−99年−

99年に思いつくままの文章を紹介します。



日にち お題 内容
99/08 スポーツ中継  いくら顔に出ないからって「いっぱいいっぱいでしたか?」ってちょっと失礼ではないか?
 スポーツ中継のがんばれ一辺倒の応援はどうも好きになれない。
 銀メダルだって世界で2番目である。
 銅メダルだって世界で3番目である。
 4位入賞だって世界で4番目である。
 5位入賞だって世界で5番目である。
 すごいのである。せいいっぱいがんばっているのに決まっているのである。
 金メダルをとれなかったからがんばっていない、というのでもいうのだろうか。
 やたら金メダル、とかいってさわぐのはどうも好きになれない。
99/06 アイドルM  昔好きだったアイドルMがTVの番組でEメールの恋愛シミュレーションをしていた。
 僕も送りたかったぞメール。
 みんなからブサイクやんけとバカにされたけど、僕は彼女が好きだった。
 「男のやさしさはウソだから」とはきすてるMちゃん。最近なにがあったんだ?
99/04 4がつびょう  どうも4月病である。
 4月に入ってから、どうも元気がない。
 毎年、この4月で区切りを迎える。働いてから何年目になるだとか。卒業して何年だとか。つい数えてしまう。
 そうすると、ずるずると元気が出なくなるのである。
 桜桜桜って毎年さわぐのは、その反動かも知れない。
 去年は桜が終わった後に体をこわしてたのはそのせいかも。
 そろそろ今年も散り始める。今年はなんとか乗り切りたい。
99/03 茨城県庁  茨城県庁が、完成したそうだ。僕が学生の時につくるのつくらないの場所はどうするのともめていたやつだ。ようやくできたのか。ちょっと感慨。
 場所は昔の城内でなく郊外に移転。旧庁舎も古くて好きだった。しらべものをしにいったり、コピーをとったり、お話をきいたり、パスポートをもらいにいったりした。
99/03 幕張の交通  幕張本郷と海浜幕張のあいだはかなり需要があるように思える。
 僕だったらここに千葉モノレールをひく。
 海浜幕張地区自体が大きくて、移動がたいへんなのだ。
 こういうところにこそ新交通システムが必要ではないだろうか。
 それからこの地区はせっかく成田に近いのに、鉄道による成田とのアクセスがとても悪い。
 成田エクスプレスを京葉線に走らせ、海浜幕張にとめるとか、モノレールをひくことを前提に幕張本郷にとめるとか、できないものだろうか。いまは快速すら停車しない駅ではあるが。
 総武線もおかしい。西船橋、幕張本郷など乗り継ぎのために快速を止めるべき駅に、止まらない。
99/03 セルくんコソくん  クラスにセルくんという男の子がいました。
 いつも子分のコソくんを従えて歩いてました。
 でもコソくんだっていつまでも子分でいたくはありません。
 セルくんとケンカしてでもコソくんは子分をやめることにしました。
 セルくんも腕力でコソくんを子分のままにしておこうとしました。
 けんかはいけないよ。
 クラスのこどもたちはと2人の仲裁にはりました。
 コソくんは納得しましたが、セルくんは納得しません。
 クラスのこどもたちはこまり、「いうことをきかないと、なぐっちゃうよ」とセルくんをおどしました。
 でもセルくんはうんといいません。
 クラスのこどもたちはついにみんなでセルくんをぽかっとやりました。
 それでもセルくんはうんといいません。
 さて、どうなるんでしょうねえ。
99/03 30代の恋愛論  20代の恋愛に比べ、自分の30代の恋愛はずるい。
 どうせダメでも楽しいことはほかにいろいろあるさ。友達ならいるさ。自分が傷つかないように最初から予防線をはってしまうのだ。だてに何度も失敗を重ねていないから。
 そんなのは恋愛ではないといわれるかもしれないけれど。
 でも反面、少しさみしい気もする。20代のような見さかいのない突撃型の恋愛は、もうできないと思うと。たぶんもうしないけれど。
99/01

ラーメン屋のBGM

 以前ラーメン屋に入ったとき、BGMにジャズが流れていことがある。
 ジャズにラーメン。気になるといえば気になるし、気にならないといえばならない。
 でもやはり店の雰囲気はちょっと違ってていたがする。
 そこから夢想する。
 たとえば中島みゆきばかりBGMのラーメン屋はどうだろう。
 悲しくっていいかもしれない。
99/01

さかづめ

 ときどき、さかづめができる。
 さかづめの不快感も、たまらない。特にポケットに手を突っ込んだときの不快感は、とてもいやである。
 なのでさかづめはなるべく、むく。無理してもむく。痛いけれど、不快感よりはいい。
 やはりいつもつめきりを持っているべきかもしれない。
99/01

目をつぶってみる

 朝、目の不自由な人が駅のトイレにいた。
 僕は目の不自由な人を見ると自分も目をつぶってみる。
 目をつぶったままトイレ。かなりコワイ。おまけに手を洗うところもわからない。教えてあげればよかった。
 トイレって意外とそんな施設が少ないような気がする。
 地元の駅のトイレにはかなりの段差だ。一度車椅子の人が困っているのを手伝ったことがある。
 大人一人を段差1つ車椅子であげるのはかなりの力が必要だった。
 帰りの駅のホームでも目の不自由な女の子を見かけた。
 彼女とはたまに朝もみかけたりする。
 そんなとき、目をつぶって階段を上ってみる。これもかなりコワイ。次の段がわからないというのは。
 今日は走り去る電車の横を歩いていた。
 よく考えればホームもこわい。
 そんな彼女を遠くから見送った。
99/01 反動  きのうはわりと心が平穏で、落ち着いていたように思う。
 そんな日の次の日は必ず反動がくる。
 昨日の快感を引きずっているからだろう。
 頭で考えすぎてしまうのだ。その時点で自然体でなく、心がぎこちなくなってしまう。
 その反動がひっかかり、また悩みの日を繰り返してしまう。
 この反動をなんとかしなければね。いつまでも同じ繰り返しになってしまう。
 「実は昨日悟ったと思ったことはたいしたことではない。あたりまえのことなのだ」
 このことに気がつかなければね。
99/01

遠くを見る

 週末でかけたとき、いつも遠くを見ていた。
 そうするとまた街が違って見えた。
99/01

文章の気分

 久しぶりにヨーロッパの紀行文を読み直した。
 ほんとうにひどい文である。
 気取った、ええかっこしの気持ちがもろに見えている。はずかしいくらいだ。
 文章というのはそのときの気分が正直にでてしまう。こわいほどだ。
99/01 楽しいこと  楽しいことを思い出してみよう。
 楽しむようにしてみよう。
 そのほうが脳も休まるそうだから。
 体にもいいみたいだしね。
99/01

富士山

 冬になると僕のアパートから、富士山が見える。
 富士山をみかけると、自然とうやまいたくなる。
 江戸時代にはもっと江戸の町からよく見えていたのではないか。もしかして冬以外にも。
 当時、冨士講というものがあった。信仰だけでなく娯楽もかねてのものだったらしいが。
 娯楽もわかるけど、その信仰する気持ちもよくわかる。
 そう思って富士山をながめる。
 そんなときは自分も江戸時代の人間の末裔だと思う。
99/01

黒人の手の色

 「手は白いんですね」と黒人が日本人の大人に言われたといって、TVで怒っていた。
 あたりまえだぜ手の内側は皮膚だよと。これはちょっと違う気もするが。
 でも日本人は黒人の手の内側が白いことを案外知らないのではないだろうか。
 もちろん足の裏も。
 僕も知っていたかといわれると、自信がないのだ。
 映画で黒人俳優の手の内側を見て、内側は白いことに気がついたのは、20を過ぎていたと思う。
 たしかに日本人は黒人をバカにしているところはある。
 でも手の内側を知らないことは日本人の無知である。
 というかそれぐらい関心がないのだ。


  


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