悪人について
『御同朋の社会をめざして・「差別法名・過去帳調査」まとめと課題
1999年4月20日  基幹運動本部事務局』より抜粋P31〜34


(ロ)  何処に立つか
  「愚禿釋親鸞」という宗祖の名告りに込められたおこころをともにいただいていくことが、法名にかかわる教学の営みです。浄土真宗の特色の一つに「悪人正機」があげられますが、それこそ宗祖みずからが、自分が何処にたって念仏していくのかという、自己の位置づけを規定された命題でありましょう。
『浄土真宗本願寺派連続差別事件糾弾総括書』の中で、「悪人」についての新たな学びが提示されています。

《先ほどお尋ねになりました悪人正機の悪人という問題でございます。
これは悪人というのは、経論の一般的な解釈の場合は、いわゆる『十悪五逆具諸不善』と、こうお経に書いてある十悪とか五逆罪を作ったものとか、正法を誹謗するものということでございます。ところが親鸞聖人の場合、もちろんそれはふまえていらっしゃるのですが、もっと具体的に悪人を指摘される場合がありす。それは法照禅師の『五会法事讃』の文章の中に、「但使回心多念仏、能令瓦礫変成金」という言葉があります。それを『唯信鈔文意』の中でご解釈されるのですが、そこに「具縛の凡愚・屠沽の下類、無碍光仏の不可思議の本願、広大智慧の名号を信楽すれば、煩悩を具足しながら無上大涅槃にいたるなり」といわれています。その「屠沽の下類」という言葉の釈の中で、屠というのはものの命を葬る者だ、沽というのは商いをする者だといわれています。殺生を職業としているものや・商人は・その頃の仏教の常識としては下類とみられていたわけです。不殺生戒を犯し、不妄語戒を犯す悪人とみなされたからです。ところが親鸞聖人は、そのようなものこそ阿弥陀仏の慈悲の本願の正機だとみられたわけです。当時商いをするということは、うそをいって人をたぶらかすものとみられ、社会的にも下層とみなされていた、そんな状態がございます。そういう屠沽の下類、これを「瓦礫」といわれたのだとして・「れふし・あき人、様々のものは、みな、いし・かはら.つぶてのごとくなるわれらなり」といい、これを黄金のごとく尊厳なものにかえなしてくださるのが、阿弥陀仏の本願なのだといわれています。ここで親鸞聖人は確かに悪人というものの具体的な視点を、そういうところに置いていらっしゃったということがわかると思うのでございます。親鸞聖人自身が承元の法難で、僧籍を剥奪されて流罪となり、流罪が赦免になっても、後々まで「流人善信」と呼ばれたような、そういう方でした。そして生涯、一介の「念仏ひじり」として民衆とともに生き、むしろこういう屠沽の下類といわれた人たちに、連帯をしていらっしゃる。それが「いし・かはら・つぶてのごとくなるわれらなり」という言葉で、そういうところに悪人というものの具体的な姿を見ていらっしゃったのではないか、そういうふうに思うのでございます》
(『糾弾総括書』三一頁〜三三頁)

  宗祖は悪人を「十悪五逆具諸不善」と捉えてきた伝統的な解釈にとどまらず、「れふし、あき人、様々なものは、みな、いし・かはら・つぶてのごとくなるわれらなり」と、具体的な人間に見ておられたのです。
しかも、それに続けて、その悪人が、阿弥陀如来の本願によって黄金のごとく尊厳なものに変えなされていくという視点が示されています。
  ここにおいて、「愚禿釋親鸞」は、みずからがだれとともにあったのかを示す名告りと受けとることができます。この名告りは、「十方衆生」から自己を切り放つものではありません。むしろ、十方衆生に「私はこのような悪人としての存在なのだ」と、ともにあゆむことを宣言する意味を持つものでした。
  今回の調査によって明らかになった差別法名、添え書き、規定外法名の実態は、宗祖の名告りとはまったく異なった考え方が法名の名づけに混入し、その考え方によって過去帳が記載されてきたことを裏づけるものです。その異なった考え方とは、世俗の権威を様々な形で付与することが法名の価値を高めるとするものでした。これは宗祖の、下層、下類のものをつくりださずにはおかない世俗への批判原理としての名告りに背くものです。
悪人を具体的な視野の中に捉えた宗祖にとって、「愚禿釋親鸞」という名告りは、十方衆生に対するみずからの悪人であることの表明に他なりません。
  反差別の教学を今回の調査を通して模索するならば、まず宗祖の名告りにその原点を見いだすとともに、名告りに込められた批判原理がなぜ見失われてしまったのかを教学の課題として明らかにすることが大切です。


同朋(基幹)運動 トップに戻る

トップページへに戻る