ちょっと こでかけ

−98年のイベント編−

98年に行った展示会などです。



−98年12月−

「甦る!消えた
中国皇帝の秘宝」

新宿
三越南館
 会場の三越南館は閉館が決まったそうだ。7Fの三越美術館とBFの八重洲ブックセンターはどうなるのだろう。少し心配。ちなみに戦後すぐの地図でこの場所をみると「第一劇場」とある。劇場があったらしい。そう考えると前の道の広さも飲食店のフンイキも少し納得できる。

 最終日なのでほどほどの混雑。展示場はワンフロア。まずは中央部分に林立する展示物を眺める。それから壁面をぐるり。この展示物は満州事変の時に北京の故宮博物院から運び出された宝物のうち、南京に忘れ去れていた?ものらしい。それが日本で初公開だそうだ。きっかけが満州事変だけに、少し複雑。でもこれだけの宝物を1点も壊さずに15年間中国あちこちを持ち歩いた国民党の執念もすごい。この宝物が政権の正当性をあらわすものだったからだとしても。
 ちなみに僕はその国民党が台湾までに持ち込んだ宝物(もちろん政権の正当性のためですね)を台北の故宮博物院で見たことがある。1日で全部みきれなかった。それでも展示物が定期的にすべていれかわるだそうだ。さらに北京にも同じものがある。そしてさらに南京にもあらたに1000箱分みつかったという。いったいいくつあるのだろう。そりゃ中国5000年分のものだから。「項羽と劉邦」の映画では項羽が始皇帝の宝物を燃やしてしまっていたけれど。
 今回の展示物はほとんどが明と清。世界初公開の白磁に見とれる。これはキレイ。それから清の乾隆帝時代の入れ物。色が実にいいんですよねー。あざやかな黄色、なんともいえぬ青色、あずき色。たぶんにその時代の華やかさを感じさせます。それから展示物の龍の顔が意外とかわいいことに気付く。特に正面から見ると漫画ちっく。でもこれこそが皇帝の象徴なんですよね。
 明代の坤輿萬国全図もある。すでに南北アメリカ、アフリカもある。アフリカの奥地の地名なんてよく分かるよなあ。赤道もあり、北半球、南半球の地図もある。地球が丸いことは中国の人に受け入れられたのだろうか。それにしても日本の部分では国の位置がたくさんまちがっていたのがフシギ。
 不満をいうとほとんど説明書きがなかったこと。百貨店の博物館だからしょうがないのかも知れないけれど。「文杯」「文盤」ってでてきたからなんやろ?て悩んでいたら、実はたとえば「唐草文」の「杯」「盤」でした。それからなんであんな難しい漢字熟語を並べるのでしょう。時に英語の説明が欲しかったりします。何に使ったか変わらないのに見るのは一つ面白くないです。おじさんおばさんも多かったから、特に説明が欲しかったな。皇帝の名前をみてそれが作った人だとおもっているおじさんもいたから(つくらせたのは確かだけど)。


−98年9月−

「知られざる科学技術者
 レオナルド・ダ・ビンチ」

東京
ステーションギャラリー
 このギャラリーはいついっても建物の雰囲気がよい。それだけで半分満足。
 会場はほどほどに混んでいた。いつもより外国人が多い気がする。
 ダビンチは8000枚のメモを残したそうだ。メモ魔やったんかな。
 しかしメモを取ることの大切さを実感する。これからメモを取ろう。
 会場中にレオナルド・ダ・ビンチ設計の模型があふれてた。
 彼は力学の仕組みにとりつかれてしまったかに思える。
 ほとんどの模型に手回しの部分がついている。
 それなのに全部の機械をさわらせてくれない。
 手回しがついている。なのにさわれない。
 すごく見る人をもどかしくさせる展示会である。
 この時代は動力源が人力か自然の力しかない。まだ機械と人間が仲良かった頃だ。
 人力だからこそこれだけのアイデアが出てきたのかもしれない。
 全部の機械を理解しようと思ったが、頭の回転はダビンチよりはるかに遅い。
 そういえば力学は中学2年で滑車の問題でつまづいたままである。
 理解をあきらめ、ただ眺める。せめてさらわせてくれれば、、、


−98年6月−

ハプスブルグの5人の女たち

新宿
三越南館
たのもしそうなマリア・テレジア、
わがままそうなマリ−・アントワネット。
美しくてかしこそうなエリザベート。
最後の王妃のツィタ。まさしく「歴史」である。
最終日ということもあって、すごい人混みだった。
たしか新書にハプスブルグの女たちとかいうのがあったはず。探す。見あたらない。
売り切れたのかな?

ケルト美術展

上野 すごい人だかり。みんなそんなにケルトに興味があったのか。びっくりする。
動物の頭の造形が日本人の心をくすぐるのだろうか。
ぐるぐる巻きの模様が、日本人の好みなのだろうか。
といいながら、ケルトはマイブーム。
帰りにブルターニュ出身のCDを買う。

伊能忠敬展

両国
江戸東京博物館
地図がいっぱい。地名がいっぱい。
目をさらのようにして地図を見つめる。
伊能忠敬は50歳で隠居してから32歳の先生に弟子入りし、日本を13年かけてくまなくまわった。
国後島から対馬、屋久島まで、日本中の海岸線をまわった。
人生50年の時代にである。
たぶん楽しかっただろうな。いままでぼやっとしてた日本の姿がくっきりしてくるのは。
それからいろんな地名に出会えたのは。
おそらく地名が好きだったに違いない。ただのメモ魔かもしれないけど。
でもわざわざ変わった地名をまとめて残しているのだ。
これだけの地名の量は地名マニアにとって垂涎モノである。

展示会は人がいっぱいだった。いつもこの博物館はにぎやかである。
みんな目をさらにして地図をながめている。
そんなにみんな地図が好きだったのか。
いろんな人が地図を見ながらあれこれを言う。僕は黙って横で聞いている。
でもいろんなつっこみを入れたくなる。

たくさんの地図が見られて満足。
不思議と足が疲れない。地図のせいか、最近のウォーキングのせいか。
しおりを買って、帰る。
そういえば井上ひさしの伊能忠敬を書いた本、まだ途中でずっと止まっている。
またひっぱりだそうかな。

 「江戸・東京モダン〜浮世絵に見る幕末・明治期の世相」

東京駅
東京ステーションギャラリー
 浮世絵に横浜の絵。異人。鉄道、馬車、洋風の建物。ちょっと変で面白い。
 英語の解説がついてたりするのだ。
 写真のない時代に、これらの絵は大切な伝達手段だったのだろう。
 空が大きくて、明るい。浮世絵の構図のせいもあるのだろうが、梅雨空にはすかっと気持ちいい。
 ここにもたくさんの地名があった。おもわず食い入るように見つめる。
トッド・ウェブの写真展 新宿
小田急美術館
 ニューヨーク、パリ、ニューメキシコの写真。
 どれも形がきれい。それでいて暖かい。スキになれるタイプの写真。
 1946年のニューヨークの町並み。この当時からこんなに高いビルがたくさんあったのだ。
 やっぱり日本が勝てるはずがない。


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