スマイル ('02.6.8)  
       
絵麻緒ゆうと匠ひびきが、トップになったとたんに辞めるという。お披露目公演=サヨナラ公演。いまだかつて無いことだという。ヅカファン暦の短い私にとっても、異常事態だということは容易にわかる。記者会見で涙目で歯切れの悪い受け応えをした匠、記者会見で堂々と「劇団の方針に従いました」と発言した絵麻緒。どちらが大人な対応なのかは一概には言えない。今までオブラートにつつまれてきた「トップスターの退団理由」というものを、白日の下にさらした絵麻緒は大人げないだろうか。それとも、劇団の暴挙に対する抵抗の意を示したことを大人とみなしてもいいだろうか。ヅカファンの間では、劇団への抗議の意とともに、二人へのさまざまな言質がとびかう。

しかし最も大切なのは公演だ。ムラへ行って、絵麻緒のサヨナラ公演を観劇することにした。驚愕の記者会見から一ヵ月以上たっている。はたして、舞台の上の絵麻緒は終始笑顔なのだった。芝居では、演出家が言うところの「芝居の筋肉」を見せつけ、これは演出家の粋なはからいなのだろうが、まるで劇団を非難するかのような演説も行う場面もある。「国(=宝塚歌劇)を愛するものがいる限り、戦いは終わらない」と。しかし、まったくもってさわやかだ。トゲトゲしさは決してなく、舞台の上での演説として違和感はない。それでいて、事情を知るものにとっては明らかに劇団の方針への批判に聞こえる。ショーで銀橋を渡るとき、2階席まで見回して笑顔をふりまく絵麻緒。タップダンスを踊りながら笑顔を振り撒く絵麻緒。相手役でこの1作トップにつきあうことになった紺野まひるも、絵麻緒に存分の娘役らしい笑顔を向けている。こんな異常な事態で、ファンからすれば怒りが募るばかりだろうし、ましてや本人たちはその理不尽さにギリギリとほぞを噛んでいると思っていたけれど…もちろん心の中ではそうかもしれないけれど、舞台は暖かい笑顔でいっぱいなのだった。

そして絵麻緒はピンクの燕尾服で、チャップリンの映画の主題歌「スマイル」を歌う。つらいときも悲しいときも、笑顔でいれば絶対に幸せになれる、と。このとき私ははじめて「清く正しく美しく」の意味がわかった気がした。「清く正しく美しく」は従来、お嬢様らしく"すみれコード"を守り、夢夢しいプラトニックなラブストーリーを演じること、の意味として捉えられるがちだが(ちなみに元来は、阪急電鉄が大正期に行った、家庭に電気をもたらし、明朗な会計を行う、事業全体のキャッチコピーであった)、そんな表層的なものではないのではないか。どんなにつらいときも、決して後ろ向きにならない、笑顔でいる、自分のするべきことはきちんとする、そういう意味なのではないか。絵麻緒自身も、ファンも、心の中ではいろいろな煩悶を抱えているだろう。絵麻緒が舞台で笑えるようになるには、かなりの時間がかかっただろう。しかし今では、それを乗り越えて舞台の上で笑顔を見せてくれている。ファンもつらさを抱えつつも、絵麻緒が快く公演できるよう笑顔で応援しているだろう。過酷な状況にあっても、他人をそしらない、それが清さ。理不尽な状態であっても、やるべきことはしっかりと務め、批判すべきことは批判する、それが正しさ。そして笑顔で常に前向きに生きる、その美しさ!

絵麻緒自身が「大人」かどうかはわからない。しかし、舞台の上の絵麻緒は立派に「清く正しく美しく」を体現していた。そして、その絵麻緒に、センスのいい批判を言わせ、スマイルを歌わせた両演出家もやはり、「清く正しく美し」いと思う。これがタカラヅカのよさであるなら、1作トップという前代未聞の事件がかえって、ひるがえって絵麻緒の笑顔がかえって、私を宝塚に目覚めさせたと言えるだろう。

 
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