広帯域位相を利用する雑音除去と周波数ピークの先鋭化(位相雑音の除去)

エンジン音と楽音の解析


2007年1月31日

園部 和夫

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1. はじめに


  雑音除去は信号と雑音の間にある性質の違いを利用して行われる。もっとも基本的な雑音除去であるフィルタリングでは、周波数帯域の違いを用いて信号と雑音が分離される。


  時間領域においては、近接する位置での相関を利用して線形予測を行い信号と雑音を分離する方法がある。信号は時間領域で位置が近ければ相関が高く値も近くなるが、雑音は信号と異なり無相関であることから分離が可能となる。




  他にも、信号と雑音とで音源の位置が異なっていれば志向性の良いマイクロホンもしくはマイクロホン・アレイを用いて空間的な方向の違いをもとに分離できる。




2. 広帯域位相を利用する雑音除去の概要


  広帯域位相を利用する雑音除去では、近接帯域間の位相の関係を用いて信号と雑音の分離を行う。代表的な雑音としては白色雑音が考えられるが、これは異なる帯域間の位相に相関がない雑音である。また代表的な発音のメカニズムとしては共鳴現象が挙げられるが、共鳴現象により発生した信号では近接する帯域間の位相に強い相関がある。従って近接帯域の位相に適切な処理を施すことにより白色雑音に代表される性質を持つ雑音とは分離できる。


3. 乱反射により発生する白色雑音


  乱反射が起きる環境でインパルスを発生させると、インパルスに含まれる異なる帯域の信号間では位相がずれ最終的には位相に相関の無い白色雑音になる。例えば音楽ホールで手を叩きインパルスを発生させると後でサーという残響が聴こえるが、これはホール内の乱反射により手を叩いた時の音が白色雑音化したものである。他にもトンネル内で聴こえる騒音は自動車の走行音が乱反射により白色雑音化したものと言える。




  エンジン音の場合には、エンジンの振動に伴う特徴的な音と共にザーという雑音が聴こえる。この雑音は集中しないとエンジン本来の振動に伴う音が聴こえなくなるぐらい大きなものとなる。エンジン音に含まれる雑音は、連続的に発生する振動音がエンジン内部の乱反射により白色化したものと考えられるが、音がエンジン外部に漏れてくる時には既に白色雑音が混じっているので周波数帯域と音源位置のどちらにも信号との差異が少なく分離が難しくなる興味深い例と言える。




4. 位相雑音の発生


  白色雑音が存在する場合に信号との間に変調が起きると位相雑音が発生する。位相雑音は信号の周波数ピークの周囲に連続的に変化するパワーとして現れるが、これは信号の弁別に悪影響を与える。特に弁別すべき信号の周波数ピークが小さく位相雑音に埋もれてしまう場合には弁別は困難になる。




5. 広帯域位相を利用する雑音除去のアルゴリズム


  以下の手順により広帯域位相を利用して雑音除去を行う。


  1. 位相を保存しながらパワースペクトルを平坦化した波形を得る。




  1. 短領域における位相スペクトルを位置をずらしながら求め位相の時間変化を得る。




  1. 位相の時間変化に対してパワースペクトルを得る。


6. 雑音除去の実験


6.1. 音叉の音に対する雑音の除去



音叉のパワースペクトル[0Hz-22050Hz]




雑音除去された音叉のパワースペクトル[0Hz-22050Hz]






音叉のパワースペクトル[0Hz-5000Hz]




雑音除去された音叉のパワースペクトル[0Hz-5000Hz]


  明瞭なピークは残されているが短い周波数領域の間に上下を繰り返しているようなパワーの変化は抑制されていることがわかる。また明瞭なピークについては鋭くなっており位相雑音が除去されていることがわかる。


6.2. エンジン音に対する雑音の除去




エンジン音のパワースペクトル[0Hz-22050Hz]




雑音除去されたエンジン音のパワースペクトル[0Hz-22050Hz]





エンジン音のパワースペクトル[0Hz-5000Hz]




雑音除去されたエンジン音のパワースペクトル[0-5000Hz]





エンジン音の波形[0sec-0.18sec]




雑音除去されたエンジン音の波形[0sec-0.18sec]





エンジン音の波形[0.06sec-0.08sec]




雑音除去されたエンジン音の波形[0.06sec-0.08sec]


  雑音除去されたエンジン音の波形では、大きな特徴は残され雑音感に繋がる乱雑な変化が抑制されていることがわかる。また上記の波形をwavファイルに変換し実際に耳で聴くと、繰り返される特徴的な音が残されたうえで、ザーという白色雑音は抑制されていることが感覚的にも確認できる。


[エンジン音]

[雑音除去されたエンジン音]

[残差(雑音成分)]


6.3. リコーダーの音に対する雑音の除去


  ソプラノ・リコーダーを用いて得られる「レ」音に対して処理を行った。



リコーダーのパワースペクトル[0Hz-22050Hz]




雑音除去されたリコーダーのパワースペクトル[0Hz-22050Hz]





リコーダーのパワースペクトル[0Hz-1500Hz]





雑音除去されたリコーダーのパワースペクトル[0Hz-1500Hz]


 「レ」音の基底周波数は584Hzであるが、他の実験と同じように雑音が除去され明瞭な鋭いピークが基底周波数と高調波の周波数に得られている。さらに584Hzのピークと比較すると小さくはあるが524Hzにもピークがあるのがわかる。

  524Hzのピークについては雑音除去する前のパワースペクトルでも確認できるが584Hzのピークの周囲にある傾斜の中にあり弁別しずらい状態であった。広帯域位相を利用する位相雑音の除去によりピークの鋭さが増して弁別しやすい状態になったといえる。近接する周波数領域に複数のピークがある場合には鋭いピークの方が弁別しやすくなる。特に一方のピークが小さい場合には他方のピークのサイドにある傾斜に埋もれてしまわないようにピークを鋭くすることの意味は大きい。

  524Hzのピークはソプラノ・リコーダーの「ド」音に相当する。ソプラノ・リコーダーでは管に開けた穴の開け閉めにより音程を調整する。「ド」音の場合は穴を全て閉め、「レ」音の場合は下から一番目の穴のみを開けることになる。開けた穴の位置には音となる疎密波が反射する反射面ができるが、全ての疎密波が反射面で反射するわけではなく漏れて直進する疎密波も存在する。洩れて直進した疎密波については管の端すなわち「ド」音の位置まで到達してから反射する。このようにして「レ」音と比較すると弱くはなるが「ド」音に相当する524Hzの定常波ができると考えられる。





7. まとめ


  広帯域位相を利用することにより雑音除去が行えることを実験的に示した。また位相雑音が除去されることにより得られる周波数ピークが鋭くなり信号の弁別が行いやすくなることを示した。

  広帯域位相を利用する雑音除去はエンジン音の例に示したように乱反射による白色雑音が大きい状況で効果を発揮する方法であるといえる。またリコーダーの例に示したように近接する周波数ピークを弁別する際に効果を発揮する方法でもある。

  位相雑音の除去については、変調・復調技術を用いるTVやラジオの放送、衛星通信、携帯電話、光通信、レーダーなどの分野で検討されているが、変調を行う発信側で行われていることが多い。今回示してる方法は信号源を制御できない観測において検出側で位相雑音を抑制するという点で興味深いと言える。また変調・復調技術を用いる前述の各分野についても復調を行う受信側に対して応用できる可能性がある。

  以上に挙げた特徴を生かす方向で今後はより具体的な応用分野への適用を考えていきたい。




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