尺一顕正様

突然お手紙を差し上げます。11月29日付棚原正智師のお手紙により、あなたの宗
務総長宛の質問状を拝読する機会に恵まれました。その中に拙文批判が示してありま
すので、それにお答えする必要があると存じた次第です。
    前住職でありご子息の英順師ご逝去のお悲しみの中にあって、たらい回しを続ける
宗門に対しご質問なさっている事に対しまして、心より敬意を表したいと存じます。
「還浄」については立場こそ違っているものの、小生も娘を亡くした悲しみを経験し
ておりますし、『季刊せいてん』の記事の件では、教学研究所と九ヶ月間にわたる交
渉を致しました。

    そこで本題ですが、「教団は……老父に対し……お前の息子は自己矛盾も自覚しな
いうつけものだったといわんばかりの言葉を吐いて、私の悲しみの傷口に手を突っ込
んで、引っかき回すような非礼なことをし」というお怒りが、もし、「還浄」という
言葉についてのものであるとすれば、そのお怒りは必ずしも的を射てはいないのでは
ないかと愚考いたします。

    ご承知の通り、宗祖は、私共凡夫が他力廻向の信心を得てのち悟りを開くこと(大
涅槃を証すること)をさまざまに表現なさり、「法性のみやこへかへる」とも表現な
さいました。
    したがって、法性のみやこである浄土にかえることを意味する「還浄する」という
言葉は、決してあなたがお考えのような意味を持ってはおらず、直接には「浄土で悟
りを開く」(往相回向の利益を得てただちに還相回向の利益に入る)ことを示す言葉
です(『季刊せいてんno.47』拙文参照)。ご門主も同じ意味で「お浄土に還られ
た」(中外日報拙文(中)参照)と仰ったのであろうと拝察しております。
    以上、まず、ご子息が他力回向により成仏なさったことを「還浄なさった」と表現
されたであろうことを示しました。すなわち、「還浄する」という表現は、現在よく
使用される「往生の素懐を遂げる」という表現と同じ内容を伝えようとする表現であ
ろうと存じます。
    この「還浄」という表現が宗門で認められるべき表現であることは、当然のことと
存じます。なぜなら宗祖の上述の文や引用文(「本国に還りぬれば、一切の行願自然
に成ず」化巻)にも、ご門主のご親教にも示される表現と同類の表現だからです。む
しろ小生には、総局公室長の返事は宗祖とご門主を貶めているとしか思えません。

    なお、親鸞聖人を開祖と仰ぐ教団において「還浄」という表現が妥当性を持つ根拠
は、中外拙文(下)および『季刊せいてんno.47』の拙文にかなり詳しく提示してお
きました。そこでは、「還る」と言うからには、還る者は「還相の菩薩」でなければ
ならないので、凡夫には「還る」は使えない、という深川、白川両師の立論は成り立
たないことをも、証明しています。
    この小生の主張に対する正確な御反論があってはじめて、総局公室長宛のあなたの
ご質問も正当なご質問となりましょう。

    次に、勧学寮部長が拙文のコピーを「参考までに」届けられた件につきましては、
10月に部長自身が小生に仰っておりました。おそらく「還浄」と表現するの根拠を
提示した文としてご利用なさったのかと推測いたします。部長さんの真の御意図は測
りかねますが、拙文に対するあなたのご批判につきましては、お答えいたしたいと存
じます。

    まず、還浄運動と同朋三者懇の活動とが「関係があり」、沖個人は「還浄」の札を
玄関に貼り付けることを「過渡的な形式」であると判断している、という前提から、
「還浄札推進運動も、人権問題に対する過渡的対策的なアプローチであることがわか
ります」(一部変更して引用)と仰います。これは小生にとってはとても乱暴な議論
に見えます。
    中外の拙文では、「往生と本願」というテーマで三者懇が議論しているのは、実体
的浄土を死後の別世界に設定して信心の社会性を喪失した従来の「信心」の差別性を
問い、本来的な教学(反差別の教学)を回復するためであることを示し、その方向性
と「還浄運動」の方向性とは「現場から往生を改めて問う」という点で一致している
ことを論じています。
    しかし、三者懇の活動と還浄運動とが直接に関係していると主張してはいません。
もちろん、「けがれと差別」というテーマの下で、両者の活動が結びつく可能性はあ
りますが、現在、三者懇で還浄運動について論じ、あるいは推進するということは、
なされておりませんし、小生もそのようなことを書いてはおりません。

    また、還浄の意義を周知することについてではなくて、還浄札を貼ることについ
て、「過渡的な形式」であると言った理由は、中外(中)に書いたとおり、「忌中の
張り札自体の無意味さ」によるものです。
    「忌中」の札を貼るのは、ご承知の通り、その家が死穢に曝されている最中である
から世間から隔離されていることを明示し、もしも中に入ると死穢が伝染するから入
らないようにと、注意を促すためです。江戸時代までは、隔離され家に閉じこもって
服喪しなければならない期間が、けがれの種類によって細かく規定された法令があっ
たということです。このような法令に何らの実質的根拠もないことは、明治時代に権
力の都合で「忌引き」が最高七日間に短縮されたことによってはっきりしています。
したがって、張り札自体が何の根拠も持っていないことも明らかですし、服喪期間を
実質的に持たない現代人にとっての年賀欠礼の「喪中」も言葉に縛られている他律的
な因習に過ぎません。
    一方、真宗は、仏教本来の生き方として、元来物忌みを行いませんでした(蓮如上
人『御文章』参照)。したがって、死去に関するいかなる張り札も不必要だったわけ
です。この伝統が破壊されたのが明治以降現代に至るまでの「国家神道本願寺派」の
時代であることを、中外拙文(上)では示唆しています。
    物忌み不要というおそれなき生き方、すなわち真宗本来の行動への復帰を目標とし
ている還浄運動は、したがって、張り札を「忌中」から「還浄」に張り替えることだ
けを目指しているのではなく、死者が出ると札を貼るという、死穢の習俗全体の束縛
(他律性と全体主義)を問題にしているのです。それゆえ、還浄運動を推進する僧侶
のつとめは還浄の意味を徹底することであることを強調して、中外(中)では「(還
浄を)単なる死亡通知の張り札に終わらせてはならない」と表現しています。死亡通
知として張り札が必要だという思い込みも、死穢思想の変形としてターゲットにして
いるということです。
    以上の通り、「張り札は、過渡的な形式」であるということは「対策的」であるこ
とを意味するのではなく、還浄運動の「徹底化」を意味していることを、ご理解いた
だきたいと存じます。言い換えれば、還浄の張り札へ変更する意味や、これまで忌中
札を張ってきた理由をご門徒とともに考えてゆき、さらには世間一般でも真宗の物忌
み不要の意義を共有することを目指すのが還浄運動であると捉えていただきたいと存
じます。(なお、念のために申しますと、「張り札」は過渡的形式ですが、「還浄」
という表現は、過渡的なものではありません。「還浄」という表現は宗祖のおことば
に根拠があることを、既にご説明いたしました)
    付け加えれば、現在でも張り札を一切しない地域も存在します。さらに付け加える
と、江戸時代的「物忌み不要」論は、当時の身分制を批判する視点をもてませんでし
た。このような歴史も視野に入れておく必要があろうかと存じます。

    なお、宗門のあなたへのご返事が「対策的」であるか否かについては、小生は判断
を保留しておきます。小生には、少なくともご門主が「お浄土に還られた」と仰った
ことを擁護する責任と義務が、宗門(とくに勧学寮や教学研究所)にはあると思われ
ます。その意味で、なぜ拙文が「参考のために」届けられたのか、私にも関心があり
ます。宗務総長からのご返事が届きましたならば、小生にも内容をお知らせ賜れば幸
いです。
    ご清栄を念じあげます。              合掌
                        1999年12月9日
    沖    和史                拝


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