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ロボットはアメリカに製造業の仕事をもたらすか

20世紀までアメリカでは農業が盛んだった。国の労働力の約40パーセントが、2,200万の家畜とともに、農場で骨折って働いた。100年後の現在、農場で働くのは、国の労働力の2パーセントにも満たず、労働力としての家畜は500万のトラクターに取って代わられている。

この変化の主な原因は、技術革新だ。都市部ではそれが労働者を魅了し、同時に農場ではこれまでよりも少ない労働者による効率的な生産が可能となった。

製造業においても同様で、労働省のデータによると、第二次世界大戦中に非農業労働人口の約40パーセントに達したのを境にして、この70年間で、労働人口は約9パーセントにまで減った。1970年代後半以降は、製造業の雇用者数は減少の一途をたどっている。

ところが、ここ最近はその傾向に異変が起きている。過去2年間だけを見ると、製造業での雇用は50万人ほど増えてきているのだ。「リ・ショアリング」と呼ばれる、国内製造への移行である。この背景には、これまで製造を委託してきた発展途上国の賃金上昇や、燃料高騰による輸送費の負担増加がある。国内で製造しても、競争力を維持できる場合が多くなってきているのだ。国内で販売されるものであれば、なおさらである。

ロボットの配備を積極的に進めれば、製造業のこうした傾向を後押しできるのではないかと思う人もいるかもしれない。でも、それは早計だろう。費用対効果を考えるなら、高価なロボットをさまざまな仕事で用いるのは現実的ではないように思われる。現在の人手に代わって、たくさんのロボットが働く様子は、今のところは未来図に過ぎないのかもしれない。

もっとも、ボストンに拠点を置くロボットメーカー「リシンク・ロボティクス」の共同創設者 の一人であるロドニー・ブルックス氏に言わせれば、それは近い将来の光景だ。リシンク社の発売する新型の製造ロボット「バクスター」には、実際に行われている仕事を 学習するプログラムが組み込まれている。汎用的に運用することが可能となっているのだ。

バクスターを使えば、工場内の仕事を自動化することができる。労働者は単純作業から開放され、より複雑な仕事に取り組めるのだ。バクスターは2万2千ドルするが、従来の製造業のロボットよりもはるかに安価なので、費用対効果も少しは改善される。

ブルックス氏は、ブルームバーグ・ビジネスウィーク誌で次のように語っている。

「アメリカの製造業は、中国への外部委託で数千億ドルを費やしている。今後は、アメリカの労働者のために、そのお金を使うべきだ」

彼は、多くの企業が発展途上国の労働者に支払っている額と比べれば、バクスターの導入や維持にかかる費用は十分に安価だと主張する。バクスターを使うなら、価格競争力を保ったまま、地元で工場を稼働することができると言うのだ。

単純作業をロボットが代行し、熟練労働者の技能をより有効に用いるという考え方は、決して新しいものではない。2007年のサイエンティフィック・アメリカン誌の記事で、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が予測している。ロボットによる変革は、目前に迫ってきているのかもしれない。まだ記憶に新しい、パソコンによるコンピュータ革命を思い起こしてもらいたい。1970年代、すでにコンピュータはビジネスで広く利用されていたが、裏方に過ぎなかった。パソコンの出現が、その状況を大きく変えた。ほとんどの事務作業は、パソコンの利用で楽になり、作業効率は大幅に向上した。

ゲイツ氏はその当時を振り返りながら、次のように語っている。

「ロボット工学に携わる人たちと話をしていると、来るべき時代への興奮と期待の度合いが、わたしがマイクロソフトを創業したときと似ているように感じられる。ポール・アレンとわたしは、 急速に技術が収束していく様子を目の当たりにして、すべてのオフィスや家庭にコンピュータが普及することを思い描いた。昨今のロボット工学の現場にも、それと同様の雰囲気がある。ロボットの働く光景があたりまえとなる、そんな近未来が目に浮かぶようだ」

ゲイツ氏とブルックス氏の予想が当たるかどうかは別にして、そうした未来のライフスタイルやビジネスの可能性を考えるとワクワクする。誰もが利用できるロボットは、わたしたちの生活を楽にすると同時に、企業活動をより効率的にする。だが、雇用の面ではどうなのだろうか? 第二次世界大戦後のアメリカの中産階級は、特別な技能を持たない労働者が大半ではあったが、十分な収入があった。工場にロボットを導入すれば、そんな時代の製造業の活気と高賃金を取り戻せるのだろうか? それは疑わしいと言わざるをえない。そのような労働者が安心して家族を養っていくには、彼らへの仕事が少なすぎる。バクスターのような製造業向けのロボットの導入では、こうした問題の解決にはつながらない。

実際、アメリカの製造業の問題は、それ自体が落ち込んでいるということではない。その点では、逆に活況な状態にある。アメリカにおける製造業の生産高は、不況時には断続的に落ち込みはしたものの、ここ数十年間は着実に増加しているのだ。問題となっているのは、特別な技能を持たない大半の労働者が、製造業では普通に生活できないことだ。たしかに、ロボットの導入で仕事が増えるなら、経済活動はより効率的となるだろう。より多くの商品が、低コストで製造されるようになるはずだ。しかし、いま切実な問題となっているのは、効率性の向上による恩恵を、誰もが得られるようにすることだ。残念ながら、バクスターではそれを解決できない。

「持てる者」「持たざる者」というような呼び方で問題となっている所得格差は、アメリカをはじめとする、ほとんどの先進国で見受けられる。その主な要因と考えられているのが、特別な技能を持たない大半の労働者への、好条件の仕事の不足である。農業や製造業の雇用機会の増減は、近代的な資本主義経済への移行が影響している。発達する技術は、生産の効率性を高め、労働者の手間を省いてくれる。同時に、彼らから仕事を奪ってしまうのである。かのアリストテレスはこう言った。「織り機(機械)が自分で働けるようになれば(全自動化されれば)、すべての人が自由を享受できる」と。夢のような話だが、そんな未来は本当に訪れるのだろうか? そのような便利な機械を「持たざる者」は、どうすればいいのだろうか?