私と4人のメンバーはある飲み屋の常連客同士で、
たまたま意気投合し月に1回のペースで山登りをしている。
飲み屋で知り合って山登りというのも変だが、
酔ったうえの約束を履行したところハマッてしまったのだ。
最初に参加した時、途中で後悔しても引き返すこともできず、
不平不満をこぼしながらも山を登ったのだが、
徐々に気分が良くなり、頂上に着いた時は最高の気分を味わった。
二日後から四日間続いた筋肉痛には閉口したが、
今では脚力もスタミナもつき、他のメンバーに引けは取らない。
その日…、
四月にしては冷え込みが厳しく、快晴なのに寒さを感じる妙な気候で、
私達は防寒具の備えを怠らなかった。
しかし山の天気は変わりやすい。
夕方、頂上から下山にかかって少ししたころだった。
急に空が暗くなり、バケツをひっくり返したような雨が降ってきた。
雨具の用意は有ったが、レインコートを着る前にズブ濡れになった。
視界も、雨のせいで非常に悪い。
ぬかるんだ道に誰かが足を取られて滑落してもおかしくない、
そんな時、だれかが叫んだ。
「こっちに山小屋があったはずだ!」
足元に注意しながら、メンバーの一人が先導する山小屋へ向かう。
暗い木立の中に、粗末な建物の正面がぼうと浮かんでいる。
人の気配も、暖をとる設備も水道も無いようだが、
鍵がかかっていないことだけでもありがたく思わねばならないだろう。
私たち5人の濡れネズミは迷わず中に入ることを選んだ。
小屋の中は意外に広く、全体を闇が支配していた。
先ほどの雨でマッチは使い物にならず、
運の悪いことにライターはガスが切れていたので、
圏外になった携帯電話のディスプレイ以外に光源はなかった。
その光のなかで、濡れた服を脱いで着替え食事をとると、
私達はやっと人心地をつくことができた。
激しい雨は、夜になってもいっこうにやむ気配はなく、
気温が急速に低くなってきた。
雨音が絶えたことに気付き、ドアを開けて外を確認すると、
闇の中、雨は吹雪へと変わっていた。
歯の根が合わなくなるような寒さというのを、
ひさしぶりに味わうことになった。
我々の中では一番山の経験が豊富なメンバーが提案をした。
「幸い、食料や水はあるので、水分と栄養補給をしながら、
眠らないように小屋の中を歩き回ろう」
しかし、ずっと歩きずくめでは疲労の度合いが大きいので、
ちょっと変わった方法をとるというのだ。
「部屋の隅に一人ずつ立ち、一人が壁伝いに歩き別の角の人に触れる。
触れられた人は次の角に向って歩き、これを部屋を回るように繰り返す」
どこかで聴いたような話だ、と私が思った時、
他のメンバーが「それは怪談じゃないかっ」と言った。
そうだ思い出した。
雪山で遭難した四人が山小屋に逃げ込み、
眠らないように先ほどの様に部屋を歩いて朝まで過ごしたが、
翌朝、「五人いなければ成立しない」ことに気付いて青ざめる。
そんな話だ。
絵を描いてみて考えればよく判るが、
部屋の隅に立つ四人と、歩いている一人が必要であり、
自分達以外に誰かが居た、ということで怖がらせる怪談だ。
提案者は私が思ったことをそのまま解説し、
我々は五人いるから怪談にはならない、と笑って主張した。
登山の疲れと異常な寒さで今にも眠り込みそうだった私達は、
結局その提案を受け入れることに成った。
暗闇に向って足を踏み出すのには、何がしかの勇気が必要であったが、
奈落の底へ向って転落することも、床板を踏み抜くことも無かった。
雨漏りの為濡れている壁に触れ、ドキリとする悲鳴をあげた者もいたが、
何が起きたかが判れば、どうということはなかった。
実際やってみると、この方法は現実的ではあった。
身体を動かすことによって眠気を追い払うことができ、
なおかつ、ずっと歩きつづける必要はないのだ。
最初、何か奇妙な感覚にとらわれたが、それが何かは理解できなかった。
「怪談と同じことをやっている」ということに対する恐怖だと思い、
納得することにした。
寒さと疲労と眠気はかなり深刻で、私達の思考能力を低下させ、
「肩を叩かれたら歩き、角にいる仲間の肩を叩く」という、
ただそれだけをひたすら繰り返した。
やがて…、
寒さがすこしずつ緩むとととに、徐々に明るくなってきた。
そこで、「これならば眠っても良いだろう」ということで、
私達は、半ば気を失うように、崩れ落ちるように眠りに落ちた。
「うわああああああっ…」
どれほど眠ったのだろうか、響き渡る絶叫で目が覚めた。
状況が把握できず、パニックに陥りそうになったが、
徐々に昨夜の歩きつづけた記憶が戻ってきた。
部屋の隅で先ほどの悲鳴の主であるメンバーが恐怖に言葉を失っている。
目を覚ました私と他のメンバーは、周囲を見まわし、やがて息を呑んだ。
昨夜感じた奇妙な感覚の原因はこれだったのだ。
山小屋は五本の柱をもつ、正五角形をしていた。
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