−92年1月、チリでのつもるお話−



ちーの!  駅の駐車場にとめるとコドモから「ちーの」「ちーの」という声がする。中国人だという意味だ。
 この国ではアジア系が珍しいらしい。
 地下鉄にとっても視線を感じた。アジア系がいて特に自分が注目を浴びる。どうしてだろう?
サンチアゴ駅  サンチアゴ駅はエッフェルの設計。古い鉄筋造りが高くそびえる。
おとなしい人々  チリの人は概しておとなしいらしい。南米のラテン系ではめずらしいそうだ。
 思うにそれは南米の「果て」だからではないだろうか。
 以前より、ヨーロッパからの移民だけでなく、他の南米の国からも様々な理由で流れ込んできたという。
 別にたとえるとふきだまり。最期の土地。ここより先には行けない。おとなしく、仲良くやるしかない。
 日本と同じにおいを感じた。
チロエ島 バスにはすんでのところで乗り遅れた。タクシーでおいかける。
ちょうどチロエ島に渡る船着き場で追いつく。タクシーを降り、船に乗る。
そのままバスに乗せてもらう。船代は、忘れられた。ただ乗りだ。
バスには学生がいっぱい。どうもポルトガルから来たらしい。

中心部のカストロから田舎道を歩く。家々にはうろこの模様。こちら独特のものらしい。
雑貨屋でアイスクリームをいただく。
丘みたいな道を登っていく。男4人、並んで歩く。たぶん映画みたいによかったに違いない。
実際にその姿を見てないのに、僕にはその4人並んだ姿がよみがえる。
下の海には、できかけの砂州が見えた。
こわいほどの海の色だった。
オソルノ山  オソルノ山ツアーのガイドは屈強な欧米系の女性だった。とてもやわで小さな日本人ではたばでもかないそうにない。
 その屈強な女性に男4人がぞろぞろついていく。
 かなり乱暴な運転だった。道のせいかもしれないが、ローバーはえらく揺れる。途中何度も天井に激突した。
 途中の道にはドイツ系の移民が多いそうだ。町のフンイキがドイツぽいらしい。
 ところでこの女性はどこの国の人?尋ねた。
 「アイムスコティッシュ」
 スコティッシュ?そんな国があったかいな?ちょっと考える。
 スコットランド人。そう彼女は言ったのだ。
 イギリス人ではない。スコットランド人である。強烈な民族意識を感じた。
 どうも旅の途中にバイトして稼いでいるらしい。
 やはりたくましい。
夜行に乗る  プエルトモンのバス乗り場にはロサンゼルス行きの看板?ロサンゼルス?
 まさかあのアメリカのロサンゼルス?それはすごくながいながい行程である。
 本当ならば乗ってみたい。でもやはりチリの北部にロサンゼルスの地名があるらしい。
 しばし、夢を見る。

 ここからは列車でサンチアゴに帰りたい。友人2人をバスで返し、列車を待つ。
 しかしすることがない。町も2周した。あきた。
 海辺でぼっとする。遠くにタンカーほどの船が見える。
 ジプシーらしい女3人がよってきた。でもさほど相手にもされず去っていく。
 公園でぼおっとしていると、取材が来た。地元の新聞社だそうだ。
 よほどネタがないらしい。しかしこちらも観光に来ただけ。あまり取材されずに去っていく。

 最後に駅で待つ。
 出発時間になって、ようやく列車が入線してきた。
 まだ逆向きである。ずーと方向転換を眺める。

 バスで5,6時間かかるで行くところを、14時間かけて、サンチアゴに帰る。
 路肩が危険で、そろそろ走るからだそうだ。
 長い長い道のりだった。


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