藤本一郎の「つれづれなるままに」
2001年 10〜12月

2001年12月20日 気づいたら12月も終わり?
 いやはや、気づいたら、今年もあと10日になっていた。

 弁護士生活は、資格取得からだと約70日、事務所入所からだと約2ヶ月。
 特に、最近1ヶ月は忙しくなってきてた。
 その原因はいくつかあるが、一番の原因は、2つ目の民事再生事件が先月下旬に入って来たからだ。
 ここでは、かなりの範囲で、私が責任を持って仕事させてもらっている。  上述の引き算だが、弁護士になって1ヶ月ちょっとで、この事件をやらせてもらうのは、私個人にとってはとてもやり甲斐のあることだが、しかし他方で、別に他事件を軽視する訳ではないが、何百人の従業員の運命を握っていると思うと、本当に責任が重く、逃げ出したくなることもある。
 だが、私が不安になってしまっては、うまくいく話も、うまくいかない。1年目ということは、もちろん従業員の人が私のHPを見れば(見てる人もいるらしい・・・)一発でわかるのだが、別に隠す訳ではないが、敢えて公言はせず、中途半端な言い方はせずに、小さな質問のほとんどについて、自信を持って即決断して、明朗な回答をするように心がけている。

 ただまあ、そういう決断をするためには、下準備も大切だ。
 私には、今1ヶ月少し休みがない。
 新人弁護士なんて、こんなものかな、と思う。
 なにせ、資格は50年戦士と同じ。でも経験はちょっとしかない。
 追いつくには、時間をかけるしかないから。
 ただ、先輩弁護士には、私よりも早く事務所に来て、私より長く休みがない人もいる。
 これが正常な状態かどうかは別として、自分が一番下っ端なので、自分ができないと言えば、他に回すところがなくて、1つの正義の実現の機会が失われると思うと、頑張っていくしかない。

 他方、長期労働で仕事の質が低下しないようにも、気をつけないといけない。
 まあ、その点、私の事務所は、「モー仕事増やしたらできません!」と言ってしまえば、本当に仕事はこないのだが(逆を言うとすごく来るらしい)。
 昨晩は、今週いっぱいの新件をストップするメールを先輩弁護士に出してしまった。ちょっと生意気だったかな。。。。でも、自分の頭でしっかり個々の事件を考えるためには、そうでもしないと。

 さて、このまんま、年の瀬に入るのだろうか。次の3連休はちゃんと休めるのかな。
 一番おそれてるのは、今月末に資金ショートする会社が、民事再生を申し立てる相談があることだろうか。
 しかし、もしそういう会社があるなら、是非とも我々と御社の双方のことを考えて、1日でも早く、ウチの事務所に相談に来てほしい。
 1日早い分、資金繰りも、その後の民事再生等の日程も、ラクになるから・・・。

 ま、そんな感じです。

2001年11月20日 いろいろ
 HP更新する暇がないのだが、書き始めると書くこと色々あることに気付く。
 まさにつれづれと書いてみよう。

 18日日曜日。一人寂しく、だが、結構充実した一日になった。
 真如堂に昼、行った。私の、秋の京都で最も好きな場所。紅葉は例年より2、3日早く、もうほぼ見頃となっていた。来週末だと思いこんでいた私にとっては、ちょっと意外だった。
 10月末から、急に寒暖の差が大きくなったので、紅葉も進んだのだろう。とても良かった。

 同じ日、というか日付の上では翌日、獅子座流星群を見た。
 農G(京大農学部グランド)に見に行ったのだが、翌日仕事だったし、曇っていたので、諦めて一旦2時半に帰宅したのだが、さあ寝ようと思って3時に外を眺めると、オリオンが見えるではないか!
 も一回着替えて外に出ると、1分間に数個の割合で、流星が見えた。3年前?よりもかなり多かった。とても綺麗だった。
 とりあえず、次に流れ星を見る時は、1人ではありませんよーに、と祈っておいた(笑)。

 仕事のことも少し。
 淀屋橋合同法律事務所で働き始めてちょうど1か月だ。
 まだ、それ程激しく仕事している訳ではないが、決して楽(ラク)ではない。でも楽(たの)しいのだ。
 なぜだろう。きっと、本当に周囲に、こんな我が儘な私を見守ってやろうという、暖かい思いやり?があるからだと思う。
 要するに、失敗するかもしれないが、ま、任せてみよう、やってみろ!という雰囲気があるのだ。
 本当はあんまり分かっていなくても、そこまで信頼?されたら、頑張ってみようという気になるし、楽しくなる。対依頼者では、パートナーの先生が就いておられても、責任感は、一人で受任しているのと同じくらい感じる。そこで、より必死になる。
 まだ本当の仕事の厳しさは知らないのだと思う。でも、1か月経つが、本当に、この事務所で良かったと思える。なんか、修習時代よりも生き生きとしてるような気がする。時間は明らかに修習時代の方があったのに。

 ま、最近の私はこんな感じです。また書きます。事件が解決していけば、「つれづれ」じゃなくて、もう少し法律的なことも書けるようになるでしょう。広い意味での倒産法関係の話とか、書いていけると良いな、と思っています。

2001年11月5日 アフガン
 やっぱり、日本は軍事援助を中途半端にするべきではなかった。
 ここ数日の動きを見てみよう。

 タリバンは、フランス人ジャーナリストは解放したが、日本人は解放していない。
 アフガニスタンで、かつて、北部同盟とタリバンとを仲介して和平に貢献した日本は、完全にその貯金を使い果たし、アメリカと同列に加わったと、評価されたのだ。

 パキスタンのムシャラフ大統領と、与党幹部との会談。
 自衛隊を出すが、戦闘地域には出せないとの説明に対し、大統領が納得しなかったことは当然だ。
 それならば、わざわざ形だけ出すよりは、タリバンが国連に不信感が強いことにも鑑みれば、日本が和平の仲介役をするという方が、よほど国際貢献になるのでは、という疑問を、大統領に印象づけたのではないか。報道等を見聞する限りは、そう読める。

 アメリカのウェストバージニア州チャールストンにあるシソンビル高校に通う女子高生ケイティ・シエラさん(15)。反戦のTシャツを着て、登校したら、停学になったとのニュース。
 自由の国アメリカで、この停学措置が、訴訟でも妥当と判断されたことに、私は驚きを隠すことができない。
 アメリカでも、これだけの判断が出てしまう現在の作戦が、一時の熱病にやられた間違いに過ぎないのでは、という私の疑問を、より強固なものにした。

 色々繋がりのあるようなないような話を書いたが、この戦争の正当性に疑問を抱き、この戦争に日本が荷担することに一層の疑問を抱く。
 そもそも、ラディン氏が犯人だとしても、アフガンの民まで巻き込んで、解決するような事なのだろうか。
 タリバンがひどい奴らだとしても、内戦は、アメリカの介入という形で解決するのが良いのか・・・。

 やっぱり、戦争は答えじゃない。

2001年11月4日 事務所入所後2週間
 またまた日曜日の夜に書いている。
 あっという間に2週間が経った。
 持ってる事件数で言えば決して多くないのですが、民事再生の件で週4も東京だったせいか、とても忙しい日々が過ぎていったという気がする。
 しかし、事件を見ててもそう思うし、今やってる「足なが学生募金」や、新聞紙上を見ても思うけど、日本の景気と雇用の問題は、もう待ったなしやね。
 日本にも、能力ある人が成功し、能力ない人は敗れ去るアメリカ式の競争原理は必要だと思う。しかし、敗者が復活する制度や、出生や身分に関係なく誰もが勝者になり得る制度、言い換えれば、誰もが夢を現実のものとして捉えることのできる制度を作らないと、やばい。痛切に感じる。

 私は、足長学生募金にだけは、見つけ次第募金することにしてるが、それだけでは根本的解決にはならない。
 特に地盤沈下著しい関西は、その酷さは日本一だろう。

 どうすればいいのだろう。
 弁護士としては、民事再生に携わる時に、旧態依然とした経営システムを抜本的に改革することで、1つ成果を挙げることが可能だろう。
 しかしそれだけでは、足らない。
 関西の経済活性化を考えれば、東京一極集中を是正するための、(首都移転ではなく、)地方分権の推進しかない気がする。
 関西の商人魂を、地方自治体にも持ってもらって、アメリカのデラウェラ州のような形にするとか、考えていかねばならないのではないか。

 あと、子供の夢ということで言えば、1つの夢の形の職業に、弁護士があり続けられるような努力を、個人的にはしたい。
 いつか、そう、これは司法研修所最後の民弁の授業でも語ってしまったが、ロースクールの奨学金を作って、志ある人にお金の問題で門戸を閉ざさない職業でありつづけられるようにしたい。

 何を書いてるかよく分からなくなってきたが、日本、特に関西に、夢がなくなってるのではないか、ということを強く憂う。実感する。
 何とか、しなければ!
 俺は何かできる筈だ。

2001年10月28日 1週間終わる
 今日は日曜日。
 いつまでこれができるか分からないが、日曜日はゆっくりしよう。

 しかし振り返ると、1週間でも色々あった。
 月曜日は民事再生の一応の終結の場面をかいま見た訳だが、木曜日以後は、別件の民事再生に直接関与することになった。

 こんなぺーぺー弁護士でも、たくさんの従業員の方が俺を頼ってくれる。
 新人だ、今週事務所入ったばかりだ、という言い訳は全く通用しない。
 俺もプロなんだ。

 会社の従業員の方、債権者の方、お得意さまに、弁護士として、しっかり対応しなければ。

2001年10月24日 事務所での仕事始まる
 22日から、淀屋橋合同法律事務所での弁護士生活がスタートした。

 弁護士バッチを恥ずかしそうに付け、仕事してる。

 しょっぱなから帰るのは遅くなってるが、仕事で遅くなるというより、パソコンの設定とか、荷物の整理とか、弁護士会の行事とかで遅くなってる気がする。

 まだ、少しだけだが、しかし初日にある事件を見たのが印象的だった。

 その日は、ある会社にとっては、民事再生という手続きで、債権者集会によって、復活することが認められた日だった。
 その会社の、手弁当の「祝賀会」に、パートナー弁護士に連れられて行った。
 社長以下、その会社の人が、本当に、うちの事務所の弁護士に感謝してる姿をたくさん見た。
 ほんとうに多くの人が嬉しそうだった。
 今の俺には、大して力はないかもしれない。
 でも、頑張れば、俺には、人を本当に心から喜ばせることのできる力があるんやな、というのが、よく分かった。

 あと、その後の、パートナーの先生の話も印象的だった。
 曰く、自分らしく、信念を持って、これだという事件には、訴額や難易に関係なく、一生懸命やれ、と。

 信念をもって、喜ばれる仕事を精一杯やりたい。そして、この事務所に入ったのは間違いじゃなかったみたいだ、こんなことを感じた。

2001年10月20日 帰国
 昨日、無事ヨーロッパから帰国した。
 ドイツを11日から16日まで回り、その夜パリへの夜行に乗り、17日はパリ観光をして、再び夜行でチューリヒに移動し、18日にチューリヒからフランクフルト経由で、日本に戻ってきた。

 旅行は、一言でまとめれば、有意義だった。
 楽しいこともあった。辛いこともあった。
 でも、周囲が次々と海外を回避する中で、行って良かった、本当に心からそう思う。

 そして1つ思い出した。進むか、退くかで迷うとき、無謀はダメだが、退いて後悔するよりは、前を向いて進もう、それが俺の生き方だった筈であることを。
 それだけでも、今回の旅は良かったと思う。

 詳細はまた「別館」としてHPにするつもりだ。良かったら見て欲しい。
 フランスの裁判傍聴や、ナチス関係の資料館、美しい景色等、いくらでも語ることがあるのだ。

2001年10月9日 アフガン戦争が始まって
 とうとう始まってしまった。戦争である。

 私個人としては、11日からドイツ等に行くことになっているので、全く迷惑な話だ。
 もしもテロが再び起こり、私の身に危険が生じたら、小泉は泣くくらいはしてくれるのだろうか。
 まあ、間違いなくその時は私が小泉を呪うであろう。

 純個人的なことはさておき、ホンマにこれが、世界の平和にとって正しい道だったのか。

 少なくとも日本の平和にとっては、マイナスだ。
 日本も、事実上参戦するのであるから、テロの標的となってもおかしくない。
 私が現在見分する限り、日本政府等は、日本の米軍・米国施設の警備は、確かに強化している。また、航空機の警備も強化している。
 しかし、新幹線や、原発施設はどうであろうか。特に新幹線は荷物のチェックもなく、また、高架線に爆弾が仕掛けられるという可能性等も全く無視されている。
 小泉は、参戦するしないも大切だが、国民の生命身体の安全への配慮をしているのであろうか。疑問だ。

 次に、世界レベルでも考える。

 アメリカ、イギリス以外にも、ヨーロッパ諸国を中心として、直接間接に今回の攻撃に協力する動きは広がっている。
 しかし、本当に武力で解決する問題なのだろうか。
 軍事作戦を開始した以上、空爆だけではなかなか成果は挙がらないから、地上での戦いも強いられる。
 米国は、北部同盟をけしかけるようだが、そうだとすれば、内戦を激化させるために、空爆したようなものだ。それでええんやろうか。
 力で争えば、必ず被害が出る。必ず新たな紛争が生じる。確かにテロは許されない。しかし、もう20年以上も、戦争が続いてる国に、更に追い打ちをかけてええんやろうか。そもそも、テロをこういう手段でホンマに壊滅できるのやろうか。食料を空からばらまくこと、これ自体は賞賛されることだが、それと戦うことは別問題ではないか。
 まとまりのない文章だが、要するに、「時間がかかっても戦う」ならば、「時間がかかっても平和的解決を目指す」べきだったのではないか。

 そして、そもそも、テロの出発点は、(それが絶対的に正しいかどうかは別として)アメリカ・ブッシュ政権が、パレスチナとイスラエルとの間の和平交渉の仲介に極めて消極的で、極端にユダヤ寄りだと思われても仕方のない行動をしたことであることを、忘れてはなるまい。
 一国主義は、軍事作戦に参加しないことではなく、不誠実な外交態度によってもたらされるものだ。日本も、ただ、軍隊を出せば国際協調だと思うのはやめた方が良い。アメリカも、そもそもテロという組織を軍隊だけでは破壊し切れないのであるから、テロが起こらないような、平和的外交関係の構築を、もっと考えた方が良い。

 いずれにしても、戦争は始まってしまった。
 戦争が拡大すれば、平和は遠のく。そのことをブッシュを始めとした世界の指導者が、理解してくれて、早く集結させてくれると良いが・・・。

2001年10月7日 弁護士会の研修を終えて
 昨日今日と、日弁連(霞ヶ関)で弁護士会の研修があった。
 行くまでは、なんで弁護士になってからも研修なんてあるねん、と思っていたが、しかし、佐藤先生の講演以外にも、弁護士報酬の話などは大変参考になった。

 勉強面以外で1つの反省と、1つの感想がある。

 まず反省から。今日、朝、寝坊してしまったこと。
 新しいスタートなのに、朝10時集合なのに7分も遅れてしまった。
 幸い、10時10分までに着いたので、義務研修の履行遅滞としてもう1回受けて下さい、という話にはならなかったが、ホンマに以後気を付けたい。
 司法修習最終日といい、少しここ数日、時間にルーズになっている自分が情けない。

 もう1つは、こんなルーズな俺が書くことはおこがましいかもしれないが・・・という話。
 今日の研修終了後、日弁連のホールで、歓迎会が行われた。
 弁護士の先生が3人ほど挨拶を行ったが、挨拶中も、めちゃめちゃうるさかった。ホンマに酷かった。

 今、我々法曹、特に若い法曹は、常識がないとか、教養がないとか言われて、批判の対象になっている。
 でも、私のように遅刻したり、私ではないが、人の挨拶中に小学生のような醜態をさらしていたら、批判がその通り、ということになってしまう。
 本当に今日は人の事を言える分際ではないが、このままではいけない、仕事ができることも大切だが、もっと社会人としての自覚を持たねばならない、本当にそう思った。

2001年10月5日 2回試験合格
 色々あったが、昨日、2回試験に合格した。
 要するに司法研修所の卒業試験だ。現在午前4時。今日で司法研修所を後にする。そして、明日からは(実質的な仕事をするのは少し後だが)、資格の上では、なんと?弁護士なのである。

 司法試験に合格したときも書いたが、本当にここに至れたのは、周囲の人のおかげだったと思う。
 ゆめゆめ自分一人の力などと思ってはいけない。

 また、逆に、弁護士という資格を得てしまう以上、自分が弁護士を代表していることも忘れないようにせねばなるまい。今、特にこちらの方を強く意識する。

 わかりやすい例かどうかは分からないが、1つ例を書きたい。

 実は私は、10月の11日から海外旅行に行くのだが、当初の予定では、スイスエアーを使う筈だった。
 ところが、ご承知のように、スイスエアーは倒産。私は、経営危機が表面化した火曜日の午前1番に、H.I.S(旅行代理店)に電話したが、その担当者は「まあ様子をみないと分からない」と言って、火曜、水曜と連絡をくれなかった。
 そうこうしてるうちに、水曜中には、全世界のスイスエアーが止まってしまう。私の友人で、同じ11日に、同じ関西空港から、同じスイスエアーを使う予定だった人のところには、水曜日のうちに、代替便をどうするかの連絡があったらしいのに、私のところにはそれがないのである。
 当然、H.I.Sに不信感を抱く。しかし、迅速な対応をしてもらえた私の友達も、同じH.I.Sに頼んでいたのである。会社の違いではない、担当者の違いなのだ。担当者が、会社を代表しているから、私はH.I.Sを悪く思い、友人はH.I.Sを良く思うだろう。

 一応フォローしておくと、私が丁寧に、しかし重苦しく苦情を木曜日に言うと、私もきちんとした対応を木曜日に受けることができて、きちんとヨーロッパに行けることになった。
 これは、当初の担当者とは別の方がやってくださったのだが、これで、私の中のH.I.Sの株も、回復する。

 何が言いたいか? ちょっとつたない説明なのでわかりにくいかもしれないが、要するに、個々の社員が見事にH.I.Sを代表しているのである。

 弁護士とて同じ。
 私の依頼者が、私に不満をもてば、きっと、弁護士そのものに不満を抱くことになるだろう。
 私があんまり我が儘ばっかり言ってると、事務所や、大阪弁護士会、弁護士そのものの評判、信頼が落ちることを、本当に心して頑張りたい。
 そうすれば、私1人の活躍でも、事務所、大阪弁護士会、弁護士そのものへの信頼も、きっと高まってくれるだろうし・・・。

 午前4時に、部屋の引っ越しの準備を終えて、何を書いてるのか自分でもよく分からないが、とにかくそう思う。

p.s. 俺の祈りは、彼の地に届くだろうか・・・。あ、本文とは関係ないです。

2001年10月1日 色々
 2001年バージョンとしてのHPの全面リニューアル、どうだろうか?
 余り変わっていないといえば、その通りだが、全体に青と白の色を基調として、HPの統一感、使い勝手の向上を目指したのだが・・・。

 さて、今、私は2回試験、要するに司法研修所の卒業試験が終わりホッとしてるところだが、10月4日にはその結果が発表されてしまう。
 なんと、不合格者のみを発表するらしい。
 恐ろしい。とっても怖い。

 でも、他方では、合格を前提に色々なことを始めてる。
 例えば、先週末は京都に戻り、10月11日から行く予定の海外旅行の準備をした。
 そう、2回目の海外旅行にして、初のヨーロッパ進出を狙っているのだ。

 HPのリニューアルも、私自身の、転換期であることを意識したものなのかもしれない。
 新しい自分のスタート、それに合わせて、HPも・・・。
 さて、10月4日、新しい自分をスタートできるのだろうか?
 弁護士に無事なれるのか?

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