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必具名号

〔題意〕
真実信心には必ず称名を其するが、その称名は後続の行であって、信一念同時に称名を具するというのではない旨を明らかにする。
〔出拠〕
信文類の三心即一の釈の結びに、真実信心必具名号 名号必不具願力信心也。とあり、覚如上人の『本願鈔』には、右の文を挙げて解釈されている。
〔釈名〕
「名号」とはここでは称名のことであり、「必具」とは真実信心は必ず後続として称名を伴うことをいう。
〔義相〕
信文類の「真実信心必其名号」とは、如実の信には必ず相続の称名を伴うということであって、第十八願の信行がそれである。これを逆にいえば、称名となって相続しないような信は真実信心ではないということで、『末灯鈔』に、「信心ありとも名号をとなへざらんは詮なく侯」と仰せられている。「名号必不具願力信心」とは、称名の中には真実信心なきものもあるから「必ずしも具せず」と言われる。
第二十願のごとき不如実の称名がこれであって、『末灯鈔』に、「一向名号をとなふとも、信心あさくば往生しがたくさふらふ」と仰せられてある。
もし、必具名号の名号を法体名号と見るならば、次の「名号必広不具願力信心」という文を解釈することができぬ。ゆえにここにいう名号とは、化身土文類の要門釈に、「助者、除名号已外五種是也」という名号が称名を意味するのと同例で、称名のことである。
真実信心には必ず称名を具するといっても、それは信一念同時に称名を具するという意ではない。
法体名号が衆生心中に満入したのが信であり、それがロ業に現われたのが称名であるから、称名はその初一声といえども信一念より後であって、信心と称名とは同時不離ではなく、前後不離の関係にある。
したがって往因の決定するのは信一念の時であって、信相続の称名は往因に関与しない。
〔結び〕
真実信心には必ず称名を具するが、それは信一念以後であって、称名を往因とするもはない。