藤本一郎の「つれづれなるままに」
1999 4月〜6月

6月13日 近況

 いやはや、択一合格するとやっぱり勉強がとても忙しいのです。ちょっと疲れてきました。肉体的にも精神的にも。

 しかし野球は面白いですね。この調子で阪神が頑張ってくれるとプロ野球盛り上がるし。

 勿論個人的には広島カープが優勝してくれないと話にならないですけどねっ。あと、最悪最低でも中日よりは順位上でないと、髪赤く染めないといけないんで・・・。

 まあ、暇見つけてはHP更新頑張るんで(ネタはいっぱいあるんです・・・多分)、「藤本大学」を見捨てないでねっ。


5月31日 盗聴法から考える

 自自公の賛成でいわゆる「盗聴」三法が成立しそうである。

 盗聴は、捜査機関にとっては欠かせない面もある。例えば薬物犯罪では、犯罪実行行為そのものが一般社会の見える所で行われないため、その立証は困難である。あるいは、オウム事件などで見られたように、組織的殺人においては、その組織内部の情報を事前に察知しなければ、未然に大犯罪を防ぐことは困難である。

 こういう意味では、盗聴の必要性は、確かに認めうる。

 ただ、捜査では、必要性があるからすべて正当化しうる訳ではない。それを許容しうるだけの手段の相当性も必要である。

 まず、今回の盗聴法では、捜査の対象として、電話と電子メール情報が挙げられている。電話・電子メールは、仮に一方当事者が犯罪に関係する人物であったとしても、もう一人はただの一般人であることの方がむしろ通常である。その普通の人のプライバシーを侵害することが、相当といえるかどうか。

 次に、今回の法案では、前述の麻薬犯罪、組織的殺人など4つの犯罪に限って盗聴を認めるが、実際の電話・電子メールでは、当然他の犯罪に関係する事実・犯罪に関係ない事実も記録される。結局、その4つの犯罪目的で行っても、全部の犯罪に対する事実の盗聴を認めることにつながる。これを防ぐには、仮に4つの犯罪につき盗聴を認めるとしても、4つの犯罪以外の訴因の証拠とすることを禁じ、かつ、これに反して他の犯罪で公訴した場合は、公訴権濫用として将来の違法捜査を抑止する等の立法が不可欠である。が、今回の法案はこの辺が明確とはいえない。

 ところで、今回この法案に賛成している政党は国家の権威を重視する傾向、反対している政党は国民の権利をより重視する傾向を見て取ることが出来る。

 公明党が自自と組んだことで、今回の法案にも現れているように、日本でも政党をゆるやかな2つの潮流に分類することが可能なことが分かる。果たして、私たち一人一人が「よく生きる」ためには、どちらの「流れ」がよりよいか、近く予想される総選挙に向けて、一考しておくべきだろう。


5月28日 司法試験・短答式合格発表

 昨日、司法試験短答式の合格発表があった。
 お陰様で、私もなんとか最初の関門は突破できた。

 以前の「つれづれ」でも書いたように、今年は自分的には大失敗だったにも関わらず、よく通ってくれたと思う。

 司法試験制度を知らない人の為に言うと、短答式は、大学入試のセンター試験みたいなもので、60問(憲民刑20問ずつ)の択一問題。この試験を約33000人が出願し、約6000人(今年は5717人)が合格する。そして7月に論文試験(いわゆる「六法」(憲民刑の他、商法、刑事訴訟法、民事訴訟法)から出題)があり、ここで約1100人にまで絞られ、最後の10月の口述式(面接)で1000人になる。つまり、本当の勝負は7月の論文試験なのだが、しかし択一も結構なクセ者で、今年もすごい実力ある先輩でも落ちてたりしてる。一度5月に落ちると、また来年の5月まで地味に頑張らねばならない。その意味で、望んでやっているとはいえ、辛い試験ではある。

 ・・・しかし、泣き言は言ってられない。現役で大学に入り、4年で卒業した者と比べて、私は2年遅れている。・・・頑張らねば・・・。


5月16日 選挙制度

 難い話になる前にひとこと。「恋に落ちたシェークスピア」見ました。良かったです。最後少し不満だったけど・・・ぶうぶう。でもそれ以外はほんとに良かった。

 今年は衆議院議員選挙が予測されるからか、自自公の選挙協力+選挙制度見直しが進みそうだ。

 キーを握るとされる公明党の主張する選挙制度は定数450、各選挙区定員3の中選挙区制度の創設である。

 ところで、現行の小選挙区比例代表並立制の問題点は多く指摘されているが、私が問題点(論点)と思う点は以下の5つである。

  1. 小選挙区と比例代表の人数比(現行300:200)
  2. 小選挙区と比例区への重複立候補制度(現行は可能)
  3. 小選挙区では、死票の発生の問題
  4. 比例代表では、拘束名簿式(有権者は政党に投票)が良いのか、非拘束名簿式(有権者は政党に属する候補者に投票し、それが政党に加算される)が良いのか(現行は拘束名簿式:参議院も同じ)
  5. 比例代表制度特有の問題とまでは言えないが、政党で選ばれた候補者が、党籍を変更したり、選挙時には存在したが消滅した政党の名簿登録者が後日先順位議員の死亡等議席喪失により当選してしまう妙

 たまには1つずつまじめに論じてみよう。

 まず1について。

 実は選挙制度改革が公明党他各党から盛んに言われるようになったのは、今年初頭の自自合意(比例区の議員数を現行200から150に削減)にある。
 これは、小選挙区重視の傾向が一層強まり、弱小政党には厳しい案であり、野党各党は自自合意に反対した上で、対案を主張せねばならなくなった訳である。

 では、そもそも現行の300:200という比率はどうなんだろうか。

 選挙制度は、多数代表制(有力政党が勝てる制度)である小選挙区制、少数代表制(支持者の少ない政党でも勝てる制度)である中選挙区制や比例代表制と、色々だ。
 ただ、どれが劣っているとか、どれが優れているという事は一概には決められない。たとえば後述のように小選挙区制度は死票が多いという問題はあるが、二大政党制を導きやすく、政権交代が起きやすい制度というメリットもある。比例代表は得票数に完全に比例した議席数が割り当てられて公平な気もするが、しかし一党が(比例で)過半数を取ることが難しく(自民党分裂前でも、参議院比例区のみで自民党が過半数を取ったことはほとんどない)、一般には政治が安定しないと言われる。

 以上をふまえれば、折衷的に小選挙区と比例代表を並立させることにも、それなりの意義がある。

 すなわち、原則として小選挙区制により、政権交代・政策論争の起こり易さを確保し、その問題点である死票の存在については、比例代表制度を並立させることで、カバーする。また比例代表制度は小選挙区では当選させられない小政党も生き残る道を残す。

 ただ、これなら中選挙区と変わりがないようにも思える。

 しかし、中選挙区は、同じ区に同じ政党(特に大政党)の複数候補者が存在するから(例えば定数4なら、自民党は2か3人の候補者を立てるだろう)、政策論争が起こりにくい。同じ少数代表制度である比例代表は、拘束式・非拘束式という方式の違いはあるものの、政党に入れるものであって、政党間の無用な争いは中選挙制度ほどひどくない。また、中選挙区は実はそれほど公平ではない。例えば、定数3なら、最大でも3番目に強い政党まで、定数2なら、最大でも2番目に強い政党までしか当選させる見込みがなく、定員の定め方によっては、中途半端に強い政党が、思いもかけない議席数を確保する可能性がある。

 以上のような中選挙区制度の欠点を考えれば、中選挙区制度よりは、小選挙区と比例代表の並立の方が、相当ましであると私は思う。

 相当長い前提を置いたが、では300:200という比率はどうなんだ???

 前述のように、これは小選挙区を原則としつつも、比例を残すことでバランスを保った制度である。
 この点、政権担当政党にとって、過半数の獲得は絶対条件であり、他方で、衆議院可決したものの参議院が否決した法律案や憲法改正において、衆議院で3分の2という賛成がなければならない点(憲法59条2項、96条1項)を考慮すると、円滑な政策運営と強行採決に対する歯止めとの調和の観点から、小選挙区制度における議席配分は、最低でも全体の50%、しかし最大で全体の60%程度であることが望ましいと考える。
 よって現行の配分は基本的に必ずしも不当ではなく、逆に300:150という小選挙区比率を67%にする改正は望ましくない

 そんで、2について

 これは前回の選挙で大問題となった。

 小選挙区で大敗した候補が、比例で「復活」するのは腑に落ちなかった。
 しかも、実際比例で「復活」した議員は、「軽い」と思われているらしく、これでは、衆議院では小選挙区で通った候補が偉くて、比例ではだめという偏見を生む。衆議院議員一人ひとりが「代表」であるとする憲法の趣旨にも反しかねない。

 従って直ちに重複立候補制度は廃止すべきである。ただ、これは現行制度の抱える根本的問題とは言えず、これは現行制度の一部修正で解決できる問題であるから、これを根拠として、選挙制度そのものを大きく変化させると主張することは、的外れである。

 次に3について。

 もうほとんど書いてしまったが、小選挙区制度が死票が多いという欠陥を有することは否定できないが、しかしメリットも大きく、一概に不当とは言えない。
 したがってこの点のみを挙げて現行制度を否定しようとするのは全く的外れである。

 4について

 実はこの問題は重複立候補制度等とも絡む、重要な問題である。

 そもそも比例代表選挙区に「くら替え」することが立候補者にとって嫌われてしまう原因は、現行制度下では、比例代表で立候補しても、地元の支持者に「自分の名前を書いて」と主張できず、従って候補者にとって、自分が選挙活動している、という気にさせない点にある。
 だから、比例に出る候補者もどこかの選挙区に出たい。そこで重複という制度も生まれるという関係にあるとも言える。

 そして、比例区において、有権者が政党にしか投票できないことは、投票の自由の一部制限ともなる。
 有権者は政党が好きであっても、その政党の提出した名簿順位上位の候補者が好きだとは限らないのである。

 また、有権者ではなく政党が政党内候補者の順位をつけることは、政党を過度に官僚主義的にする。比例候補者は、少しでも順位を上位にするため、有権者ではなく政党幹部の顔色を伺わねばならないからである。

 以上のように、比例代表制度における、拘束名簿式は欠陥が大きい。参議院ならともかく、特に有権者の判断が全面に出るべき衆議院で拘束名簿式とすることは大問題である。

 従って、少なくとも衆議院比例代表区においては、強く非拘束名簿式の導入を訴えたい

 非拘束名簿式の具体的選挙手順はこうである。

 まず政党は自政党の比例候補者の名簿を作成する。この点では現行の拘束名簿式と同じであるが、違うのは、順位を政党は全くつけないという点である。

 選挙の際、比例区でも有権者は、政党名ではなく、政党所属の名簿にある候補者1名に投票する。

 そして開票の際、まず、記名された候補者の所属する政党に票が入る。
 例えば、「ぎーち党」で、藤本一郎、藤本二郎、川島愛加が立候補していたとして、藤本一郎が18万票、藤本二郎が20万票、川島愛加が22万票獲得したとする。
 すると、「ぎーち党」では、合計60万票獲得したことになる。そして、この時の有効投票総数が6000万票だとすると、(現行制度の地域ブロック制を無視すれば)「ぎーち党」は、比例区(現行定員200名)で2議席獲得する。ここまでは拘束式、非拘束式同じである。

 しかし、非拘束式には名簿順位がないので、当選も個人の獲得した票に拠る。この例の場合、川島愛加が「ぎーち党」ではまず最初に当選し、藤本二郎が次に当選して、藤本一郎は落選する。

 こうすれば、比例の良さを失わず、有権者はだめ候補を落とすことが可能となり、重複立候補の問題をも解決し得る。

 もっとも、問題が全くない訳ではない。第1に、これでは各候補者は比例区というきわめて大きな選挙区で選挙運動することを要請されるので、選挙費用がかかるかもしれない。また、政党内競争を、中選挙区制度に類似する程度にまで高めてしまうかもしれない。
 が、どちらにせよ名簿順位決定の際に政党内競争はあるわけであるから、それとの比較で言えば、目に見える有権者の前で政党内競争してくれた方が良い。更に、昔参議院でやっていた全国区とは違い、現行の選挙区は地域ブロック制であるから、負担は過度とも言えない。また中選挙区と違い、限られた選挙区内で政党内競争をする訳ではないので、旧来的な利益誘導型の選挙をする必要はない。それに、政党内で足の引っ張り合いをするような政党は、どっちみち有権者が厳しい判断を下すだろう。

 つまりは、非拘束式の欠陥は、拘束式以上とまでは言えない。メリットの方が大きい。  5について。

 これも現行制度を前提として、例えば政党が消滅すれば名簿も無効となるなどの手直し(これは民主党案では提案されているらしい)で良い。


 以上、長々と書いたが、現行制度は多くの問題を抱えつつも、基本的には今のところ、少なくとも消極的には支持し得る。そして、問題のほとんどは、現行制度を前提とした手直しで十分解決できる

 自自の小選挙区300、比例150にする案、公明党の中選挙区・定員3×150=450、社民党の、小選挙区比例代表「併用」制。いずれも、実際に実施されれば各々の政党にとって有利な案ばかりであって、とてもとても現行制度以上のものとは言えない。

 例えば公明党案でいくと、かなり前に指摘した、「中途半端に強い政党が意外に多くの議席獲得」現象が起こることは容易に想像できる。

 公明党は決して過半数は取れないが、創価学会員という強い一部の支持層を持つため、一定数なら常に確保できる。そして、この制度により、150区で一人ずつ候補者を立てれば、上手くいけば80位の当選が見込めるのである。現在の倍以上である。

 私利ばかり図る案のラッシュは辞めて欲しい。飽き飽きだ


5月13日 中国って・・・

 中国での反日機運は高いみたいだ。

 先日、日本人留学生が、中国の大学で中国人とNATO誤爆問題で口論となり、中国人女子学生を殴ったとして、除籍処分とされたらしい。
 その学生が何をしたかはしらないが、日本人留学生の寮には、誤爆問題のデモ隊が来て「日本人なら自殺して謝れ」とか言われて、石を投げられたという。

 日本は、太平洋戦争において、中国全土を侵略・侵攻し、多数の一般人を死に至らしめた。

 これは、日本人の責任であって、これについては素直に謝らねばならない。確かに南京大虐殺の死亡人数は確かに中国の言う程ではないかもしれない(中国では歴史上、何でも大げさに書くことは常識で、例えば古くは「赤壁の戦い」(208年)の曹操軍83万は、実際には20〜30万しかいなかったと言われる)が、しかしその事実自体は否定できない。

 ただ、日本は戦後、中国に対して必ずしも敵意ある対応ばかり取ってきたわけではない。

 いわゆる円借款で、中国に対しとてつもなく莫大なお金を援助しているし、多くの国立大学では、中国人留学生を相当な数受け入れている。

 しかし、一般市民の、日本人の敵意はなくなってもらえないみたいだ。

 先日も、成都の日系スーパーが、「美しい日本」という作文を募集したところ、抗議にあって実施できなかったそうだし・・・。

 思うに、この責任は大部分は日中両政府にあると思う。

 ただ、中国政府のやり方はなんとなく分かる。不満のはけ口を日本にもっていっておいた方が、政策的に国民を制御しやすいのだろう。
 問題は日本政府だ。謝るべき部分は謝らない。援助は中国国民に対してではなく、中国政府にしか見えないものが多い。実をとればいいのに、ガイドライン問題では中国政府の感情を逆なでする言を政府高官が平気で言ったりする。

 日本政府は、中国政府に「やられっぱなし」だ。少しはもっと実をとってくれないと、一般国民である一留学生が、ひどい目に遭わねばならなくなる。国民ひとりひとりにとって実益ある政府であってくれないと・・・。メンツだけでは、中国政府に勝てず、日本国民に益なし、だ。


5月9日 大失敗

 今日は択一。今年は余裕で合格だと主観的には思っていたが、甘かった。

 総択(辰巳)1回目50、2回目54,全択(早稲田)1回目47、2回目53であっても、簡単ではなかった。

 第1に、憲法のある問題で悩んだ挙げ句、空白にした後に、そのまま20番まで1つずつ間違って記入してしまった可能性がかなり高い。

 第2に、第1の難関を乗り越えたとしても、41点という点を取ってしまったのである(ちなみにマークミスを前提に計算すると37か38点で絶対不合格)。

 ・・・うー、はやくも6回生+コピー奴隷決定か??? 今年の「春」ではなくて、「夏・秋・冬」が終わってしまったのか???

 一発勝負の怖さ、マジで思い知ってしまった。


4月30日 いよいよあと10日。

 HP更新進んでません。択一近いからです。

 司法試験関係ない人には、分からないかもしれないけど、あと10日なんです、司法試験短答式(択一)試験。

 なんか、緊張感ありますよ。今年は択一位(まだこれ受かっても7月に論文、10月に口述あるんです)は余裕で合格しないと恥ずかしいなあ・・・と思うからこそ、なんでしょうけど。

 体調さえ維持できれば、択一は合格できる筈。しかし出願33000人って、多すぎない?


4月20日 ちょっといい話

 月曜日。ゼミ開始前の雑談。

 あるゼミ生がバスで佐藤先生に遭遇。そして、なんと62歳になろうとしている先生が、「お年寄り」にバスの席を譲ったそうだ。

 うーん、さすが、先生って感じだ。

P.S.司法受験生のみなさん、総択はどうでしたか?
私は先輩らとの「賭」にとりあえず1勝できました。次は早稲田だなあ・・・。また立命まで行くのか・・・雨降るなよ(現在日曜降水確率40%)


4月16日 株主代表訴訟

 自民党法務部会が、株主代表訴訟を起こせる原告の要件を絞り込むことなどを盛り込んだ商法改正の要綱案をまとめた。議員立法での成立を目指すそうだ。
 株主代表訴訟(商法267条)は、会社の所有者である株主が、会社の取締役に責任があるのに、これを会社自身が取締役との人的関係から追及しない場合に認められるものである。現在平成5年(1993年)法改正により、6ヶ月以上株式を保有する株主であれば、8200円の手数料で訴訟を提起できるが、これを制限することが改正の目的である。

 確かに取締役としては、(結果的に会社が負債を負う結果となったとしても)適切な経営をしていたのに、「乱訴」されて会社の信用や自身のイメージが低下すると困るだろう。

 しかし、だからといって、現在の法律の要件を厳しくするのは妥当とは思えない。以下理由を述べる。

 第一に、法的にも、株主に6ヶ月の保有期間の制限がある他、被告である取締役が原告株主の悪意を疎明(一応確からしいといえる程度の証明)した場合は原告は担保を提供しなければならない。乱訴はある程度防止できる。

 第二に、株主は会社の所有者でありながら、今日の株式会社制度においては所有と経営が分離しており、株主が会社経営を適正ならしめる手段は非常に少ない。仮に多少の乱訴の危険があるとしても、本来株主が会社の所有者である以上は、この程度の危険は会社取締役は甘受すべきである。

 第三に、ここで代表訴訟の要件を厳しくするのは、今日の規制緩和の流れに逆行する。これは一種の矛盾も含む表現であるので多少付言する。確かに要件を厳しくすることで訴訟が減り、国家が会社に関与する機会が減り、むしろ要件が厳しい方が規制緩和となるようにも思える。しかし、規制緩和とは、従来国がやってきた「護送船団方式」「おんぶにだっこ」で会社を支えていくことをやめ、自助努力・自己責任による経営健全化・真の競争を目指すものである。とすれば、株主代表訴訟という、自己責任を明確にし得る数少ない機会を制限することは、やはり規制緩和の流れにも背くと言わざるを得ないのである。

 ・・・議員立法は行政の肥大化を阻止するために重要視されるべきと言われているが、少なくとも商法の改正を見る限り、法制審議会を経由しないという点を除けば、結局同じ事をやっているように見えてしまう。もっと常識と法的センスのある立法者が増えてくれることを望む。


4月12日 違いの分かる選挙に

 昨日は統一地方選挙だった。東京では石原氏が当選したようだ。

 しかし、私が投票した選挙の中で今回ほど投票が難しい選挙は初めてだ。

 いかんせん、候補者の違いが分かりにくい。投票に行く直前、じっくり選挙掲示板のポスターを眺めて決めるしかなかった。

 私と同じ気持ちだったのか、(京大アメフトの)ギャング(スター)の服を着た学生らしき人も、同じように眺めて、投票に向かった。

 結局私は市会はそのポスターに書かれてあったことだけで決め、府会は顔で選んでしまった。

 余談だが、顔で選ぶといえば、府会のさわ候補(当選)のポスターだけ、選挙前のポスターよりも顔がかなり小さくなっていたのが面白かった(顔を見たことある人は私の言わんとすることは理解できるだろう)。

 府会も市会も、あれだけたくさんの人が、小さな自治体内で議員として働くわけだから、ジェネラリストよりもスペシャリストが求められるべきだと思う。環境、福祉、景気、色々言うより、一つに絞った方が良い。特に、府会や市会は定員が大きいのだから、マイナーな公約でも、十分当選出来るはずだ。その辺を、次の選挙までに落選した候補者には考えてもらいたい。

 そして、違いがよく分かるようにする方法として、私に一つ提案がある。

 公職選挙法は、不当に加熱した選挙競争を防止するため、様々な選挙運動の制約を課している。確かに選挙期間以外でも「×××をよろしく」という選挙カーが回るなら、迷惑だろう。

 しかし、だ、だからと言ってインターネット上での選挙運動まで制約する必要性は全くない。インターネットは情報の受け手が積極的に情報を受け取ろうとしないといけないから、候補者がホームページを作っても何ら私たちのプライバシーは侵害されない。
 ネットでは、選挙期間の内外を問わず、無制限で選挙活動を認めてはどうだろうか。

 地方議会議員の候補者は、現状は、国よりもワンランク下の候補者、あるいは国会に出たい人の予備群が集まっているだけとも言える程度のレベルでしかない。しかし、私たちにとって本来最も身近な筈の地方議会では、国会とは違ったレベルの有能な人材が求められているはずである。なんとか、もっと有能な人が地方の議員を目指すようになって、地方選挙も有権者にとって「楽しい」ものとせねばいけない。もっと「違い」のある候補者がいっぱい出てきて欲しい。

 地方は適当ではいけない。安易な連立、そもそも候補者擁立自体の回避、そういった「誰が当選しても一緒」という雰囲気を払拭しなければ。


4月11日 5回生

 しばらくHPの更新の暇がなかった。結構勉強に忙しかったからだ。

 そして気づけばいつの間にか桜は散り、俺は5回生というちょっと不名誉な回生に突入していた。

 まずこのような休学という手段を採ることについて、素直に両親に申し訳なく思う。できれば今年こそ司法試験に合格して、来年もこの情けない気持ちを抱いて春を迎えることは回避したい。

 しかし他方でそんな事ばかり言ってられない。来年良き年にするには今年合格せねばならない。そのためにも、あと4週間に迫った択一試験をまず突破せねばならない。

 さあ、頑張ろう。まあ、法律の勉強が苦ではないことは救いだけど・・。

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