2000年10月 [その1] [その2] [その3]


10月11日(水)


土曜日に起こった不幸にもめげず、運転免許の試験にtryしてきた。学科試験は難なく clear! しかし、路上試験を受けるに至り、またまた問題が… 自動車保険に入った 8月30日当時、僕はHotel住まいをしていた。Hotelに郵便を送ってもらうなんて危険過ぎることは出来ないため、保険の証書を大学に送ってもらっていた。だが、大学宛に送ってもらった郵便物は、かなり迷宮入りしている。このため、手元にはFAXで送られてきている証書のcopyしかなかった。まぁ、どうせアメリカだからcopyでなんとかなるかな? と思っていたのが甘かった! 8月に日本からもらった郵便が今頃届いたりもしているので、証書もいずれ来ると思っていたのが、こういう事情なら首を長くして待っているわけにはいかぬ!! 早速保険会社に電話してas soon as possibleで送るように! と指令を出した。あ〜 一体いつになったら免許取れるのかしらん?
本来だったらこちらでお世話になる人達に日本出国前にgiftを買ってくるべきだったのが、出国前には色々troubleもあり、自分の準備もあってそこまで手が回らなかった。そこで居候第一号にお願いして、Professor及びお世話になっているインド人の学生さんにgiftを買ってきてもらったのを今日渡すことが出来た。2人とも喜んでくれたので良かった良かった。
DISH networkの取り付け屋さんが来てくれたので、やっと今日からTVが見られることになった。日本でもSky PerfecTVに入れば素晴らしいserviceを楽しめていたのだろうが、僕はこちらにきて初めてsatellite TVを楽しむ機会を持つに至った訳である。う〜ん、素晴らしい!! の一言に尽きてしまう。


10月12日(木)


お世話になっているインド人のPh.D Candidateから、昨日のお礼にbookmarkを貰った。お香の匂いがする。そう言えば彼はいつもお香の匂いをさせている。Buddistなのであろうか?
"Silver Creek" というrestaurantに夕食に行った。ここC-U地区では無料で配られている新聞がいくつかあって、 "Octopus" なる新聞がその中の一つにあるのだが、その "Octopus" で、最も美味しいrestaurantに見事選ばれた店である。suitsにtie をしていく必要は必ずしもないが、それでもTシャツ短パンでは入れてもらえないとか。 (jeansの人はいた)
料理の分野としては、アメリカ家庭料理とのことで、trout (鱒) にtryしてみた。これがまた美味しいのなんのって!! という感じであった。C-Uに来てから、そこそこ美味しいものを食べたのは何回かある気がするが、めちゃめちゃ美味しいものを食べたのはこれが初めての気がする。しかも、値段は$20以下で、うちの近くの何の変哲もないsteak houseと殆ど違わない。煉瓦作りで、照明の雰囲気もとても良い。waitress のおねえさん達もとても可愛い。思わずtipを多めに置いてしまった。是非また行こうと決意した次第である!


10月13日(金)


今日は "Homecoming" なのだそうである。 "Homecoming" というのは、大学の卒業生が自分達の母校に集まってparadeしたりするのだそうである。昼にIllini Union地下で食事していたらトランペットを持っている人がいたので、きっとparadeの準備をしていたに違いない。帰る時にはQuadという、Illini Unionの目の前に広がる広場みたいなところから音楽と人の掛け声が聞こえてきた。覗いてみたい気もしたが、明日はMissouri Tourに出かけるので帰って荷造りをせねばならぬ!


10月14日(土)


Illinoi州の隣のMissouri州には、St.Louisから2時間位車で行ったところにRollaという町がある。元々ここはminingの町だったのが、University of Missouri Rolla という大学があって、まだ高校生だった頃、父がこの大学に呼んでもらって1年滞在したことがある。僕は受験の関係もあって日本にいたが、夏休みには遊びに来た。初めての海外であった。今回の居候の来米のmain purposeは、当時友人だった人に会いに行くということである。という訳で、Missouri Tourに出発した。
ChicagoからC-Uまでdriveすると良く分かるが、Illinois州はとてもflatで山とか丘が殆どない。一面トウモロコシ畑が広がっている。一方、Missouri州は大きな山こそないが結構up-downがある。紅葉真っ盛りという感じであった。 (例によってデジカメに収めました。近日公開予定!)
この町にはTさんという人が住んでいて、ご主人が終戦直後、Air Forceで日本に来ていたのが、奥様と出会い、ご主人に付いてRollaまでやってきて以来Rollaで暮らしている。この世代は、英語は "敵国語" だったので学校で勉強するのを禁じられて育った訳で、碌に言葉も分からない国にご主人に付いてやってくるのはさぞかし不安だったろうと思う。奥様は元・板さんで、Rollaでも "East meets West" というrestaurantを経営していた。残念なことに1993年にcloseしてしまったそうだが、Rollaに滞在した日本人は大体Tさんにお世話になっている。居候は、 Tさんから、日本で色紙を沢山買って持ってきて欲しいのrequestを受けていた。重くて大変だったと言っていた。
宿泊予定のMotelは、昔Holiday Innだったところで、折角USAに来たので日本では食べられない位巨大なsteakを食べてみましょうということで昔来たことのあるところである。steakを食べに来たのは憶えているのだが、場所がそこだったということは余り記憶になかった。当時に比べかなり老朽化が進んでおり、一泊だったらもっときれいなところにすれば良かった〜 と居候ともども文句を言った。
まず、昼食に "KYOTO" という怪しげ? な店に行った。こんな田舎に日本料理屋があるなんて! という感じである。寿司も刺身もあったがちょっと怖かったのでとんかつにした。日本の味を堪能した。
次に、Tさんに、Rさんという人のところに連れていっていただいた。Rさんというのは、アメリカ人だが、日本にいたこともあり、僕が訪れた当時は漢字まで書ける人だった。しかし、すっかり体を壊されてしまい、日本語も忘れてしまったようで病気療養の身であった。多分居候がRさんと会えるのもこれが最後になるかも知れないとのことで、今回Missouriまでdriveしてきた自分が何だかいいことをしたような気がしてきた。
Tさんのご主人は大学で学生さん達と一緒にsolar carを作っているので開発現場を覗かせてもらった。その後、昔住んでいた家や、良く行っていたsupermarket、町中などをあちこち車で回った。以前はここにPizza Hutがあったとか、ここでLevisの jeansを買ったなどなど、断片的に記憶があるが、時とともに町自体も変貌を遂げたせいか、初めて訪れる町のような錯覚も感じた。
夜は中華料理屋に行った。 "中華料理" と言っても、経営しているのは韓国人なのである!


10月15日(日)


今日は、Tさんが、我々のために "Schuman Park" なるところでBBQをしてくれる日である。しかし、朝からかなりの雨であった。Tさんのご主人は雨男なのだそうである。ううむ〜 どこの国にも行いの良くない人っているのだなぁと思った (笑) 幸い、午後から晴れ間が覗き出した。
BBQでは、居候が懐かしい知り合いに何人か会えたようである。C先生という、台湾から来たmechanical engineeringのprofessorだった人は、奥様が病気で来られず残念だった。先生も、Septemberにはretireしたとおっしゃっていた。ご令嬢 (僕と同じ歳) とご子息が1人ずついたのが、2人とも優秀で、大学でポスドクをするなどして頑張っているのだそうだ。
Bさんという牧師さんご夫妻もいらした。うちの両親は、実はアメリカに来るまで自動車の運転免許を持っていなかった。アメリカには日本のようなDriving Schoolはない。まず、筆記試験を受け、passしたら知り合いなり、家庭教師みたくお金を払ってバイトの人を雇うなりして練習し、然る後に路上テストを受けることになる。両親の先生だった人はPさんという当時大学院の学生さんであった。なんでこんな話をするかというと、Bさんにはやはり僕と同じ歳の、極めて美女なお嬢様がおられ、当時Pさんはこのお嬢様に猛アタックしていたのである。しかし、我々が帰国した後、残念ながらPさんはふられてしまったのだとか。今やPさんは?児の父だそうで、残念ながら (?) Bさんの美しいお嬢様も?児の母となっている。Bさんの奥様からお孫さん達のalbumを見せていただいた。まだ赤ちゃんだが、極めて美女なお嬢様に良く似て、みんな目がぱっちりしていた。
初めてお目にかかった人もいた。Mさんという人の奥様及びご子息である。Mさんは、昔徳山で英会話学校の先生をしていたアメリカ人のご主人といわゆる出来ちゃった婚してこちらに来たそうだ。そのご主人は今や隣町のmayorだったりする。ご子息は大学1年でUniv. of Missouri Rollaのcomputer science学科に学んでいるそうだ。 Univ. of Illinoisにも受かっていて、こちらの方がcomputer scienceのレベルは高いのだが、Illinois州外の人が入学するにはかなりのtuitionを払わなければならず、断念したそうだ。この親子、極めて謎であって、母は子に日本語で話し掛けるのが、子は英語で答えるのである。なかなか教育熱心なママさんみたいで、何だか典型的な日本の母親だなぁ〜 と思った (笑)
Tさんから、米だの、みょうがだの、日本食材を色々いただいてしまった。和食器もいただいた。これは当分自炊生活をせねばならぬ (笑


10月16日(月)


アメリカはHalloweenの季節である。町にはHalloween Goodsが溢れているし、かぼちゃ屋は繁盛しているようだ。"American Culture" のclassでも、T先生のうちに招待されてHalloween Partyをやることになっている。eventとしては、いくつかのgroupに分かれて、例のかぼちゃの顔を作るのだそうである。包丁は多分人数分あるが、アメリカの包丁は切れにくいので、日本製 or 中国製の包丁を持っている人は持参するようにのannounceがあった。そう言えばRollaのTさん (以前東洋食のrestaurantをやっていた) も、アメリカの包丁はキャベツの繊切がやりにくいと言っていたっけ…


10月17日(火)


大学の中には "Assembly Hall" というところがある。先日、ここで嘗ては人気のあったロックバンド "KISS" がコンサートをやった。かなり大きなHallである。一度は中に足を踏み入れたいと思っていたのが、明日から21日まで、このHallで "Disney on Ice" があるので土曜日に観に行くことにした。ticketは$10ちょっとである。(student discount有) とても安いと思う。
夕食に、"City of New Orleans" というrestaurantに行った。guestが来ると、どこのrestaurantが美味しいか真面目に調べるようになるので良い。この "City of New Orleans" は、古いAmtrakの駅の中にある。C-Uは、Amtrakでは ChicagoからNew Orleansへ行く途中にあるので、きっとこんなrestaurantがあるのであろう。"Silver Creek" と違い、ここはいかにも紳士というtypeの waiterがいる。英語が素晴らしくclearで、ハリソンフォードに似ていた。もしかして大学のホテル学科を卒業しているなど、きちんとしたtrainingを受けているのかも知れない。料理も "Silver Creek" とはちょっと違った、あっさり & spicyな味付け (Cajun料理と言うのだろうか?) でなかなか美味しかった。値段も "Silver Creek" 同様、一人$20以内でreasonableであった。
"アメリカ料理" と言うと、ついつい○○○ナルドのハンバーガーを連想して美味しくないものの代名詞と解釈しがちだが、良く探せば結構美味しいものもあるような気がする。
apartmentに帰ると、car insuranceの会社からinsurance cardが届いていた。 "急いでくれ!" とpressureをかけたので本当にurgentでやってくれたようである。これでDriving Test (路上) が受けられる。金曜日にtryである!!


10月18日(水)


American Cultureでのちょっと謎な話。 "〜に住んでいます" というのは英語で以下のように言う。
"I live at 305 North Main St."
"I live on North Main. St."
"I live in Urbana."
要は、pointを指す時には "at"、ちょっと広いareaを指す時には "on"、もっと広いareaを指す時には "in" を使う…と、ここまでは高校でも学ぶ英語の話である。
T先生がこのような説明をした時、Brazil人のfood scienceを学んでいるおねえちゃん (大林素子に少々似ている。身長も大林素子並に大きい) が、ではどうして "University of Illinois at Urbana-Champaign" で、"University of Illinois in Urbana-Champaign" ではないの? と質問していた。う〜ん、言われてみればその通りである。何故なのだろう? T先生は、
"I don't know. I have never thought of it."
と言っていたが。
夕方には早めに学校を切り上げた。居候第一号をChicago O'hare Airportまで送るためである。大学での研究やら講義やらがあって、余りお構いしなかったのだが、ちゃんとenjoyしてくれたのであろうか? O'hareまでのdriveもこれで 2回目、大分慣れてきた。友人で、居候宣言してくれている方もおられますが、 Chicagoまでのお迎え/お見送りはこれで完璧ですのでよろしく (笑) 尤も、佐藤も忙しいに違いないという心遣いから、American Eagleに乗ってChampaign 空港まで来ていただける方がずっと嬉しいです (笑)
居候第一号は、Hilton O'hareに宿泊である。明日朝一番の便なので空港の目の前に宿泊するのだそうだ。Hiltonはさすがにきれいであるが、場所がいいせいか、値段も結構に高い。$250/personなのだそうだ。


10月19日(木)


何だかまた急に暑くなってきた。研究室の中や家の中ではTシャツで過ごしている。 Beckmanにいる日本人のNさんとエレベーターで会って、 "全く、暑いか寒いかのどちらかにして欲しいですよねぇ〜" という話をした。


10月20日(金)


Missouriで撮ったデジカメ画像をuploadしました。天気が今一つだったので余り良い画像が撮れていないのが残念なのですが、良かったら見て下さい。
いよいよIllinois Driver's Licenseのtestに挑戦してきた。以前この日記でも書いた通り、僕はStopサインを無視してfineを払う羽目に陥ってしまったのであった。慎重に行かねば! という気持ちが災いして、Stopサインのないところでも止まってしまったりしたら、どうしてこんなところで止まるの? と言われ、落とされてしまった。ちなみに試験官は眼鏡をかけて、ちょっと怖そうなおばちゃんであった。もしかしてこれが噂の東洋人嫌いな試験官だったのだろうか?
大学では、教授を捕まえるのは一苦労である。毎週決まった時間にmtg.を設定してもらっているvisiting scholarもいるが、報告することが大してない場合には、お互いmtg.しても時間の無駄だと思うし、僕は報告すべきこと、相談したいことがある時に随時教授を捕まえて相談することにしている。今日は教授と、一緒に研究しているPh.D candidateと3人でdiscussionする時間を持つことが出来た。なかなか有意義な時間であった。Ph.D candidateのインド人I氏は、親切だし、頭も切れるのだが、研究の話になると早口になるのでlisteningに苦労してしまう!


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