17.10.01 22:00
Paris Est駅で、スイス・チューリヒへ行くための寝台列車を待っている。
まだ、何番線に入線するか、駅で出ていないので、みんなホームではなく、その入口付近で待っている。私もその一人だ。
今日は、やはりParis Nord駅に着いたのは11時30分ころだった。
それから直ちにEst駅に荷物を置きに行き、その後凱旋門を見にいった。
凱旋門では、当然上に上るつもりだった。
パリでは、凱旋門を含め、主要な美術館、博物館につき、カルト・ミュゼというパスが使える。共通入場券だ。
これが1日約80Fで買えるから、3つ以上回るなら絶対トクである。地下鉄の駅などで発売している。
だから、私も、凱旋門の最寄り駅であるCharles de Gaulle-Etoile 駅で、このパスを買おうと思った。
しかし、その駅員は、売ってくれなかった。
最初はよく理由が分からなかった。
暫くして分かった。なんと、美術館・博物館の大半が、この日、「スト」をやっているのだ!!
恐るべし、フランス。
しかし、私は今日しかない。
ストだろうが何だろうが、とりあえず行きたいところに行くしかない。
その後、シャンゼリゼ通りで適当に遅い昼食を取り、セーヌ川の中州となるシテ島に向かった。
ここでは、コンシェルジュリーという昔の牢屋、ノートルダム大聖堂、そして最高裁判所、俺の見たいものだった。
しかしやっぱり、コンシェルジュリーはCLOSEの表示。裁判所も、なんでか分からないが、入口がよく分からず入れず、うろうろするうちにノートルダムに入る時間もなくなり、仕方なく、Aと待ち合わせの、サン・ジェルマン教会に行くことにした。
Aは、すぐ私を見つけてくれた。
どこに行こうか話し合い、まずエッフェル塔に行くことになった。
Aは今まで5度パリに来たことがあるらしいが、エッフェル塔は初めてだと言う。
東京人が東京タワーに上らないのと同じかな?
エッフェル塔は、なんかエレベータがちょっと怖かったが、パリの全景が見えて(右上の写真はエッフェル塔の上から凱旋門方向を撮ったもの)、滞在の短い私には良い場所だった。ここはストにもなっていなかったし。
その後、私が何故か入れなかった裁判所にもう1度行くことになった。
そして、2人で行くと入れなかった理由が分かった。
私が、隣のサント・シャペルの入口だと思っていた(CLOSEの表示があった)場所、実は、裁判所の見学者の入口でもあったのだ。
どおりで、CLOSEなのに荷物チェックとかしてる訳だ!ああ、もっと早く気が付いていたら・・・。
そして、裁判所見学では、ボンと違い、ちゃんとした法廷を見ることができた。
見たのは、刑事の第一審。フランスでは刑事1審が更に事の軽重で3段階に分かれているらしいが、その最も重いヤツである。
法廷に入ったのは、午後5時ころだったと思う。
既に裁判官以外の当事者は揃っていた。
法廷の配置は、右の図の通り。
最初、どこが弁護人か、(我々傍聴人から見て)左奥の若い人たちは何かよく分からなかったが、ロースクールの生徒だろうと目星を付けた俺とAが、そのうち1人が途中退出する際に、法廷外で引き留めて色々と質問したから、この配置にマチガイはないだろう。
裁判官が入ってきたのは、もう午後5時40分にもなろうか、という時間だった。
この間、とある新聞で日本の法律家が、時間にルーズだという投稿があったらしいが、パリはそれ以上ではないか。
それとも、裁判官もストでもするのだろうか。
最初まず、被告人が入れ替わり立ち替わりやってきて、裁判長がどんどんファイルの山を片づけていく。
フランス語が全く分からない私にも、要するに判決言渡手続をしてるのだと、すぐ分かった。
ただ、その「処理」の仕方が、やや機械的で、ちょうど日本の民事法廷の判決言渡手続に似てると思った。
そういえば日本も判決を言い渡して、その後弁論期日(実質審理)のある事件に進む。きっとこの法廷でも、後半実質審理があるんだろうと思って、その流れ作業の行方を見守った。
流れ作業ではあるが、判決を言い渡される被告人や、法廷をうめた傍聴人のうち、被告人の家族にとっては、極めてショッキングな時間だろう。
途中、ある婦人が、判決言い渡しを聞いた後、傍聴席で倒れるというハプニングもあった。
ところで、我々が入ってきた直後に、もう1人、この場の雰囲気にそぐわない韓国人の若い女性がもう1人やってきた。
そう言えば韓国の司法修習生には長期休暇があると聞いた。もしかしたら、韓国の修習生かもしれない、と思って話しかけたら、大学生で、専攻も中国語だった。
もしかしたら、サント・シャペルの入口に入ったつもりで、裁判所に紛れ込んだのかも知れない。
しかしこの女性、どうも疲れていたらしく、傍聴席の一番後ろで立っていた我々2人の横に座り込もうとした。
それはちょっと・・・と思っていると、警備のおっちゃんが、傍聴席の中に案内していった。ああ、あんな奥に座ったら、法廷が終わるまで抜け出せないぞー。
まあ、そんなこんなの判決手続の後、実質審理があり、我々は2件傍聴した。
1件目は、おそらく冒頭手続らしいものをやっていたが、日本以上に、裁判長が積極的に法廷指揮を主導しているのが印象的だった。
はっきりとは分からなかったが、起訴状に相当するものも、裁判長が読み上げていたものと思われる。
もう1件は、外国人事件だった。
最初に通訳人が宣誓をしているのが分かった。
その後、裁判長からの質問を、通訳人は逐語訳し始めた。
しかし、弁護人や検察官は、通訳人の存在など忘れて、コトバを区切らずに、どんどん裁判長に対し自己主張を進めてしまっていた。
日本と比べ、弁護人や検察官の主張は、身振り手振りを交え、表現豊かで、一見説得的だった。
ただ、本当に大切だったのは何だろうか。
被告人は外国人。弁護人や検察官がどんどん喋っても、理解できない。
どんどんバカデカイ声でしゃべり続けると、通訳人が頑張って同時通訳していたが、通訳人の通訳の正確性が失われるのみならず、通訳人の声は小さいので、その不正確な通訳すら被告人に聞こえなかったのではないだろうか。
なんか、ギリシャのソフィストや、カミュの『異邦人』の世界をかいま見るような気分だった。
同時に、私も法曹として、技術的な点だけに奢れる者になってはアカンな、と思った。
ところで、法廷の作り自体にも、若干疑問がないわけではなかった。
どうして、弁護人があんなに下に位置するんだろう。
当事者主義が、フランスでは余り貫かれていないんだろうか。ちょっとこの辺がよく分からなかった。
そう、だから、弁護士の人にも質問したかったのだが、弁護士は、法廷外に出てみると、みんな携帯電話をもって誰かと打ち合わせしているみたいで、とても話しかけられる雰囲気だはなかったのが、残念だった。
他方、フランスの法廷の方が良い!と思うこともあった。
それは、被告人の手錠の問題である。
日本では、被告人の手錠は、法廷に入る時もしっかりかけられていて、ただ、裁判官が登場する前に外されるにすぎない。
要するに、傍聴人から、手錠が丸見えなのである。
フランスで見た法廷は、被告人は別席になっているからであろうか、この席に入ってきた時に、手錠はかけられていないようにも見えた。
やはり、法廷で手錠をかけている所を、被告人は傍聴人にも見られたくないだろうし、その尊重は、してあげても良いと思う。この辺はフランスを見習うべきではないだろうか(もっとも、ちょっと離れていたので、見間違いかもしれないが、いずれにせよ、手錠が目立たなかったことは事実だ)。
まあ、いずれにせよ、我々2人にとって、とても充実した、今後の参考になる法廷見学となった。
収穫のあった裁判所を後にした我々2人は、夕食を食べに行った。
モンパルナス駅の近くの、プチ・ジョスランというお店に行った。Aのオススメらしい。
正直、パリで何を食べれば良いか分からなかった私には、とっても嬉しい夕食だった。
食べたものは、なんかお好み焼きを変形させたようなものだったが、とっても美味しかった。
修習時代、ウチのクラスで豪快なことで知られた別のクラスメイトは、昨年Aとここに来て、お酒の飲み過ぎでこれを残してしまったらしいが、私は、お酒もこの食事も楽しく頂き、デザートも美味しく食べることができた。
その後、バスティーユの前でAと別れて、こうして私はEST駅にやってきたのだった。
ああ、私の乗る寝台列車の入線が発表された。6番線だ。今日は2等寝台ではなく、その1ランク下のクシェットと呼ばれる簡易寝台しか予約できなかった。
果たして、どんな移動の旅になるんだろう。ちょっと不安だが・・・(写真右側が私の乗った寝台列車、わずかに見える左側の列車が、ドイツ方面への夜行列車)。
(この日の鉄道利用)
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| 469 | |
| Paris Est | 22:43 |
| Zurich | 6:20 |