ええ、現在、2004年2月なのですが、私はこの3月で
大学を卒業することになります。
ということで、この4年間大学というところに通って、そして
自分なりに感じた、「大学」という場所について、語ってみようと思います。
まぁ、せっかく4年間通ったんだし、その感想みたいなのも含めてね。
この考えはあくまで私が4年間で感じたもので、強い人間にとっては、
そういう考え方は逃げだとか、本当に大学に行きたい人間を侮辱してるとか
そういう風に思うかもしれませんが、正直な意見なので勘弁してください。
で、まず私が大学について語る場合、注釈を加えておかなくてはならないのは、
私は、大学の付属の高校に通っていて、エスカレーター式に、受験もなく
大学に入った、いわゆる推薦組だということです。
だから、要は、あのみんなが苦しむ「大学受験」を経験してないわけですよ。
なんも考えず、ただなんとなく大学に来ちゃった、といっても過言ではないくらい
決意もへったくれもありませんでした。
だいたい、本当に行きたい学部とかそういうんじゃなくて、「自分の成績でいけるところ」
を選ぶわけだからね。
で、まぁ私がそんなような大学選びだったわけだから、世間一般にどれくらいの人が、
本当に自分のやりたい分野・学問を真剣に考えた上で大学とか専攻とかを
選んでいるのかはよく分からない。
でも、自分の周りを見る限り、それほど、強い決意で入って来てるという人は多くない。
まぁちょっとやりたいから。とか、おもしろそうだから、とか
そこそこの前向きな気分っていうくらいのテンションが一般的であるようだ。
まぁ実際入ってみないとどういうことやってるかとかは
ホント、わかんないしね。
で、私自身は、どういうテンションで大学に入ったかというと・・・
「まぁ何専攻してもたいして変わんないかな。とりあえずよくわかんないし。
4年間だし適当でいいや」
こんな感じだったと思う。ぶっちゃけ、勉強に関しては全くもって興味なかった。
というか、推薦でいけるからどこかには行かなければならないのだが、
どの分野にも、「おもしろそう」と感じるところがなかったのだ。
そんなこんなで入った一年目。
私はほとんど勉強をしなかった。それは、あまりにも環境が変わったからだ。
これほどの変化は今までの人生で本当になかった。
全てが自由。なにをやってもいい。
どれだけ遊んでもいい。
正直、なんて楽しいんだ。と思った。
しかし、それとともに、勉強に関しては全くもっておもしろいと思わなかった。
また、周りには簡単に大学をやめていく人も何人かいた。
このとき私は、「大学は何のために行ってるのか」をやたら考えるようになった。
おもしろくもない勉強をして、(といってもほとんどせず)
単位だけをうまくとっていく。しかたなくテスト前だけちょこっと勉強する。
なんか、あまり意味のない時間にも思えた。
中学・高校までならいざ知らず、大学という、かなり自由な自分の意志で来ている
ところでの、このような「いやいややってる感」はたまらなく自分を情けなく思わせた。
しかし私は、簡単に「おもしろくないから」という理由でやめていく友人の感覚はなかった。
途中でやめるなどという度胸はなかった。
私は一度、友人に電話で
「これじゃなんのために大学に行ってるかわからない」
と相談したことがあった。
「こんなんでいいのか?」
と。
そのとき、友人に言われたセリフがやたらと私の気を楽にした。
「○○大卒っていうブランドとるために通ってるっていうんでいいんじゃん?
そんな人、腐るほどいるよ」
私はこういう考えというのは、すごく、醜くいけないものだと思っていたが、
事実、今の自分はそれであると思った。
なにかに向かってひたすら努力!とかそういう姿勢を自分自身に求めていたのだが、
なにせそういう目標が見つからなかったため、
その狭間でやたら悩んでいたのだ。
そんな悩みを、ある意味反則技だが、
「無目的でもいいじゃん」
という意見が、やたら心を軽くした。
これは妥協なのかもしれないけど、私はあのときのあの意見を言ってくれた友人に
本当に感謝している。
「大学に来たからには何か目的をもたないといけない」
という堅苦しい縛りが自分自身苦しめていたのだ。
それから2年、3年と、とにかく色々な世界を見て、もう無理矢理にも遊んでいくうちに、
自分のやりたいこと、楽しいと思えること、そういうものが少しずつ見えてきた。
目標も、ある程度定まった。それに向けてそれなりに動ける自分も出来てきた。
私は4年間で、間違いなく成長したと思う。
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あれ?なんか変なテンションの文章になってきたので、ここでちょっと
話し方変えます!!
要はさ、大学ってところを一言で表すならば、
この一言につきると思う。
思いっきり勉強してもよいし、思いっきし遊んでもいいし。
ぐうたらしてもいいし、バイトの鬼になってもいい。
自分のやりたいことをやれる時間。
この、時間こそが、大学というところが持っている一番の武器だと思う。
高校時代に、
「大学ってのは、色々人によって考えの違いはあるけれども、
結局は、社会に出る前に、一度遊び溜めをしておくところなんですよ。
猶予期間みたいなもんなんですよ」
と言っていた先生がいて、当時の俺は、
「はぁ?何いってんの?現役の教員がそんなふざけた思想を教えていいのかよ」
と思ったもんだったけど、
今にして思えば、すごくその先生の言ったセリフがわかる。
時間があるから、くだらないこと、重いこと、将来のこと、
いろんなことを考えられる。恋愛もそうだ。
「大学生がやたら恋愛をするのは、ある意味「ヒマ」だよね。
それくらいしかやることないんだよ」
と誰か言ってました。
また、拘束がないから、自分で選択できる。
その分、責任も増える。
「大人になる」期間だと思う。
そしてもう一つ、俺が大学という場所に4年間いて、最もよかったと思う点は、
世界が広がる
ということだ。
俺は本当に高校まで、ものすごく狭い世界で生きて来た。
その当時は自分が狭い世界で生きているなどという実感は全くなかったが、
大学に入って、モロに痛感した。
とにかく、俺にとって、東京以外の人の感覚とか、
今までの生い立ちとか、
自分とどれくらい違う人生を今まで歩んできたかとか
いろんな話をするのがとにかく楽しかった。
そういう人達と「友達」になれることだけでも
大学に来た価値があると思った。
だから私は、いろんな人といろんな
ことをしたいと思ったし、大学で1つのことだけに
集中するということはとてもできなかった。
そういう、1つのことに絞りきることなどできないくらい、
あまりにも「誘惑」というか、
「やってみたいこと」が多かった。
で、俺はそういうことは悪いことだとは思っていない。
それが自然だと思う。
いろいろ試してみることができる時間と空間があるのだから、
自分がまだ定まっていないときには、
それを探せばいいと思う。
よくいう、自分探しって奴?!
恐らく、人生においてこれほどまでに自由に時間があるときはないだろう。
いろんな友達と、いろんなところに遊びに行った。
全てが初めてづくしで、新鮮だった。
経験とかそういう言葉で言うとおおげさな気もするけど、
ホントいろんな人間を見れたし、いろんなことを知れた。
大学生という、ある意味大人な感覚を持った人同士だからこそ
成り立つ毎日だった。
だからね、まぁ、俺個人としては大学とは、
だったわけです。
で、これは、これから大学生になるにあたって、目的がみえてない人達にも
わかってほしいことです。
やりたいことが明確に見えているならば、本当にそれに打ち込めばいい。
それを思う存分やる時間も与えられてるからね!
でも、まだ自分のことがあんまり見えてない人とかで、
大学に不安を感じる方がいたとしたら、
とりあえず、いろいろな世界に触れるだけでいいと思う。
というか、とりあえず、ながされるままでもいいから、
何か人と絡むことが大切だと思う。
大学入って、俺は
「類はともをよぶ」
という言葉の真実味を、ものすごく痛感した。
結局、本当に、なぜだかわかんないけど、
気の合う人間がいつのまにか集まっているもんだ。
これはなんでだかいまだにわからんのだが、そういうもんだ。
(サークルとかとくにそうね)
てなわけでさ、なんか書いててまとまりも何もなくなってきたので、
そろそろやめるんだけど、
要は、大学をマジメに捉えすぎるとつらくなることもある
と思うわけで、
そんなとき、時間を持て余して自分を問い詰めるとき、
それこそ大学時代にしかできないことだということも、許容できたら、
またいいんじゃないでしょうか。みたいなことです。
PS、でも、単位は取りましょう。大学における、唯一の束縛ですから。
2004年4月10日