火打山の植生復元は標高2320mより上部の草原地帯で行われている。ここは斜度が約20度の傾斜地で、草原の中を登山道がジグザグに付けられている。
このジグザグの登山道をショートカットして登山者が歩いたため、そこに雨水が集中して草原に溝ができ、その溝が年々拡大して裸地化してしまった。裸地化した部分は上部、中部、下部の3カ所に分けられる。(写真参照)
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2000年9月の植生復元地
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2009年8月の状態
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下部の面積はおおよそ170平方メートル、中部はおおよそ240平方メートル、上部はおおよそ420平方メートル で、合計830平方メートルである。
植生復元は1992年から始めたボランティアを募っての登山道整備活動の一環として行なわれ、1996年に下部と中部に土止めの板を設置して土を安定させることから本格的に始まった。
植生復元の方法は、復元地が傾斜地なので、そのまま種まきしても雨で土と共に種子が流されてしまうので、まず板により土止めを行い土を安定させる。土が安定したら復元地周辺で採取した種子を培養土と混ぜて蒔く。その上から種子が風や水で流されないようにムシロで覆い保護する。これが一連の作業である。
最初の予想では種まき後3年でムシロが腐り、蒔いた種が雨に負けないくらい根が張る。10年で土止めの薄板が腐り、育った植物により土を受け止め植生復元が完了するという予定だ。
1998年に下部復元地に、より細かく土止めの薄板を設置して、付近で採取した植物の種を蒔き始めた。以後2001年までに下部と中部の土止めと下部の種まきを平行して行い、下部の種まき作業は2001年で終了した。
中部復元地は2001年から種まきを始め2002年に終了した。上部復元地は2003年から種まきを始め2006年でほぼ終了した。
今後の予定として今まで種まきし、発芽の悪いところに継続して種を蒔くことと、土止め板の補修などである。
これまでの結果は、種まきするとかなりの発芽が認められ、それが育つものもある。採取した種子以外の植物が、かなり多く芽を出す。これは風で飛ばされてきた種子が発芽したものと思われる。復元作業を行っていない裸地は、発芽がほとんど見受けられないので復元の効果があったものと思われる。
当初予想のとおり、3年でムシロは腐る。植物の生育は悪いが土止め板により土が安定しているため、少しずつ植物は大きくなっている。土止めの薄板は10年でり腐ると思われたが12〜13年は持つものと思われる。土止め板の施工時に板をしっかりと土に埋め、杭で止めないと数年で凍上、雪圧などで板が浮き上がってきてしまうという問題点も確認された。
2007年夏の観察ではほぼ種蒔きによる復元作業は終え、ほとんどの裸地は種を蒔き終えた。これからは芽が出てきた植物が大きくなるのを気長に見守るだけである。2007年秋の作業は今まで行った復元作業で残った板などの材料をかたづけることと、登山道の整備を行なった。
2009年時点では少しずつ植物は大きくなっているが、全体が草で覆われるにはまだかなりの年数が必要と思われる。自然の遷移を気長に待つ必要がある。問題点としては、当初考慮していなかったミヤマハンノキがかなり発芽し、成長も早い。土止め効果は高いが、一度裸地化した所はどんなに植生復元をしても元の植生には戻らないようである。
下部植生復元地の変化
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上写真 1998年植生復元作業前
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上写真 1999年種蒔き中
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上写真 2000年
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上写真 2001年
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上写真 2002年
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上写真 2003年
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上写真 2004年
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上写真 2005年
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上写真 2006年
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上写真 2007年
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上写真 2009年
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中部植生復元地の変化
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上写真 1999年植生復元前
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上写真 2000年土止め工事終了
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上写真 2001年種蒔き作業中
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上写真 2002年
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上写真 2003年
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上写真 2004年
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上写真 2005年
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上写真 2006年
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上写真 2007年
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上写真 2009年
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上部植生復元地の変化
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上写真 2000年木道建設前
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上写真 2001年木道建設 土止め施工
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上写真 2002年植生復元前
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上写真 2003年植生復元種蒔き作業中
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上写真 2004年
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上写真 2005年
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上写真 2006年
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上写真 2007年
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上写真 2009年
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