自分の文章を、今読んで感じること

 

どうも、こんばんわ。えっと、このHPを作って約1年半、このページ「私が考えたこと」も、

気づいたら20作品を超えてました。

 

びっくりしました。

 

よぅこんだけ、痛々しい文章を書けたもんだ、としみじみしちゃいます。

 

で、今、けっこう人生の岐路に立たされてるような気もするので(いつもそういう気はしてるんだけど)

ここで、今まで書いた「私の考え」について今感じることを記しておこうと思い、これを書いてるわけです。

 

さて、いろいろ感じることはあります。が、まずはひとつひとつの文章というよりは、全体的な特徴についてです。

これらの文章をざっと読んで分かることは、

 

文章によって書いてる向きが内向きのものと外向きのものにはっきり分かれているということです。

(重さはどうあれ、ね)

 

すなわち、

読み手のために書かれたものと、

完全に自分の痛さをただただ出しただけのものがあるってことです。

(いや、基本的には全て自分のために書いてるんだけど、

要は読み手をどの程度意識してるかってことね)

 

たとえば、「自殺否定論」とか「整形について」、「価値観の違いについて」

などは、完全に読み手を意識した文章だと思う。

「私の考え」のうち、外側に訴えるべく、きれいげなこと(というかずいぶん前向きな意見を)

ある意味「くさい」表現でまとめられてるなぁと、今読んで思う。

 

一方、「子どもと大人の狭間における葛藤について」や「青春時代という時代」なんかは

完全に内向きである。

なんていうか、まず文章を書いてる時のテンション的なものがまったく違う。

 

私は、こういう文章っていうのは、たいてい「忙しいとき」に

書きたい文章のテーマっていうのが頭に浮かんできて、

比較的落ち着いてきた時に、それを実際に書いてみるわけで、

そこで仕上がったものがそのままネットにのるわけです。

ところが、たまに、ノリだけで、夜中に突然文章を書きたい欲求にかられ

(というか何かの形にしないとやってられない気分になり)

ダダダーっとある意味無意識のうちに更新してる時もあるのです。

(たいていこういうのは、飲み会から帰ってきたときである笑)

そういう、なんていうか自分自身の寂しさとか、不安とか、やりきれない気分から

生まれた文章の代表が、これら内向きの文章だと思う。

 

「子どもと大人の〜」なんて、まさにこの代表で、すごく青臭い文章だと思うけど、

でも自分の中ではすごく気に入ってたりする。内向きの文章は

自分の中で色あせない文章だからね。

 

どっちも私の中から生まれたものですが、心に余裕があるときに生まれた文章が、

そういう外向きな「ポジティブな」結論になっていて、

自分自身の葛藤を消化すべく生まれた文章は「青臭い」内容になっているわけです。

 

読み手としては「外向き」な奴の方がメッセージ性の強いものになっていると思うけど。

(メッセージ性って言葉、えらそうでうけるな笑)

 

次。文章の重さについて。

向きがあるということは大きさもあるということで(ベクトルと同じね)。

軽い感じの文章も「松坂世代について」とか「酒の飲み方」とか「下ネタについて」とか

あるんですが、

まぁ基本的にそれなりに重いのが多いと思う。

 

で、外向きだろうが内向きだろうが、大きさが大きい文章ってのは

やはり、「痛々しさ」がにじみ出てるわけですよ。

だいたい「自殺否定論」にしても「青春時代という時代」にしても

日常では絶対に口にしないようなこと書いてます。

(余談だけど、どうしてもネットに載せるということで、相手の目を気にするというか

普段の口調と違って自分で読んで違和感を覚える言い回しが多いね。だよね♪とか。)

 

で、なるべくその文章自体も、そんなに重い空気が出過ぎないように配慮して

書いているわけですが(笑)

まぁテーマがテーマだけに、ここのページ自体がなんていうか真面目オーラが

でがちなわけです。

初期はホントそういう「重さ」が売りだったとも言えるんだけど、

まぁ俺の中で、ちょっと普通なものも混ぜたほうがいいな。って思って

あえて軽いテーマを選んだりしたのが「松坂世代〜」とかです。

 

ま、あれですよ。鬼束ちひろがミーハーに「こんなんもできるよ」って

違う種類の唄うたってみたって感じ?どんな感じだ?

あ、ミーハーといえば、

「日本人の特性について」も、そんなノリです。

でも、慣れない文章は書かないほうがよいですね、これは今読んでみても、

「長すぎて伝えたいことがぼやけてる」と思いました。

こういうのも伝えたいことなんだけどさ。

 

ま、でもやはり核となってて面白いのはやはり「精神論的」テーマについてだろな〜。

 

ま、結局いろいろ考えてその時々でその時その時の感覚を書いてるわけだけど、

やはりその時の「感覚」とか、「価値観」とか、あと、自分の中での流行語とかが

モロでてるなと思いました。連呼しまくりだもんな。

 

で、たとえば相反する2つの結論となる文章とかもあったりして、

(「考えること」と「夢の定義」は実は意見が反対だったりする)

プラス側の自分と、自分に正直な自分が共存してておもしろい。

 

時期とかもね、やっぱ、時とともに感覚は変わるんだなーってよくわかりました。

 

やっぱり、たかが1年半くらい前の文章でも、今とは微妙に

感覚が違うというか、なんていうか今よりも価値観が世間的にまとまってた気がする(笑)

良くも悪くもね。

今は・・・まぁよくわかんねーな。後々分かるんだろなこういうことは。

 

PS、まぁ俺の文章読んで一番感じたことは、俺って適当だなってことかな。

背景色ついてたりほっとかれてたり。字が突然赤くなってたり笑

 

そんときの気分出すぎですから。

 

じゃ、ごきげんよう♪

 

My お気に入り文章トップ3

順位

タイトル

1位

痛い子とは

2位

子どもと大人の狭間における葛藤について

3位

自殺否定論

 

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