近の科学技術の進展は著しいものがあり、パソコンによる伝達力の強さと巾、便利さと速さ、的確性、居場所の確実さ、また、ロボットによる人間への援助性と生産性、21世紀はロボットに依る人間への介護などが予想されるように、その技術発展が期待されています。
 また、医学においても、臓器移植、いのちの延命策、薬の研究などに見られ看ように、著しい進歩が見られ、生命に対して人口操作によって左右することができるとも考えられるようになり、生命倫理といった課題も出てきている現状であります。クローン動物を産み出し、人工的に授精を操作し、出生前(男女)診断を可能にした。そのため、人間の欲望を追及していくことが、人間の幸福を満たすものであるという価値観も産み出しています。そして、その考えによって築いた幸福感、いのちのありように対して現状の崩れ、変化することを嫌い、その結果崩れることの怖さから逃るために、その無常(崩れ)をも否定しようとする価値観をも産み出しているようです。(無常観の否定)
 そのために、無常を害するものは排除するという嫌悪感が一方では募り、その結果、禁止事項、捉、ルール等が多くなりつつある傾向と言わざるをえません。
 人間体、その具縛の中で、先の見えない混迷の中にあるとも言えます。今日までの人生観、人生への目的を見失い新しい価値観、人生観を求めていかなければならないようになっていると言えます。
 また、私達は生活の中に、「忍」(耐え忍ぶ)という考え方と実践、「恥」(蓋恥心)という感性と豊かさを生活の中に積み重ねてもっていたが、欲望の追求、自己中心的権利の主張が強くなるに従って、その生活習慣を失い「人に迷惑をかけなかったら、何をしてもいいではないか」という、これまた、自我中心的な安易な考えかたが産まれてきたようです。
 このような、社会構造の変化、価値観の多様化、倫理観の安易さの中から、その方向性を仏教に求めているようです。「いのちの尊さ」「平等のいのち」「生かし生かされる」といったものが、その代表といったものであって、仏教がもっている人間観、生き方と言っていたものが、仏教(真宗)に求められていると言えます。
 

(2)自信教人信、仏徳讃嘆

@自信教人信

  宗門が行う布教とは、自信教人信そのものであります。
  親鸞聖人が布教伝道について、その姿勢を端的に示されたものとして、『念仏の信心よりほかにはなにごとか心にかかるべきと思ひて、よくよく案じてみれば、この十七、八年がそのかみ、げにげにしく三部経を千部よみて、すざう(衆生)利益のためにとてよみはじめてありしを、これはなにごとぞ、〈自信教人信難中転更難〉(礼讃)とて、みづから信じ、人を教へて信ぜしむること、まことの仏恩を報ひたてまつるものと信じながら、名号のほかにはなにごとの不足にて、かならず経をよまんとするやと、思ひかへしてよまざりしことの、さればなほもすこし残るところのありけるや。人の執心、自力のしんは、よくよく思慮あるべしとおもひなしてのちは、経よむことはとどまりぬ。』(『専信尼消息』註816〜817頁)
 というご文によって窺い知ることができます。それは、自ら本願念仏のみ教えを信じ喜び、その聞信しているままを人びとに伝える自信教人信こそ、仏恩に報いることであると言い表しています。その自信教人信が浄土真宗の布教の原点です。
 自信教人信は、大経の「若聞斯経、信楽受持、難中之難」の文意を承けて、「自信教人信、難中転更難、大悲伝普化、真成報化恩」によると言われています。
 自信教人信は、自らが救われることと、人びと(一切の衆生)の救われることとが、別の道でないのであって、全く同じであります。これは、如来さまの悲願、本願の名号を聴聞するからです。
 「如来、無葦の大悲をもって三界を矜哀したまふ」(大経:註9頁)のであって、衆生を自己の問題として包み、救わんがために、無縁の大悲を起し、本願の宗教としての面目躍如として、如来より「己に衆生の行」−南無阿弥陀仏−が与えられ届けられているのであります。
 その行、本願の名号、南無阿弥陀仏こそ如来の大悲の活動であることを「この行はすなわちもろもろの善法を摂し、もろもろの徳本を具せり。極速円満す。真如一実の功徳宝海なり。ゆえに大行と名づく。しかるにこの行は大悲の願(十七願)より出たり」と讃嘆しています。讃嘆の内容のままが自らの救いとなって躍動しているのであります。
 「衆生病が故に菩薩病む」という悲心限りない本願成就の名号法を聞信するのです。衆生が求めるより先に既に届け与えられているお名号を聞信させて頂くのであります。だから私たちの側では機受無作となり、無疑が自力心の否定を意味することになります。蓮如上人が御文章に「一切の聖教といふも、ただ南無阿弥陀仏の六字を信ぜしめんがためなり」(註1196頁)と、その学びの根本を教えてくださってあることをよくよく仰ぎたいものです。
不実の凡夫の思い、体験で人びとに名号が伝えられると考えることが間違いでしょう。親鸞聖人が「浄土和讃」の「真実明」に左訓して
「しんといふはいつわりへつられぬをしんといふ、しちといふはかならずもののみとなるをいふなり」
と釈していますように、他の人びとに伝わる本性を有しているのが、真実の名号であると肯かされます。
 伝道とは、伝えるのでをく、伝わるのであって、伝わって下さったみ法を「それおもんみれば、信楽を獲得することは、如来選択の願心より発起す」(註209頁)と聞信するそのままが、聞く人びとの心身を揺り動かすことによって伝道が成り立つのです。
 伝道は、自らの聞法によって成り立つのであって、聞法が、そのまま伝道であります。伝道が人びとに喜びと安らぎを与えることができるのは、自らの聞法があるからだということができます。
 聞法、聴聞の呼吸を窺ってみますと、聴は此方より注意してきくなり、聞は先方の声の耳に入るなり、と言って、「聴」は、こちらから向こうにむかって耳を傾けて注意して聴く事であり、つまり、耳が声の入るのを待つのであります。
 それに対して、「聞」は、耳が声の入るのを受けるのであり、向こうから声が耳に入るのを受けるのです。他動的に聞かしめるものが先行しなければ成り立たないのです。
 これを言い換えますと、聴はきくのであり、聞はきこえるのであります。
 また、聴と聞との関係をみますと、聴かなければ聞こえない。
だが、聞こえるのは聴いたからであります。

 この意味合いを和讃では、

たとひ大千世界に
みてらん火をもすぎゆきて
仏の御名をきくひとは
ながく不退にかなふなり
(浄土和讃)
 が、前者にあたり、後者の意が、
真実信心の称名は
弥陀回向の法なれば
不回向となづけてぞ
自力の称念きらはるる
(正像末和讃)
でありましょう。

聴は、聞のための機縁でありますが、因ではありません。聞は聴を機縁となるものであったが、本願よりあらわれるものであって、本願力回向の信心と言われるものであります。 元来、聴と聞とは別であります。聴は私の方から、先方の声を聞くのであり、聞は先方の声が、私の耳に入るのです。
聴聞が「ユリテキク、ユルサレテキク」また、「ユルサレテキク」(聴)、「シンジテキク」(聞)という味得となって、いよいよ浄土真宗にいう聞が本願力回向の信心となり、自力無効と信知させられるのです。
 布教伝道が、お聖教の単なる知識の解釈、解説ではなく、また、他力の法をはねつけ妨げる自力心の否定という躍動的に成り立つのも、聴聞の意より言えるのであります。
 また、自信教人信というと、自信と教人信とを分けて、布教伝道といえば、門信徒を教化することだと教化者意識で慢心になったり、人師、戒師という立場に立って、自信教人信という本来の意を失っている場合が多いようです。そのために僧、布教使の教化者意識が強いと批判がおこり、布教に対して不信感さえ出る可能性を含んでいます。
 自信教人信という本願を信知することにょって、本願念仏を喜び、それを人びとにも勧めて念仏させる。その大悲を伝える主体は如来さまであって、私たちの力ではないことを布教者は知るべきでありましょう。

 親鸞聖人が、仏徳を讃嘆するご和讃に、

仏慧功徳をほめしめて
十方の有縁にきかしめん
信心すでにえんひとは
つねに仏恩報ずべし
(浄土和讃)
と言い、また、
他力の信をえんひとは
仏層報ぜんためにとて
如来二種の回向を
十方にひとしくひろむべし
(皇太子聖徳奉讃)
と、讃えられているように、如来二種の回向のおいわれを十方の人びとに、讃嘆することが等しくみ教えが伝わることであり、自信教人信であります。これが、布教伝道の本質であり、この点から言って、他力信心の行者の讃嘆は、諸仏が阿弥陀如来の功徳を讃嘆するのと徳を同じくするということができます。
 このような聴聞の躍動的を章からすると、浄土真宗の聴聞の場とは、自己中心的な我執によって、自分勝手に間違いない、正しい生き方をしていると傲慢にも思い込んでいる私の愚かさを自覚させられる場であり、その私を暖かく包んで下さっている阿弥陀さまのご本願を聞かせて頂く場でもあり、実は、法に依って私を問い続けること、念仏者にとっての実践生活、生涯聞法生活であるということができます。
 

A仏徳讃嘆

 自信教人信は、具体的には仏徳讃嘆となってわれらの躍動となります。
弥陀の名号となへつつ
信心まことにうるひとは
憶念の心つねにして
仏恩報ずるおもひあり
(浄土和讃)
と言って讃嘆する相が、自信教人信となっていることを物語っています。この点から布教を仏徳讃嘆とも言います。自信教人信の内容が仏徳讃嘆でもあるのです。
 そのことが・大経に(巻下)、『微妙の音をもって仏徳を歌嘆す。経法を聴受して歓喜すること無量なり』(註49頁)と、経法に遇い、仏徳のすばらしぎを信知し、讃嘆せずにおれないのが仏徳讃嘆なのであります。
 論註の讃嘆門に、『いかんが讃嘆する。口業をもって讃嘆したてまつる。「讃」とよ讃揚なり。「嘆」とは歌嘆なり。讃嘆は口にあらざれば宣べず。ゆゑに「口業」といふなり。』(浄土真宗聖典七祖篇(註釈版〉102〜103頁)と、讃嘆は、口業をもって、仏徳を称揚讃嘆する行為であって、仏徳讃嘆と自信教人信と、どちらも動的なもので別のものではないことがよく学びとれます。
 

(3)言語、表現の面から

 もう既に、仏教が分かっている人、そうでない人にも仏教用語が一般に難解な場合が多いと言われています。浄土真宗が伝えられるのは言葉によって行われます。だから難解な語句はできるだけ分かり易くする必要があります。
 その場合、どうしても言い替えすることができない言葉、例えば、本願、念仏、阿弥陀如来、他力、信心などは改変することができません。このような仏教用語は不変ですが、その他はできるだけ、どういう話し方をするのか、どのように表現するのか、について研鐙する必要があります。
 続いて、仏語、浄土真宗のみ教えが相手に伝達されるのは、仏語がもっている意味を十分に話すことが必要です。何を伝える、どう話すのか。例えば、往生浄土、名号を聞く、仏願を聞く等についても、実証的、科学的な思考の現代人に語るべきでありましょう。
 その為には、布教に関わる人は、教学にたいして深い研鑽、そして、自らが念仏に生きる喜び、相手に感動(自信教人信)を与えるというプロセスが要求されると言えます。仏教の話をしておればよいという安易な考えで、布教・伝道が行えるという社会の情勢ではないと言えましょう。
 浄土真宗が他の宗教(仏教)とどのように相違し、どのように勝れているのかといった点を明確にすることが今後の課題だといえます。とにかく、浄土真宗の教義(真実)の伝道が必要なのです。
 

5.基幹運動からいって布教そのものは何か

(僧侶・布教使の資質)

(1)運動がめざすもの


 基幹運動(以下運動)は、「御同朋の社会をめざレて」宗門(教団)全体の運動として、展開されています。そして、差別事件が決して個人的な問題でなく、教団全体の問題、差別の現実を常に直視して差別の現実に学び、その撤廃をめざす基幹運動と位置づけ、運動が推進されています。
 だが、その運動の理解は教団全体に十分理解されているとは言えないでしょう。それは、次の発言内容によつて知ることができます。

(1)信心は、如来より賜るものであるから、信心の世界には差別があるはずがない。
(2)信心の世界は純であるから、社会の煩悩にまみれた問題とは無関係である。
(3)私の教区には、私の地域(身辺)には、被差別部落は存在しない。
(4)差別問題を捉えることは、寝た子を起こすようなもので、起きたくない子を無理やり起こすから差別が生ずるのだ。
(5)差別事件は、ある教区内の問題だ。自分には関係がない。
(6)差別問題は、単なる社会の問題であって信心(信仰)の問題とは、無関係である。
などと言って、僧侶、布教使が自らの特権意識をつくって、社会との関わりを見失ったり、差別の事実を直視しようとしない姿勢を招いているのです。その結果、差別を温存したり、差別を助長した僧、布教使と教団の姿があります。
 これらを支えてきたのが、教団の根幹である教学であって、「真俗二諦」「業・宿業」「信心の社会性」の三つのテーマです。
 僧、布教使、教団として、この問題の研鑽に積極的に取り組み、研修において、その成果を深め、僧(布教使)自らが教団の差別の現実を直視し、それを改める糧とすべきであります。
今は、その方向性についてふれてみましょう。

@真俗二諦について

 浄土真宗は、他力回向の信心によって往生浄土を果たすことが目的であって、社会の問題に関わることは必要でないという風潮が真俗二諦という論理で、教団内(明治初期から)に根づいたのでした。
 その真諦とは、浄土へ往生することを教え、俗諦とは、王法、世法によって生きることを説いたもので、時の権力によって規定される面が強く、時代の流れに左右されやすいのです。
 この二つのつながりは、真諦門は、如来の本願の立場から、つねに俗諦門を見直すべきであって、今までの布教が、現実(差別)肯定の俗諦門中心の論理で行われ、そのために、差別の布教が行われてきました。この差別肯定の王法、世法を真諦(仏法の原理)によって正すべきときであります。
 

A業・宿業について

 連続差別事件は、教団そのものがもっている差別構造のあらわれであり、それを支えてきたのが、業・宿業という教学であって、これは真俗二諦と相まって大きな問題提起です。
 仏教は本来、大衆の教化、救済という目的をもって歩んで来ました。その路線も時の支配権力が強くなってくると、特に明治維新後、真宗のみ教えが、来世救済ということが強調され、現世は世俗の法に従うべきであって、現世の平等観は否定されたのでした。それが、浄土真宗という名のもとに説かれ、悪しき業論、アキラメの信心というものでした。これは教団そのものが抱えていた差別構造であり、布教活動そのものでありました。そして、現世の差別の身分を肯定レたことになりました。
 

B 信心の社会性

浄土真宗は、如来より賜る信心であり、他力回向の信心である。
これさえあれば、ということだけに重点が置かれた結果、差別事件や布教が行われたのです。それは、
(イ) 過去帳の差別記載がありながら、それに気づかない体質。
(ロ) 真宗は社会の問距とは無関係である。
(ハ) 信心さえ頂けば、差別はなくなる。信心の頂き方が足りないから差別がなくならない。
(二) お聖教の言葉の中に逃げ込んで、専門語を使ってことたれりとする。
(ホ) 運動する人が、先ず信心の獲得が大事だ。
(へ) 差別の事件を突きつけられても、僧侶、布教使は一般とはちょっと違うという。
(ト) 教えに生きるということが、心の持ちようという域をでない。それは、煩悩心があるから差別はなくならないという表現に代表される。
等の教学理解によって、差別の現実にありをがら、その差別に気づかない。または、眼を背けてしまい、念仏者は社会に関わる必要がないという教学理解の態度に対して、教団(僧、布勢使)の私たちの信心のありようが問われたのです。
 それは、また、信心は社会の問題とは無関係だといって、社会を批判する無力さをも産みだしたのです。信心の社会性とは、差別の現実を直視し、その差別の現実に立ち向かっていく念仏者の積極的な実践の歩みを指しています。
 

(2)教団の課題と一人一人の課題(御同朋の社会をめざして)

 差別の布教が行われてきたのは、教団(僧、布教使)が持っている体質と、それを支えてきた教学にあるという点が明確になれば、教団自らが、布教団連合自らが教学、ことに、三つのテーマ等について研鑽し、差別のない布教がどこの場においても行われるように方向づけするように、教団の名のもとにおいて実践すべきであります。そして、僧侶一人一人が、信心のありようを課題として、蓮の華の出生する地盤が泥田の中のように自らがどこに立って念仏していくのか、という命題に取り組んでいかなければならないと言えるのであります。そして、更に、仏教(真宗)は、個人の心の安らぎ−安心立命−にあると言って、ただその事だけに重点がおかれることは、仏教の一面だけを見ているととになるのであって、人間の生きる方向と、真の幸福を築く社会の指導原理、とはなりかねないでありましょう。個人のなし得ないものをなし遂げるのが教団であります。その点からいって、現代社会が
仏教に求めているものを教団の役割として果たし遂げることが最も重要な課題であり、教団の社会的な位置づけと、人の苦悩に応える伝道教団への課題に応える宗門ということができましょう。
 このようを視点に立って、教団が取り組んでいかなければならない問題は、
 

@世界の宗教としての仏教の優位性は何かを明らかにすること。

具体的には、浄土真宗が真実の教えであることを、思想的社会的変化に伴い再確認することです。

A世界の指導原理として、仏教が時機相応であることを示すこと。

具体的に、仏教がいう平等思想、縁起の思想により、いのちの尊さ、平和、共に生きるなどを明確にすることです。

B今後の伝道の方法を検討すること。

殊に、現在の門信徒以外への「外部の伝道」のあり方を積極的に研鑽すること等があげられます。
外部伝道について大変大事なポイントは、宗教が人生にどうして必要なのか。仏教がどういうみ教えであるのか等について、殆ど無知な外部の人びとに、浄土真宗という優れた仏教(真宗)を伝えていくことが、本来の伝道の目的であることに注目すべきであります。
これが、21世紀への教団の方向づけであろうかと思います。
 

6.布教伝道の方向性

浄土真宗は布教伝道が生命線で、自信教人信であります。
 親鸞聖人のご生涯中、最も精力的な伝道を続けられたのが、関東における20年間であります。そのご苦労の結果、当時関東一円にお念仏の灯がもえあがり、お念仏する人びとが10万人もあったようであります。
 しかも、それらの人びとによって期せずしてつくられた真宗教団は日本歴史上いまだかつて存在しなかった新しい社会が実現していたのです。
@完全に人格平等の認められた社会。
A完全に呪術からの解放された社会。
B一人ひとりが聞法者であり、伝道者であった社会。
 現在においてもなお実現し得ない社会が、お念仏よろこぶ人びとによってはやくも形成されていたことを特に学ばなければなりません。
法は人を通して法は伝わる。聞法する人を通して法は弘まる。
 み教え(教義)をよきひと善知識に遇うて人生をよろこぶ身とならせて頂くことであります。自帰依自灯明、法帰依法灯明の生活であり、信心に生かされる者の自己活動によつて相手に連鎖反応し、話し合いや、質疑応答と進み、信が深められてゆくのが布教でありますから、布教伍道の場は本堂、お内仏の前に限られたものではなく、生活の場どこでも、いっでも布教伝道の場でありましょう。
 教義を教義として説くのではなく、教義を生活の中に咀嚼して私のことばで身で伝えてゆくことです。
 
 布教伝道に三っの形があると思われます。
@説教、法話であります。
A質疑応答であります。
B話し合いであります。
 親鸞聖人は布教伝道に生命をなげだされました。蓮如上人は講を組織し、寄合談合を通して布教伝道されました。

 説教法話は一面には、言い放し、聞き放しということになります。たとえば話の中でわかりにくいところがあっても、尋ねることができません。また間違って聞いても、その間違いを指摘し、正してもらうことができません。わかりにくいところは、尋ねることによって明らかになってゆくのです。

 話し合い法座(法話、質疑応答、語り合い)において人びとと話し合い、聞き合うことによって、わかりにくかったところが、はっきりしたり、間違って聞いていたところが、正されたりすると共に、人の信仰の深さにふれて、お育てを受けたり、話すことばを通して自己もお育てに遇うのです。

 『教書』に、現代は「都市化による地域共同体の弱体化や、大組織による人間管理の強化によって、人間は自らの依るべき根拠を失いつつあります。その結果、自己自身を見失い、ひいては他の人びとの人格や、生命一般の尊厳性をも正しく見ることができなくなってきています。しかもこのことは、人類の文化、さらには宗教にも影響し、伝統的な宗教の基盤をゆるがしています。」と示された通り今日の社会構造の変化、価値観の多様化、生活習慣の変化、自己中心的生き方、その社会の一員が私(僧侶、布教使)ですから、現場である市町村地域の町内会、自治会、公民館活動、福祉活動、同和、環境問題等々に積極的に参加、関わり、人びとの苦悩、痛み、いろいろな課題に共感し、私の課題として仏法に問うてゆくことが布教使の基本でありましょう。
 僧侶、布教使は常に現場に立っことが大事です。

「御同朋のねがい」に関する取り組みの経過

 「御同朋のねがい」(基幹運動入門テキスト)が平成8年7月1日に発刊され、特に「布教における差別問題」と題して、教団が今まで行ってきた布教について厳しく批判されています。それについて平成9年3月11日開催の布教団連合常任委員会において、その批判表現に対して下記の意見等が提示されました。
[1]『問距なのは、来世での救済という幻想をふりまき、あたかも、輪廻からの解放があるかのように説きながら云々』(テキスト6頁)
常任委員意見 「浄土往生・輪廻からの解脱は幻想だというのか」
[2]『たび重なる差別法話・布教現場における差別事件は−中略−教団における現状の布教活勲そのものに起因している』(テキスト75頁)
常任委員意見 「基幹運動の指導のもと、真摯に取り組んでいる現状の布教活動をも否定するのか」
[3]『「立派な教え」が現実社会のさまざまな問題や人びとの苦悩と遊離したところに存在しました』(テキスト76頁)
常任委員意見 「立派な浄土真宗を役に立たない教えというのか」
[4]『布教とは「ただ経典に出てくる言葉を解釈し、伝えるということではありません。また、布教現場は、いわゆる法座の場や法事の場だけではないはずです。−中略−布教とは、僧侶が教えを門信徒に本堂やお内仏の前だけで語り伝えることというように思っているのが現実です」(テキスト77頁)
常任委員意見 「経典・師釈を正しく学び、お取り次ぎする本堂・お内仏での遇法の勝縁を過小評価するのか」
そこでテキストの指摘と常任委員の意見を真摯に受け止め、テキストヘの取り組みを布教団連合基幹運動推進部会に託することになりました。
 平成9年3月27日開催の基幹運動推進部会において、委員から種々の意見が出まし々が、テキストの執筆者及び基幹運動本部と意見交換して布教団連合としての集約的意見をまとめるということが合議されました。その後すぐ年度が変わり、平成9年度から基幹運動推進部会が設置されて、この問題はその部会に引き継がれることになりました。
 その部会では、テキストの執筆者及び基幹運動本部との対話の前に、部においてテキストの指摘に対しての意見統一が必要だとの見地から、その指摘の具体的な課題十項目について検討することになりました。その結果、先の常任委員会において提示された項目については、それらの文章表現に対する不審は、その言わんとすることが理解されれば必然的に晴れることが、その後の部会での分析・研鑽で明らかになりました。また、そうした誤解を与える表現が運動推進の妨げとなると改定を求める意見もありましたが、表現の言い替えということより、差別問題の本質への取り組みが大事ということが確認されました。
 そうしたことからテキストの執筆者及び基幹運動本部との対話を待つことなく、布教団連合としての見解を冊子化して、資質向上の為に供することになりました。
 以上の経過から次の2点を踏まえて、このテキストによる研鑽に臨まれることを進言します。

(1)テキストの指摘の通り、布教とは、ただ経典にでてくる言葉を解釈し、伝えるということではありませんが、経典の研鐙に励み、正しく伝えることを疎かにしてはなりません。また、本堂やお内仏の前だけで語り伝えるということだけでもありませんが、本堂やお内仏は聞法の場として大切であり、正しい布教式によるお取り次ぎを軽視す看ものではないということ。

(2)教義を歪めた教学(悪き業論等)によって差別布教をしてきた史実に、今日なお自ら(教団・布教使)の問題となしえない現状を嘆き、敢えて誤解を招く程厳しい表現をもって指摘されてあることを真摯に受け止めて研鑽すべきであること。

以上


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