痴呆介護 より
はじめに
アルツハイマー病の原因は、脳内にβアミロイド蛋白が蓄積しそれが直接的または間接的に神経細胞を死滅させるためであると言われる。そのため、根本的な治療方法とはβアミロイドの蓄積を防止するか、蓄積したβアミロイドを除去することになる。しかし、現在の所、有効と思われる物質が報告されてはいるもののいまだ実用化に至っていない。そのため、ここでは視点を変えて、傷害され死滅する神経細胞の側から治療方法を考えた。これらの治療はいわゆる対症療法かも知れないが、現時点において実行可能な治療方法であり、併せて、発症予防にも有意義なものと考えられる。
まとめ:現在使用可能な薬物ないし食物
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コリン作用 |
抗酸化作用 |
抗炎症作用 |
脳循環改善 |
細胞膜の保護 |
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1.脳循環改善物質 |
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| 2.血液粘性低下物質 |
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| 3.NO合成酵素阻害薬 |
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4.女性ホルモン |
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5.栄養素
1)必須脂肪酸
2)DHA
3)必須アミノ酸 |
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6.コリン関連物質 |
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| 7.活性酸素捕捉物質 |
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8.細胞栄養因子 |
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9.ビタミンB群など |
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<解説>
T.神経細胞を傷害する要因と防御する要因
神経細胞を傷害する要因は、βアミロイドの沈着、酸化ストレス及び低酸素・低エネルギー状態と大きく3つに区分できる。一方、防御に係わる要因には、細胞栄養因子と栄養素の供給の2つがある。
1.低酸素・低エネルギー状態に関連する因子からみた治療
1)脳循環の改善
a.脳血管拡張作用をもつ薬物と食物
脳血管を直接拡張する作用を持つ薬物は、脳循環改善薬の名称で、数多く商品化されている。その作用機序は血管平滑筋弛緩作用、ノルアドレナリンα受容体遮断またはβ受容体興奮作用などである。
また、脳血管を間接的に拡張させる物質として、血管壁のコレステロールを減少させて血流を増加させるものがある。血中コレステロールの低下作用を有するもので、日常的に摂取する食物では、食物繊維一般と魚油、紫蘇油、オリーブ油などの不飽和脂肪酸がある。
b.血液粘性等を低下させる薬物と食物
血小板凝集抑制作用や赤血球変形能改善作用によって血液の流れを改善する薬物には、アスピリン、ジピリダモールなどがある。また、日常的に摂取する食物では、納豆(ナットウキナーゼ、ビタミンK)が同様の作用をもっている。
2)NOの発生の抑制
a.NO合成酵素阻害薬
直接にNO合成酵素を阻害する薬物には、
L-arginine誘導体が報告されているが、まだ実際には使われていない。b.活性酸素(フリーラジカル)の捕捉
活性酸素自体を捕捉する薬物には、
L-Deprenyl(MAO-B特異的阻害薬)がある。また、V.E.(α-tocopherol)、V.C.(アスコルビン酸)、ポリフェノール、V.A.(β−カロチン)、リコピン(トマト)などにも同様の作用があり、薬物としてだけではなく、日常的な食物摂取による効果が期待できる。c.NMDA受容体の不活化
NMDA受容体はグルタミン酸結合部位(グルタミン酸、アスパラギン酸、NMDAが結合できる)、グリシン結合部位(グリシン、サイクロセリン、D−セリンが結合できる)及びPCP結合部位(PCPやMK801が結合できる)をもつ複合体である。NMDA受容体の活性化を阻害するには、この複合体のいずれかを拮抗ないし作動する作用がある物質はNOの発生を入り口で防ぐことになる。事実、グリシン結合部位作動薬(グリシン、サイクロセリン、D−セリン、D−アラニン)は認知機能を改善するとの報告がある。2.酸化ストレス(酸素フリーラジカル反応)に関連する因子からみた治療
a.分解酵素
発生直後の活性酸素を分解する酵素としてSODが、またSODの活性の中心となる金属としてセレン(Se)がある。通常の場合、痴呆になってもセレンの欠乏は報告されていないが、SODの活性を高めることを目的として、セレンの摂取が考えられるが中毒の報告がある。
b.抗酸化作用に関連した物質
上述のように、活性酸素の捕捉を目的に、V.E、V.C、ポリフェノールなどが使用される。
3.栄養素補給に関連する因子からみた治療
1)神経細胞の構成成分の補給
a.脂質
脂肪酸には、体内で生成されず、かつ膜成分として重要な必須脂肪酸が見られる。特に、ω3系のα−リノレン酸(C18)、エイコサペンタエン酸(EPA:C20)、ドコサヘキサエンサン(DHA:C22)、ネルボン酸(C24)は膜成分として重要である。特にDHAについてはアルツハイマー病脳の海馬領域では通常の50%程度の低下が見られるという。いずれも食物による摂取が可能であり、特にDHAの摂取は記憶の改善に効果があると報告されている。必須脂肪酸については、他にもω6系に属するリノール酸(C18)やアラキドン酸がある。アラキドン酸はアラキドン酸カスケードなどの酵素反応により炎症に関連するが、ω3系はω6系と拮抗するため、抗炎症作用もみられる。
b.アミノ酸
アミノ酸は、TCA回路を通じて生成可能であり、かつ中間代謝物とも位置づけられる。体内では生成できないアミノ酸は必須アミノ酸と呼ばれ、リジン、メチオニン、トリプトファン、フェニールアラニン、スレオニン、ロイシン、イソロイシン、バリン、ヒスチジン、アルギニンの10種類がある。これらは食物として摂取する以外の摂取方法はない(特に動物性蛋白に含まれる)。
4.アミロイドカスケードに関連した物質からみた治療
アミロイドカスケード説とは、アミロイドβ蛋白前駆体が何らかの原因によって分解部位の異なる難溶性のβアミロイドを生じ、その蛋白が沈着し、重合・凝集して毒性を生じ、神経細胞死を招くという説である。これらに対する治療には、1)アミロイドβ蛋白前駆体(APP)からβアミロイド(Aβ)の沈着に関係する要因 の抑制、
2)Aβの沈着を促進するアルミニウムの除去、
3)沈着したAβによって活性化するミクログリアの炎症反応の抑制など、
の方法がみられるが、この項目に関する解説は膨大になるため、ここでは省略する。
U.残存する神経細胞機能の改善作用
1.アセチルコリン(記憶物質:
Ach)の補給からみた治療 この治療法は、Ach前駆物質の供給、Achの合成量の増加、Achの分解量の抑制に区分できる。1)アセチルコリン前駆物質の補給
アセチルコリン前駆物質は、食物より摂取可能である。具体的には、卵黄レシチンやソーヤレシチン(ホスファチジルコリン)があり、特に鶏卵と豆類(豆腐、納豆など)に多く含まれる。
2)アナログの投与
a.ニコチン受容体
老化により、ニコチン受容体数は減少する。ニコチン受容体作動薬としてニコチン自体はガムや経皮的な摂取(ニコチンパット)が可能であり、ニコチン受容体を直接刺激して賦活する。他に、同様の作用を示すニコチン類似体(
RJR-2403,GTS-21)が報告されているが、実用化はされていない。また、女性ホルモン(エストロゲン)はニコチン受容体数を増加する作用を持つため有効である。b.ムスカリン受容体
老化により、M1受容体数は変化しないものの、M2受容体(自己受容体)数は50%に減少するという。ムスカリン受容体の賦活化については、M1受容体作動薬(
AF-102B,CI-1017,SB202026,SNK-508,YM-796)やM2受容体の拮抗薬(BIBN-99)が有用であると報告されているが、まだ実用化はされていない。3)合成酵素(CAT)の合成促進作用
女性ホルモン(エストロゲン)、漢方薬(当帰芍薬散)、ビタミンB6(ピリドキシン),ビタミンB12(シアノコバラミン)、葉酸、パントテン酸、甲状腺ホルモン(チロキシン)などが、アセチルコリン合成の促進作用を有する物質として報告されている。いづれも現時点で薬物として使用でき、また食物として摂取可能である。
4)分解酵素(
AchE)の作用抑制Achは分解されてコリンと酢酸になる。そのため、Ach分解酵素(AchE)の抑制は、後シナプス部のAch受容体の作用を増強することを意味する。この阻害薬には、タクリン(tacrine), ドネペジル(donepezil), リバスチグミン(rivastigmine), メトリホネイト(metrifonate)、フィゾスチグミン(physostigmine)などがあり、現在欧米で使用されているが、日本ではドネペジルトとフィゾスチグミンのみが使用可能である。
5)その他の受容体
非コリン作動性神経伝達物質については、コリン系に関係するものと関係しないものに2分される。a.アセチルコリン受容体に関係するもの
シグマ(σ)受容体作動薬は、Achの放出を促進する作用があるため、Achを増加させ記憶を改善する可能性が報告されている。但し、まだ実用化はされていない。b.アセチルコリン系とは別に作用する伝達物質
アルツハイマー病ではドバミン、ノルアドレナリン、セロトニン、GABA、ソマトスタチンなどの伝達物質が低下することが知られている。そのため、これらの神経伝達物質を増加させたり受容体機能を亢進する物質の投与は、脳機能全体を改善する可能性がある。実際、ドバミン系では、アマンタジンやL-DOPAが、ノルアドレナリン系ではメチルフェニデートが、セロトニン系ではうつ病の治療薬としての選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やセロトニンノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)が薬物として使用されている。
2.神経栄養因子(NGF)からみた治療
神経栄養因子とは、交感神経細胞、神経冠(提)由来の感覚神経及びコリン作動性神経細胞の分化、機能維持、神経突起の伸張、神経伝達物質の合成に関与する因子で、BDNF(brain-derived neurotrophic factor)、NT−3(neurotropin-3)、NT−4/5、NT−5などが含まれる。神経栄養因子については、NGFの脳内投与にて知能の改善を見たという報告があり、有効と思われるが実用化はしていない。また、イムノフィリンは、シクロスポリンAの受容体として抗腫瘍作用が知られていたが、近年神経栄養因子様の活性を示すことが分かり、NGFと同様に使用できる可能性がでている。V.まとめ
アルツハイマー病の中心症状である記憶障害の治療について、神経細胞の防御の面からの方法を論じた。また、現在報告されて実用化が待たれる物質とは別に、現時点で使用可能な物質について述べ、併せて予防的使用の可能性も示唆した。今後、アミロイドに関連して報告のある物質が早期に実用化することを期待したい。