藤本一郎の「つれづれなるままに」
2000 4月〜 9月

2000年9月25日 京大は分かってない!!

 昨日、嫌な噂を聞いた。

 現在京都大学法学部には、法学部公認の学術サークルが6つ程度あり(国法研、国政研、民法研、憲法研、ユニセフ、あと何だったっけ?)、それぞれがおよそ30年前から、学内の一部を占有してサークル活動を行っている。
 ところが、これらのサークルの部屋(我々は通常「ボックス」と言う)を潰して、院生の研究室にしようとする動きがあるらしい。
 大変ふざけたことだ。

 はっきり言うが、私は、大学の院生の部屋を確保するよりも、これらのサークルの部屋を維持する事の方が重要だと思う。
 学部学生が大学という環境の中で、色々思い思いの勉強をし、青臭いことも語り合い、恋愛もし、友人も作る場、それは、研究者がねちねちする場を増やすよりも当然重要だ。
 研究者の全員がこういう発想だとは思わないが、彼らの、学部軽視の思想が目に見えるようで、本当に嫌になる。

 大体、彼らは教育がなんたるかを考えずに、自分の研究だけに没頭している。
 最近文部省もようやく重い腰をあげて、教授等の大学の教育者について、論文などの研究実績だけを重視して登用することを改善するよう省令を改めることにしたらしいが、これも当然だろう。

 いやしかし、こういう感覚のまま、大学が、実務教育としてロースクールをやっていけるとは到底思えない。京大も、何が真の、現代のアカデミアをきちんと考えて、妙なことをするのをやめねばならない。


2000年9月6日 ボランティア?

 政府・与党は5日、小・中・高校生にボランティア活動など奉仕活動を義務づけるための関連法案を、来年の通常国会に提出する方針を固めた。
 奉仕活動の義務化は、森喜朗首相の私的諮問機関「教育改革国民会議」(江崎玲於奈座長)が、22日にまとめる中間報告に盛り込まれる見通しで、政府・与党は国民会議の提言をいち早く具体化することで、教育改革に対する森政権の積極姿勢を示すつもり、らしい。

 しかし誰しも感じるだろうが、「ボランティア」とは、自主的にやるからボランティアなのである。義務づけられたらボランティアとは言わない。
 国民会議によると、高校生1ヶ月程度の「ボランティア」を要求するそうだが(まあ呼び名は「奉仕活動」らしいが)、これをもしも夏休み中にしろ、と言うなら、ボランティアの押しつけに加えて、「サービス残業」のようなものすら強いるようなものである。

 まあ、とにかく、今の教育問題をなんとか解決したい、という気持ちは分かる。何でも反対すれば良いとも思わない。でも、この方法が良いのかは、もっと検討して欲しい。森総理の具体化した法案としてこんなんしか名前があがらないなんて・・・。森氏こそ、外交活動でも「ボランティア」して、多少はプーチンとかに言い負けないようになってもらいたいものだ。


2000年9月3日 たまには

 たまには、司法修習生の1日というものを聞いてみたい、というご要望があった。
 ということで、少し思い出しながら書いてみる。

8月24日(木)
 この日は仕事が終わった後、大学時代のゼミの合宿に後輩が誘ってくれたので、行ってみた。
 場所は山陰線の和知という、福知山より少し京都寄りの駅から、車で25分位行ったところ。
 午後5時30分には裁判所を出て、自宅(京都)に一旦帰り、それから山陰線に揺られて行く。
 卒業生であるし、場違いだと思いながらも、後輩や佐藤先生が暖かく迎えて下さって、色々騒ぎながらも少しだけ感動。
 先生とは、当時4回生の時の合宿で午前3時まで議論をしたせいで、先生の体調をおかしくしてしまった「前歴」があるので、まあ最初は後輩とわいわいやっていたのだが、気づいたら先生と対決していた。
 日本の新しい法曹が開かれたものであるものになるように要求したが、しかしそれは最終的には国会で決めるもの。そう、私たちが作るのであって先生(現司法制度改革審議会会長)は素案を作るだけなのだ。そのことを私も胸に刻んだ。
 結局この日は徹夜。翌日も修習があるのに。

8月25日(金)
 朝6時30分、合宿の宿を出る。
 後輩が駅まで車で送ってくれた。7時5分発の京都行きに乗り込み、この間に精一杯睡眠。大阪地裁に着いたのは9時30分ぎりぎりだった。
 この日の午前中は某有名事件の公判だったが、かなり居眠りをしたことを、素直に懺悔して報告する。なにせ私はこのHPを見てくれている人みんなの税金で修習をやっている。悪い行いも、ある程度はちゃんと言わないといけないだろう。
 ただこの日は午後から施設見学(だから合宿にも行った)。某少年鑑別所を見学した。

8月28日(月)〜
 いつも通り裁判所に行く。
 そろそろ担当している合議事件の結審。ある事件は火曜に結審だった。結審後数日すると、裁判官3名による合議が行われる。
 そこで実質的な裁判の確定というか、意見の集約がなされるので、修習生は、その会議の資料を作成するのだ。
 どんな物を作るかは、お見せできないが、まずは膨大な資料の要約だと思ってくれたらいい。
 その上で事実を整理する。事実の整理と言っても、この時点で事実は1つではないから、たいへんだ。
 どこかで争いのある事件の場合、検察官の言う事実と、弁護人の言う事実は異なる。また、証人と被告人でも異なる。これらを突き合わせて、1つの事実がどれなのかを考える。
 1つの事実について確信を得る方法は色々ある。例えば、被告人が捜査段階と公判段階で違うことを言っているとしよう。大抵は、捜査段階の言い分が正しいというのが検察側、それは間違いというのが弁護側だ。検察官は、調書を物語形式という、つまりは、言いたいだけ被告人に言わせ、あるいは聞いた後で、それを物語の形に整理した物を提出してくるから、被告人は自分の調書でありながら、意図しない物が作られてしまう可能性があるのだ。だから、調書から事実を考える時は、私個人は慎重でなければならないと思う。ただ、検察官も警察官も自己の正義心でそれを作ってるのもよく分かる。いくつかある調書を作成日順に並べてみて、不合理でないかどうか、何故この日に供述が変わったのかとかをチェックすることもある。

 事実と同時に調べなければならないのは、量刑とか、他にも色々ある。量刑についてだけ付言する。
 量刑は「相場」というものがある。ちかんなら罰金5万円(まあこれは条例の上限でもあるが)、覚せい剤使用の初犯なら懲役1年6月執行猶予3年、と言ったものだ。ノックの判決も「相場」通りだった。
 相場がはっきりしない点があったり、私のようにまだ相場を良く分かっていない者は。似た事件を探すのだ。量刑も、できるだけ公平でなければ、みんなが、特に被告人が納得しないだろう。
 ただ、被害者はこの量刑で納得するのか、疑問に思うこともある。逆に、この事案で実刑は厳しい、と思うこともある。これは私が間違ってるのか、変える必要があるのか。それを学ぶためにも、まずは現に行われている実務の修得を済ませておかなければならない。

 月曜と火曜は、事務所訪問にも行った。
 事務所訪問とは、弁護士志望者が、弁護士事務所を訪問することを言う。一種の就職活動である。ただ、10月までは公式には、ただ見せて貰ってるだけ、ということに大阪ではなっている。
 事務所訪問に行くのはとてもためになる。色々な弁護士の考え方を知る良い機会だ。あと、自分がいかにまだ小さいかを思い知る。逆に夢も抱く。すごい人に会ったときは、こんな弁護士になりたいと思う。年輩の人に会えば、俺の夢や、法曹界の将来を語ってみたりすることもある。
 ただ疲れてる時は辛いこともある。実際この週、先週末からの無理が祟って、水、木と高熱を出してしまった。
 私という人格が正当に評価される日は来るのか。早く内定を貰い、早く実務家になりたいと願う日々である。

・・・と言う感じです。分かって貰えたかなあ?


2000年8月8日 司法試験制度改革?

 文部省の司法試験制度・ロースクールの検討会議は7日、政府の司法制度改革審議会に、新しい司法試験制度の中間報告をした。

 原則3年、例外2年のロースクール卒業者に司法試験の受験資格を制限し、また、司法試験の受験回数も3回に制限する、というのがその内容だ。

 確かにロースクールという学校は、多数の優秀な人材を育てるのには必要かもしれない。
 ただ、本当にこの案通りとなると、例えば「だからあなたも生き抜いて」で一躍有名になった大平光代さんのような、あまり金銭的に恵まれない人が法曹になる道が閉ざされてしまう。はっきり言って、今回の案は金持ちの案だ。

 ロースクールというのは、多数の実務教官を抱えることになるから、中間報告がいう、1クラス50名の実習を確保しようとすると、米国ロースクールの例からしても、1年間に200万円は下らないだろう。奨学金を確保するとしても、3年間の生活費等を考えると、やはり従来のような、貧乏学生にも平等に機会を、ということではなくなる。
 これに対し、「伊藤真の司法試験塾」等の予備校に払う金を考えると、それでも安い、と考える人もいるかもしれない。しかし今の制度下でも、まさに私のように予備校はほとんど利用せず、大学の仲間と共に勉強することをメインとして、極めて安く合格する人もいるのである。大平さんだけじゃない、私だって、この案に従えば、あと5年遅く生まれれば、法曹になれなかったかも知れないのである。

 であるから、少なくとも年間500名程度は、現行制度による試験と修習を残すか、あるいは、ロースクールの合格を司法試験受験資格から外すか、どちらかにして頂きたい。単に試験を簡単にすることが法曹を良くすることにはならない。むしろ、今回の案は、独立行政法人化を睨んだ、大学ロースクールの付加価値創出の一環にしか見えない。

 最も重要なことは、法曹に相応しい人がなることができる体制である。中間報告では、門戸が結果的に狭まり、試験は受かりやすくなるかも知れないが、法曹の質はかえって下がるのではないか。技術的にはどうか分からないが、少なくとも、ハートという点では。


2000年8月6日 これでいいのか

 今日は55年目の広島・原爆の日である。

 朝、新聞のTV欄を目にした私は、正直驚いた。
 8時15分を挟む時間帯は確かに広島平和記念式典の中継等がある。
 しかし、それ以後は全くないのである。NHKすらない(9時から少しありました・・・ゴメンなさい)。
 もしもこれを過ぎて目覚めた人がいたなら・・・今日は日曜日、かなり多くの人がそうだろう・・・55年前の今日、広島に原爆が投下され、当時人口約40万人、日本で6〜7番目の大都市が、一瞬で灰となり、20万人が亡くなったことなど、いっこうに気づかないであろう。

 個人保護法や、盗聴法(通信傍受法)の適用に関して、マスコミ各社は、「知る権利」を盾に、マスコミの取材・報道に対して特別扱いを求めた。しかし「知る権利」の権利享有主体は、あくまで我々一人一人であって、マスコミそれ自体ではない。マスコミが権利ばかり声高に叫ぶ一方で、簡単に原爆のことを風化させ、その社会的責任を果たそうとしない姿は、全く情けないの一言だ。

 今日、これだけしか報道されないことの全責任がマスコミにあるわけではない。我々一人一人が、本当にあの原爆に興味を失ってるからこそ報道されないとも言えるからである。しかし、本当にこれでいいのだろうか。

 長い歴史を振り返れば、戦争は必ず繰り返され、その度毎に、より激しい「高度な」戦争が行われてきた。しかし、あの原爆を用いた戦争以上の世界大戦が起これば、もはや人類世界は生存できなくなる。あの戦争を忘れることは、再び、そして人類最後の戦争を許すことになるのである。もし人類に英知というものがあるなら、今度だけは、戦争や、原爆を忘れる訳にはいかないはずである。

 誰も、まともに原爆を語らないなら、せめてこの小さいHPのスペースに、私が書いておく。せめて今日だけでも、少しだけでも、平和について考えねばなるまい。

 広島市平和宣言 平成12(2000)年8月6日 広島市長 秋葉忠利


2000年7月10日 関西に戻って・・・

 7月1日に、関西に戻った。
 これから1年間は大阪で実務修習なのだ。
 当面は学生時代に住んだ京都のワンルームに再び居を構える。京阪電鉄のダイア改悪のあおりを受けて少し予定よりも通勤時間がのびてしまい、1時間20分程度かけて大阪地裁に通う。

 戻って10日、当然修習のことも書きたいことがいっぱいだが、それとは別に1つ、悲しいことがあった。
 大学で、みんなに愛されていたスーパーアイドルのミーコが死んでしまったことだ。

 6月に戻ったときに、もうかなりやつれていたので心配ではあったが、前の冬を乗り切ったことだし、もう少し、と思っていたのに。
 彼女の為ではあるが、避妊手術をしたために、子供がいないのも、今となってはちょっと寂しい。

 まあ、そんなこともあるが、なんとか関西の暮らしを送っています。あとは、まずは就職先を決めること、かなあ?


2000年6月24日いよいよ投票

 25日、日曜日はいよいよ投票日である。

 私も、住民票が京都なので、わざわざこれだけのために、京都に戻る。
 じゃあ、今回の選挙が特別面白いか、というと、そうではない。でも戻る。

 何故か、それは、(1)総選挙はその後3〜4年の政権を選ぶ大切なものであるし、(2)いつもこのHPでも主張してるように、選挙は「1番いいところを選ぶ」のではなくて、「1番悪くないところを選ぶ」ものであるからである。

 第一の点については、自明だろう。
 与党が勝てば森政権は続くし、仮に森が1年後とかに代わるとしても執行部の力は落ちないから、同じ様な首相が誕生するだろう。
 逆に与党が負ければ森政権は退く。これは総選挙ではないが98年の参議院選挙の時にも、我々は実感した筈である。

 とはいえ、良く、森はいやだけど自民党は好きだから小選挙区では自民党所属の議員に入れるという考えを聞くが、それは私に言わせると間違いだ。
 なぜなら、自民党が勝つと森は辞める理由がないからだ。世論調査で森を支持しなくても、実際の選挙がそうなれば同じことだ。
 国政選挙である。国の行く末を選ぶ選挙であって、候補者も重要ではあるが、2の次な筈だ。地元の橋とか公共事業のことは、国政の問題じゃない。

 だから、森は嫌だけど自民、は成り立たない。与党候補に入れることは、小選挙区、比例を問わず、堂々と森政権を支持する人が入れればいい。

 じゃあ、森は嫌という人はどこに入れるべきか。

 小選挙区は与党以外の候補で、一番勝ちそうな候補に入れるべきだろう。そうすれば与党が負けるからだ。それは地域により民主、社民、共産それぞれだろう。
 本来は野党も小選挙区制を前提とする以上、候補者を統一すべきなのだが、それが出来ていないのは本当にもどかしいが、仕方ない(この点に限れば、野中自民党幹事長はすごいと思う)。

 比例区は、野党の中で好きなところでいい。それが比例の趣旨・・・多用な意見の反映につながるからだ。

 とはいえ、頼りになる野党があるのか。それは私も疑わしいと思う。

 しかしそれが私の指摘する第2点だ。完全を求めてはいけない。「よりまし」なのはどっちかで決めるしかない。

 政治は3、4年の我々の方針を決めてくれる。何百兆もの金をつかって、国地方合わせて600兆円の借金となって、GDP1%(今7兆円相当かな?)を上げたのが今の政治だ。だから、つまらないとか、いいところがないとか言って棄権するのではなく、森政権が続くのと続かないのと、どっちが「よりまし」かを考えて、意思表示しなきゃいけないと思う。ここではあくまで私の意見を書いてるが、森政権にもきっとどこかに「功」の部分があったのであろうから、それと「罪」を比較し、その結果をみんなが示すべきだろう。

 意思表示できるのにしない人が文句を言うことだけは、ないようにして欲しい。

 私は京都との往復に2万5千円を使うが、少なくとも投票にその価値位はあるだろう。


2000年6月17日司法修習生亡くなる

 今週火曜日(13日)、和光の司法研修所いずみ寮内で、修習生(男)が亡くなった。
 死因等は私は知らない。くも膜下出血との話しもある。

 司法修習は、昨年より2年から1年半に短縮されたが、密度は従来のままを維持しようと、過密日程が組まれている。
 一般企業の1年生よりも忙しいかどうか、これを出されると忙しくない、というしかないのかも知れないが、ただ、やはり1年半にしたことの無理が出ているのではないのか?

 しかも、研修所は我々修習生に対して、施設内で起こったことであるにもかかわらず、今のところ全く説明がない。

 増員も結構。でも、まず今の修習を2年間という期間で充実させて欲しい。これは修習生の我が儘なのか?


2000年6月1日 総選挙情勢

 さて、いよいよ選挙シーズンである。

 各種世論調査も出そろっているが、今回は「神の国」発言にも関わらず、野党が予想よりは苦戦するだろう、と見る。

 最大の問題は、選挙協力の態様である。

 自民公明保守の与党三党は、共通の「民主党批判」ビラを作成したり、かなりの選挙区で選挙協力を実施しており、公明=創価学会票の一部が地方レベルで友愛系議員に流れるとしても、小選挙区制度を熟知した選挙態勢を敷いている。

 これに対して、野党は、どの党も比例区での得票確保の為か、選挙区に実力以上に候補者を立てすぎだ。民主党は、今回の選挙で政権を取る位の勢いを内部で持たねば、永遠に政権奪取できないのではないか。共産党との協力は難しいとしても、自由や社民とはどうなのか。また、野党間も、政策協議抜きで「共産党アレルギー」を言っていて良いのか。確かに共産党と組めばアレルギーある支持者の反感も買うだろうが、努力くらいはしてはどうか。小選挙区という制度に対して、この布陣でいいとは思えない。

 関ヶ原の戦いでは、西軍の方が多勢だったが、主戦場では東軍の攻勢に対して西軍は2/3程度の軍勢で戦い、最後には背後に裏切りが生じて敗北した。世論は与党に厳しいが、戦い方を間違うと結果は変わる。世論と結果の不一致が仮に生じた場合、その責任はかなり重い。我々の4年に1回の権利行使をきちんと確保してもらいたい。

 ・・・まあ、政策論争が第一、な筈なんだけどね。ちなみに私は司法制度改革について一番良いと思える政党に投票するつもりです。


2000年5月31日 事務所訪問

 最近の私について。

 修習も「起案」という文書の作成が忙しくなってきたが、もっと大変なのは事務所訪問である。

 事務所訪問とは、要するに司法修習生の就職活動。大体6時30分とか7時に東京の大手町とか麹町とかの事務所に行くのだ。
 私はまだ少なくて3つしか行ってないが、東京100%志望の人は10は行ってる。私も、関西志望が基本ではあるが、ボス弁との相性で事務所を決めたいので、6月はかなり回るつもりだ。
 手帳を見ると確定してるだけで9つは行くことになりそうだ。

 実は昨日も某中堅の事務所に行ってきた。修習は勉強が本分だと思うので、訪問過剰になるのは良くないと思いつつも、6月はそうなりそう。みんなの税金で司法修習をやらせて貰ってる身でもあるし、なんとか、勉学成果をあげつつも、自分の就職活動も頑張れると良いのだが。

 余談だが、弁護士事務所があるビルには必ずスターバックスがある。関東ではこれは当たり前なのかな? 


2000年5月11日 落選運動?

 一部市民団体が、韓国の総選挙に見立てたのか「落選運動」を行っているらしく、そのリストが公開された。

 投票のやり方等、疑問もあるが、新聞を見た限りの意見をすこし。

『自民党の野中広務幹事長が2位になったことについて、幹事長室事務局は「一貫して平和主義を貫いている野中幹事長を『反憲法的』とはどういうことか、理解できない」と話す。』

 まずは、ここだけはおかしい。
 靖国神社に関して、明らかに憲法に抵触する発言を行っていて、今更何を言うのか(つれづれ99年8月6日参照)。

 ・・・まあ、とにかく、投票日は6月25日らしいし、俺も京都戻って投票しようと思うので(翌日が起案なのは辛いけど)、そろそろみんな関心もとうぜ。

 今回の落選運動にしても、選挙関係の表現行為が色々増えることは、いいことなんだろう。その限りで好意的に受け止めたい。


2000年5月2日 弁護士の必要性

 昨日、修習友達の知り合いが起こした交通事故について、相談を受けた。

 詳しい内容はここには書けないが、父親の車を運転して事故を起こし、後遺症の残る傷害を負わせ、保険代位してきた保険会社から損害賠償請求を受けているらしい。
 請求額は、7000万円以上。利子だけでも年間400万円となる。

 この知り合いの人は、金銭的問題から弁護士を頼みたくないという。

 成る程、規定に従えば着手金だけで300万円程度、訴訟になった場合の成功報酬が600万円程度もかかる(無論経済状況により、ある程度は割引可能で、弁護士会の規定に従えば3割は下げても良い)。
 すごい大金である。

 ただ一方で、弁護士に頼むのと頼まないのとでは雲底の差がある。

 900万円の価値の何倍もの仕事をこなせるのである。具体的に書けないのは残念だが・・・。

 もっと弁護士の仕事を紹介し、具体的に弁護士がいればここが違うというのをアピールしていかねばならない、そう思った。
 10月からは宣伝も自由化されるし、私も、もっと弁護士を知ってもらい、また私が弁護士となった以後は私の存在をアピールする(勿論、私自身がそれに耐えうる能力を備えなければならないが)ことを頑張りたいと思う。

 しかし、この人は、本当に弁護士なしで年間400万円以上支払っていくのだろうか・・・。心配だが・・・。


2000年4月18日 和光からこんにちは

 和光に来て少し経ちます。

 司法修習は、予想以上に肉体的、精神的に厳しく、結構疲れてます。

 でも、やっぱり実務に直結する内容だけあって、充実はしてる。
 初の給料を昨日貰ったが、「社会人」を多少なりとも実感できた。通帳見て、更に充実感を感じた。

 京都より良い生活、とは決して言えないが、しかし、ここで勉強しながら給料もらって生活できる事に、本当に感謝、だ。
 え、ふみよ、14万はどうしたって? まあまあ・・・・。あー、そういうキャラがいないのはちょっと寂しいかな。


2000年4月5日 京都からいよいよ

 今日が京都最終日。まだ下宿は残すけど、とりあえず3ヶ月は和光だ。
 色々思い残すこともあるが、行く日が来てしまった、そんな感じだ。

 心残りを2つほど書きたい。

 一つは、中庭の桜の満開に間に合わなかったこと。
 昨日の晴天で、一部開花し始めたが、去年は7日にもう一部散り始めていたことを考えると、ホント残念だ。

 もう一つは、京大法学部猫、ミーコのこと。
 先日は吐血したらしい。あいつももう歳。苦しい時に離れていかねばならないのは、寂しいし辛い。

 特にミーコについては、7月に、もう1回だけでも、元気な姿を見たいな。

 さて、明日は和光、寮生活のスタートだ。
 無事ネットにつなげられれば、また色々な司法修習ネタを書けると思う。あと、小渕のお陰?で、選挙が早まったし、ここも本格的に更新しないとね。

 でも来週、いきなりテストだったりするんだよねえ・・・・。

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