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藤本一郎の「つれづれなるままに」 2001年 10〜12月 |
| 2001年12月20日 気づいたら12月も終わり? |
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いやはや、気づいたら、今年もあと10日になっていた。
弁護士生活は、資格取得からだと約70日、事務所入所からだと約2ヶ月。
ただまあ、そういう決断をするためには、下準備も大切だ。
他方、長期労働で仕事の質が低下しないようにも、気をつけないといけない。
さて、このまんま、年の瀬に入るのだろうか。次の3連休はちゃんと休めるのかな。 ま、そんな感じです。
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| 2001年11月20日 いろいろ |
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HP更新する暇がないのだが、書き始めると書くこと色々あることに気付く。 まさにつれづれと書いてみよう。
18日日曜日。一人寂しく、だが、結構充実した一日になった。
同じ日、というか日付の上では翌日、獅子座流星群を見た。
仕事のことも少し。 ま、最近の私はこんな感じです。また書きます。事件が解決していけば、「つれづれ」じゃなくて、もう少し法律的なことも書けるようになるでしょう。広い意味での倒産法関係の話とか、書いていけると良いな、と思っています。
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| 2001年11月5日 アフガン |
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やっぱり、日本は軍事援助を中途半端にするべきではなかった。 ここ数日の動きを見てみよう。
タリバンは、フランス人ジャーナリストは解放したが、日本人は解放していない。
パキスタンのムシャラフ大統領と、与党幹部との会談。
アメリカのウェストバージニア州チャールストンにあるシソンビル高校に通う女子高生ケイティ・シエラさん(15)。反戦のTシャツを着て、登校したら、停学になったとのニュース。
色々繋がりのあるようなないような話を書いたが、この戦争の正当性に疑問を抱き、この戦争に日本が荷担することに一層の疑問を抱く。 やっぱり、戦争は答えじゃない。
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| 2001年11月4日 事務所入所後2週間 |
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またまた日曜日の夜に書いている。 あっという間に2週間が経った。 持ってる事件数で言えば決して多くないのですが、民事再生の件で週4も東京だったせいか、とても忙しい日々が過ぎていったという気がする。 しかし、事件を見ててもそう思うし、今やってる「足なが学生募金」や、新聞紙上を見ても思うけど、日本の景気と雇用の問題は、もう待ったなしやね。 日本にも、能力ある人が成功し、能力ない人は敗れ去るアメリカ式の競争原理は必要だと思う。しかし、敗者が復活する制度や、出生や身分に関係なく誰もが勝者になり得る制度、言い換えれば、誰もが夢を現実のものとして捉えることのできる制度を作らないと、やばい。痛切に感じる。
私は、足長学生募金にだけは、見つけ次第募金することにしてるが、それだけでは根本的解決にはならない。
どうすればいいのだろう。
あと、子供の夢ということで言えば、1つの夢の形の職業に、弁護士があり続けられるような努力を、個人的にはしたい。
何を書いてるかよく分からなくなってきたが、日本、特に関西に、夢がなくなってるのではないか、ということを強く憂う。実感する。
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| 2001年10月28日 1週間終わる |
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今日は日曜日。 いつまでこれができるか分からないが、日曜日はゆっくりしよう。
しかし振り返ると、1週間でも色々あった。
こんなぺーぺー弁護士でも、たくさんの従業員の方が俺を頼ってくれる。
会社の従業員の方、債権者の方、お得意さまに、弁護士として、しっかり対応しなければ。 |
| 2001年10月24日 事務所での仕事始まる |
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22日から、淀屋橋合同法律事務所での弁護士生活がスタートした。 弁護士バッチを恥ずかしそうに付け、仕事してる。 しょっぱなから帰るのは遅くなってるが、仕事で遅くなるというより、パソコンの設定とか、荷物の整理とか、弁護士会の行事とかで遅くなってる気がする。 まだ、少しだけだが、しかし初日にある事件を見たのが印象的だった。
その日は、ある会社にとっては、民事再生という手続きで、債権者集会によって、復活することが認められた日だった。
あと、その後の、パートナーの先生の話も印象的だった。 信念をもって、喜ばれる仕事を精一杯やりたい。そして、この事務所に入ったのは間違いじゃなかったみたいだ、こんなことを感じた。 |
| 2001年10月20日 帰国 |
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昨日、無事ヨーロッパから帰国した。 ドイツを11日から16日まで回り、その夜パリへの夜行に乗り、17日はパリ観光をして、再び夜行でチューリヒに移動し、18日にチューリヒからフランクフルト経由で、日本に戻ってきた。
旅行は、一言でまとめれば、有意義だった。
そして1つ思い出した。進むか、退くかで迷うとき、無謀はダメだが、退いて後悔するよりは、前を向いて進もう、それが俺の生き方だった筈であることを。
詳細はまた「別館」としてHPにするつもりだ。良かったら見て欲しい。
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| 2001年10月9日 アフガン戦争が始まって |
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とうとう始まってしまった。戦争である。
私個人としては、11日からドイツ等に行くことになっているので、全く迷惑な話だ。 純個人的なことはさておき、ホンマにこれが、世界の平和にとって正しい道だったのか。
少なくとも日本の平和にとっては、マイナスだ。 次に、世界レベルでも考える。
アメリカ、イギリス以外にも、ヨーロッパ諸国を中心として、直接間接に今回の攻撃に協力する動きは広がっている。
そして、そもそも、テロの出発点は、(それが絶対的に正しいかどうかは別として)アメリカ・ブッシュ政権が、パレスチナとイスラエルとの間の和平交渉の仲介に極めて消極的で、極端にユダヤ寄りだと思われても仕方のない行動をしたことであることを、忘れてはなるまい。
いずれにしても、戦争は始まってしまった。
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| 2001年10月7日 弁護士会の研修を終えて |
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昨日今日と、日弁連(霞ヶ関)で弁護士会の研修があった。 行くまでは、なんで弁護士になってからも研修なんてあるねん、と思っていたが、しかし、佐藤先生の講演以外にも、弁護士報酬の話などは大変参考になった。 勉強面以外で1つの反省と、1つの感想がある。
まず反省から。今日、朝、寝坊してしまったこと。
もう1つは、こんなルーズな俺が書くことはおこがましいかもしれないが・・・という話。
今、我々法曹、特に若い法曹は、常識がないとか、教養がないとか言われて、批判の対象になっている。
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| 2001年10月5日 2回試験合格 |
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色々あったが、昨日、2回試験に合格した。 要するに司法研修所の卒業試験だ。現在午前4時。今日で司法研修所を後にする。そして、明日からは(実質的な仕事をするのは少し後だが)、資格の上では、なんと?弁護士なのである。
司法試験に合格したときも書いたが、本当にここに至れたのは、周囲の人のおかげだったと思う。 また、逆に、弁護士という資格を得てしまう以上、自分が弁護士を代表していることも忘れないようにせねばなるまい。今、特にこちらの方を強く意識する。 わかりやすい例かどうかは分からないが、1つ例を書きたい。
実は私は、10月の11日から海外旅行に行くのだが、当初の予定では、スイスエアーを使う筈だった。
一応フォローしておくと、私が丁寧に、しかし重苦しく苦情を木曜日に言うと、私もきちんとした対応を木曜日に受けることができて、きちんとヨーロッパに行けることになった。 何が言いたいか? ちょっとつたない説明なのでわかりにくいかもしれないが、要するに、個々の社員が見事にH.I.Sを代表しているのである。
弁護士とて同じ。 午前4時に、部屋の引っ越しの準備を終えて、何を書いてるのか自分でもよく分からないが、とにかくそう思う。 p.s. 俺の祈りは、彼の地に届くだろうか・・・。あ、本文とは関係ないです。
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| 2001年10月1日 色々 |
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2001年バージョンとしてのHPの全面リニューアル、どうだろうか? 余り変わっていないといえば、その通りだが、全体に青と白の色を基調として、HPの統一感、使い勝手の向上を目指したのだが・・・。
さて、今、私は2回試験、要するに司法研修所の卒業試験が終わりホッとしてるところだが、10月4日にはその結果が発表されてしまう。
でも、他方では、合格を前提に色々なことを始めてる。
HPのリニューアルも、私自身の、転換期であることを意識したものなのかもしれない。
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