企業道徳的主体論争

ビジネス・エシックスが学問的に市民権を獲得する過程で、自然人ではない人工的につくりだされた企業に道徳的責任を問うことができるのか、という問題を巡って、議論が繰り広げられた。これは「企業道徳主体論争」として知られている。

その主張は、例えば、次のように整理できる。

@企業道徳的主体肯定説(フレンチ(French,P.)のモラル・パーソン説)
1)企業が主体であるならば、それは同時に道徳的主体でもある。なぜならば、主体であるモノはすべて道徳的主体であるからである。
2)「主体=意図をもって行動する存在」方程式が認められている。
3)企業は企業内意思決定構造(Corporate Internal Decision Structure :CID構造)を有しているという事実から、企業は意図をもって行動している、との判断が可能である。
4)企業は道徳的主体である。

A企業道徳的主体否定説(ラッド(Ladd,J.)の構造制約説)
1)企業はフォーマル組織の一種である。
2)フォーマル組織は、定義上、特殊な目標(例えば、利潤)を最大限に達成するために行動しなければならない。
3)特殊な目標を最大限に達成するということは道徳規範に従って行動するということを認めないことである。
4)道徳規範に従って行動できることは道徳的に主体となる必要条件である。 5)企業は道徳的主体となりえない。

Bベラスケス(Velasques,M.)の「方法論的個人主義的」企業道徳的主体否定説
1)企業は、個人と異なり、自律的に行動ができないために、企業に道徳的責任を問うことは間違いであり、企業を道徳的主体として認められない。 2)企業の行動は実質的にはその企業の構成員の行動であり、その構成員(個人)が責任をとるべきである。

Cドナルドソン(Donaldson,T.)の「要件合致型」企業道徳的主体説
1)企業を道徳的主体としてみなすために必要な要件が2つある。
第1に、道徳的理性に基づいて意思決定が行われること、第2に、意思決定過程において、企業行動の具体的な結果を想定して政策や規則の構造を統制できること。 2)現実的に考えると、人間と同じように、多くの企業は上記の条件を完全ではないがそれなりに満たしているために、道徳主体性をほとんどすべての企業のなかに見いだすことができる。

D「道徳的主体としての企業」の現実的意味−−開設者の立場
1)企業に道徳的理性を見いだせるということは、自動的に、企業が人間に備わっている他の道徳的特性を有している、との結論に結びつかない。
2)企業の道徳主体性は特殊な種類のものであり、企業を人間と完全に同一視することはできないが、一定の意図を有する社会的存在として道徳原則・規則が適用される対象である、という意味で、企業は道徳的主体である。


詳細は、「道徳的主体としての現代企業」奈良産業大学『産業と経済』第23巻第1・2号(2008年7月)、更により詳しくは『道徳的主体としての現代企業』晃洋書房、2009年参照。




2011/02/07