藤本一郎の「つれづれなるままに」
1998 7月〜9月

9月29日 「我が選んだ道に悔いなし」

 広島カープ・大野選手の引退試合での言葉。

 俺もこれを言えるようになりたい。 


9月24日 小渕・クリントン会談から思うこと

 小渕総理大臣は国連での演説とクリントン米大統領との会談のためアメリカ・ニューヨークを訪れた。

 クリントンとの会談中あるいはその前後に、米国の経済閣僚は、銀行救済ための公的資金導入を強く主張したようだ。

 その為か、野党との約束で「導入しない」と言った首相は、(行く途中の)機内での記者団との懇談では「導入する」と言ってしまい、与野党が混乱・・・。散々な外交となった。

 今回の訪米では、小渕氏は米国へ「おみやげ」を持っていくことに気を使っていたはずだ。公的資金を導入しなくても、与野党の合意でうまくいくことを強く主張して、米国に日本のやり方を納得してもらわねばならなかったのに、それをなしえず、公的資金導入を言われて帰ってくるようでは、日本の国益になっていない。

 米国は日本の当面の景気を良くすることには関心があるが、これ以上日本が財政負担することについては気を使っていないのだから、言われるままに言わせておいてはいけないのに、まともに反論しない。そもそも会談で、「具体的な経済政策を語らなかった」と記者団に答えては、自ら馬鹿と認めたようなものだ・・・。

 こいつが日本の代表ではやばい。これは村山さんとかよりもやばい。村山さんは自分が首相にふさわしくないことの自覚があったが、小渕さんにはないみたいで、変に「私のリーダーシップ」を強調している点がもっとやばい。マジでやばい。


9月20日 ドイツ総選挙から思うこと

 いよいよドイツでは総選挙の実施が1週間後に迫った。また、スウェーデンでは今日20日に総選挙が行われる。いずれの選挙でも与野党が伯仲し、政権交代の可能性がある。特にドイツで実現すれば16年間も続いたコール・CDU(キリスト教民主同盟)政権が終わる。

 いずれの選挙でも、日本同様に、いや他の先進国と同様に雇用・労働条件の問題と法人税の問題は争点の1つとなっている(もっとも日本では、表と裏の関係にある筈の法人税の問題と労働者の雇用条件の問題のうち、前者は論点となっても、先の参議院選挙でこの度衆議院を通過した労働基準法の改正問題は論点にすらならなかった気もするが・・・。)。

 今、世界では規制緩和と自由競争が激化し、各国とも(特に政権が保守政党の場合)、自国の企業の競争力を高めるため、法人税と高額所得者の所得税の減税を実行し、他方雇用条件の悪化につながる諸法制の改正を「雇用を守るため」として認めてきた。これは、被用者の立場からは認めがたいものであり、各国でデモやスト(特にフランスのストは徹底的であって、W杯の時も問題となったのは記憶に新しい)が起こったが、私が政府であっても、一国でこの問題を解決せねばならないとするなら、同じ進路をたどったと思う。労働条件を守ることで企業が海外に出ていってしまえば結果として労働者を守れない。

 そこで各国ともこの潮流に逆らえない状況が続いている。ある国が今よりもっと法人税を下げ、そこに大企業がなだれ込むなら、その国に他国も「右へならえ」せざるをえなくなっている。

 これが1企業間の競争なら、ダメな企業が潰れ、良い企業が残る自由競争は消費者にトクであって奨励されるべきことであろう。しかし、国家単位での競争となれば、そうもいってられない。ある国に住んでいる者が、その国の経済が失墜したからと言って他国に出ていくのは困難である。

 この国家間競争にそろそろ歯止めを置く必要があるのではないか。

 つまり、先進国間が話し合って税制や労働条件について、一定の基準を設けるべきではないだろうか。そうしなければ、どこの国でも政権交代が起こったとしても、結局この競争の中で働く人の条件が益々悪くなって、一部の大資本を握る人がもうかるだけになりかねない。このような話し合いは、企業間競争なら「カルテル」として否定されるべきものであろうが、国家間では論理は別だ。

 イギリスのブレア・労働党政権の成立、そして今度ドイツでSPD(ドイツ社会民主党)が勝利すれば、その下地はできるのではないか。そして日本では?


9月9日 事故

 昨日、塾講をしに京阪電車で京橋に向かう途中、私の乗車していた特急電車が、突然丹波橋で停車した。

 どうやら人をはねてしまったらしい。直接間接の目撃情報を総合すれば、片手はなく、胴の下もない即死となったらしい。

 その後、環状線に乗ると、また電車が遅れている。生徒の話によると、JRでも人身事故が発生したらしい。

 駅のホームで実際に眼にすると、何とも言い様のない悲しみと恐怖に襲われる。

 駅のホームでの人身事故の多くは自殺であろう。自殺者が増えていると聞くが、経済状況が単純に悪いだけではなくて、将来に対して夢や希望を抱けない人が増えている証拠な気がする。

 夢や希望を抱ける世の中にしたいね。


9月5日 「仮面の男」

 久々?に昨日映画を見に行った。「仮面の男」を見た。

 正直、期待していなかったが、予想外に面白く、また感動してしまった。

 ディカプリオを好きな人は当然見に行くのだろうか、逆に嫌いな人でもむちゃむちゃ楽しめる映画だった。脇役人が、シナリオ的にも演技力的にも凄かったからだ。

 是非まだ見ていない人は見に行くべきだろう。ダルタニアン格好良すぎるぜ。


9月4日 大野・正田引退!

 遂に、とでも言うべきであろうか。広島東洋カープの大野豊投手と正田耕三内野手が今年限りで引退することとなった。

 私がプロ野球に興味を持ち始めた頃からずっとカープを支えてきた選手の引退は、とても悲しい。

 大野投手は血行障害さえなければ、今でも148KM前後の速球と、多彩な変化球で、まだまだ勝てたはずだ。ただ、これだけの大投手になれば、納得いく投球が出来ないなら、引退もやむを得ないのだろうか。引き際というものかもしれない。

 他方、正田選手は、正直去年引退だと思っていた。ところが今年、まあ、以前ほどの打率ではないが、ほぼ2割7分前後を維持。朽ちたと言う印象ではなく、最後に、もう1度、線香花火のように輝くことができた、そういう印象を私は抱いている。

 ただ、残念なのは、今のカープには、正田に代わる2塁手も、大野に代わる投手もいないことだ。
 正田はドラフト4位入団(注:友人から2位だった筈、との情報を得た)、大野はテスト入団である。決して天才ではない。今の成績は努力の賜物である。若いカープの選手も、彼らを見習って欲しい。

 そして、こんなに夢を与えてくれた選手が、頑張った姿を見せてくれた、努力の意味を教えてくれたこと、それを私は是非ともこれからの人生に生かしていきたい。


8月28日 藤本一郎

 朝日新聞によると、元川崎製鉄社長の藤本一郎氏が27日亡くなったそうだ。享年八九歳。

 私はいかにもありふれた名前(ちなみに弟は二郎と言う)なので、同姓同名に(直接お目にかかったことはないものの)よく出くわす。今回は訃報でか・・・。良く知らない人だけど、とりあえずご冥福をお祈りしたい。

 同姓同名が多いと、困ったこともあった。2年前だっただろうか、地元の高校の全体同窓会では、私は一部から司法試験合格者扱いをされた。前年、立命館大学卒の藤本一郎さんが司法試験合格を果たされたようで、合格者名簿には受験地、受験番号、氏名が載るので、その方を私と間違えたらしい。

 両名とも、良くは知らないが、社長と司法合格者であるから、結構立派な人なんだろう。ありふれた名前のくせに、頑張ってるものだ。私も、負けたくないね。


8月25日 ホームページを作るということと司法試験合格を目指すこと

 昨日、俺の親しい友人の元に来たmailの内容について、俺とそいつとで激しく?話し合った。
 曰く、「司法試験の息抜きでホームページ(以下HPと略す)を作るな」ということである。
 私も司法試験の息抜きとしてこのHPを作っている。司法試験は確かに難しい試験であって、私もHP作る時間を司法の勉強に回せば今年通っていたかも(?)なんて少し思ったりもする。

 でも、息抜きは必要だし、それに息抜きで作るからと言って、少なくとも主観的にはHPの内容を妥協しているつもりはない。息を抜いても、「意気」を抜いているつもりはない。きちんと言いたいことを言うし、可能な限りでの下調べは行って内容を作っている。だから、折角見に来てくれた人に、めちゃめちゃ有益、とまではいかなくても、全くの無駄となるHPを提供しているつもりはない。

 だからこれからもずっと、ここで言いたいことを言い続けます。


8月23日 報復

 一昨日、米国はアフガニスタンやスーダンにある、イスラム教過激派組織の持つ「テロ施設」を攻撃した。
 一連の米大使館などに対してのテロ活動への報復攻撃である。特にテロの中心人物であるオサマ・ビン・ラディン氏の殺害を目的としていたように思える。

 テロ活動は自己の主張を暴力により訴えるものであって、到底容認できない。
 しかし、テロの首謀者が特定したのであれば、相手国に対して、その者の引渡を求めるのがルールである。それをせず、いきなり、しかも国家ではない集団に対して武力を用いるのは、常軌を逸している。第一、テロという思想を武力で実現する集団に対して、武力で反撃していたら、テロと同じ土俵で争っていることになるが、これではテロを悪として国家権力を正当化することはできないのではないか。国家間の戦争に限りなく近づく。

 また、テロに対しての武力行使にトマホークを使用しているが、このうち1発はアフガニスタンの隣国パキスタンに着弾し、住民6名(人数は自信なし)が死亡している事実(後にこれは不発弾であって、死亡の事実はないことが判明。しかしその危険性は着弾している以上、極めて高かったといえよう)を直視すべきである。そもそも巡航ミサイル・トマホークを用いたのは、航空機による爆撃であれば、反撃にあってパイロットが死亡する恐れがあるからであるが、では何の罪もないパキスタン人は殺しても良いのか、国際社会がこの価値判断を容認してはならない。

 ところで今、国際的なテロなどの発生の場合の刑事裁判を国家の枠を超えて行う、国際刑事裁判所の設置の協議が行われているが、米国はここでも消極的な態度しか示していない。このような国家が21世紀においても世界のリーダーとしてふさわしいのか、私は疑問に思う。

 日本は米国の良さ悪さを第2次世界大戦から戦後53年を経て、十分に学んできた筈である。そろそろ、米国と対等に物事を言い、これ以上「金魚のフン」たることは止めて欲しい。西側白人諸国は今回の攻撃でも米国を支持している(フランスは控えめであるが)が、ここで価値観を転換できる契機を作ることの出来る国に、日本はならなければならない。

 現状は日本外交は最悪である。クリントン大統領が、日本政府の今回の攻撃に対する正式な見解の発表前に「支持感謝の意」の親書を送ってきたのは、米国の日本観をよく表している。そして、この状況を改善するためにも、私達は、今よりは「ましな政治家」を選んでいく必要がある。


8月19日 大学の自治 そして理系と文系

 朝日新聞8月19日付朝刊によると、全国の国立大学で唯一、学長選挙に学生の拒否権が認められている一橋大学で、遂に文部省の「通知」に従い、この学生参加型学長選挙の方式を改めることになりそうである。

 学生も大学の自治の重要な担い手である以上、学生の有する権利への干渉は、大学の自治への干渉である。文部省は、学生の政治的行動を抑制し過ぎている。学生は技術習得者であって、運動や思想の源流となり、「大河」が流れ出すこと(社会の変革発生)を防ごうとする権力者的思考が文部省には蔓延しているのであろうか。

 しかし、同じ発想は実は国立大学内でも主流である気がする。

 理系は相対的に技術重視であるから、理系の教官はその目的達成の為、余計な要素である政治的な活動なんぞは評価しないだろう。そうすると文部省と同じ発想につながる。そして現実の国立大学では、理系が文系の2倍近くいたりする。私の所属する京大もそうだ。そうすると、そのような政治的活動軽視の発想が学内でも主流となり、学生による大学自治は形骸化していく。

 最後まで学長の学生自治的側面が残存している一橋大学は、社会科学系の学部(法・経済・商・社会)しかない点も見逃せない。文部省に理系はいいように操られているとしか、文系人となってきた私には見えない。

 そして、理系が逆らえないのも、現状の学費制度(理系の方が経費がかかるのに学費が同じ)、定員制度(前述のように主要国立大では理系の方がかなり多い)による、文部省と理系学部との(表現は不適切かもしれないが)一種の「癒着」のせいではないだろうか。

 もし大学で文系・理系が平等に評価されるなら、大学の自治は本来もっと注目されるべきものである。

 日本における、技術的な理系分野への偏重が、今日の大学における学生大学自治の滅亡、そして日本における、政治の形骸化につながっている、そういう気がする。

 その結果として、学生による大学自治が急進的な、多くの場合は私もついていけない人々のみがその担い手となっている、悲しい現状・・・。これで良いのか?


8月17日 広島にて

 今日京都に戻ってきました。それなりに充実?
(送り火が見られなかったのは残念だけど。

 一番嬉しかったのは、宮島の花火を(間近ではありませんが)見れたことですかね。昨年の天神祭が花火だけ「風」で中止になっていたこともありますし・・・。

 また少しずつ更新していきます。


8月12日 帰省

 今日広島に帰省しますので、多分更新は17日以降になると思います。

 実家で更新するかもしれないけど。


8月6日 俺の一日(つまんない日記)

T 朝

 朝、7時起床。
 朝飯となるパンを買いに行き、食べる。
 新聞を開き、テレビでは今年は特に「ヒロシマ」の扱いが小さいことに驚く。
 一通り新聞に目を通した後、朝の勉強会の答案の清書。

 8時15分の前に清書を終え、記念式典を見る。

 黙祷。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから。」

 でも・・・俺に出来ることはあるのか、いつも8月6日は自分の無力さを感じてしまう。

U 法律

 9時、同じサークルの人との勉強会に。今日は民法。
 自分の答案を出してみて、自分の力不足を感じる。

 午後、今度は予備校の答案練習会。こちらは刑法。今日は4題を4時間で書く。

 司法試験の勉強は大変。でも、何故か楽しい。自分が法学部に進んで良かった・・・。勉強できることに感謝している。

V 夕方

 京都市が鴨川にフランス風橋の建設を予定していたが、白紙撤回したとの情報を知る。

 正直、嬉しい。予算のついていた公共事業が撤回されるのは異例だ。市民運動の盛り上がりも勿論影響したが、この間の参議院選での自民党の敗北は、実はこの撤回の決定にも影響したのではないだろうか。選挙にみんなが行くことで、民意がきちんと反映されていくことを感じられて、嬉しい。

W 夜

 友人Iの家で飲む。北海道から帰ってきたのでカニを食わせてくれると言う。
 しかし、彼が旅行に携帯していた「要冷蔵」のソーセージを食わされて、あたる。
 超激痛・・・。結局カニ食えず・・・・。

 I、お前の作戦に、はまったよ。次に腹をこわすのは、お前だ(Iも痛がってたけど)。

ごめん、ダラダラ書いてもうた。


8月3日 53回目

 間もなく、8月6日がやって来る。

 53回目の原爆記念日である。  広島で生まれ、育った私にとっては、極めて重要な日であって、この日を今年は京都で過ごさねばならない(記念式典に行けない)のは残念でならない。

 ところで、広島の原爆記念式典は「祈念」ではなく、「記念」という文字を用いる。私はこの文字の使い方一つにも、広島なりの「遠慮」が見え隠れするように思える。

 広島は被爆後今日まで、原爆による被害の悲惨さをずっと訴え続けてきた。ただ、直接的には、日本の戦争責任も、アメリカの加害責任も追及してこなかった。被害の悲惨さを訴え続けること以上に日米両政府の責任追及をすることは、冷戦下の日米両政府(と国民が)を刺激することになり、かえって核廃絶に遠回りとなる、という配慮があったように思える。あえて式典に「祈念」というある種の思想が入る言葉ではなく、「記念」という中立的な感じのする語を選んでいるのにも、その意味の「遠慮」を感じる。

 しかし、どうだろうか。被爆地の「遠慮」に日米両政府は「配慮」してくれただろうか。
 最近、イギリスのブレア政権は核廃絶の第1歩として、核兵器の数を3分の1にするという、大胆な軍縮案をイギリス国民に提案した。このように、全体とすれば世界は核廃絶の中にあることは間違いない。しかし、肝心の「当事者」である日米両政府は、いかがであろうか。米国は冷戦終結後に新たな核軍縮に取り組んでいるとは言い難いし、日本では米国の核の傘をより正当化しようとする考えが強まっていると言える。

 私は、被害国である日本の国民の多くが、「核の傘」を安易に理論として肯定することに、一種の恐怖感すら覚える。核の傘とは、諸刃の剣であって、これを維持する限りは、相手国に対しても核の脅威を与えることとなって、長い目で見れば核軍縮に逆行することを忘れてはいけないし、そもそもそのような理論的思考モードに入るまえに、一体53年前の8月6日に、8月9日に、何があったのかということをもう一度考えて欲しい。心であの被害を受け止めて欲しい。


7月31日 つれづれつれづれ

 塾の夏期講習に疲れ、(司法)答練では初めて途中で時間切れになり、予想外の電話代請求を見たり、年金の振り込みを思い出してしまったり、良いことはほとんどないこの頃です。

 最近の学生は年金を納付しない人が多いのですが、私は、年金は納めています。別に国を信頼しているのではないのですが、でも、私が65になる頃までには、少しはマシな政治家が出てきている筈だ、と思って・・・。いってみれば、ちょっとした「カケ」です。

 どっちみち、年金納めた分の半分も戻ってこない社会だったら、国がダメになっているので、その分を貯めていようが、何していようが、インフレで吹っ飛びます。自分では正しいカケをしているつもりなのですが、吉と出るか、凶と出るか。

 結局、将来への不安が断ち切れないのか、でも、納めるの、自動引き落としにはしていません。ヤバっと思ったら、すぐ止めよう、と思っているから・・・。

 将来への不安といえば、小渕内閣がスタートしましたね。この内閣が21世紀への橋渡しとなると考えると、安心できない気がしてなりません。私が安心して年金を納付できる内閣の誕生を望みます。


7月26日 自由民主党という政党

 一言。

 信じられぬ。

 総裁が小渕氏であること、三役が森、池田、深野氏であること。すべてが「伝統」「予測」通り。

 しかし私が小渕氏なら、実は楽かも知れない。
 誰からも期待されてない分、景気がプラスに転じさえすれば、なんか長期政権になりそうだし・・・

 でも、その程度で満足せねばならない国民であることは、悲しい。

 早く総選挙をしよう!!


7月21日 総裁選から考える

 総裁選挙があるみたいだ。

 国民は自民党に今回はNOと言ったのだ。にもかかわらず、クビをつけかえれば国民の支持が得られると思っている点が甘い。まあ、永田町の論理を見過ごしている私達も甘いのだろうが。

 さて、総裁選挙で思うのだが、そもそも各党が政党として成り立つのは党員がいるからだと思う。とするなら、どうして党員全員による選挙をしないのか。党員は国家で言えば税金に当たる金銭を党に支払っているのだから、当然党の代表を選出する権利を有してしかるべきだ。

 ところが自民党に限らず、かつては党員による書記長の選挙をしていた社会党が変形した社民党も党員による党首選挙をやめてしまった。また、旧新進党は一度国民投票制度を実施したが、やはりやめてしまった(もっとも党員外でも投票できる国民投票制を党の代表につき採用するのは、政党の独自性を失わせるので、私は反対だが)。

 今、主要政党の党首選挙はどこも国会議員だけで行われている(共産党は別だが、党内民主主義は形式的な感がある)が、全部党員による党首選挙に変えよう。そうすれば、私達が政党そのものにもっと関心を向けることができる。永田町だけの政治ではなくなる。

 自民党の衆参の議員+都道府県代表だけで決まる党首(総裁)選挙は、きわめて間接的な民主主義ではないだろうか。


7月20日 最近思うこと

 最近思うこと・気づいたこと。

 菅野美穂の新しい髪型はかつてなく可愛いということ。ショートヘアは似合う人ならとてつもなく可愛く写るのだなあ、と実感。

 どうもビタミンが不足しているみたいだということ。

 勉強は結構大変だということ。

 カープの優勝がいよいよ危なくなってきたということ。

 総裁選挙は全然面白くないということ。本当に政権党なのに人材が欠乏しているとしか言いようがないと思う。

 ・・・ネタなしでご免なさい。


7月14日 選挙を振り返る

 本来は終わってすぐ更新したかったのだが、再びパソコンが壊れて、代替機が来るまで2日かかってしまったので、今日の更新となった。

 7月12日は、おそらく20世紀最後から2番目の国政選挙となるだろうが、色々な意味で感慨深い選挙となった。12日を振り返りつつ、「感慨」を述べてみたい。

 私は、11日の「つれづれ」にも書いたように、開票作業が終わるまで働きっぱなしだったが、開票作業の途中、ポケベルに「投票率58/自民40(朝日推定)」と入ったとき、興奮を覚えざるを得なかった。私は選挙結果の予測を趣味としているが(選挙オタク)、私は投票率50、自民追加公認含めて丁度61を予測していたので、9年前の消費税選挙の時以上に興奮した。

 開票バイトの印象は、特別なものはなかったが、1つだけ気づいたのは、投票用紙は折って投票したら、開票に3倍の手間がかかるから、今度から折らずに投票しようかな、という程度であった。
 あと社会党とか、民社党と書く有権者が結構多かったのも印象深かった。後者は無効だが、社会党と書くと新社会党の投票とみなされる。最終的に「さきがけ」以上に新社会党が得票できたのは、この影響があるのではないだろうか。


 開票バイトが思ったより早く終わった私は、そのまま友人O氏の下宿に向かった。そこでサークルの仲間6人と開票速報を見るためだ。

 うちのサークルは法学系の「民法研」と言う。私を含めて4回生7人集まり、そのうち1人は日銀、1人はテレ朝への就職、1人は政治系の院に進学、残り4人が司法志望である。女性も2人混じる。だから、決して政治オタク的なサークルではない(選挙オタクなのは私だけ)。しかしそれでも、私が着いた午後11時頃、既に開票経過を見てみんなが各々興奮しているのは分かった。

 皆がどこに投票したのかを聞く。1人は体調の都合で帰省できず、投票できなかったが、それ以外は住民票が京都にない者も帰省して投票していた。このうち、1人は、元々保守系の思考回路であるように私は思うのだが、今回は2日前に比例区「さきがけ」投票に決めたという。彼は財政再建を重視し、橋本内閣が突然恒久減税を言い出したことから、自分の一票の行き先を自民党から変更したのである。7人のうちの1人だが、政治に関心ある人ない人関係なく、同じ様な投票行動をとった人は結構多い気もする。ちなみにその友人は選挙区(京都)では白票を投じた。

 別の1人は、選挙区(兵庫)で共産党に投じた。その友人は別に共産党支持ではない。ただ、自民党に負けてもらわねば困るという認識だったようだ。兵庫選挙区(定数2)では、民主党の公認候補の優勢が伝えられ、残り1議席を自民と共産が競っていたので、共産党に一票を投じたのである。

 私ともう1人は選挙区(京都)で民主党系無所属の候補に投票した。2人とも基本的考えは兵庫選挙区の友人と同じである。京都では3つ巴と伝えられていたが、共産党系の候補者が強いと思われていた。そこで、自民党候補に負けてもらうために、民主党系無所属の候補に投票したのである。結果として、同じ考えの者が多かったのか、共産党候補より民主党系無所属の候補の方が多く得票したのだが。

 そんな話をしつつも、速報をずっと見つめる。ある選挙区の途中経過が出る度に、私が「知ったげ」にも、候補者や選挙区の状況の説明をする。でも意外と面白いらしい。予測を裏切る結果に一層興奮する。私だけではない、みんなが選挙に興奮していた。

 皆、今の政治に対する閉息感を抱き、投票に向かった。そして投票行動は、9年前の消費税選挙と同様に、自民党にNOであって、他党にYESではなかった。ただ、今回は9年前の失敗を生かして、あるいは細川内閣などでの失敗を生かして、野党が「よりまし」な政治をやってくれることに望みをつなごうとしたのだ。菅氏や不破氏が、こういった民意を反映してくれるのか、もし反映してくれなければ、今度こそ、日本の民主政治が終わる気がしてならない。



7月11日 いよいよ・・・

 いよいよ12日である。
 明日は、、、宝塚記念!!頑張れメジロブライト!!

 じゃなくて・・・

 W杯決勝!!頑張れ王者ブラジル!!

 でもなくて・・・

 参院選の投票日である。

 私は選挙区の投票者は決めたが、比例区は迷っている。

 正直、行って決めることになるだろう。
 私の政治的理念は「小さくてもキラリと光る国・日本」であって、是非とも頑張って欲しい政党があるのだが、そこは潰れかけで、今回1議席も獲得出来ない可能性もある。死票にはしたくないので迷っている。

 最近「大臣」という本を書いた方が党首の政党も、今年の合併前は安保政策等で支持できたが、「センターレフト」でなくなりつつある点が不安で、迷いがある。

 あと、最も正論を言う政党も魅力を感じるのだが、全ての政治家が金太郎飴のように同じ事しか言わない所に、冷たさを感じなくもない。

 皆さんはどういう基準で投票するのだろうか。とにかく明日である。

 ちなみに私は明日、午前中から7時まで天王寺の塾で仕事をして、午後9時から東山区で開票作業に3時間従事するというハードスケジュールである。頑張って朝早く投票に行きたい。


7月8日 裁判所

 司法試験を目指す身でありながら、生まれて初めて昨日裁判所に行った。別に犯罪は犯していない。民事裁判の傍聴に行ったのだ。

 大阪地裁に行って、何件かの事件の口頭弁論、証拠調べ手続きを傍聴した。
 内容とは直接関係ないのだが、「迅速な裁判」がやはり十分に保障されているとは言い難いなあ、というのが印象だった。

 1例を挙げたい。一番最初に見た事件では、被告側が誰も出席しなかった。第1回口頭弁論に被告が出席せず、準備書面等も提出していない場合、原告請求を被告は争わない自白をしたとみなされ、事実上即敗訴となる(民事訴訟法158,159,244条)。
 しかし、判決は別日に言い渡す。今日ほとんど裁判が終了したのに、その言い渡しは8月23日だそうだ。この程度のことでも1ヶ月半必要な筈はない。
 理由は1つで、法曹の人口が事件の増加に追いついていないのである。戦後民事訴訟だけを見ても、10倍に増えているのに、裁判官は30%、弁護士は3倍増えたにとどまる。
 その結果、まず次回の裁判を開き得る日時が限られる。そして裁判所の方が良い日程でも、代理人である弁護士に良い日程とは限らないので、双方の不足で二重に日程が遅れるのである。
 実際、前述の事件においても、最初裁判官は7月の末を示したが、原告弁護人が「差し障り」がある(別に事件を抱えている)為、結局1ヶ月遅れてしまったのである。

 いろいろな社会の問題を考えるとき、結論として国の予算の使い方への疑問がとても大きくなる。訴訟制度がみんなに利用し易くなれば、「泣き寝入り」も少なくなるし、訴訟事件数の増加から法曹人口の増加(供給)に見合う需要も十分に見込めるだろう。でも、法曹を養成するにはそれなりの予算がかかる。しかし、そこをケチって良いのだろうか。

 自分が法曹を目指すから、こんなことを言うのかもしれないが、やはり無駄な公共事業よりも、一人一人の生活を守ることのできる所に予算を使うべきだと思うのだが・・・。

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