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闘病記録−告知を受ける1

■風邪をひく

2001年11月

 1年に1、2回風邪をひく筆者は、冬になり風邪をひいた。今回の風邪は咳がひどく続く。いつもなら3日もたてば良くなるのが、今回は長引いた。家から一番近い小さな病院で診てもらうことにした。医師に「咳がひどいんです、ここ何日も止まらなくてとても困っています」と話すと、胸部のレントゲンを撮ることになった。現像が終わるまでしばらく待合室で待っていると、診療室へ呼ばれた。診療室には現像されたレントゲン写真が明るく光っていた。「特におかしなものは写っていませんね。風邪でしょう。抗生物質と、咳止めを出しておきます」 単なる風邪だったようだ。しかし、一向に良くならず咳は相変わらず続いた。あまりにも咳がひどいことから、会社も数日休まざるを得なかった。

 長引く風邪に困り、土曜日に近所の別の病院へ行くことにした。最初の病院で処方された薬を見せ、症状を説明すると、医師は「風邪だと思いますが、念のため血液検査をしましょう」 看護婦が採血した。結局、抗生物質と風邪薬、咳止めを処方された。

 土曜、日曜と家で咳に苦しんでいた。月曜日も仕事にならないため仕事を休むことになってしまった。結局この風邪のおかげで、すでに3、4日休でいた。そのころはまだ、「今年の風邪はたちが悪い」と思っていた。

 その月曜日の昼前、家で静かにしているところに、病院から電話があった。医師:「先日の血液検査の結果、あまりよくないデータが見つかりました。家族の人と来てもらえますか?」 それを聞いた私は「具体的になにが悪かったのでしょうか?」 すると医師は、「病院でご説明いたします」と答えた。その後、私と医師の話がしばらく続いたが、結局家族と一緒に病院に行くことになった。

 実家の両親と、勤めに出ていた妻に病院から呼ばれたことを伝えたることになった。家族に心配をかけてしまい申し訳ない思いが残った。血液検査の結果が思わしくないと言われても思い当たる症状といえば咳ぐらいで、とても家族が病院に呼ばれるほどではない。エイズにしても心当たりがない。まして、血液の病気なんてあり得るわけがない。いったいどういうことなんだ。

 約2時間後、家族と合流し病院に向かった。病院は午前の診療の後とあって、患者はいなかった。受付にいた看護婦に医師から呼ばれたことを伝え、待合室で待つことにした。何を言われるかまだわからないその間、比較的冷静にいることができた。10分後呼ばれた。家族と一緒に診察室に向かうと、医師は説明を始めた。「血液検査の結果、思わしくないデータが出ています。白血球の数が通常より多いので、この後すぐに紹介する病院に行ってください」 「どれくらいの数値ですか?」と質問すると、「21万です。これはとても多いのですぐに紹介する病院に行ってください」 「先生、それって白血病ということですか?」 「今は断言できませんが、詳しくはこれから行く病院で聞いてください。なにより早くいくことをお勧めします」 医師は丁寧に受け答えしてくれたが、結論を知らされないまま、これから行く大学病院を教えられ、紹介状を渡され、その病院をあとにした。

 渡された紹介状は茶封筒に入っているものの、封をしていない。中の紹介状と、血液結果のデータを取り出すことができた。血液検査のデータをみると、健康診断で見慣れている表があった。素人の私にはそれが何を意味しているのかわからなかったが、白血球の数が通常よりとても多いことはわかった。「もしかしたら白血病かも」頭の中をよぎった。しかし、そばにいる家族にそんなことを話すことはできない。血液データの横に、「CMLの疑いあり」と書いてあった。「CML? まったく見慣れない用語、でもきっと病気の名前だろう」 紹介状と血液データをこの後の病院で渡してしまっては、手元にのこらない。今後に備えて、コンビニのコピー機でコピーを2部ずつとった。車で移動すること約40分で大学病院に着いた。そのころには午後5時を回ろうとしていた。受付で紹介状を渡し、申し込み用紙らしきものに住所氏名などごく普通の内容を書き込んだ。診察室への道順を教えられ、家族とともに診察室へ向かった。そのころも相変わらず咳はひどくとても苦しい状態が続いた。診察室の前でしばらく待っていると看護婦に呼ばれ、家族と診察室に入った。

告知を受ける2(→)

 

WBC
210,000

 

 ■慢性骨髄性白血病■