<ブルース体験記3>

目 次


  1. エリック・クラプトン編その2
  2. ブルージーな体験その2

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  3. ‘01 ジャパン・ブルース・カーニバル in 日比谷野外音楽堂!!その1
    〜キーボーからヒューバートさんまで〜

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  4. ‘01 ジャパン・ブルース・カーニバル in 日比谷野外音楽堂!!その2
    〜オーティス・ラッシュ編〜
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43. ‘01 ジャパン・ブルース・カーニバル in 日比谷野外音楽堂!!その1
  〜キーボーからヒューバートさんまで〜

 みなさん、こんにちは〜。今年もブルースカーニバルに行ってきましたよ〜。
毎年恒例のこのカーニバルは、もうすっかり定着して、これがなければ1年が始まらない!
5月末に1年が始まるというのも遅いですが…。
今回はその緊急レポートを書きますので、よろしくお願いします〜。

僕が行ったのは5/26(土)の公演でした。その前の週の週間天気予報では土日は
晴天!土曜に限っては気温が27℃まで上がるという予報だったんです。
そして前日。もちろん前日も同じ予報でした。
しかし!当日、ふたを開けてみるとドンヨ〜リと曇って、今にも雨が降りそうな天気…。
気温も、ちょっと蒸し暑さはあるものの、それほど暑いということはありませんでした。
なんだか最近は天気予報が当たらないですね。
しかし、くもり空ながら、最後まで雨は降らずで、良かったです。
今年のラインナップはオープニングにキーボーこと上田正樹氏、2番手はドブロ・スライド
ギターの新しい解釈で世間を驚かす若手のエリック・サーディナス、セミ・ファイナルにリビ
ング・レジェンド、ヒューバート・サムリン、そしてメインは我らがオーティス・ラッシュ!!
この強力なメンバーで盛り上がらない訳はない!
僕も楽しみを膨らませながら会場に行きました。

注)オーティスさんのレポートは別のセクションに分けて書きます。
  ここではキーボーからヒューバートさんまでのレポートです。

当日、開場は16:45だったのですが、渋谷のタワレコで買い物をしたファッツ家は開演
時間ギリギリの17:25に到着。席に付くなり司会の後藤ゆうぞう氏が飛び出してくると
いう展開で、いささかあわただしかったです。
僕たちが着いた頃には客席はもちろん満員でした。みんなトップバッターの登場を今か、今
かと待っています。
僕達の席はなんと!ほぼ真ん中の最前列!!かぶりつきッて感じでした!
実は僕の席の真後ろは”ブルース・マニアの巣”を運営されているMACさんだったんです。
”はじめまして、よろしくお願いします〜”と御挨拶させて頂いたらすぐに司会の後藤ゆう
ぞう氏が登場、お話もできずにステージに突入でした。

ゆうぞう氏は相変わらずのパフォーマンスでオーディエンスを上手く盛り上げますね〜。
そんなゆうぞう氏の紹介で最初に登場したのは上田正樹氏!
バンドはギター、ベース、ドラムの3人(アメリカ人)にピアノ(日本人)という構成で、
物すごくタイト!
僕の上田氏に対するイメージは、最近はポップスを唄っている、というものだったんですが、
唄ったのはすべてソウル、ファンク、ブルースでした!
8月にはブルース・アルバムを出すらしいですよ〜。
本日の出で立ちは、薄い紺のスーツに紫のシャツ、ノータイというもの。
その紫のシャツが歌っているうちにみるみる汗だくになって行きます。
途中に大阪弁をファンクのリズムに乗せてのしゃべり!これが面白かった〜。
“あれは暑い夏の夜のことやった。通りかかったアパートの物干しに、キレイなお姉ちゃんの
パンツが、90年代でいえばスキャンティーが、赤いやつ、青いやつ、いちごの柄は憂歌団!
盗ってはイケナイ、盗ってはイケナイと思いつつ…。“と、エロトーク。
会場は大ウケでしたよ!
テレビで見る上田氏とは全然違う、“人間・上田正樹”を見たような気がしました。
演奏時間は30分、ちょっと1曲の長さが長かったかな〜と思いましたが、トップバッターに
ふさわしい、“客を温める”仕事をキッチリしてくるところは、さすがベテランでしたね。
全身汗だくのパフォーマンスはとっても熱かったです。
そして2番手は日本初お目見えの、ドブロ・ギターの新星・エリック・サーディナスです。
サーディナスの“サ”にアクセントがあるのではなく、“ディ”にあるんですね。
この人は、最近デビューを果たした若干29歳の若手で、ドブロをエレキ化し、RIVERAの
アンプ(3段積み)でガキゴキに歪ませて、主にスライドプレーをし、ブルースを唄うという
アイデアマン。
さて、どんなパフォーマンスを見せてくれるのでしょうか?
ゆうぞう氏の紹介でいよいよサーディナス君の登場です。ステージに出てきた彼を見て客席
は大喜びでした!
いや〜どう見てもブルースマンには見えませんでした。
黒いテンガロン・ハットの中央にはヘビの頭のオブジェがあり、銀ラメいりの黒いシャツ、
はだけた胸からにはコブラのタトゥー、ピチピチの黒い革パン、右手の指には全部指輪が、
もじゃもじゃのロングヘアーにでかい顔、もう見ただけで面白い!!
そしてドブロにハンバキング・ピックアップ(もう一本はリップスティック・ピックアップ)
をマウントし、ネックの付け根にボリュームを増設した“エレキ・ドブロ”をたいそうな
エフェクトボードに通して、更にはRIVERAアンプで歪ませてスライドギターをかき鳴らすと
いう、インパクトは超ど級のエンターテイナーでした。
一本のドブロはシングルカッタウェイで、ボリュームノブはどうもテレキャスターのものに
似ていましたね。
見た目はまるでヘビー・メタルのお兄ちゃんです。メンバーの足りないメタル・バンドから
はスカウトが来そうですね。
バンドはサーディナスのほかにベースとドラムというシンプルな構成でした。
サウンドはロックでしたね!
演奏した曲はシャッフル系が多かったので、マテリアルとしてブルースを取り扱っているよう
です。
彼のボーカルからはちょっと歌詞が聞き取れませんでしたので演奏曲目は判りませんでした。
すべてオリジナルかな??
喉を絞った感じのダミ声系のボーカルスタイルですので、スローブルースはちょっと辛いかな??と
思います。この日はスローナンバーはなかったと記憶してますが・・。
そしてギタープレー。
いや〜これは激しい、激しい。スライドでワシャシャワシャシャとやっては、指でギュイーン
とスクイーズ、それもエレキ弦ではなかったです。アコースティック用の、4弦までが巻き弦
のやつです。凄い握力ですね〜。
おまけにワウペダルを使ったりして、ロック好きな人にこそウケそうな感じでしたね。
普通にエレキを弾いても上手そうなギターでしたよ。
ステージ狭しと暴れまわるパフォーマンスにオーディエンスは大喜びでした。
後半はシャツを脱いで、上半身裸での熱唱です。
背中はほとんどタトゥーで埋め尽くされていていました。
まさに雷を伴った夕立みたいでしたね。30分が一瞬のように感じました。

そして次の登場は、まさしくリビング・レジェンド、あのヒューバート・サムリンさんです!
見たかったんですよ、サムリンさん。
あの”ラブ・ミー・ダーリン”で素晴らしいギターソロを弾いていた人がまさしく、
僕の目の前に出てくるんですよ。
これ以上の興奮はないですね!
まずはバンドの演奏です。
バンドはギター、ベース、ドラムという、これまたシンプルな構成です。
全員白人です。
1曲目はギターのお兄ちゃんが歌ったんですが、
そのお兄ちゃんのギターの音がデカい、デカい・・・・。
ちょっとデカすぎですよ。
ドラムもベースもほとんど聞こえなかった・・・・。
デカいのはまだ良いのですが、ギュイン、ギュインに歪んだ音で、ちょっとキつかったですね。
なんとかそのデカい音を我慢して、いよいよヒューバートさんの登場です。
ウルさ・ギターの兄ちゃんの紹介で、ステージに姿を見せたヒューバートさんは、
例のスーツに帽子と行った衣装で、ニコニコしながら歩いてきてステージ中央でいきなり
”イエーイ”とポーズ!なんだか可愛いキャラクターでした。
そして歌ってくれたんですが、音のバランスが悪すぎて全然聞こえない・・・。
相変わらずサイド・ギターの音がデカくて・・・。
確かに僕の席は一番前で、P.Aとの位置関係も悪かったんですが、どうも後ろの方もバランス
が悪く聞こえたようですね。
僕も毎年のようにブルカニに来ていますが、こういった事は初めてです・・。
ヒューバートさんのギターの音もほとんど聞こえませんでした。
ボーカルはあのヒョウヒョウとした感じです。
ほとんど聞こえなかったなあ〜。
そして本業のギター。
今回はギブソンのレスポール・スマートウッド(のようでした。MACさん情報)。
レスポールよりボディが薄そうで、コンターも入ってました。
色は木目そのままのナチュラル。
音はクリアかつ、まろやかな、あのポコポコサウンドでしたよ。
さすがに当時のキレはありませんでしたが、あの”ヒュ〜”というフィンガー・スライドの
プレーが聞けて感激でした!
音数も少ないのですが、一音、一音、丁寧に弾いていて、確実に演奏していましたね。
3曲目からはだいぶ温まってきて、ギターのキレも出て来ましたよ。
ヒューバートさんのギタープレーを見て思ったんですが、ギターは音をず〜っと
出し続ける必要はないんだな〜と。実に上手く”間(ま)”を弾くんですよね〜。
これには驚きました。
曲は”44 ブルース”とか”キリング・フロア(??)”とかを計5曲程、30分間
のステージでした。
ヒューバートさんはほとんど1曲ごとに”イエーイ”とポーズを決めて、なんか憎めない
キャラクターでしたね。
音のバランスが悪いのが原因か、ヒューバートさんの魅力もあまり出ていなかったように
思えるステージでした。
もっと歌と、あのギターがバシっと全面に出ていたら、かなり演奏の感じが違っていたでしょう。
リズム隊の音も聞こえず、サイドギターだけがジャカジャカ聞こえてましたので、
バンド自体の迫力に乏しく、演奏が非力に聞こえました。
よ〜く聞くとヒューバートさんはミスもなく、しっかりとギターを弾いていたように思えます。
う〜残念だ。
以上が、セミファイナルまでの演奏でした。
今回はハープの人が全くいませんでしたので、ちょっと寂しかったです。
さ〜、そしていよいよ、オーティスさんの登場ですよ!
オーティスさんのレポートは別のセクションに分けて書きますので、そちらを
ご覧下さい!
では〜。

44. ‘01 ジャパン・ブルース・カーニバル in 日比谷野外音楽堂!!その2
  〜オーティス・ラッシュ編〜

さて、このセクションでは’01 ブルカニのトリをつとめた、御大オーティス・ラッシュさん
のライブパフォーマンスをレポートしましょう!
去年のブルーノート公演に続いて、今年もまた日本に来てくれましたよ。
ここ数年は毎年のように来てくれますよね。
それだけ本人は好調を維持していると言う自信が有るのでしょうね。
しかし、御歳68歳というのに、はるばるシカゴから・・・大変・・・。
(うちの父親と同い年なんですが、元気の度合いが違いますね。)
あ、ファーストクラスで来るから平気なのか?!まさかエコノミーではないでしょうね・・。
ちなみにエリック・サーディナス君はエコノミーかな??
セコいところが気になる・・・。
ま、それはさておき、早速レポートに参りましょう。

セミファイナルの終了まで進行したステージはいよいよオーティスさんを待つばかり。
例によって、後藤ゆうぞう氏の紹介でオーティス・ラッシュ・ブルース・バンドの始まりです。
まずはバンドで1曲。
さすがにタイトな演奏ですね〜。
安心して聞けます。
今回のバンドメンバーは去年のブルーノートのメンバーからドラムとキーボードが
変わっています。
ドラムは前の人のほうが、よりバックビートが効いていて僕は好きだったんですが・・・。
1曲目はキーボードの人の歌で、小気味の良いシャッフルです。
おや、リズムギターのおじさんはなんとマーシャル・アンプを使っているではありませんか!
さすがにちょっとジャリっとしたサウンドですが、音量はヒューバート・サムリン・バンドの
リズムギターの兄ちゃんよりも小さいです。
ギターは最近いろんなブルース・ミュージシャンが使っている”BLUES”ギターです。
さあ!バンドさんの演奏が終わって2ビートのリズムが始まるや否や、バンドメンバーの紹介で
いよいよオーティスさんの登場です。
”レディース&ジェントルマン、ミスター・オーティス・ラ〜ッシュ!”
ステージに向かって左の袖からノッソりとオーティスさんが姿を現したら、会場はもう
興奮のるつぼ!一斉に総立ちです。
赤いシャツに黒い革のジャケット、濃いグレーのズボン、そしてテンガロンハットという、
もうお馴染みの衣装ですね。
あれ?でも今回は眼鏡がない!

そして、ES-335をやおらメサ/ブギー・アンプに突っ込んで、ギュイーンと一発。
う〜、あのブーミーかつクリアなサウンドがまた日本に帰って来ました!
そのES-335、近くで見ると綺麗な虎目がビッシリなんですね。
1曲目は2ビートのインストです。曲は”モジョ・ワーキン”ぽいですが、バンガード盤に
入ってる”ロック”もしくはジミー・ドーキンスの”オール・フォー・ビジネス”の
”コットン・カントリー”と言っても良いかも知れません。
ここでは得意のフレーズが良く決まってます。
ちょっとまだカタいでしょうか。
でもいきなりギター・ソロをたくさん弾く大サービスです。
ハイスピードのインストが終わるや否や、次はスローな”ストーミー・マンデー”です。
最近この曲もよく演奏しますね。
しっとりと・・”コーリッ、ストーミーマンデー〜”
うお〜!っと会場がざわめきます。
ギターは、得意のスローブルースなので、ここからぐんぐん調子も上がって来ましたね。
硬さも取れて、ニヤっとステージで笑みを浮かべる余裕も見えました。
このスローナンバーがおわると、ギターを”キュッ”とならして、あのイントロへ突入です。
そうです、”オール・ユア・ラブ”ですよ。
ここで会場のボルテージはマックスです。
この曲を聞かなきゃ帰れませんよね。
”オーリョラバミスラビン、オールダキスダミスキッシン”
かっこいい〜。
ギターソロはちょっとキーを間違う事もありましたが、そんなことはどうでも良い。
さあこの頃からギターソロを弾く時にステージの前の方へ出て来てのサービス開始です。
去年に引き続き、至近距離でまたオーティスさんを拝む事ができました。
この後、グラミー賞受賞アルバムからの”アイ・ガット・ザ・ブルース”、そして、そして
お待ちかね”ダブル・トラブル”です。
むせび泣くようなボーカルに鳥肌がたちましたよ、もう!
あまりこの曲でギターソロを挟んだことを見た事がナインんですが、今回はソロ有りでした。
途中の”ヘイ、ヘ〜イ〜イ〜”のシャウトは何回聞いても良いですね〜。
結構今回はギターの弦の押さえる所を間違います・・・。

さて、ちょっとスロー気味の曲が続いたと思いきや、次に来たのは、あの名盤”ライト・プレイス・
ロング・タイム”の1曲目を飾る”トア・アップ”です。
お〜レコードと同じイントロのフレーズが〜!
レコードよりは少しゆったり目のテンポですね。
このへんになるとギターは最高潮です。あの”カラコロン”というフレーズも随所に
飛び出し、高音部ではギュ〜ンとビブラートが決まる!
また、得意の”タラリラタラリラ〜”というラン奏法も出たぞ。
あ、判りににくいですか・・・?

そして、ついに、これまた得意のスローブルースの定番イントロから1コーラスの
ソロを経て”イッツマイオウンフォ〜ルベイベ〜”。
もうたまらん。
”トゥリ〜ミダウェ〜イユウォナドゥ〜”の”トゥリ〜”のファルセットが、
”ア〜ダッタ〜イム、リルガ〜”の”ア〜ダッ”のファルセットが・・・・。
言うことありませんよ、もう。
面白かったのが、オーティスさんは自分が歌っている間、バッキングとして
自分のギターを”ヒュイ〜ン”とず〜っとフィードバックさせてました。
これは初めて見ましたね〜。
これにはピアニストもウけて、笑ってました。
これプラス、必殺のギターソロ&ブレイク、う〜ん、最後はキめてくれましたね。

バンドの雰囲気的にこの”イッツ・マイ・オウン・フォールト”で全てが終わりそう
だったんですが、じゃ〜んと終わるや否や、”アイ・ワンダー・ホワイ”に突入です。
そして、数コーラス弾いた後、ヒューバートさんとサーディナス君を呼び込んでの
大セッション大会になだれ込みました。
ヒューバートさんはその頃からノってきて、かなりギターソロを弾いてましたよ。
オーティスさん共々弦を切っての大熱演でした。
延々3人でギターバトルを繰り広げて、やっとオーティスさんがステージから去って
いきました。
オーディエンスはもう大満足です。
しかし、今年のブルカニはまだ終わらない!
オーティスさんが帰ってからはヒューバートさんの独演会です。
今頃、ノってくるとは・・・・。
帰らない、帰らない。
バンドの終わる雰囲気を感じて、やっと弾くのをやめてました。
ドラムの人、可哀想でした・・・、さぞ、疲れたでしょう。

このように、今年のブルカニは、例年以上に盛り上がりましたね!

来年もまた盛り上がることを期待しつつ、このへんでレポート終了です〜。
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41. エリック・クラプトン編その2
みなさん、こんにちは〜。
新ホームページになってからの体験記第1弾です。
よろしくお願いします!
今回は、前回に続きクラプトンについてです。
前回は大阪で初めて見た”ロック”のクラプトンについて
書きましたが、今回は当ページにふさわしく、”ブルース”の
クラプトンについて書きましょう。
僕がこちら(厚木)に出て来て数年たったころ、クラプトンが
全編ブルースのアルバムをリリースしたんです。
タイトルは”フロム・ザ・クレイドル”。
クラプトンがギターと言う楽器にのめり込んだ切っ掛けとなったのが
ブルースという音楽ですので、まさにブルースは自分にとっての
ゆりかご(出発点)だということなんでしょうね。
でも全編ブルースのCDなんて売れんのかな??と余計な心配も
ありましたが、そこそこ売れたみたいですね。
クラプトン・ファンのなかには”???”となった人も大勢いた
ことでしょう・・・。
レコードでのメンバーは全員白人なんです。”白人にもブルースは
やれるんだぞ!”と言わんばかりのこだわりなんでしょうか?
僕だったら全員黒人ミュージシャンをバックにやりたいですけどね!
僕もそのアルバムは結構気に入ってた、というよりかは対抗意識の
裏返しで良く聴いていたんです。
僕がクラプトンに対抗意識を持ってもしょせん蟷螂の斧でしかありませんが、
同じく”黒人になり切りたい!!”と思っている人間として目標は同じ!
クラプトンがどこまで”進んでいる”かがとっても気になるんです。
”ふん、ギター歪み過ぎてるやん”とか、ヤッカミ半分、悔しさ半分で
聴いたものでした(志は高いほうがいい)。
そうしているうちに、来ましたね〜。とうとう全編ブルースのライブを
やりに日本へ来ましたよ。
僕ももちろん見に行きました。
それまでに何回か来日してたんですが、ロックのクラプトンを見るために
苦労してチケットを取る程ではなかったんです。
しかし、その時だけは事情が違いました。
”ライバル”クラプトンを見届けに、僕と僕の嫁は苦労してチケットを
取ったんです。
朝10時からの発売に対して僕達がチケット売り場に並びに行ったのが
7:30!!
しかし、すでに数人先客がいたんです。
クラプトン人気、恐るべし!
その日はあいにくのい天気で、雨が降ったり止んだりしてましたね。
10時までの2時間半、僕達は持って来たMDでブルースをガンガン聴いて
時間を潰してたんです。
座る所もなかったので、地ベタに座り込んでましたが、そうすると
今度はお尻が痛くなって、辛い2時間半になりました。
”なんでこんな思いしてまで・・・”とちょっと思いましたが、
やはりド・ブルースを演奏するクラプトンは見ておきたいと、
必死に耐えました。
そして10時になり、いよいよチケットの発売開始です!
で、取れたチケットは・・・・・、最後列から数えた方が早いような
席だったんです。がっくり・・・。
場所は代々木オリンピック・プールでした。
この会場はやたら大きいんですよ。
縦長ですので、後ろの方は凄くステージから遠いんですよね。
実際クラプトンが米粒のように見えました・・・。
音もかなり小さくなって聞こえますので、客席でのしゃべり声がはっきり
聞こえますし・・・。
ブルースのクラプトンということで、やはり来るお客さんはそれなりに
年齢の高い人たちばかりでした。子供連れのお客さんもいて、親は音楽を
聴いているんですが、子供が退屈してしまい、最後列のほうは幼稚園の
砂場状態でした。
子供が騒ぐわ、走り回るわで・・・。
幸い僕の席の近くは難を逃れましたが・・。

肝腎のクラプトンのステージの話をしましょう。
およそブルースなんて似合わない会場の雰囲気の中、ステージの幕が上がり
クラプトンの登場です。
あれれ???このころのクラプトンは髪を短く刈り込んでいたのに、
ロンゲに戻っている!!
これにはちょっとビックリしました。
衣装もラフなTシャツっぽいものでしたね。
演奏曲はもちろん最初からブルースです。
アルバムに収録されている曲はほぼ全曲演奏したと記憶しています。
またそれ意外にもブルースのスタンダードを数曲演奏していましたね。
ギターのほうは、これが大サービスで延々とソロを弾きまくる、弾きまくる!
音はちょっとディストーションが効き過ぎてたところもありましたが、
そこはさすがのクラプトン、クリーンな音でもちゃんと素晴らしいギターを
聞かせてくれました。
ブルースを演奏するクラプトンは、いつになくのびのびと楽しそうでしたよ。
もう一つ大サービスがあって、1曲毎にギターを取り替えるんですよ。
ステージの袖にはギターがたくさん並べてあって、それを一つずつ、1曲毎に
ローディが取り替えに来るんです。
ほとんどが色違いのストラトでしたが、もちろんES-335のサンバーストやチェリー、
アコースティックギターと、まるでギターの展示会みたいでした。
アンコールももちろん有りましたが、”レイラ”は無しです!
僕のようなブルース好きには楽しいライブになりましたが、純粋にクラプトンだけが
好きな人たちにとってはどうだったんでしょうね?
コケインもバッヂも、レイラでさえ演奏しないクラプトン・・・。
このへんについては違うホームページで聞いてみましょうか?

このようにブルースマン・クラプトンを堪能した僕達は厚木までの
遠い家路についたのでした。
代々木は遠かった。
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42. ブルージーな体験その2
みなさん、新しい体験記です。
よろしくおねがいします〜。
今回はちょっとブルースを外れて、”ブルージーな体験2”を
お送りしましょう。
以前も同じくブルージーな体験として”腎臓結石”の事を
書いたのですが、今回は”食中毒”です。
それも外国での・・・・。
いや〜、辛かった、ほんとに!
では、よろしくお願いします〜。

あれは3年くらい前でしょうか、僕は仕事の出張でパキスタン〜
サウジアラビア〜アラブ首長国連邦という中東めぐりをしたんです。
2回目の中東めぐりでした。
なんで中東なんて行ってんの?!と思われる方も多いと思いますが、
僕の仕事は石油関係ではなく、電機関係、それもTVという製品を
扱っているんです。
TVは全世界に存在し、僕は4年程前はヨーロッパ担当だったんですが、
その後、東南アジア〜中東などの地域の担当になってしまったので、
そちら方面に行く機会がドっと増えたんです。
ですので、中東めぐりを数回、ということなんですね。
そのツアーは1週間で3カ国をまわるというスケジュールでした。
そして最初の国がパキスタン。僕はその時、パキスタンに初めて行ったんです。
このツアーは僕の仕事上のお客さんと一緒に行ったんですが、そのお客さんは
マレーシア工場の人たちでしたので、とりあえずタイで合流し、そこから
一緒にパキスタン入りしました。
タイまでがざっと8時間くらい、そしてそこからパキスタンまでが6〜7時間
でしょうか?もう移動だけでヘトヘトです(エコノミーですし・・・)。
機内は退屈ですので余計に疲れますよね。
そんなこんなで、僕達はパキスタンのカラチに着きました。
カラチはペルシャ湾のすぐ近くです。ヨーロッパからの観光客も多いみたいですね。
飛行機が着陸したのは夜中だったでしょうか?そうですね、夜中の2時くらいですね。
そこから空港を出るまでになんと2時間!!
なんでそんなに時間が掛かるのかと言いますと、イミグレーションに人が殺到し、
この人たちがまた列を作らないんですよ・・・。
ですので、ただでさえ時間が掛かるイミグレーションに、余計に時間が掛かってしまうんです。
さらに僕達はTVを持って行ってましたので、当然税関で止められます。
そこで、やはりお金を請求されるんですよね。でも、僕達はちゃんとTVを持ち出す時に
国際的な手続きをしているので、もちろんお金を払う義務はないんです。
しかし、払えと言われて、そこでず〜っと押し問答です。
また、中を調べるということで、頑丈に梱包してあるTVを出さされて、念入りに
チェックされますし、その後はまた梱包し直しですし・・・。
で、やっとの思いで空港を出ました。
タクシーに乗って、ホテルにチェックインした時はすでに夜明けでした。
あまりにも、ですので、取りあえずその日の仕事はお昼からと言う事にしました。
そしてお昼に仕事場に行って一仕事を終え、夕方はみんなでディナーということに
なったんです。
現地人のスタッフの案内で僕達はカレーのおいしいレストランに行きました。
やはりこの辺の国に来ればカレー/マサラですよね!
いろんな種類のマサラがほんとにおいしくて、お腹一杯食べました!
ここで一杯、ビールで乾杯!といきたいところですが、残念なことにパキスタンは
イスラムの国、アルコールは御法度です。
しょうがないのでペプシで乾杯!う〜ん、あまり盛り上がりませんが・・・。
お腹が一杯になった僕達は、明日も仕事が有りますので、ホテルに帰って早めの
就寝としました。
そして次の日、その日はパキスタンの最終日ですので仕事を念入りにこなし、やりのこしの
ないように頑張りました。
そしてその後は、前日と同様、現地のスタッフと最後のディナーです。
パキスタンはお隣にアフガニスタンがありますので、そっちの文化も結構入って来てる
みたいなんです。
ですのでアフガン料理のレストランもあって、僕達はオープンエアーの、シシカバブの
おいしいレストランに連れて行ってもらいました。
そこで食べたシシカバブはとってもおいしく、その他、チキンなどおいしい料理を
動けないくらいたらふく食べました。
しかし!これが悲劇の始まりだったんです・・・・・。

次の日、朝7:30くらいの飛行機で僕達はサウジに移動しました。
サウジまでは2時間くらいでしょうか?短いフライトですね。
天気が良かったので、下にペルシャ湾、アラビア半島の砂漠が綺麗に見えましたよ。
そしてサウジに到着。
ここでまたイミグレですが、この国は厳しいんです!
荷物は、スーツケースを開けて下着まで見られるんです。
大使館に努めている人も同じように調べられてましたね。
空のビデオテープでも再生して、エッチな映像が無いか徹底的に見られます。
イスラムは厳しいですね。
なんとか入国した僕達はとりあえずホテルにチェックインし、その後すぐ仕事場に
行き、一仕事こなしました。
そして夜の10:00、食事を終えてホテルに帰って来ました。
疲れているのでもう寝ようかなと思ったんですが、ど〜もお腹の調子が良く無いんです・・・。
そしてトイレに行ったんですが、そこからがもう大変!!
トイレから出られないくらいのひどい下痢!(食事中のかた、スモません)
夜の10:00にトイレにはいり、すこし落ち着いたのが夜中の2:00!
その間、ず〜っとトイレで唸ってました・・・。
備え付けのトイレットペーパーを4ロール、全て使い果たしました・・。
ようやくトイレから出た僕は、これは普通じゃないと思い、ホテルのフロントに電話して
医者を呼んでもらったんです。
電話口でフロントの人が”〜リアル(サウジの通貨)掛かるけどいいですか?”
僕はヘロヘロになりながら、日本円に換算しました。
そうすると、約3万円。まあしょうがないか、と結局医者を呼んでもらったんです。
待つこと1時間以上、やっと医者が来てくれました。
それも手にはそのへんの薬屋で買ったような売薬をもって・・・。
僕はてっきりサウジ人の医者かと思ったんですが、イギリス人の医者でした。
そこで下手な英語で症状を伝えたところ、医者は”フードポイズニング(食中毒)だね”と
言いました。
これ飲んどけば治るよ、と下痢止めと解熱剤とばい菌を殺す薬をくれ、去って行きました。
僕はもらった薬を飲んで、ようやく寝る事ができたんです。
薬が良く効いたみたいですね。
しかし、僕はその4時間で、なんと体重が4〜5Kgも落ちました!

そして次の日、僕達はサウジを離れますのでホテルのフロントでチェックアウトしました。
すると一緒に行ったマレーシアの人(中国系)が辛そうな顔をしてるんです。
どうしたの?と聞くと”食中毒”との返事、そうなんです、その人も当たってしまったんです。
まあ、当たり前でしょうか・・・。
でもその人の症状は軽かったみたいです。
僕の症状も治まったことは治まったんですが、そこからもまた大変で、重度の脱水症状に
襲われ、立つ事すらほとんど出来ない状態になってしまったんです。
立つ時は本当になにかに掴まっていました。
モノも食べれませんし、水分も取れませんし、体力を回復させる手立てがなく、ただ
我慢するだけ・・・。
しかし、まだU.A.Eでの仕事が残ってますし、物凄く厳しい状況でした。
しょうがないので、その日の移動後の仕事はパスさせてもらいました。
運良くその日の仕事はほとんどなにもやる事がなかったんです。
次の日、現地の日本人に会ったんですが、”あ〜パキスタンね。みんなヤるよ。
登竜門、登竜門”。
だそうです。
このような状態でなんとか仕事をこなし、ようやく帰国の途につきました。
当然、成田では空港の診療所に強制連行され検査です。
お尻に綿棒を突っ込まれて、弱り目に崇り目ですね!
検査結果は、もう菌は死んでると言う事でした。
以上のように、とってもとってもブルージーな体験をしたんです・・・。
ほんと、頭の中ではず〜っとスローブルースの泣きのギターが鳴ってましたね。
みなさんも、食中毒には気を付けましょう!
では、こんなところで〜。
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