薬師山砲台 |
 |
| (上) 15cm臼砲の砲座 |
| 手前が第二砲座、横墻をはさんで奥が第一砲座。(横墻に上るための階段は、散策者用であり、当時のものではない。) |
 |
| (上) 横墻上から見た第二砲座 |
| 写真奥が、歩兵塹壕への入口。 |
 |
| (上) 砲座から歩兵塹壕へ通じる下り坂 |
 |
| (上) 歩兵塹壕へ下りた所 |
| 右側の坂を上ると15cm臼砲の砲座がある。 |
 |
 |
| (上) 歩兵塹壕 |
(上) 側防砲座としても利用可能な歩兵塹壕の曲がり角 |
 |
| (上) 明治30年頃の函館港の防御プラン |
陸軍省「密大日記」明治30年(防衛研究所蔵)
出典:アジア歴史資料センター
Ref.C03023085600 |
興味深いことに、当初の計画では、函館山山頂に砲台を築く予定が無く(戦闘司令所を設置予定だった)、代わりに、のちの薬師山砲台の一帯(C及びC')に巨大な堡塁砲台(28cm榴弾砲4門、15cm臼砲4門、9cmカノン砲4門、機関砲7門)を築城する構想があった。
その後、薬師山一帯では、御殿山(函館山の最高峰)によって死角が生じ、また敵の砲撃によって崩れる土砂に、砲台の主要部分が埋もれてしまうおそれがあるとして、函館山山頂に首砲台として28cm榴弾砲4門を移し、薬師山砲台はその附属砲台と変更された。
そのほか、幕末築城の弁天岬台場を使いまわす予定だったことや、御殿山西北(観音山麓)に框舎を築城する予定だった(これは実現せず海軍の水雷衛所が築かれた)ことも驚きである。 |
| |
| おすすめサイト ------ なんだか函館 |
|