Case20

WFI Corporation

 カリブ海にある Montserrat は英国が統治する(British-dependent)島である。1980年代、英国は無償援助資金を減少させようと躍起になり、島の指導者にオフショア(offshore)金融産業を育成することを強力に奨めた。これは冒険的事業ではあるが、銀行のライセンスを1万ドルで販売することによって始められた。341ライセンスが売られ、ミニマムの規制と最大の保証のもとで銀行を開業する機会が与えられたのであった。

  (注)オフショア−−−国内ではなく、税負担・法規制のゆるい外国において株式売買を専門的におこなう為に設置される金融機関ないしはそのような業務のこと  

 銀行設立免許卸売業者( bank charter wholesaler )であるWFI Corporation は約200の免許を購入し、それを、個人に、2万ドルから3万ドルで売りさばいた。新しい銀行には既存の有名な制度とよく似た名前が与えられていた。例えば、Chase Overseas Bank Ltd.,  Deutsche Bank Ltd., Fidelity Bank Ltd.,  Manufactures Overseas Bank Ltd., Prudential Bank and Trust Ltd.等々。WFIはまた同時にマ−シャル諸島の銀行設立免許を350ドルで購入し、それを1免許あたり2万ドルで販売した。銀行の購入者は、定款、定期預金証書、信用状、等々が収められた、極めて派手な革製のバインダ−を受け取った。  

 WFIの社長 Jeremo N.Schneider は、購入した人々を入念にチェックしてきた、と主張した。銀行、弁護士、公認会計士に問い合わせ、信用チェックが行われ、興信所を使って個人的なデ−タも収集された、と。しかしながら、銀行が売れた後にもコンタクトがあったのはごくわずかでありそのほとんどと連絡が絶えてしまっていた。  

 銀行を購入した一人である J.David Dominelli は外国為替・通貨取引の仲介銀行として J.David Banking を興し、合法的に投資されたドルをアメリカに集中させた。事実、J.David Banking が取り扱ったマネ−の多くはDominelli のポケットに流れ込み、投資家たちは8千万ドルを踏み倒されたのであった。カリフォルニアの脊柱指圧師( chiropractor )はオレゴン州の住民に偽の定期預金証書を売るために2つのオフショア銀行を利用した。別の銀行は、8人に、実際には存在しない約5千万ドルのロ−ンに対する貸付開始の手数料として45万ドルを請求した。犠牲者の一人であるシカゴの組合の役員は、組合が業績の悪化している鉄道会社−−−その会社に組合員が雇用されていた−−−を買収するためにそのロ−ンを利用してくれることを願って、自分の預金の全額を投資していた。  

 WFIはセ−ルス・セミナ−を主要なマ−ケティング・ツ−ルとして利用した。キャッチ・コピ−は次のようなものであった。「プライベ−トな国際銀行のオ−ナ−になろう。そうすれば、通常では出来ないロ−ンを組める。貴重な情報を入手できる。商品のサンプルを無料でもらえる。更には政治家やその他のVIPと親しくなれる」。300人以上の人々が一人当たり385ドルを支払ってそのセミナ−に参加した。セミナ−の後に、カクテル・パ−ティが開かれ、興味を示した参加者に対して、どれほど儲かるか、が詳しく説明された。購入者がサインした販売契約書には次のような警告が記されていた。アメリカやその他の国々でビジネスを始める前には弁護士あるいは公認会計士からアドバイスを受けるように、と。   

 WFIは、Grenada(グレナダ)で、登録されている企業の名前に「銀行」という文字がある企業を数多く購入した。WFIは、それらの会社を、グレナダの役人−−−彼らは、その島では、合法的なオフショア銀行業務を正式に登録しなかったと主張している−−−を介して、オフショア金融機関として売り払った。Daisy Johnson はそのように登記されたものの一つ( the European Oversea Bank Ltd.)を利用して、ありもしないロ−ンに対して100万ドルの手数料をだまし取った。他の多くのグレナダの銀行と同じく、彼女の銀行は幽霊会社であり、資産もなくライセンスも取得していなかった。  

 大きな銀行や若干の大企業そして投資信託会社はオフショア銀行を合法的な目的の為に所有しているが、オフショア銀行を購入した個人は、それを、マネ−ラウンダリング、投資詐欺、脱税屋その他の不正行為の為に、しばしば利用している。しかしながら、WFIの業務は、イギリス及びアメリカの法律によれば、完全に合法的なものなのである。




出典>Fritzsch,D. J., Business Ethics : A Global and Managerial Perspective, McGraw-Hill, 1997


Case19

ConAgra Inc.

 毎年、アメリカの港から何百万ブシェルにもなる穀物や大豆が船積みされ輸出されている。これらの穀物や大豆は、貯蔵されたり運搬されたりする前に、損傷を防ぐために、乾燥されるのだが、この乾燥処置は、不幸と言うべきか、塵埃を伴うのである。そしてその塵埃が空気中において臨界濃度に達すると、爆発を起こし、人間や建物に非常に危険な結果をもたらすことになる。1977年には、アメリカにおいて20回にも及ぶ穀物塵埃が原因とみられる爆発が発生し、75人の命が失われた。  

 塵埃を減少させるある方法が政府によって承認された。穀物に水をかけて湿らす方式である。1982年に公表されたアメリカ農業省のレポ−トによれば、 塵埃はコ−ンの湿度を0.3%高めることによって80%カットすることが可能である。いくつかの大穀物倉庫が、1980年代に、爆発の原因となる塵埃を抑えるために、散水システムを導入した。あまり沢山の水を加えると穀物の質を落とすことになるが、塵埃を抑えるためにはそれなりに十分な水を加えることが必要なのである。しかしながら、許容される水の最大量を特定した基準が定められていないのが現状である。  

 穀物はブシェルといわれる特殊なポンドで計量される。ブシェル当たりの実際の重さは計量される穀物に依存する。穀物に水をかけるとその重量は増加するし、穀物自体の重量に変化がないのにブシェルの数値も大きくなる。大穀物倉庫は取り扱う穀物1ブシェル当たり1ないし2ペニ−稼いでいる。1ブシェルの大豆を例に挙げると、その重量を0.5%高めるだけで収益は3セント以上増大することになるのだ。このように、船積荷にほんの少しの水を加えることには大きなインセンティブがある。  

 ConAgra は、ルイジアナ州 Myrtle Grove にある Peavey 穀物倉庫 において、水を利用して塵埃レベルをコントロ−ルしている。Peavey 穀物倉庫の副社長 J.Swanson は、散水システムを備えた穀物倉庫は極めて安全である、と信じている。コンピュ−タが外洋航行船舶に大豆を積み込むベルトコンベァ−の上にスプレ−のノズルを通して散水される水の量をコントロ−ルしている。水量は小麦の重量を0.29%以上重くしないように注意深くコントロ−ルされている。ビ−ンズは水を吸収してもその外観を変化させることない。しかしながら、船積みの荷は 177.5 トン重くなり、小麦のバイヤ−は船積みの荷にかけられた水に対して3万7千ドルを支払うことになるのだ。  

 湿度は穀物や小麦の腐敗の原因となるために、湿度には上限が設定されている。小麦を例に取ると、13.5%が上限である。もしその意図が積み荷の重量を増やし利潤を高めることであるならば、ディラ−が13.5%の上限湿度内で水をかけ湿度13%の小麦を所有することは許されないことである。たとえその品物の湿度が限界内に保たれているとしても、そのような行為は質を落とすものである。しかしながら、ディラ−は塵埃を抑えるという目的のためには水をかけそして水膨れした穀物から追加利潤を稼げるのである。ConAgra が従業員の生命を脅かす爆発を防ぐために Myrtle Grove 工場で行っていると述べていることは、まさに、このことなのである。  

 興味深いことだが、南アフリカがアメリカに次のように伝えている。水が使用されている3つの港から穀物を輸入しない、と。またアメリカの穀物の最大の輸入者である日本の幾つかの貿易会社も、彼らが穀物への水の散布について関心を寄せている、とアメリカ政府に伝達している。個人のバイヤ−の中にも積み荷に水をかけないことを条件として指定している業者が何人か存在している。もし水が散布されている場合には、輸出業者は船済み書類にその旨を明記しなければならないのだ。この条件は、船積み荷が港の倉庫に到着する前にどこかの穀物倉庫で散布される水に対しては適用されない。



出典>Fritzsch,D. J., Business Ethics : A Global and Managerial Perspective, McGraw-Hill, 1997


Case18

Bata Industries Ltd.

 Bata Industries Ltd. は、1894年に、チェコスロバキァのジルンで Thomas Bata によって創設された。この企業は繁栄し、ナチスドイツがこの国を支配する1939年まで、チェコスロバキァで靴を作っていた。Mr.Bataはカナダへ亡命し、そこで靴の製造を再開した。今日 この会社は6万7千人の従業員を雇用している。本社はカナダにあり、世界70カ国に71の工場と7000店舗がある。1991年に販売された靴の総数は約2億7千万足である。  

 Bataはカナダでは有名なそしてまた尊敬されている企業であり、カナダにおいて社会的に責任ある行動を長らく取ってきたという実績もある。この企業はオンタリオ州ワッタワ工場でレザ−及び合成の履き物を製造している。この製造過程では、靴とともに、汚れたラッカ−、溶剤、オイル、ポリ塩化ビニ−ルという形で液体の産業廃棄物も生み出されている。これらの廃棄物は、ライセンスを与えられた産業廃棄物処理企業が処理するまで、多種多様なコンテナに貯蔵されている。  

 何らかの事情で、廃棄物の除去がスケジュ−ルから消えてしまった。1990年に、オンタリオ環境庁の検査によって、200バレル以上の液体状の産業廃棄物が工場のグランドの外に置きっぱなしになっていることが判明した。沢山の樽が腐食し、液体が漏出していることが見つかった。調査が進行するするにつれて、かなりの数のコンテナが現場に放置されていることがわかってきた。環境庁の法律家 Jerry Herlihy は、ドラム缶は錆だらけで、腐食していたり、縁が汚れているものもあり、内容物が明らかに土中に流れていた、と報告している。Bata は、その地方の地下水や近くを流れるトレント河を汚染してしまったことで、非難されたのだ。環境汚染の原因となった物質の中にはベンゼンや塩化ビニ−ルがあった。    

 Bata の副社長であり現場監督でもある Keith Weston に、1986年に、廃棄物がドラム缶の中に貯蔵されている、と伝えられていることがあきらかになった。その当時は、ドラム缶や廃棄物は5万6千カナダドルで除去されることが可能だったのだ。Bata の会長 Douglas Marchant には、1989年に、 貯蔵問題が知らされていた。誰も廃棄物を除去させる為に必要な行動を起こさなかったのだ。  


 会社は、結果的に、環境問題の勉強とその解決に45万カナダドルを使うことになった。更には、27日間にわたって裁判が開かれ、Bata には12万カナダドル、Weston と Marchant には1万2千カナダドルの罰金が科せられた。



出典>Fritzsch,D. J., Business Ethics : A Global and Managerial Perspective, McGraw-Hill, 1997


Case17

American Therapeutics Inc.

  American Therapeutics Inc.はニュ−ヨ−ク州ボフェミアを本拠地とするノ−ブランド薬品のメ−カ−である。Raju Vegesna が会長である。ノ−ブランド薬品はブランド製品の廉価なバ−ジョンである。特許を得て排他的に市場に供給されていたブランド製品の有効期限が切れたとき、ノ−ブランド薬品のメ−カ−はブランド製品をノ−ブランド・ラベルで合法的にコピ−し販売することができる。しかしながら、ノーブランド商品は、市場で販売される前に、食品・医薬品管理局によって承認されなければならい。  

 ノ−ブランド薬品のメ−カ−にとって時間は決定的な要因である。新しいノーブランド商品を携えて新たに市場に参入することによってマ−ケットシェアが飛躍的に拡大するのだ。したがって、誰か他の競争相手がそうする前に、新しいノーブランド商品を製造する生産能力を装備し食品・医薬品管理局の承認を得ることは相当のプレッシャ−となる。Mead Johson Company の専売特許であった抗欝剤 Desyrel の有効期限が1980年代中頃に切れたとき、American Therapeutics はその薬品のノーブランド・バ−ジョン Trazodone Hydrochloride を開発した。   

 1987年、Charles Chang が食品・医薬品管理局のノーブランド薬品再審査主任科学者であった。American Therapeutics は Chang に1万3000ドル相当の家具とコンピュ−タを贈ることを決めた。更に会社は船積みの費用やその他の費用1688ドルを支払った。Vegesna の指示のもとで、この支出に関わる資料は隠蔽され、Chang まで辿れないように従業員の転勤費用として処理された。  

 American Therapeutics は認可を速めるために更なる手を打った。食品・医薬品管理局消費者安全担当オフィサ− Jan Sturm から内部情報を入手したのだ。Sturm は、Vegesna に、食品・医薬品管理局の重要人物がAmerican Therapeuticsの薬品に「文句をつけている」と伝えた。Sturm は Vegesna と何度となく合い、認可が出るまで問題点を警告しつづけた。彼がVegesna に漏らした最も重要な情報は、American Therapeutics が Trazodone Hydrochloride の原料をテストするために選んだ外国の研究所を認めない、というものであろう。Vegesna はこのことを聞くと、直ちにニュ−ヨ−クを発ってメリ−ランド州ジェサップに行き、Sturm に、その研究所はすでに除外されていることを示す書類を手渡した。Sturm はその日のうちにその書類を食品・医薬品管理局のファイルに入れ、Trazodone は9日後に認可された。   


 3週間後、Vegesna は Sturm とコロンビア特別区で会い、2万ドルが入った封筒を渡した。そのお金は Vegesna が Sturm のために注文し提供してあった車の費用をカバーするものであった。

出典> Fritzsch,D. J., Business Ethics : A Global and Managerial Perspective, McGraw-Hill, 1997


Case16

Aer Lingus Holidays

 Aer Lingus Holidays (ALH) は、1983年に、アイルランドのダブリンで、親会社 Aer Lingus によって、設立された。Aer Lingus が所有していた外国の5つのホリディ・カンパニ−( Sunbound, Blueskies, Cara,Enterprise, Stephen' Green Travel )が合併され、大会社 Aer Lingus Holidays が生まれたのだ。合併の目的は、営業コストの低減、業務規模の拡大によって交渉力を強化すること、将来の成長に備えて新会社の立場を有利なものにしておくこと、であった。  

 ALHのような旅行業者の仕事は、飛行機をチャ−タ−し、外国のリゾートに宿泊施設を予約することである。輸送と宿泊が「抱き合わ」されてツア−パッケ−ジとして顧客に提供される。特殊な保養地への旅行は6ヶ月前に予約が必要であり、宿泊と座席の予約も必要になってくる。予測は困難であり、間違いは高くつくものとなる。旅行業者はかなりの前金を支払い、キャンセルには重いペナルティが課せられる。  

 アイルランドの旅行業界の競争は1970年代と1980年代に熾烈なものとなった。消費者は低価格によって恩恵を受けたが、旅行業者の破綻は目新しいものではなくなった。1989年の年末までに、8旅行業者と19の旅行代理店が倒産した。Carousel, Topflight, Hickson Holidays のような有名な会社もこの時期に倒産した。どうにかして生き残った企業もトラブルを抱えている。この業界の利益が限界なのである。  

 ALHは、1980年代を通して、市場の25%を占めて、3大旅行会社の一角を維持していた。ALHは、一年ほどは利益がなかったかもしれないが、儲かっている、と報告していた。この時期、ALHは親会社 Aer Lingus から飛行機の約20%をチャ−タ−していた。ALHは、1989年の夏、Aer Lingus に、チャ−タ−代を支払うことができない、と伝えてきた。Aer Lingus は、ALHから儲かっているとの報告を受けていたので、何かおかしいと疑いはじめだした。  

 Aer Lingus は、1989年度のALHの帳簿を監査するために、会計事務所Conroy O'neil を雇うことを決めた。調査を始めて一週間経たないうちに、会社の計算書に重大な不正行為があることが判明した。さらに調査が続き、計算書が組織的にごまかされていることが明らかになってきた。コストが低く記帳され、収益が膨らまされていたのだ。  

 そこでAer Lingus は、ALHの業務を完全に洗い出すために、Craig Gardner 会計事務所を雇うことにした。この調査によって、過去5カ年の間に事業の過程で生じた損失額730万ポンドをカバ−するために帳簿がごまかされていたことが判明した。送り状や支払手形がごまかされていたのだ。外国の代理店が会社と取引をしたかのような「偽の」資料が作成されていた。不動産を購入するために巨額のお金を借りていたが、帳簿には記帳されていなかった。これらの借金の多くは通常の業務で生じた費用への支払いのために使われたのであったが、帳簿にはそのような損益も支払いも記載されていなかった。この操作によって、会社は高い利益を上げ損益を低く見せることができたのであった。  

 更には、不動産取引で生じた210万ポンドの損益が隠蔽されていた。それらの損失は、スペインのランザロ−テの70アパ−ト(apartment)を290万 でそしてスペインのマラガの50アパ−トを230万ポンドで購入したことによって生じたものであった。これらの物件の購入のために借り入れられた資金そしてその購入の事実はALHの帳簿に記載されていなかった。バブルがはじけたとき、市場は低迷し、それらの価値はそれぞれ130万ポンド、180万ポンドへと下落した。しかしそれらの損失のうちの120万ポンド分は物件そのものの価値の下落によるものではなかった。ALHは市場価値以上の金額でその物件を購入していたのである。  

 調査の間、運輸大臣( Minister for Transport and Tourism ) はこの問題に注目し続けてきた。彼は、経理担当者に、Aer Lingus への提出の前に自分に報告書を提出するように指示した。彼は、その調査書を読み終えた後、Aer Lingus に命令を下した。旅行業から撤退し、会計及び統制の在り方を改善し、今後二度と不正行為が起こらないような制度を確立して、その結果を報告せよ、と。彼は同時に、Aer Lingusに、適切な処分を行い、必要ならば法的処置を取るように伝えた。    



出典> Fritzsch,D. J., Business Ethics : A Global and Managerial Perspective, McGraw-Hill, 1997


Case15

騒音公害−−−The Wells Metals Corporation  

 The Wells Metals Corporation がミシガン州の田園地区に新しい鋳物工場を建設する計画を立てていた。しかしその後税金が変わったりその他の事情が加わり、オハイオ州のある大都市の有力者の薦めに乗って、住宅地から3ブロック程のところに工場を建てることにになった。  

 その施設の外観は極めて魅力的なものであり大気汚染を制御する最新のテクノロジ−を装備していたが、24時間操業のため、特に、夜間に、騒音をまき散らすこととなり、多数の住民の怒りを買うことにになった。

 一部の住民はすでに引っ越しを始め、その住宅地の地価は暴落する様相を示しだした。会社が最も苦慮したことは住民グル−プが会社に騒音をなくすか閉鎖するかを迫る訴訟を起こす為に団結したことであった。この「ご近所連合」は環境保護庁の援助を引き出しそして集団訴訟を行うための途を捜す方向に動きだしたのであった。


出典> Buchholtz,R. A and Rosenthal,S. B., Business Ethics : The Pragmatic Path Beyond Principles To Process,Prentice-Hall, 1998




Case14

動物実験−−−Bigger & Better Feedlot Company

 Bigger & Better Feedlot Companyの経営陣はその事業方式を変革するかあるいは事業から完全に撤退するか、の決断を迫られている。動物の権利を主張するグル−プが、Bigger & Better が動物を横になるためのスベ−スもない飼育場(畜殺前の家畜を太らせる飼育場)でまとめて囲っているために、ピケを張っているのだ。

 Bigger & Better は、この点で、他の同業者と違っているわけではないが、スベ−スをより効果的に使おうとしていた。動物の権利を主張するグル−プは−−−彼らの究極の目的は人々をして肉を食べることを完全に止めさせることである−−−地方新聞で掲載された会社を悪く印象づけるような記事を沢山入手していた。  

 同時に、Bigger & Better は環境保護団体からも攻撃を受けていた。飼育場が地球の温暖化を促進する有毒ガスの一種であるメタンガスを放出し続けている、と。これらの事態は会社に深刻な影響を与えた。消費者が動物の権利を尊敬するためにまた環境を護るために、肉をあまり食べなくなったのである。Bigger & Better はこれらの問題を処理するために戦略を展開せざるを得なくなり、この状況を解決するためにトップマネジメント会議を招集した。


出典> Buchholtz,R. A and Rosenthal,S. B., Business Ethics : The Pragmatic Path Beyond Principles To Process,Prentice-Hall, 1998




Case13

安全な食品−−−The Est-Well Food Company


 The Est-Well Food Companyは、消費者に対して安全な食品を製造してきているとの評判を得ている企業である。この企業は、製品の一つにおいてでもかって使われて安全上の問題を引き起こしたことがあるような食品添加物は、創業以来、一度も使わなかった。食品・医薬品管理局が食品の安全性への規制を実施する以前から、Est-Well は安全な製品を作っている会社として知られ、また消費者の健康に対して関心を示し続けてきたのだ。  

 そのような「評判」が続いてきたのは単なる幸運といえるものではなく、Est-Wellが積極的に実験プログラムを展開してきたためであった。この会社は、常に入念に準備された実験プログラムに従って、動物を利用して、健康への影響が未だ確認されていない食品添加物をテストしてきたのであった。Est-Wellは、様々な手段を用いてこれらの物質を動物に投与し、結果が明白に出てくるように投薬量を何回も変えて実験を続けた。実験に失敗は付き物であり、十分に注意しても誤りが生じたが、動物実験の段階で疑わしい結果が出た場合には、新しい添加物を使わなかった。  

 動物実験はコストがかかり時間も必要とされるものであるが、Est-Wellは時間とコストは努力に十分値するものである、と考えていた。Est-Wellはこうして長期間にわたって、多くの動物を使い実験を続けてきたが、近年では、テストしなければならない新しい添加物が増大するにつれて、より多数の胴部が必要になってきた。  

 このような現実に対して、動物の権利を主張する人々が、Est-Wellのような企業を、実験に多くの動物を利用してきことそして実験の過程で動物を不当に扱かったことに対して、非難し始めた。彼らはそれらの事例を新聞に掲載させ、若干の企業の定例総会で問題にし始めた。動物の権利を主張する人々の一部は更にそれぞれの州や国会議員に圧力をかけてこの問題に関する法律の制定を求めている。


出典> Buchholtz,R. A and Rosenthal,S. B., Business Ethics : The Pragmatic Path Beyond Principles To Process,Prentice-Hall, 1998



Case12

従業員の窃盗と「正直さ」テスト


 従業員の窃盗が、アメリカでは、深刻な問題となっている。アメリカ経営者連盟の統計によれば、倒産した企業の約20%以上の企業が従業員の窃盗が原因で倒産を余儀なくされたという。このような行為に対応する「装置」としてポリグラフに代表される「うそ発見器」があるが、少なくとも20州においてその使用が禁止されているので、多くの企業は、その代わりに、「正直さ」テスト(honesty test)を利用するようになってきた。  

 『ウォ−ル・ストリ−ト・ジャ−ナル』によれば、そのテストは使用者のオフィスで、約1時間かけて、行われている。テストは業者によって管理されており、それに要する費用は相対的に安く、6ドルから14ドルである。  これらの質問は従業員の窃盗と統計的に相関関係があるといわれているし、また、このテストに「落ちた」従業員には、別の根拠で自分の無罪を「証明」する機会が与えられている。  

 そこでの質問は、例えば、以下のようなものである。 1)あなたの好きなアルコ−ルはなにですか。 2)あなたはドラックを用いたことがありますか。 3)あなたは赤面したことがありますか。 4)あなたは、あなたに対してアンフェアに接した人物に真に怒りを覚えたことがありますか。 等々。  

 このような質問に対して、多くの従業員は実にオ−プンに答えており、「損害を示す」情報を流している。このことはある会社のスポ−クスマンの次のような発言から明らかである。「あなたは、少しのお金、例えば、一日に50セントとか1ドルを盗むことは許される行為である、と信じている従業員の数があまりにも多いことを知って、驚くでしょう」。  

 だが他方で、このテストは、幾つかの団体、法律家そしてアメリカ・シビル・リバティ・ユニオンから、厳しく批判されている。彼らによれば、これらの質問の多くは仕事と関係のないものであり、プライバシ−の権利を侵害するものである。また、テストを実施すること自体が脅迫行為である、とも批判されている。



出典>Beauchamp T.L and Bowie N.E. (eds.),Ethical Theory and Business, 2nd Edition, Prentice-Hall, 1983.




Case11

グリ−ンな広告


 最近の環境問題研究によれば、回答者の83%が環境に優しい(safty)製品を優先して購入している、と述べている。さらには、37%の人々が、環境に優しい商品が他の商品と比べて15%以上高くとも購入する用意がある、とも述べている。このような「調査結果」は市場関係者(marketer)に重大なインセンティブを与えることになった。いわゆるグリ−ン・プロモ−ションやグリ−ン・アドバ−タイジングであり、それは、企業がより健康なそして改善された自然環境を創り出そうとしていることを大衆に示す試みである。  

 この典型的な事例を挙げておこう。1990年に、日本のキリンビ−ルがグリ−ンのラベルに地球の絵が描かれた「ア−ス・ビ−ル」を世界規模で売り出した。キリンビ−ルは、この製品は「地球に優しい(friendly)」ビ−ルです、と主張した。しかしながら、このビ−ルはキリンのオリジナルな製品や他のメ−カ−の商品と何ら変わることのないものであった。  

 グリ−ン・プロモ−ションの流れは重大な疑問を提示することになった。企業は環境を改善するような行動をとっているのか、あるいはそれはそのようなものとして純粋に知れ渡っているのか?、と。「地球の友」の代表者 B.Blackwelder は、次のように述べている。「多くの場合、グリ−ン・プロモ−ションは企業の具体的な行動によって実現されてはいない」。彼は続けて次のように言う。「DuPont は環境を意識的に保護していない。確かに、DuPontは グリ−ン・アドバ−タイジングを展開しているか・・・。」 Blackwelderによれば、広告で「そのようなイメ−ジを流していることは道徳的に避難されても仕方のないことなのである・・・・」。  

 この声明の背後には次のような事実があった。1991年、DuPont社は、 テレビで、汚染されていない海で大声で吠えるオットセイ、ジャンプするイルカ、魚と戯れるその他の動物を撮影したキャンペ−ン広告を放映しはじめていた。この広告は、DuPont社が環境保護に向けて大きく変わったことを印象づけるものであった  

 だがこれとは対照的に、「地球の友」の報告によれば、1989年度のDuPontの環境汚染は、Dow Chemical Company の14倍、Chtysler の20倍、Mobil Oil の30倍であったのだ。同時に、この報告書によれば、DuPontの利潤に対する環境汚染率は他企業と比べると異常に高く(14%)、1989年から1991年6月にかけて、毎月、環境破壊の罰金として100万ドルを支払っていた。また、1990年の Exxon のタンカ−事故後、DuPontの原油子会社が、ユニ−クな環境戦略として、石油流出を防ぐために、新型の二重船舶タンカ−の建造計画を推進し始めたが、すでに当時原油タンカ−の6隻に1隻は二重船舶タンカ−であり、DuPontの「変革」はそれほど斬新なものではなかったのだ。  

 このようなクレ−ムに対して、DuPontは次のような「公式声明」を出した。「DuPontの環境政策の幾つかはやり直しを余儀なくされているが、我々は解決に向けて入念な努力を続けている」。またDuPontは次のようにも述べた。我々は数は少ないが環境改善に貢献するプロジェクトを展開しつつある。例えば、オゾンを破壊するフッ化炭素を減少させるケミカルの開発を始めたし、オゾン層を守るためにフッ化炭素を生み出す製品の回収を進めている、と。  


 このような事例に対して、環境広告は新しい形の「詐欺」広告ではないのか、グリ−ン広告によって消費者はダメ−ジを受けないのだろうか、それは企業の評判を高める「無害な」方法となっているのではないか、との疑問が提示されている。



出典>Beauchamp T.L and Bowie N.E. (eds.), Ethical Theory and Business, 4th Edition, Prentice-Hall, 1993.