Case10

広告コ−ド


 アメリカのビジネスに関する広告コ−ド(The Advertising Code of American Business)は、1971年9月28日に公表された産業自主規制プログラムの一部分である。このプログラムは、広告産業に対して世間の批判が高まり、連邦規制局がより攻撃的な姿勢を取り始め、政府の統制が将来より強化される恐れがでてきたことへの対応策として、生まれた。  

 自主規制の新しいプログラムが公表されたとき、それが「強制的な性格なもの」であることが強調された。広告への「苦情」を受け取ったのはビジネス改善連盟(BBA)の全米広告部局(National Advertising Division)であった。最初の一カ年に、337の苦情が寄せられた。その337のケ−スの中で、184について調査が実施された。72のケ−スは問題がないと判断され、(問題ありと指摘された)ケ−スについては、広告業者は「不快な」広告を撤退するかあるいは修正することに同意した。

 その後、却下されたケ−スのうちの6ケ−スが、上級機関である全米広告再調査委員会(National Advertising Review Board)に持ち込まれた。広告再調査委員会は、その6ケ−スのなかで4ケ−スについては全米広告部局の決定を支持したが、残りの2ケ−スに関しては苦情を認めた。これらの2つのケ−スでは、問題視された広告が撤退された。全米広告部局を支持する人々は、連邦レベルでの訴訟がしばしば数カ年かかることと比べて、苦情処理の時間が短縮されたことを、拍手喝采で賞賛している。  

 
 アメリカの広告コ−ドは以下の内容から成っている。
1)真実。広告は真実を伝えなければならない。隠すことによって大衆を誤った行動へと誘導する可能性のある重大な事実をあらかじめ示さなければならない。
2)責任。広告代理店や広告業者は進んでクレ−ムを立証しなければならない。
3)上品さ。広告ではは大衆に下品であると思われるような声明、イラスト、キャッチコピ−を避けなければならない。
4)おとり広告。広告ではそこで広告提示されている価格で購買者が満足で きる商品やサ−ビスだけを掲載すべきである。
5)保証。保証付きの広告はその内容がはっきりとわかるものでなければならない。保証の性格、程度、保証者の態度、保証者が何者であるのか、がはっきりとわかりやすく示されていなければならない。
6)価格へのクレ−ム。価格が安いとか節約になるということを証明できないような誤った印象を与えクレ−ムがつくような価格を避けるべきである。
7)対応できないクレ−ム。広告は誇大広告を避け、後で対応が難しいようなクレ−ムがこないようにすべきである。
8)推薦状。広告に添える推薦状は正直な態度で本当に商品の内容を証明できる人物の推薦状に限定すべきである。  


 このようなコ−ドには、例えば、次のような「疑問」が提起されている。 「誇大」広告をいかに解釈すべきか、「上品」という概念は曖昧模糊としているのではないか、と。



出典> Beauchamp T.L and Bowie N.E. (eds.), Ethical Theory and Business, 2nd Edition, Prentice-Hall, 1983.




Case9

工場閉鎖−−−Speedy Motors Company


 Speedy Motors Company(SMC) がミシガン州イ−ストランドの自動車組み立て工場を閉鎖した。 このケ−スは、組織労働者のロビストたちに、連邦政府は工場閉鎖を規制する法律を制定すべきであると主張させる大きな「根拠」(reason)を与えることにになった。SMCは解雇を予告した一ヶ月以内に約2000人の労働者を解雇し、20年以上操業してきた施設を永久に閉鎖してしまったのであった。

 ロ−カルユニオンの指導者は、この行為を、「労働者とコミュニティに対する冷淡な心ない取り扱い」と呼んだ。 SMCの経営者は、その決定は自動車産業の過酷な競争という現実から見て避けられないものであった、と自己弁護した。SMCのスポ−クスマンは次のように述べている。「SMCがイ−ストランドで製造した車を購買する人々がほとんどいなくなり、消費者の選好の変化を期待できる材料を我々は何ももちあわせていないのだ」、との声明を出した。

 労働者のロビストたちは、この事例は−−−しかるべき緊急性が認められないならば−−−会社に少なくとも二年間を解雇予告期間を経て主要な工場を閉鎖することを義務づける連邦法が必要であることを示している、と主張している。提案された法律は同時に閉鎖によって影響を受けた労働者やコミュニティに対して特別な便益を配慮することを要求するものとなろう。 組合のリ−ダ−は、「重大な必要性がなくまた予告なしに工場を閉鎖することは反社会的な犯罪行為である」、と述べ、次のように続けている。「大企業には長期にわたって勤めてきた従業員や彼らの仕事に依存してきたコミュニティに与えることになる「困窮」に対する思いやりに欠けている。彼らが考えていることはただ一つ、儲かるかどうか、それだけである」。

 これに対して、立法化に反対する人々は、「提案されている法律は自由企業システムの根幹を脅かすものである」、と主張している。SMCのスポ−クスマンの言葉を借りれば、「会社は、ペナルティを課せられることなく、好きな場所において事業をおこなう自由を保障されるべきである。工場閉鎖法はプライベ−トな意思決定への不当な干渉となろう。より効率的な方法で事業を展開するマネジメントの能力を制限するような法律は非生産時なものであり、自由企業理論に真っ向から対立する」。



出典> Beauchamp, T.L. and Bowie, N.E. (eds.), Ethical Theory and Business, 5th Edition, Prentice-Hall, 1997.




Case8

恋愛とビジネス  


 従業員のプライバシ−の侵害に関する論争は、これまでは主として、会社側が従業員がドラッグの使用のような非合法的な何かをしていないかを見つけだそうとする行為を巡って展開されてきた。しかし、今日では、単に合法的なことではないだけでなくノ−マルな個人的な領域における従業員の生活を規制しようとする企業の数が増加しつつある。多数の企業が従業員間の関係を制約しているのだ。ある場合には、同僚とデ−トすることが、または競争相手とデ−トすることが禁止されている。  

 例えば、U.S.food corporation は従業員がデ−トすることを認めていない。その会社で、二人の役員が出会いそして恋に落ちた。男と女は会社の異なる部署で働きお互いにフォ−マルな仕事上の関係がなかったにも関わらず、 彼らの行動は今や双方の仕事を危うくするものとなってしまった。一年間、彼らは秘密裏に同棲していた。そして結婚することを公に公表する前に、男がその会社を辞めた。  

 1982年、Coca-Cola 社がマサチュセッツ Northampton の Coca-Cola bottler デ−タ処理マネジャ−(アマンダ・ブレ−ク)を、ライバル社 Pepsi社の会計士との結婚を破棄することを拒絶したために、解雇した。顧問弁護士は、彼女が夫に機密情報をリ−クした可能性が強かった、と述べている。同じようなケ−スが1979年にも起こっている。IBMのマ−ケティングマネジャ−だったヴァ−ジニア・ル−ロンミラ−が、以前IBMに会計マネジャ−として勤務し今は競争会社で働いている人物とデ−トを重ねたために、解雇されたのだ。IBMの前会長ト−マス・ワトソンは次のように述べている。「我々が従業員の仕事を離れたときの行動に関心を持つとすれば、それはそのことによって通常の仕事を規則正しく遂行できなくなった場合である」、と。ル−ロンミラ−は告訴し、30万ドルの判決を勝ち取った。  

 このような制約に対しては賛否両論がある。
 まず批判者は、そのような制約は従業員の私的生活への不当な干渉である、と主張する。さらには、相応しい相手を見つけることは個人の幸福にとって決定的な事柄であるにもかかわらず、そのような制約によって仕事と引き替えにしなければならないとすればそれは極めて困難な事柄となってしまう、と論じるだろう。  

 だが賛成者は、事柄はそんなに簡単なことではない、と主張しよう。同僚間の関係は情実をもたらし、さらには他の同僚よりもアンフェアに競争上有利になってしまう、と。どちらかが他の仲間が知り得ない有益な情報を流せるポジションにいるかもしれないのだ。そしてその関係がうまくいかなかった場合には、より面倒な問題が生じることになろう。特にかっての恋人同士が一緒に働くことになれば、仕事上の関係に悪影響を及ぼすことが十分に考えられる。緊張が走り、敵意が生じ、コミュニケ−ションがうまくいかなくなり、二人だけでなく、全体の能率が低下する。
 また競争相手との恋愛関係は一層危険である。なぜならば、機密事項が漏れる危険があり、それによって会社の販売がが苦況に陥り、失業の可能性も出てくるからである。


出典> White,T. (ed.), Business Ethics : A Philosophical Reader, Prentice-Hall, 1993.



Case7

ライフスタイル差別


 「差別」は伝統的に人種やジェンダ−と結びついたものであったが、最近になって、企業が新しいタイプの差別を始めだしたと言われるようになってきた。個人の生き方に関わる差別がそれである。例えば、従業員のヘルスケアへの支出が近年急速に増大してきたことが企業において大きな問題となり、健康なライフスタイルを有する人々だけを雇用する企業が少なからず出てきたのだ。もしあなたに飲酒や喫煙の習慣がある−−−仕事中か仕事を離れているかに関わりなく−−−ならば、多くの企業で採用されないようになるだろう。企業の立場から言えば、これはコストを抑える方法であるが、「ライフスタイル差別」として批判の対象となる事柄でもある。  

 この問題は、従業員の行動や活動に対して使用者側がどの程度合法的に関与し得るのか、という問題である。従業員の立場から言えば、仕事ができるか否か−−−これが全てである。しかしながら、多くの企業は、企業のヘルスケア・コストの25%が不健康なライフスタイルに起因するということを「楯にとって」、これはビジネス上の事柄である、と主張している。  

 従って、多くの企業が喫煙と病気の関連を理由に喫煙者を採用しようとはしなくなっていることは驚くべきことではないのである。カンサス州を例に挙げると、喫煙者が病院に行く回数は非喫煙者と比べると70%高くなっている。Control Data Corporation 社では、一日に一箱以上のタバコを吸っている従業員へのヘルスケア支出は、非喫煙者と比べると、120%高くなっている。そのために、多くの企業は喫煙者の雇用を拒否するのであり、あるいは喫煙者に喫煙を止めることを要求している。このような企業では、喫煙は−−−自宅のプライベ−トな時間での喫煙を含めて−−−仕事を「危険にさらしている」のだ。  

 更に言えば、喫煙だけが問題になっているのではない。例えば、ジョ−ジアのある企業では、マウンテンクライミング、モ−タ−サイクリング、スカイダイビング、自家用飛行機の操縦が、不採用の理由になっているし、アトランタ市役所はコレストロ−ル値の高い人の採用を拒否している。また、上述のControl Data Corporation 社の資料では、肥満の従業員はそうではない従業員と比べて、11%増のヘルスケア・コストがかかっていること、血圧の高い従業員は健康な同僚と比べて病院通いが25%多いこと、シ−トベルトを締めていない人は締めている人と比べてけがをして病院に行く確率が54%高いこと、が明示されている。  

 リスキ−な従業員に対して異なる対応をしている企業もある。全ての従業員が彼らの「悪い」習慣の結果を「分かち合って」いるとの考えで、例えば、喫煙したり肥満体の従業員の会社の年間のヘルスケア拠出金を100ドル以上高く設定している企業があるし、あるいは、体重を落としたり運動している従業員を「報賞」するという対応策を採っている会社もある。  


 多くの従業員は、このような企業の対応に対して、当然だが反対の態度を表明している。プライベ−トなビジネスに関係のない行動を理由に採用の可否を決めたりヘルスケア・コストを算定することは差別である、と。
 そして20州以上がこの立場を支持し、仕事時間以外の喫煙を理由にあるいは仕事以外の場では合法的であるような行動に対してそれを理由に従業員を差別することを禁止する法律を制定している。



出典> White,T. (ed.), Business Ethics : A Philosophical Reader, Prentice-Hall, 1993.




Case6

Ford's Pinto


 1970年に、Ford社が小型車 Pinto を発売した。当時 Ford 社のマ−ケットシェアは、ドイツや日本の自動車メ−カ−の進出によって、低下し続けていた。そのような状況を挽回する起死回生策として期待されたのが Pinto であった。

  しかし Pinto は「欠陥」車であり、ドライブ中に「炎上」(burn)する危険性が高いことが事前のテスト段階で判明していた。Ford 社の役員は「耐え難い」(tough) 意思決定に直面した。より安全な製品にして発売を延期 すべきか、と。彼らは、コストベネフィット分析を行った。  
 
 内部資料によると、その内容は以下の通りである。  
 自動車が1100万台及び軽トラックが150万台売れるとすると、それらを「炎上」しにくくする改善デバイスを提供するコストが一台当たり11ドル必要になろう。従って、ト−タルコストは1億3700万ドルとなる(125000000×11)。  
 これに対して、車が「炎上」して死亡する人間は180人、重い火傷を負う人間が180人、巻き添えを食う車が2100台と予想された。そしてそれぞれにかかる弁償額は、20万ドル、6万700ドル、700ドルであろう。とすれば、全体で、4950万ドルの弁償となる(180×200000+180×67000+2100×700)。  

 1971年から1978年に、Pinto の事故で Ford 社に対して起こされた訴訟は50件以上に及んだ。例えば、1978年には、友人と Pinto でドライブをしていて大やけどを負った19歳の少年に1億2850万ドル支払え、との判決がでている。車が炎上したのだ。燃料タンクがバンパ−から7インチの所にあり、背後からの衝撃によって、Pinto は「デス・トラップ」になってしまった。 

 また別の資料によれば、1971年から1978年にかけて Pinto と直接・間接に関連する事故で、700人から2500人が死亡したという。しかも、もしFord 社が燃料タンクを車軸の上に取り付けていたならば、そのうちの95%は死ななくともすんだと言われている。  


 1978年に、Ford 社は、1970年から1976年にかけて製造されたすべてのPinto 150万台の回収を命じた。メディアの攻撃が高まり、政府から圧力がかかり、未解決の裁判が増加し続け、将来の販売に悪影響が出ることを考慮したうえでの決定であった。



出典> Shaw, W. H., Business Ethics, Wadsworth, 1991 ; Buchholtz, R. A. and Rosenthal,S. B., Business Ethics : The Pragmatic Path Beyond Principles To Process, Prentice-Hall, 1998 ; Weiss,J W., Business Ethics : A Stakeholder and Issues Management Approach, 2nd Edition,The Dryden Press, 1997.






Case5

「話すには辞職する覚悟が必要か」−−−National Power Company


 National Power Company(NPC)社の副社長 M.Davis はかなりの読者数を誇る雑誌に寄稿した。それは単なる論文ではなかった。カリフォルニアの小さな町の近くに核工場の建設を計画しているNPC社の社会的責任を問うものであった。  
 
 Davis は一般的な意味で核工場の安全性に疑問を投げかけただけでなく、その地域に工場が建設されるとその操業に大量の水が必要となるので当該地域の農民の利害が著しく損なわれることになろう、と指摘したのだ。NPC社だけを「傷つける」論文と言われても仕方のない内容のものであった。  
 
 若干の人々は Davis を心から支持し、NPC社にもそう伝えた。しかし Davis を支持しない人々もいた。彼らは、NPC社が政治的並びに社会的圧力に屈し、地域のエネルギ−問題を解決するプロジェクトを中止した、と感じた。更に加えて、NPC社は地域の労働者の大きな恨みを買ってしまった。数千にも及ぶ職の創出機会が放棄されたからである。  
 
 言うまでもないことだが、 Davis の批判はNPC社のトップには全く通じなかった。彼らは Davisは、会社の副社長として、無責任に行動した、と見なした。彼らはそのような計画は安全であるだけでなく、住民のウェルフェアに絶対的に貢献する、と考えていたのだ。Davisがそのことを全く見過ごしていた、と言うこともできようが、むしろ彼は、可能性はきわめて少ないかもしれないがもし事故が起こったならば、会社は恐ろしいほどの責任を被ることになる、ということだけを考えていた、と言う方がより正確であろう。  

 取締役会の意向を受けて、役員が、Davisに、今後は事前に会社と打ち合わせた上で、外部で発言するように申し入れた。Davisは、自己の権利が踏みにじられ、責任ある市民としての義務が「侵害」されたと感じた。事実、彼は、彼が「良心の事柄」と名付けたものを公表するために幾つかの「スビ−キング契約」(speaking engagement)を締結しようと考えた、と語っている。  

 役員は Davis の気持ちを取締役会に伝え、取締役会は彼に最後通牒を突きつけた。命令に従うか、それともすぐに辞表を出すか、と。    



出典> Shaw W.H., Business Ethics, Wadsworth, 1991.


Case4

ブラジルの「死の谷」  


 ブラジルの「死の谷」と呼ばれ、地球上で最も汚染された場所であろうと言われている地域がある。  

 そこはサンパウロから車で一時間の所に位置し、10万以上の人間が住んでいる。谷に沿って様々な工場が建ち並び、毎日、数千トンの汚染物質を空気中に排出している。あるレポ−タ−の報告によれば、その谷に一時間いると、肺が痛み出し、汚染された空気で気管支が炎症を起こし、息苦しくなってくる。  

 谷の空気は(ベンゼンなどの発ガン性物質を含む)有毒ガスで満ちあふれている。その地域の工場労働者の10人に一人は白血球がきわめて少なく、死亡率は、国全体と比べると、10%高い。  

 しかしながら、地域住民の中で不満を述べる人は少ない。彼らにとって、有毒ガスは仕事の臭いなのだ。彼らは地場産業が彼らの所有地を買い上げることを望んでいないし、政府も信用していない。若い母親の言葉によれば、「そうよ、子供たちは病気がちだし、時々ほとんど息ができなくなることがあるわ。私たちだって他の場所で住みたい。しかし、その余裕がないのよ。」  


 公衆衛生学を専攻する大学教授 O.Campos は、この谷の汚れた空気を経済優先の結果そのものと見なしている。そして彼は次のように述べている。「これは進歩の代償だ、という人間がいる。しかし、そうだろうか。誰がその代償を払っているのかをよく見てみろ。それは貧乏人じゃないか。」 



出典> Shaw W.H., Business Ethics, Wadsworth, 1991.



Case3

「血液 売ります」−−−Plasma International


  フロリダ州タンパ市のタンパ新聞の日曜版に「血液の売買でロ−カル企業が莫大な利益を上げている」という「見出し」のもとで、ある「事実」が掲載された。新聞報道によると、同市に本社があるPlasma International社が西アフリカのいくつかの部族から1パイントあたり15セントで血液を買い取り、それをアメリカや南アメリカの病院に売っていたが、最近ニカラグアで生じた地震で負傷した人々に1パイントあたり25ドルで売り、25万ドル以上の利益を上げたという。

 この報道後、タンパ市の市民団体が、Plasma International社のライセンスの剥奪を要求したり、血液の売買を禁止する法律の制定を求めて、抗議行動を展開した。 これに対して、同社の創立者 S.Levin は、インタビュ−に答えて、「私には理解できない。我々は他のビジネスと同じようにビジネスをしているのだ。税金も納めているし、正直に利益を上げようと努めている」、と述べた。

 Levin は、安全で汚染されていない血液の売買は今後有望な市場となるであろう、と考えて、この事業をを始めた。しかし、自分の血液を喜んで売ろうとする人々はいなかった。そこで彼はワインを欲しがる人間に目を付け、彼らから血液を買うことにした。この「商売」は当たり、Plasma International社は巨額の利益を得たが、彼らの中で肝炎が多発するに至り、新しい「供給先」を探さざるを得なくなった。 メディカル・コンサルタントのアドバイスを得て、同社が見つけだしたのが西アフリカのいくつかの部族に住む人々の血液だったのであった。

 新聞で報道されたために、「血液売買」はタンパ市では「大」事件となったが、血液がコマ−シャルベ−スで売り買いされているということはアメリカでは珍しいことではない。統計的には、50%以上の血液が売り買いされたものであるといわれている。

 これと対照的なのが、イギリスである。イギリスでは、献血制度(A Voluntary System of Blood Donation)が普及しており、血液が必要な場合には、お金払ったり義務を課せられることなく利用できるし、ドナ−は特定の人間を念頭に置いて血液を提供しているわけではない。

 
  経済学者 R. Titmuss によれば、イギリスのシステムは、アメリカのシステムと比べて、経済的効率、管理上の効率、価格、血液の質、の点で、優れている。血友病の患者は、アメリカのシステムのもとでは、危険であるし、血液がコマ−シャルベ−スで売り買いされているという「事実」を知れば、自発的なドナ−が減少するであろう、と述べている。



出典> Shaw, W. H., Business Ethics, Wadsworth, 1991 ; Buchholtz, R. A. and Rosenthal,S. B., Business Ethics : The Pragmatic Path Beyond Principles To Process, Prentice-Hall, 1998


Case2

Beech-Nut 社の「100%天然ジュ−ス」


 Beech-Nut 社の概要。1891年にペンシルバニヤ州で操業を開始したアメリカの大手食品会社、特に、ベビ−フ−ド業界では2番手の会社。

 Beech-Nut 社は肉のパッキングの会社としてスタ−トし、その後他の食品も生産販売するようになり、特に栄養食品の分野では、高品質・自然食品ののメ−カ−として高い評判を得るようになった。しかしその後強力なライバル会社(The Greber Company)の出現などによって、生産ラインをベビ−フ−ドに特化せざるをえない状況に追い込まれただけでなく、そのベビ−フ−ドも業績が悪化し始め、1979年にはマ−ケットシェアが15%にまで落ち込み、少なからざる負債を抱え込むに至った。
 
 このような状況の中で、Beech-Nut 社の経営者は破産を避ける政策として、原料のリンゴジュ−ス濃縮液を市価の80%で売ってくれる業者(Universal Juice Company)と取引をするという決定を下した。だが当時すでにUniversal社の濃縮液は「まがいもの」であるという噂が業界のなかで流れており、Beech-Nut 社の研究開発部門の従業員の中にも「疑惑」がひろがっていた。研究員たちは安い濃縮液は「まがいもの」であるとほのめかしたが、会社側は「我が社の製品には人工的な成分は何も含まれていない」と主張し続けていた。
 
 1981年、Beech-Nut社の研究開発部長 J.LiCari が「不純物テスト」を改良し、同社が Universal Juice Company から購入している濃縮液はビ−ト・シュガ−、サトウキビのシロップ等々のブレンドであることを「発見」した。彼はその新しい証拠を提示して、同社の社長及び副社長に濃縮液がインチキであることを伝え、別の取引先を探すように進言した。なぜならば、当時同社は、同社の製品が栄養価が高く100%ナチュラルであることを謳い文句にした生産ラインの再構築を計画していたからである。だが経営のトップは LiCari の進言を無視し、「100%フル−ツジュ−ス」のラベルを付けた「まがいもの」アップル・ジュ−スを生産し販売し続けた。
 
 1982年になると、政府及び州の官庁が調査に乗り出し、Universal社の濃縮液はインチキであることを「証明」するに至った。Beech-Nut 社は直ちに Universal社との契約をキャンセルしたが、数百万本にも及ぶ「いかさま」リンゴジュ−スをアメリカだけでなく世界の多くの国で大幅に値下げして売りまくった。食品・医薬品管理局や農務省の警告にも関わらず、Beech-Nut 社は同年の10月末まで「不良品」を回収せず、350万ドル相当の在庫を一掃したのであった。
 

 このケ−スは、企業の主要な関心事は、たとえインチキな製品を売ることだとしても、お金をもうけることである、と信じさせる口実を与えてしまった、と『ウォ−ル・ストリ−ト・ジャ−ナル』(1988/2/18)で論評されたという。
 
 

出典 Beauchamp, T.L. and Bowie, N.E. (eds.), Ethical Theory and Business, 5th Edition, Prentice-Hall, 1997.

    


Case1

McDonald の「熱い」コ−ヒ−



 1992年2月27日の朝、ステラ(Stella Liebeck)はニューメキシコのアルバカーキ(Albuquerque)のマクドナルドの店で朝食とコーヒーを注文した。 彼女はちょうどアルバカーキ空港へ息子を送る為にサンタフェからドライブして来た途中であり、娘の家で朝食を食べる時間がなかったのだ。
 
 ステラは「マクドナルド朝食」(Mcbreakfast)を注文し、それと1杯のコーヒーを駐車していた車に持って行った。彼女は車の中にコーヒーカップを置く場所を探したが、適当な場所が見つからなかったので、そのカップをひざの間に置いてコーヒーを飲もうとした。だがその時、華氏170度(約摂氏77度)のコーヒーが彼女のひざにこぼれた。 彼女は金切り声を上げた。すぐに近くの病院の緊急治療室に運ばれた。彼女の皮膚は第3度の火傷を負っていた。

 ステラは7日間入院した後娘の家で3週間静養し、皮膚組織移植手術のために再び入院した。彼女は8月になって、McDonald社に、コーヒーの温度を下げるように求める手紙を書き、同時に2000ドルの治療費及び娘が世話をしてくれたために稼げなかった賃金の支払いを要求した。彼女は、当初、告訴を考えていなかったが、McDonald社が800ドルしか支払わないと回答したために、彼女の娘が弁護士を探し始めた。

 そして、彼女の依頼を受けたヒューストンのリード・モーガン(Reed Morgan)が、「不当に危険で」そして「不完全に生産された」コーヒーを売ることに対して、McDonald社を「重過失」のかどで告訴した。損害賠償金10万ドルを求める訴訟となった。
 
 McDonald社は、事故についてその責任をステラに帰し、コーヒーの温度を「防御」し、提案された和解を断わり、裁判に持ち込まれた。陪審員の多くは当初このケースは「つまらない」ものであると考え、そのようなケースについて証言を聞かなければならないことに対していら立っていた。証言を聞いた後、しかしながら、彼らのケースについての考え方が変わっていった。
  
 ここ10年の期間にわたって700件にも及ぶ苦情が寄せられているにもかかわらず、会社がいまだそのコーヒーの温度を下げていなかったことが分かったのである。専門家は、170度のコーヒーが人の皮膚の上にこぼれると3.5秒内に第2度の火傷が生じる、と証言した。
 これに対して、McDonald社は、お客が「熱い」コ−ヒ−を求めたこと、そしてひざの間にコーヒーカップを置くという「賢明ではない」アクションを考えると、自分自身以外に責めを負わせるべき人間はいない、と反論した。
 
 陪審員は、McDonald社に注意を促しコーヒーの温度を下げることに関して何かをする動機となるように懲罰的損害賠償額として270万ドルを裁定した。判事はその額を64万ドルに下げた。
 
 このケースは、裁判後の「小ぜり合い」を経て、双方が和解の内容を秘密事項にするということで、法廷外で解決された。

 
 このケースは、今日、アメリカの不法行為改革協会(The AmericanTort Reform Association)によって、「非常識な」訴訟の典型的な事例として挙げられている。


出典> Buchholtz, R. A. and Rosenthal, S. B., Business Ethics : The Pragmatic Path Beyond Principles To Process, Prentice-Hall, 1998