日本を歩く

−97年の散歩編−

1997年に町を歩いた話です。



−97年12月−

目白台を登る(早稲田〜池袋)

 12月のある日曜日、東西線の早稲田駅を降りる。
 駅をあがると早稲田駅前の交差点。
 交差点からは南の方にゆるやかに夏目坂がある。たもとから坂を眺める。
 夏目漱石の祖父あたりの人が名付けたそうである。
 当時夏目家はこのあたりの名主であったそうだ。
 たもとに夏目漱石生家跡の碑あり。かなりゆるやかな坂である。
 その反対側の鶴巻町の方に降りていく。
 印刷会社の輪転機が回る。かなり大きな音の工事。年末らしい。
 なぜかこのあたり来た記憶があった。右の奥にある公園に見覚え。 シゴトで一度近くを通ったことがあったのだ。
 道が広い住宅街+小工場の雑居地帯をゆるやかに降りていく。
 古いお店が多い。うれしくなる。
 天祖神社。銭湯の鶴巻湯。
 やがて左手に早稲田大学。
 さらに新目白通りを渡り、文京区関口へ。道をはさんで隣の区になっている。
 すぐお堀のような神田川にたどりつく。むかいに椿山荘とフォーシー ズンズホテル。ここでXマスパーティをやるのかあ。いかないけど。
 左手には古いお屋敷が見える。木々がしげり、その中にいくつか黄色くなった大きな木。
 すっかり葉の落ちた川沿いの道を右手の紅葉の木をみながら歩く。
 駒塚橋を渡る。そうすると坂があった。薄暗い坂だ。でもどうもそそられる。
で、つい登ってしまう。坂の名前の表記はない。ただ永青文庫の方向版のみあった。 
 上には木が茂っている。
 坂の上の左手にある永青文庫は細川氏ゆかりの書籍の資料館であるらしい。たしか椿山荘からこのあたり一帯まで昔の細川氏の屋敷跡ときいた覚えがあった。
 その横に和敬塾。どうもなにかの小説でここがでてきた覚えがある。 学生寮らしい。
 この坂のあがったところが目白台という地名。カテドラル教会の先端がみえた。
 目白通りにでて左にあるく。いちょう並木が紅葉してきれい。大きな通りだけれどついひかれて歩いていく。
 12月になって紅葉見物というのもおかしいが。そういえば去年は国分寺近くの公園にいった。洗足池の方にもいった
 記憶がある。どうも紅葉は記憶に残る物らしい。
 途中空が急にひろがる。東京の町中とは思えず立ち止まる。

 しばらく行くと右手に日本女子大学。正門向こうの成瀬記念堂は建築物の資料でおなじみ。はじめて見る。
 でも女子大の前なのであやしまれないよう写真はひかえて立ち去る。
 ややうすぐらくなってきた雑司ヶ谷の住宅をぬけて鬼子母神の商店街。今日乗るつもりだった都電にようやくめぐりあう。
 先にも歩いていこうと思ったが坂を上ってくる都電をみるとつい乗ってしまう。
 やっぱり揺られていく気分がいい。途中の雑司ヶ谷駅なんてだきしめたいぐらいすてきな駅である。
 2駅の東池袋4丁目で下車。地下鉄の接続駅。
 そこから舶来のお菓子を買いにサンシャインに向かった。いくつか買って自分のお土産にする。


−97年10月

吉見百穴

 お昼に池袋の東口で定食屋チェーンでソースみそかつ丼。
 いつまでたっても池袋の方向が覚えられない。どうしても逆になる。
 サンシャインがなくて、西武があるのに東口、
 その反対で東武があるのに西口。
 その東武の池袋駅から急行で50分。このあたりも通勤圏だと思うと驚く。50分は遠い。
 東松山駅は地方私鉄のにおいのする駅だった。
 駅前から鴻巣方面のバスに乗る。
 百穴入口というバス停で下車。ちなみにこのときまで百穴を”ひゃっけつ”と読んでいた。“ひゃくあな”と読むらしい。重箱読み。少し不思議である。
 バス停から歩き川をわたる。急に左側に風景が広がる。風がひんやり気持ちよい。
 川向こうの左手に丘陵が見える。比企丘陵だ。
 川をわたって百穴という矢印の方に行く。
 すると右手に岩をくりぬいた跡がみえた。これかな?しかし百もない?そこは違った。
 話によると、むかしそこに穴をくりぬいて家を造ってしまった人がいるらしい。厳窟王とよばれたという。
 その左手には岩をはさんで建物。お寺らしい。京都の清水寺と同じ建築方法の建物だという。
 なかには岩をくりぬいたお地蔵さんの群。いのると四国八十八カ所をまわると家内安全などの御利益があるらしい。
 岩をくりぬいた向こうには川の風景がみえた。お地蔵さんからながめがよい。
 ところで百穴はどこ?とみまわすとさらに矢印がある。下に降りて駐車場のような ところを歩いていくと右手にあなのいっぱいあいた壁面がみえた。それが吉見百穴であった。

 吉見百穴は古墳時代のお墓であるらしい。むかしから穴はあいていたそうであるが関心を持たれたのは江戸時代というのもおもしろい。それまでは誰も関心を寄せなかったのだろうか?
 それだけではない。そこにもう一つ歴史があった。おそらく固い地盤のためであろう。地下軍需工場のあとがある。たくさんの朝鮮人が働かせたらしい。百穴の下には巨大な穴というかトンネルが空いている。そこはいまでも入れる。
 あかりもあまりない。死んでいった朝鮮人の霊がいるようだ。そうびくびくあるいていたら曲がり角で向こうからきた家族に驚かれてしまった。思わずあやまる。
壁面の穴のあいた斜面を登る。すぐ丘陵の頂上に到達。上におみやげ物屋。なぜか農機具が無料で展示してある。
 下にもお土産屋が2つ。おでん、こんにゃく、おだんごを食べさせてくれる。当然のように百穴まんじゅう。
 近くにはなぜか写真展を開催中の小屋。どうも吉見町の町おこしもかねているらしい。
 ちなみに穴の中にはなにもない。ベッドのようにすこし盛り上がっている。中は落書きだらけ。
 子供が入り込むにはちょうどよい。家族連れ、友人連れでけっこうにぎわっていた。
 帰りは駅まで30分ほど歩いた。


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