藤本一郎の「つれづれなるままに」
2003年1月〜12月

2003年12月10日 自衛隊のイラク派遣について
 私は、新聞は3紙ほど購読している。
 今朝の朝刊一面は、3紙とも、自衛隊のイラク派遣の基本計画を閣議決定したというニュースだった。

 まず、私の立場を明らかにすれば、反対である。
 私は、いま再び、広島で生まれ育った者として、この戦争を容認し、また我が国の「戦力」を海外の「戦地」に送ることはできない。国際貢献の声、日米安保を配慮する声、様々である。しかし、ブッシュの一国主義に付き合うのが国際貢献、日米安保ではない。従前から主張しているように、アメリカは必ず反動が来る。米国の民主党政権がいまの日本の貢献を本当に感謝するか。アメリカ以外の国は一国主義に必ずしもついていってない。ついていってるのは、アメリカの援助が欲しいばかりの東欧諸国などだけである。日本の戦略としても、今の「貢献」は国連無視の米国に追従していると言わざるを得ず、将来の国連での発言力(常任理事国入り等)を狙う国のやり方として、少なくとも正面から見る限りは、妥当なやり方とは思われない。
 広島人としては、特に(湾岸戦争に続き)再び多数の劣化ウラン弾を使い、放射能被害を拡散させた米国を見逃すことはできない。

 ただ、私がもしも10日前から、小泉純一郎と入れ替わっていたとしても、自衛隊 派遣の閣議決定は行わざるを得なかったかもしれない。この結論は、選挙で決めたものだからだ。
 丁度一ヶ月前、総選挙で、自民公明保守の連立与党は、絶対多数を占めて勝利した。このとき、他の大きな選択肢であった民主党は、少なくとも現在の状況でのイラク派遣に反対した。しかし国民は、民主党を政権担当者としては選択しなかった。
 この時、選挙に民主党が勝っていれば、国民の声を背景として、イラク派遣についても、違う選択肢を執ることができたかもしれない(もっとも、選挙に勝った後で、違うことを言う可能性はあったが)。しかし、今の与党は、この民主党に勝ったのである。国民の声に反対が一定以上いても、イラク派遣は、多数の国民にやむなしとして支持されたと言えなくはない。いや、選挙からすればそういえるのである。

 ここで私は、2つの勢力の人に特に言いたい。
 1つは、選挙に行かなかった人、1つは、公明党支持者。
 選挙に行かなかった人、本当に、イラク派遣を容認して良かったのか。
 貴方は、イラク派遣についても、選択を自らは行わず、他人任せとしたと言わざるを得ないが、本当に、「どっちでも良い」事項だったのだろうか。

 公明党支持者の人、貴方は平和主義を標榜しているのではないのか。
 政治とは絶対的なものではない。相対的なものである。貴方の平和主義は、「戦地」に「戦力」を送ることだったのか。貴方の当選させた自民党国会議員(公明党勢力の支援がなければ当選できなかった自民党国会議員)は、少なくとも50名は下らない。貴方は、今回の派遣の最終決定権限者でもあった訳だ。この事実は動かない。公明党の支持者が、イラク派遣を決めたのである。それで本当に良かったのか。

 政治的決断は、小泉純一郎が行った。しかし迫力はない。
 彼とて、外交官の死を目前として、また、一定の国内世論の反発を実感して、好きこのんでこの決断をした訳ではないと感じた。本当に決めたのは、先の総選挙であった。他人事ではない。本当に私の問題であり、貴方の問題なのだ。

2003年11月10日 総選挙と報道
 総選挙があった。

 国政選挙があると、例年何人かの友人と開票速報を見ながら夜を明かすのであるが、今年も例に漏れず、我が家でその行事を実施した。
 結構あれこれ言いながら開票速報を見るのは楽しいものだ。

 さて、投票率が59%台と大変低かったことは衝撃だったが、しかし、二大政党制への布石となる重要な選挙だったと思う。
 ところで、マスコミ各社は、「出口調査」を実施したが、面白かったのは、各社の予想した「出口調査」の結果と比べると、意外と自民が勝って、民主が負けたことである。
 開票結果を見ながら、何故こうなったのかを分析してみると、おおむね、都市部の小選挙区での自民・民主の読み違えが原因のようである。
 もっと言えば、若干の投票率の違い、選挙権者の行動の違いで、更に劇的な結果の変化があり得たのである。
 単純に、与党絶対多数獲得という記事だけを見るのではなくて、我々国民の手で、選挙結果は大きく変え得たことを、この選挙全体を通じて我々が体得し、次回に生かさねばならない。次回総選挙、取りあえず来年夏の参議院選挙で、我々はもっと関心を持って、行動に出なければならない。

 もう1つ思ったことは、この選挙結果は、どっかで見た結果に似ているなあ、ということである。
 かつて、社会党土井党首が「山が動いた」と言った89年の「売上税」参議院選挙の後、90年総選挙では、社会党の躍進(記憶は曖昧だが、石橋委員長のもとでの85議席程度から145議席程度への増加)があった。
 しかし「躍進」といいながら、本気でこの時に政権を狙わなかったために、中途半端に勝った社会党は、この後急速に勢力を弱めることになった。

 民主党は、勝ったという。しかし、177議席は、とても政権を取れる議席数ではない。たかだか35%の議席数を獲得したに過ぎない。
 奢れて党内紛争を起こしたり、政権担当能力を疑われるような事態を起こせば、必ず内部から崩壊し、90年社会党の二の舞となる。

 あと、11月4日(?)の「ニュースステーション」の報道が著しく民主党に集中していたとして、自民党幹部がテレビ朝日の報道番組に出席しないという事態も議論となった。
 ただ、例えばアメリカでは、選挙に際して、マスコミが自ら民主党・共和党支持を明らかにするのはむしろ恒例である。
 マスコミは、常に中立報道である必要はないと思う。我が国は、どうも、選挙の公正を重視しすぎていて、もっと重要な表現の自由、報道の自由を著しくないがしろにしていないだろうか。
 マニュフェストを配る場所が規制されすぎていたり、相変わらずホームページでの選挙活動が規制されていたり、「公正」を重視し過ぎて規制が多すぎる。
 お金を掛けすぎない選挙にするための規制は必要だが、もっと選挙の自由を認めるような公職選挙法の改正、マスコミの対応、そして政党の「オトナ化」が必要ではないだろうか。
 自民党の対応は非常に不満だし、テレビ朝日の対応も、説明すべき点は説明すべきではあるが、仮に単純に自民党に陳謝するだけの対応になるならば、なんか納得できないような気がする。

 いずれにしても、小選挙区比例代表並立制は、導入当初、自民党が一人勝ちするしかないのではないか、という危惧を抱かせるものではあったが、十分我々次第でコントロールできるものであることを今回の選挙で半分だけ証明したと思う。
 マニュフェスト選挙など選挙運動のあり方、選挙報道のありかたも含め、次回総選挙では、真にオトナの民主主義国家として、面白い選挙ができるのではないか、そう感じさせる選挙だったのではないだろうか。

 ちなみに、個人的には、今後イラク政策をどうするのか、民主党が来年夏の参議院選挙まで現状勢力を維持できるのか(分裂・内紛がないのか)、社民党はどうなるのかが興味あるところです。

2003年10月22日 ビギナー
 ちょっと月9が面白い。
 「ビギナー」である。
 10月21日で第3話を終わった。私も、時間に見ることは厳しいが、今朝見ることができた。
 結構面白い。なぜって、ドラマの割には、結構それなりに再現してるからではないだろうか。司法修習前期の雰囲気を。

 まあ、「司法研修所の寮はそんなに汚くはない」とか、「司法研修所にミムラちゃんのような素朴かつ可愛い子はいない」とか、色々言いたくなることはあるかもしれない。
 しかし、皆知ってのように、某官庁を不祥事?で辞めて修習生になる人も、主婦からなる人も、学生上がりですぐなるひとも、ホント色々いるのである(もっとも、このドラマにそのような批判の趣旨があるかどうかは微妙だが、ロースクール(一発勝負ではなくなるが、学費が高額となり、また長年の学生生活を前提として初めて司法修習が行われるようになる)が始まったら、修習生の本質がドラマのような雰囲気からは変化するかもしれないが)。また、ああやって、皆であれこれ議論しながら「起案」をしたり起案の結論を言い合うことを、我々は「合議」と呼んでいたが、合議は、そういつでも発生し、よく東武バスの乗客から、「バスの中で殺人がどーの、詐欺がどーのと騒ぐな」と怒られたものだ。
 司法研修所が規則だらけで、非常に不愉快な思いをしたことも、あの事務局役を見るとよく思い出す。そして、将来の夢に燃えていたことも。私は、あれを見ながら、素直に3年前を思い出す。

 そして、昨日から、我が弁護士法人淀屋橋・山上合同にも、2人の弁護士ビギナーが入ってきた。

 私も、なんと、弁護士3年目だ。いつのまに3年目になったんだろう。初心に戻って、ミムラちゃんのようなすがすがしさを抱いて(私には無理という説も有力だが)、また新しい1年を頑張っていきたい。ビギナーのように。

2003年10月20日 変な電話
 昨日、変な電話があった。

「ただいまから、総選挙のアンケートを行います。時間は1分程度・・・。
 第1問 ・・・」
 自動音声とプッシュホンを使う総選挙向けのアンケートだ。
 おもわず、政治に関心のある私は、真面目に2問答えてしまう。
 しかし、何か違和感を感じざるを得ない。

「第3問 貴方は、次の候補者の誰に投票しますか。
 自由民主党の○○○さんであれば、#6を・・・・」

 あ、そういえば、これは、誰が主催しているのだ?
 朝日新聞か?毎日新聞か?名乗っていないじゃないか。
 それと、目的は何だ?世論調査と言っても、きちんと個人情報をどのように扱うか説明があってしかるべきではないか(個人情報保護法参照)。

 新手の選挙運動か???

 電話を切ってみると、電話番号は非通知。ますます怪しい。

 電話による候補者や政党の勧誘行為は公職選挙法で禁じられているが、アンケート名目で情報を収集すること自体は禁じられていない。
 選挙は、基本的に自由であるべきだと思う。公職選挙法ですら、インターネットによる選挙運動を認めないなど、選挙運動への制約は厳格にすぎる。
 しかし、色々やっていいから、このような誰がやっているか分からないような活動はやめさせて、ちゃんと電話を名乗る、くらいはして欲しい。

 ホンマ、こんな怪しい電話をかけてくる位なら、もう少し堂々とやって欲しい。
 こんな「運動」を行う政党には絶対投票しないぞ。

2003年10月5日 引越
 実は、9年振りの引越をした(厳密にいえば旧居の片づけが若干残っているのだが)。
 新居は旧居からせいぜい1kmの所にあるので、最寄り駅が変わる訳ではない。
 でも、学生時代、そして修習時代(和光での6箇月を除く)、そして弁護士2年間の合計8年数ヶ月を過ごした場所だ。

 一部を除ききれいになった旧居を見ると、ちょっと悲しくなった。

 俺なりに、様々な出来事が展開されたことを思い出す。
 司法試験をやっていたころ、壁に「臥薪嘗胆、捲土重来」と書いた紙を貼って勉強した部分、その部分を眺めるだけで、そのころのことを思い出す。
 あるいは、この部屋で起こった恋愛に関するあれこれ。
 賃貸マンションを一歩出れば、「ひらがな館」など、独り暮らしの衣食のためのお店が充実していたのも、名残惜しい。

 9年の歴史を全て、捨ててきたような感じで、やっぱり寂しい気がする。

 しかし、過去ばかり見ていても仕方ない。自分で決断した引越だ。
 新居からは、鴨川も、大文字も、天気が良ければ清水の塔も見える景観が楽しめる。
 新しい歴史を、築いていきたい。

P.S.
 電話番号は変わりませんので、皆様よろしく。

2003年5月9日 イラク
 結局、大量破壊兵器が見つかっていない。
 なんか、新聞等見てると、戦後復興と、誰を捕まえたかとかばかり。
 この戦争を始めるときに、査察日程云々でもめていた国連を、むなしく回想する。

 フセインは酷いヤツだったが、しかし、大義のない戦争をこのまま是としてええんやろうか。
 日本も、復興のために費用をだすような感じの勢いだが、それは要するに、大量破壊兵器なきイラク侵攻を是認する道にならないか。
 特に、91年と違い、今の我々は貧乏だ。1兆円なんてふざけていないか。

 アメリカの新保守主義に乗ってるだけで、日本はない袖を振って「国際貢献」なんて、どっかおかしい。国際協調目的じゃないじゃないか。

2003年5月8日 「司法占領」
<事務所内連絡>
 俺の席の後ろの棚に、「司法占領」という本が置いてあります。いつでも借りて下さい。
 俺は1冊重住弁護士に贈呈しました。2冊買っちゃった、ということです。
 ちなみに、棚には、ヤフオクで買った「君といた未来のために」というビデオもあります。
 いずれも、借りる方はそこにある紙に名前を書いて借りてくださいまし。(所内連絡おわり)

 さて、鈴木仁志『司法占領』(講談社、2002年)を、是非とも皆様にお勧めしたくて、ここに書いてみた。
 東京では、弁護士会の本屋と、裁判所地下の本屋で沢山売られているのを見た。大阪では置かれていなかった。ネットでは色々買えるようだ。
 俺がこの本を知ったのは、1箇月前、「自由と正義」4月号の、高橋司先生の書評を見たからだ。
 高橋司先生は、平野先生と大阪の司法改革の2大エースと言っても過言ではない、司法制度改革に力を入れておられる弁護士であるが、さっそく先生に「ホンマにおもろいっすか?」とメールすると、「自由と正義に書いてることはウソ偽りなし」との返答だったので、東京出張の際に買ったのだ。
 著者の鈴木先生も東京の弁護士である。
 内容は、おおよそ30年後の日本のロースクール、法曹界を描くモノ。
 このままロースクールによる弁護士像が増えた時に、日本の司法がアメリカに「占領」され、おかしくなっていく様を描く。今進もうとしている「司法制度改革」の失敗を描いているのである。
 かなり大胆な書きぶりだが、弁護士が書いているだけに、俺が読んでも「なるほど」と思うところが沢山ある。
 小話としての最後の結末には納得がいかないが(司法界の話は司法界で締めて欲しかったような)、すぐ読めるし、色々考える素材となるので、お勧めである。

 あと、著者御本人にもそういう意図があるかどうかは知らないが、俺は、弁護士とか以外にも、是非読んで欲しいと思う。
 3000人とかロースクールの検証は十分じゃないまま、コトは大きく進んでいる。
 入学金150万円、学費2年間合計400万円、『司法修習生』の給料は廃止、通常の大学生活に加えて、そのような3年半(ロースクール2年、司法試験受験期間半年、司法修習生1年)を経過して、そして明らかに簡単となるであろう司法試験に合格して誕生する弁護士は、本当に今の弁護士制度下(確かに難しい試験かもしれないが、受験資格もなく、誰でも、貧乏でも目指せる制度)よりも、利用者に奉仕でき、優秀な弁護士になるのかを考える素材にもなると思う。

 俺自身は、決してロースクール悲観論者ではないが、ただ、もしも、このような厳しい経済的負担をロースクールの人に課しておいて、国民が誰もその育成に無関心で、奨学金等も充実せず、結果的に金持ちばかり弁護士になるような社会になるんであれば、鈴木先生が書いておられる悲観的司法界だって、現実となりうる。

 この本は、法曹界以外の人々に、制度改革への理解を求める本でもある。我々法曹を育成するのにはカネがかかるが、それは法曹のためだけじゃない。国会議員や公務員に税金で給料を払うのに、3権の1つを担おうとする弁護士の育成が、全部私費では、本来の司法の機能・・・行政・立法では実現できない、多数決とは違う、正義の実現、法の支配の実現・・・が曲がったものになることは、理屈からしても明らかである。

 ・・・ということで、事務所関係者であれば、俺の本を借りてやってくださいまし。S先生曰く「読んだら暗くなる」そうですが。

2003年5月4日 小さな幸せ
 イラクについて書きたいことは色々ありますが、今日はちょっと雑談を。

 第127回天皇賞、見ました??
 今年は、ヒシミラクルの優勝をかなり確信しておりまして。。。
 それで、写真のような馬券を買ってみたんです。

 いや実は、私が初めて競馬場で見た95年春の天皇賞に似てるなあ。。。とずっと思っていて。
 何故か、当時のライスシャワーと同じような匂いを持っているヒシミラクルが、やってくれると思って、この11レースだけ、競馬場に行って馬券買ってきたんですわ。
 久々の競馬場やったんですが、思い通りに、一着11番ヒシミラクル(二着14番)が来た!!
 単勝とワイド、どっちもあたり!!
 まあ、見ての通り、買ってる金額も、この程度のかわいさなんやけど、ちょっと嬉しかったです。

 すません、ちょっとだけ自慢だったかも。次は内容のあることを書きたいです。でも、人気薄を狙い通り当てると嬉しいっす。

2003年3月20日 少なくとも、この戦争は
 東京に向かう新幹線の中で書いている。
 ついに日本時間午前11時45分(イラク現地時間では午前5時45分、米国時間では19日午後9時45分)から、戦争が始まった。

 世界で唯一の超大国となった米国であれば、何でもやって良いことが証明されたようで、悲しく辛く、また憤っている。
 私は、「正義のための戦争」などどいうものがあるとは思わないが、今日はそれも受け入れて考えることにしよう。
 しかし、だとしても、少なくとも、自ら、先制的に侵攻する戦争に正当化される余地があり得るとすれば、せめて、国連における侵攻承認決議が必要ではないだろうか。
 国連憲章は、第5章から第7章で安全保障に関する規定を置いているが、第39条は、『安全保障理事会は、平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為の存在を決定し、並びに、国際の平和及び安全を維持し又は回復するために、勧告をし、又は第四十一条及び第四十二条に従つていかなる措置をとるかを決定する。』と規定している。
 確かに決議1441号は、イラクに対し武装解除を求めているが、いまだ安全保障理事会がイラクに対し侵攻して良いと決めた決議はない。
 いや確かに、12年前の湾岸戦争の時には、イラクのクウェート侵攻を「侵略行為」として決定し、多国籍軍によるイラク侵攻を認めた決議を行っていた。しかし、その後に停戦の決議がなされたのであるから、そのクウェート侵攻に対し認められた「イラク侵攻」によって今回の米国の侵略を正当化することはできない。

 米国は、国連の場で、侵攻を認める決議を取得することに失敗しているのだ。
 にもかかわらず、侵攻してしまった。

 多くの人命と引き換えに、米国の我が儘が許されてしまった2003年3月20日を、私は、そして多くの人々は、忘れることができないだろう。

 さて、日本はその米国を支持している。
 ある新聞の社説を見ていると、日本政府の米国支持はやむなし、と書いてあった。
 しかし、我が国の国益を考えればこそ、ブッシュに代表される曲がった新保守主義の米国における台頭をこれ以上許さないことが必要だったのではないだろうか。
 今回の戦争はきわめて特異であり、湾岸戦争とも昨年のアフガニスタンの戦乱とも全く異なる。
 明らかにおかしいモノに対し、おかしいと言えて良い筈だ。

 どうしても言いたい。少なくとも、この戦争はおかしいと。

2003年3月15日 悩んだ挙げ句?
 別に自殺をした訳じゃないよ。念のため。
 公式には4000人が参加したと発表された京都のデモに行ってきた。
 完全にボランタリーな、個人としての参加は初やね。
 いや、周囲には仕事仕事と言いながらも、戦争前に何かやれることがやりたくて、行って来た。

 前月の「つれづれ」でも書いたけど、デモの力って、それほど大したことがないのではないか、と思うところもある。
 何か外にやれることがあるのではないか、とも思う。
 しかし、外に何もうまい対策が見つからなかった。だから、やむを得ずデモに参加した、という色彩が、俺の中ではあるかなあ。

 でも、色々な意味で経験していないことを経験するのはとてもええ事やと思った。

 京都市役所前に集まってみて、まず面白いなと思ったことは、西側と東側で集まっている人が違うということ。
 東側は、労働組合の旗がはためいてて、西側にはそれがない。
 むしろ外国人を中心になんか音楽に合わせて踊っているっていうところが真新しかった。
 若いやつもいたが、見ていて、ああこの人は民青で来てるなあ、とか、ああこの人は(創価)学会で来てるなあ、とわかりやすい人が多かったが、そうじゃない人もちゃんといたのは、救いというか、この(対イラク)戦争に心から反対している人が多いことを物語っていたと思う。
 若いやつもいたが、あんまり可愛い子、カッコ良いオトコがいなかったのが残念だった。くそ真面目ばかりがデモやってるというのでは、一般に広く広がらないからね。
 でも、ちょっとはいたぞ。それも救いだった。

 俺はほぼ飛び込み的に参加したから、何のプラカードも用意していなかったが、愛読のJapan Timesの戦争記事のところに、回りでマジックを借りて(この借りたマジックの箱の印刷をしている会社、俺が今民事再生をやってる会社なんです。是非とも再建をさせたいなあ・・・とか思いつつ)、赤字でNO WARと書いて、その新聞を持って参加した。

 デモは、確かに4000人参加したかもしれない、という程大規模だった。俺たち「個人参加」がデモをスタートするのは一番最後で、1時間以上待たされたからねえ。
 ちょっと歩いてすぐ仕事に行くつもりで、鞄に色々なモノを入れてきていた俺にはちょっとばかり辛かった。
 なんか、マイクを持っている人が、わざわざ「個人で参加している人達です」と紹介しているのが今のデモというものに対する周囲の目や評価を代弁しているようで面白かった。
 しかし、その稀少な「個人参加」だけでも、色々いるだろうが、1000人は切っていないのではないだろうか。

 自己満足といえば、そこまで。
 しかし、何かしたいし、しないといけない。
 思いとしては、もっと友人知人を誘ってデモに行ける、そうなりたいね。あ、誘われる側は迷惑かな。
 1人では行きにくいやろうしね。
 そう、ここなんだよな、周囲と、政治的な話題についてなかなか中学生や高校生が喋ることがないからなあ。。。日本では。
 大阪弁護士会法教育部会が目指す「法教育」が充実して、人権や民主主義について、まさにソクラテスメソドで考えていける子供が育てば、また変わってくるかも知れないけどねえ。

 まあ、色々書いたが、とりあえず行って良かったし、また、機会があれば行きたいかな。今度行くなら、マシなプラカードをつくりたい。あれにウィットが効いてるとカッコええわ。
 物事を変える力になりうるのは、組織されたデモじゃないと思う。個人個人の思いが具体的行動になった時やと思う。行って思ったが、それほど参加しづらいものじゃないぞ。意外と楽しいし。
 別に主催者が誰でもええやないか。なんかやらんと、きっと後悔するよ。たとえ戦争が止まる可能性が1%であったとしても。

2003年2月16日 バレンタインデーが終わった後
 別にチョコの数を報告したいわけではない。

 バレンタインデーが日本では終わった深夜、NHKをつけてみた。
 日本時間で午前1時を過ぎていただろうか。正確な時間は分からない。もしそうなら米国東海岸時間ではバレンタインデーの午前11時過ぎか。
 TVの向こうには、国連の安全保障理事会があった。

 議長国のドイツの外相は、査察の報告の後、各理事国に、少しずつ発言するように言った。
 最初にシリアの外相を指名した。
 昨年11月、イラクへの武力行使に道を開きうる国連決議1441号には賛成したシリア。
 イスラエルと国境を接し、必ずしも平和主義国とは言えない、むしろ軍事大国なシリアではあるが、説得力のある発言だった。
 イスラエルは、何十もの国連決議に違反している。確かにイラクだって違反はある。
 独裁者と呼ばれる人が統治する国は世界中にたくさんある。
 なのに、何故イラクを攻撃するのか。
 ダブルスタンダードがあることは明白だ。
 イラクの石油、戦争後の利権、それで動いている。
 それを国連が是認すれば、国連に対する信頼が、なくなる。
 趣旨はそんなところだった。

 皆も良くご存じのように、石油埋蔵量では、イラクは全世界の約4分の1、世界第2位を誇ると言われている。
 我々日本から見れば、北朝鮮の方が余程深刻な脅威であるが、北朝鮮は、戦前は朝鮮半島の工業地帯と言われていたとはいえ、今や若干の石炭を除けば見るべき資源はなく、あるのは貧困だけである。
 攻め取ってもおいしくない。しかしイラクはおいしい。
 皆世界中、そんなことは分かっている。
 そして、いつかフランスも、91年のあの時と同様、最後には米国主導の戦争に賛同し、一緒に権益に預かろうとする、そう思いながら、シリアの次に指名されたフランス外相の発言に聞き入ることにした。

 戦争は最終手段であって、査察で大量破壊兵器や生物兵器がなくなれば、それで良いではないか。
 時間がかかる?戦後復興の事まで考えたら、査察を続ける方が早い。
 色々と査察によるイラクの武装解除が可能であることに熱弁をふるっていた。
 私は、フランス外相の発言が、世間でいうほど感動的だとは思わなかったが、ただ、その発言が終わるときに、国連の理事国15人の外野で、歓声が起こった点は感動的だと言って良い。
 世界が、間違いなく平和を望んでいる、戦争を望んでいるのは少数に過ぎない、そう実感できたからだ。

 何度も(まあ最近は書いていないが)ここで書いてきたように、私は、広島出身の人間として、核兵器は勿論、戦争そのものを強く否認する者である。
 ある人は言うだろう。ただ戦争を回避する姿勢だけをするとどうなるか。ついこの間、1930年代、その姿勢によって、ヨーロッパでは、ヒトラーの躍進を、ポーランド侵攻まで防ぐことができなかったではないか、と。
 ある人は言うだろう。アフガニスタンでは、もし米国がいなければ、未だタリバーン支配が続いていたではないか。もっと言えば、イラクはまだクエートを支配し、世界一の石油で世界を牛耳っていたかもしれない、と。

 確かに、侵略戦争は許すことはできない。これに対しては抵抗せねばならない。  そして、ここは若干自己矛盾であるが、やむにやまれぬ場合に、正当防衛的に、自衛のため、戦争せねばならない場面があると思われる。
 それは否定できない。本当は否定したいが、しかし世の中に戦争を望む者がいる限り、若干の抑止力が必要なことは、否定できない。
 ただ、今のイラクは、侵略していない。
 イラクは、少なくとも、北朝鮮に比べれば情報や経済の自由がある。
 今戦争をすれば、侵略は、イラクではなく、米国である。

 日本政府は、北朝鮮問題が深刻化しているだけに、米国との同盟関係を強化したいのだろう。米国追随の姿勢を、非公式には見せている。
 同盟国という意味では、ドイツだって、フランスだって、米国の同盟国である。
 同盟国は、常に相手方と同じ意見をする必要はない。
 勿論、こういう状況だからこそ、苦しい米国を助ければ、米ブッシュ政権は恩義を感じるかもしれない。
 ただ、果たして、仮に北朝鮮が日本に攻めてくるときが来たとして、その時はブッシュ政権だろうか?
 ブッシュ政権は、財政難の中、大減税政策を発表しているが、これがすこぶる評判が悪い。
 また、イラクとの戦いの戦費分担の話が、91年とは異なってほとんどできていない。
 確かに米民主党には、いまだ有力な大統領候補がいないが、私は大統領は、今回の軍事・経済の判断次第で、変わってしまうと考える。
 そうであれば、果たして恩を売ったことにはならないのではないか。
 「成熟した関係」を望めば、違った方法で米国を説得する側に回れるのではないか。

 気候面からして、米国がイラク侵略を行うなら、2月から3月が望ましい。
 きっとそうなれば、米国の圧勝になるだろうが、イラク1400万の民はどうなるんだろう。
 91年、米国の攻撃による劣化ウラン弾の影響で、イラク国民や米兵が、放射能による様々な障害で苦しんだ。
 通常兵器にも、核兵器に近い影響を残すものがたくさんある。
 戦争そのものが、人々に、恒久的な悪影響を残す。

 我々日本人は、恥ずかしがり屋で、デモ行進なんてなかなかできないかもしれない。
 しかし、こうやって、ネットで発言することなら、できるでしょ?
 できる範囲で、しかしその範囲では強く言うべきだ。もし貴方が戦争に反対ならば。

2003年2月10日 家探し(2)
 家探し、結局、狙ったマンションが駄目だった。
 屈辱の審査落ち。うるさいことを言ったからだろう。俺的には、「定額修補分担金」に納得したのに、駄目だった。

 京都の不動産業者は非常に阿漕と言うが、(無論向こうにも反論はあろうが)、とにかく残念で仕方ない。

 誰か、@出町柳駅から徒歩圏(最悪でも今より近いこと、できれば徒歩数分)、A少なくとも大文字が見える景観のあること(最悪今より落ちないこと、普通に考えれば4階以上か?)、B最低30m2以上、の3要件を満たす1LDKか2LDK、知らない?
 結構ショックなぎーちでした。。。

 まあ、人間ができていないといえばそれまで。しかし、契約交渉で当然のことを言ってこうなるのは、やはり納得がいかない。コッチは納得したのに。
 自分が消費者の立場になって、やはり思うのは、そうだからこそ、法規制の必要がある、そういうことかな。

2003年1月31日 家探し
 実はぎーちは引越を企んでいる。
 実はぎーちは、大学入学以来もう8年、同じところに住んでいる。
 聞くところによれば、倒産法で有名な森総合(現森浜田松本)の藤原弁護士も、ついこの間まで、学生時代に住んでいたところから引越していなかったらしい(このひと、めちゃめちゃ稼いでいる気がするんですけど。しかも確か独身やし)けど、このままだとそうなりかねない。

 まあでも、今住んでるところも結構ええねんなあ。
 ベランダから大文字が見えるし、日当たりはめちゃめちゃ良いし。近所に各種のお店(ラーメン、お好み焼きといったB級グルメから、洋食屋、フランス料理まで)が充実しているし。家賃高くはないし。
 狭いのと、出町柳から徒歩15分なところだけがネックといったところか。
 そこで、まあ、出町から徒歩5分、広さ40m2以上、大文字が部屋から見えるところ、という条件で物件を探しているんやけど、なかなかなくてなあ。
 ところが最近、新築で1件、ぴったりな物件を見つけたねん。これ見つけるのに3年かかったわ。
 そやけど、別の所で、どうしても妥協できない条件が付せられていて、今は若干諦めモード。
 というのは、敷金の代わりに「定額修補分担金」という制度が導入されているねん。
 定額修補分担金とは、賃貸人の側から、現在の判例の、敷金は通常損耗の修補には使えない、という流れをかわすための理屈で、要するに、修理があれば、それが通常損耗だろうが、そうでなかろうが、そのためにお金を使いますよ、という理屈や。
 しかし、私は、@そんな解釈は借地借家法・消費者契約法の見地から消費者である賃借人に一方的に不利であるので無効もしくは制限的に解釈されるべきであり、A仮にそうでないとしても、「定額修補分担金」の意味するところは、通常損耗の修補まで分担するという趣旨ではないと限定解釈することができると考えるのです。

 ところが、や、私は弁護士なので、定額修補分担金の意味内容がはっきり明確に分かるから、当事者の合理的意思解釈として、上記のような制限的解釈を採ることはおそらく無理。
 ということで、この「定額修補分担金」という条件では、(賃借人保護の見地から)私は借りられないのです。はあ、残念。

 んー、屁理屈?そんなんこだわらずに借りるべき?隣の席のJ弁護士には、馬鹿笑いされるだけなんやけど。
 まあ、そもそも仲介業者にも腹がたってるんやけどね。あの**ライフの人。
 条件交渉を全く認めなかったねん。仲介業という中立的見地がないよ。
 ということで、俺はまだまだ現在値に住み続けることになるのかなあ。。。

2003年1月30日 更新遅れた
 前の更新からなんと4か月以上も経ってしまい、もう藤本はこのHPの更新を断念した、と思ってる人もいるかもしれませんが、そんなことはないです。
 むしろ色々HPに書きたいこともできてきています。
 例えば、無料法律相談って、やってみてどないか、とか。仕事面ね。
 それともう1つ、やっぱり気になるのは、イラクと北朝鮮の情勢です。
 もしも世の中に正義と悪が二者択一で存在するなら、アメリカが攻めることは何も悪くないだろう。
 しかし、実際は、どちらが完全に正義とは言い切れない。フセインも悪いだろうが、戦争を仕掛けるブッシュも悪い。
 イラクの気候から言って、戦争が起こるのは2月だと思う。考えてみれば湾岸戦争も確かこの時期だった。来月、戦争が回避できれば、和平の道も見えてくるような気がするのだが。。。。
 しかし、イスラエルでも右派リクードが圧勝するし、どうしてこんなに、21世紀にもなって、戦争が絶えないのだろうか。

 ・・・ほんまにつれづれと書いてもうた。久々に書くにしてはまとまりのない文書やなあ。
 ま、許して。

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