“智恵子抄”と私


 

青年の頃の私はまぎれもないロマンチストだった。なかでも詩は特に好きだった。
自分で詩をつくるわけではなかったが、好きな詩はいくつも諳んじていた。
“智恵子抄”に出会ったのはそんなときである。

高村光太郎は中学の国語の教科書に「道程」という詩がのっていて知っていた。
「ぼくの前に道はない ぼくの後ろに道はできる」というあの詩である。
“智恵子抄”はその頃の私の宝物となった。純粋の愛がそこにあるように思えた。
私はその頃つき合っていた女性にこの詩集の愛蔵版を贈った。真っ赤な表紙の詩集がオレンジ色の箱に入っていた。

その女性こそ若き頃の妻である。“智恵子抄”を妻が全部読んだかどうかは知らない。
いまあのときの“智恵子抄”がどこに在るかも知らない。
ただ、この詩集のおかげで私ははっきりとしたプロポーズの言葉を口にしないで済んだような気がする。

若き日のなつかしい思い出である。

 


“智恵子抄”の中で私が好きな詩四編、妻は

“樹下の二人”が好きだという。

 

 人 に

 

いやなんです

あなたのいってしまうのが―― 

 

花よりさきに実のなるやうな

種子よりさきに芽の出るやうな

夏から春のすぐ来るやうな

そんな理屈に合はない不自然を

どうかしないでゐて下さい

型のやうな旦那さまと

まるい字をかくそのあなたと

かう考えてさへなぜか私は泣かされます

小鳥のやうに臆病で

大風のやうにわがままな

あなたがお嫁にゆくなんて

 

いやなんです

あなたのいってしまうのが―― 

 

なぜさうたやすく

さあ何といひませう――まあ言はば

その身を売る気になれるんでせう

あなたはその身を売るんです

一人の世界から

万人の世界へ

そして男に負けて

無意味に負けて

ああ何という醜悪事でせう

まるでさう

チシアンの画いた絵が

鶴巻町へ買物に出るのです

私は淋しい かなしい

何といふ気はないけれど

ちょうどあなたの下すった

あのグロキシニヤの

大きな花の腐ってゆくのを見る様な

私を棄てて腐ってゆくのを見る様な

空を旅してゆく鳥の

ゆくへをぢつとみてゐる様な

浪の砕けるあの悲しい自棄のこころ

はかない 淋しい 焼けつく様な

――それでも恋とはちがひます。

サンタマリア

ちがひます ちがひます

何がどうとはもとより知らねど

いやなんです

あなたのいってしまうのが――

おまけにお嫁にゆくなんて

よその男のこころのままになるなんて

 

・・・ 高村光太郎::“智恵子抄”より引用 ・・・

 

 

郊外の人に

 

わがこころはいま大風の如く君にむかへり

愛人よ

いまは青き魚の肌にしみたる寒き夜もふけ渡りたり

されば安らかに郊外の家に眠れかし

をさな児のまことこそ君のすべてなれ

あまり清く透きとほりたれば

これを見るもの皆あしきこころをすてけり

また善きと悪しきとは被ふ所なくその前にあらわれたり

君こそは実にこよなき審判官なれ

汚れ果てたる我がかずかずの姿の中に

をさな児のまこともて

君はたふとき吾がわれをこそ見出でつれ

君の見いでつるものをわれは知らず

ただ我は君をこよなき審判官とすれば

君によりてこころよろこび

わがしらぬわれの

わがあたたかき肉のうちに籠れるを信ずるなり

冬なれば欅の葉も落ちつくしたり

音もなき夜なり

わがこころはいま大風の如く君にむかへり

そは地の底より湧きいづる貴くやはらかき温泉にして

君が清き肌のくまぐまを残りなくひたすなり

わがこころは君の動くがままに

はね をどり 飛びさわげども

つねに君をまもることを忘れず

愛人よ

こは比ひなき命の霊泉なり

されば君は安らかに眠れかし

悪人のごとき寒き冬の夜なれば

いまは安らかに郊外の家に眠れかし

をさな児の如く眠れかし

 

・・・ 高村光太郎::“智恵子抄”より引用 ・・・

 

 

樹下の二人

 

    ――みちのくの安達が原の二本松松の根かたに人立てる見ゆ――

 

あれが阿多多羅山、

あの光るのが阿武隈川。

 

かうやって言葉すくなに坐っていると、

うっとりねむるような頭の中に、

ただ遠い世の松風ばかりが薄みどりに吹き渡ります。

この大きな冬のはじめの野山の中に、

あなたと二人静かに燃えて手を組んでゐるよろこびを、

下を見てゐるあの白い雲にかくすのは止しましょう。

あなたは不思議な仙丹を魂の壺にくゆらせて、

ああ、何という幽妙な愛の海ぞこに人を誘ふことか、

ふたり一緒に歩いた十年の季節の展望は、

ただあなたの中に女人の無限を見せるばかり。

無限の境に烟るものこそ、

こんなにも情意に悩む私を清めてくれ、

こんなにも苦渋を身に負ふ私に爽かな若さの泉を注いでくれる。

むしろ魔もののやうに捉へがたい。

妙に変幻するものですね。

 

あれが阿多多羅山、

あの光るのが阿武隈川。

 

ここはあなたの生まれたふるさと、

あの小さな白壁の点点があなたのうちの酒庫。

それでは足をのびのびと投げ出して、

このがらんと晴れ渡つた北国の木の香に満ちた空気を吸はう。

あなたそのもののやうなこのひいやりと快い、

すんなりと弾力のある雰囲気に肌を洗はう。

私は又あした遠く去る。

あの無頼の都、混沌たる愛憎の渦の中へ、

私の恐れる、しかも執着深いあの人間喜劇のただ中へ。

ここはあなたの生まれたふるさと、

この不思議な別個の肉身を生んだ天地。

まだ松風が吹いてゐます。

もう一度この冬のはじめの物寂しいパノラマの地理を教へて下さい。

 

あれが阿多多羅山、

あの光るのが阿武隈川。

 

・・・ 高村光太郎::“智恵子抄”より引用 ・・・

 

 

あどけない話

 

智恵子は東京に空が無いといふ、

ほんとの空が見たいといふ。

私は驚いて空を見る。

桜若葉の間に在るのは、

切っても切れない

むかしなじみのきれいな空だ。

どんよりけむる地平のぼかしは

うすもも色の朝のしめりだ。

智恵子は遠くを見ながら言ふ。

阿多多羅山の山の上に

毎日出てゐる青い空が

智恵子のほんとの空だといふ。

あどけない空の話である。

 

・・・ 高村光太郎::“智恵子抄”より引用 ・・・