★この内容は青い鳥医療福祉センターの機関紙「のびやか」に掲載したものです。



  自閉症について

愛知県青い鳥医療福祉センター 精神科医長 野邑健二



 【第1回掲載分】


・・・児童精神科のかわいいお客さん ・・・

 当院で精神科を開設して以来、もう150人以上の子供達と会ったことになります。みんなかわいくて楽しくて、ちょっとユニークな子ども達ばかりです。

 春先にやってきたK君もその一人でした。
 お父さんとお母さんと一緒に初めてやってきたのは、ちょうど3歳の誕生日の頃でした。
 K君は入ってくるなりおもちゃの方に歩いていき、遊びはじめました。こちらが声をかけても聞こえていないかのようで、こちらを見ようともしません。お母さんはちょっと困った風でしたが、どうぞと声をかけるとお父さんと二人で、こちらの前に腰を下ろしました。

K君はお父さんお母さんにとって初めてのお子さんでした。赤ちゃんのときは人見知りもなく、手のかからないおとなしい子でした。それが、一歳を過ぎて歩くようになると、家の中をウロウロするようになり、目が離せなくなりました。呼んでも反応がないし、目も合わなくて、周りのことをまったく気にしていないかのようでした。母が抱いてあげようとしてもあまり喜ばす゛、かえって嫌がることもありました。一歳を過ぎても言葉が出ず、ちょっと心配でしたが、周りからは男の子は遅いからと言われて、そうかなと思っていました。

 1歳6ヶ月の健診の時に、保健婦さんから、言葉が出ていないことと、目が合わないこと、落ち着きがないことを指摘され、時々様子を教えてくださいといわれました。保健婦さんに誘われて、月に1回保健センターでやっている親子教室にK君とお母さんで出かけるようになりました。
 そのうち、こまのようにくるくる回ったり、爪先立ちでとことこ走りまわったり、手を目の前でひらひらさせて見入ったりといった変わった行動をするようになりました。自分で回るだけでなく扇風機や換気扇など回るものをじっと見ていたりもしました。また、水遊びが好きで、水道を見ると走っていってしまうため、出かけるのに注意が必要となりました。その頃はよくミニカーを一列に並べて遊んでいました。
 
 2歳を過ぎて言葉を少しずつ話すようになりました。「ママ」とか「ジュース」などの単語を話すようになった後、コマーシャルのまねをよく口ずさむようになりました。言葉の数は徐々に増えてきましたが、独り言のように話すことが多く、あまり話しかけてこない子でした。母が話しかけても、「これが欲しいの?」と聞くと、「これが欲しいの?」と同じように答えるような、オウム返しがよく見られました。
 その頃より、買い物に行くのに違う道を通ろうとするととても嫌がったり、いつも同じコップを使いたがったりといったこだわりが見られるようになりました。いつもと違うことに出会うと急に金切り声を出して叫ぶことがよく見られました。
 保健婦さんに様子を話したところ、一度専門家に診てもらったらとアドバイスを受け、当院の精神科を紹介されました。

 と、いう話をお父さんお母さんから伺いました。

 K君はその間、ミニカーを並べたり、積み木を積んだりして遊んでいました。おもちゃのふたが開かないときに持ってきて開けてもらうことがありましたが、後はお母さんの所に来ることは少なく、おとなしく過ごしていました。
 K君の様子とご両親の話から、自閉症といわれる障害をもったこどもさんであると考え、ご両親に診断についてお話しました。

 当院の精神科にはK君のような自閉症の子どもはたくさんやってきます。全体の半分以上は、自閉症ないし自閉症の仲間の障害の子です。
 自閉症といっても、その子によってあるいは時期によって様子は全然違い、すべてがK君と同じというわけではありません。「自閉」と言っても引きこもっているわけではなく、お話の大好きな子、人と付き合うのが大好きな子もたくさんいます。
 自閉症の子に共通した特徴は、大きく3つあります。
 一つは、人との付き合いの問題。視線があまり合わなかったり、家族にもあまり甘えてこなかったり、あるいは、付き合いがマイペースであったりといったようなことです。二つめは、言葉やコミュニケーションの問題。言葉の遅れや変わった使い方(オウム返し、独り言など)、ゼスチャーの乏しさ等です。
三つ目は、こだわりや、興味の偏り、新しいこと・変化への抵抗等です。
 この、児童精神科に最もよく来てくれる、自閉症の子どもたちについて次回以降お話をしたいと思います。

 次回は、自閉症の子の特徴についてもう少し詳しくお話します。




 【第2回掲載分


・・・自閉症ってどんな子なの?・・・


 今回は、自閉症の子供の特徴について述べたいと思います。前回の最後に、自閉症には三つの大きな特徴があると書きました。対人関係の障害と言葉・コミュニケーションの障害とこだわり・興味のかたよりです。

 その前に少し自閉症について述べておきたいことは、自閉症は発達障害だと言うことです。「自閉」というと「心を閉ざす」というイメージがあるためか、思春期の登校拒否や引きこもり、あるいは家庭や学校などの問題で元気がなくなったり、話をしなくなったりといったような情緒障害と同じようなイメージを持つ方もいらっしゃるかもしれません。しかし、自閉症は生まれつきの脳の障害(機能不全)で、養育や環境によって起こるものではありませんし、人と付き合わないわけではありません。自閉症にはこのような誤解が大変多く、親の愛情不足とか育て方の問題と言う人が専門家と言われる人の中にもいたりします。

 さて、特徴の話をしましょう。自閉症の子供といっても様々です。これから話す三つの特徴も、その子の年齢、発達の段階、障害の重さによってかなり違って見えます。例えば自閉症の子が「目を合わさない」のはよく言われますが、全ての子がそうではありません。また、大部分の子は成長につれて合ってくるようになります。

 一つ目は対人関係の障害です。

発達が幼い段階では、視線が合わない、呼んでも反応しない、人に関心を示さないといった行動がよく気づかれます。一人遊びが多く、遊んであげようとしても喜ばず、かえって嫌がったりすることもあります。外に出ても一人でいるかのようにマイペースに走っていってしまい、手を離すと簡単に迷子になってしまいそうです。そして迷子になっても平気な顔をしていることも多かったりします。

ある程度の対人関係が可能な子供の場合は、人見知りがなく誰にでも馴れ馴れしく話しかけていく子、周囲との関わりが一方的でマイペースな子、マイペースで落ち着きがなく集団行動ができない子、人の気持ちを察するのが苦手な子といった相互交流の困難さが見られます。


 二つ目は言葉とコミュニケーションの問題です。

言葉の遅れが最初に気づかれる子が多いですが、中には一度出た言葉を言わなくなったりする子がいます。これは「折れ線型発症」といわれ自閉症の子の約3分の1がこれであると言われています。言葉以外のコミュニケーションの遅れもよく見られます。指さしをしなかったり、ゼスジャーが乏しかったり、欲しいものがある時に母の手を引っ張って手を道具のように使って物をとろうとする行動(クレーン現象と言います)、逆向きに自分に向けてバイバイする、などが見られます。

言葉を話すようになってからは、オウム返し、独り言、場にそぐわない発語が多く、会話になりにくいという特徴が見られます。文法上は間違ってないがその場には合わない話や、初対面や目上の人にも同じように話しかけたりといった子もいます。

三つ目は、こだわりや、興味のかたより、常同運動です。

発達の幼い段階では、常同運動といわれる、変わった行動を繰り返しすることがあります。手をひらひらと目の前でかざして見ていたり、こまのようにくるくる回ったり、つま先立ちで歩いたり、回るもの(扇風機、換気扇、車のタイヤなど)を好んで見たり、高い所に登りたがったり、横目で見たり、などがあります。

新しい状況や環境の変化には抵抗を示し、かんしゃくを起こします。同じ物、服、道順、物の位置などにこだわり、例えばいつもと違う道を通ろうとするとひどく怒ります。こだわりの一種で極度の偏食が見られる子もいます。

年長になると、特定のものへの興味のかたよりがしばしば見られます。ものを一列に並べるのに熱中したり、マークや数字・文字、特定のコマーシャルやキャラクターに大変興味を示し、没頭します。

こういったものも、常にあるわけではなく、例えば常同運動は、発達の比較的良い自閉症の子供にはあまり見られないですし、同じ子でも時期が経って成長してくるとあまりしなくなります。こだわりは、乳幼児期にはあまりなく、少し成長した頃、3−4歳頃によく見られます。

その他、自閉症の子供に共通してよく見られる特徴は、落ち着きがない、音に敏感、睡眠時間が短い、自傷行為などがあります。

このような特徴がいくつかあるようであれば、自閉症の可能性について考えていただいたら良いのかなと思います。

自閉症の子供のイメージが少しつかめてきたでしょうか。

では、自閉症とは何なのか?という疑問が出てくるのではないかと思います。次回はその辺りについて述べたいと思います。



 【第3回掲載分


・・・ 自閉症の仲間 ・・・


自閉症を中心とする発達障害の精神科診療をしていると、よく次のような質問を受けます。

「アスペルガー症候群って、自閉症とは違うのですか?」「高機能と言われたんですが」「広汎性発達障害って何ですか?」

自閉症の診療が積み重ねられるに伴って、分類をするために色々な用語が使われるようになりましたが、これらは自閉症の仲間を表現するための言葉です。

アメリカの精神医学会が分類した診断基準をわれわれもよく用いますが、その中では自閉症は広汎性発達障害という障害の中に含まれています。すなわち、広汎性発達障害というのは自閉症の仲間の総称です。

広汎性発達障害には次の5つが含まれます。

1、自閉性障害(自閉症)

2、アスペルガー障害(アスペルガー症候群)

3、小児期崩壊性障害

4、レット障害

5、特定不能の広汎性発達障害(非定型自閉症を含む)

順に見ていきましょう。

自閉性障害は自閉症のことです。診断基準の中では自閉性障害と書かれています。前回述べたように、対人関係の障害、言語・コミュニケーションの障害、こだわり・興味の偏りの3つの特徴が認められる障害です。そして、3歳以前にその特徴が見られるというのが重要です。

アスペルガー症候群は、自閉症の特徴のうち、対人関係の障害とこだわり・興味の偏りは認められますが、著明な言葉の発達の遅れがないものを言います。具体的には、「2歳までに単語、3歳までに2語文を話す」というのを目安にします。自閉症―言語障害=アスペルガー症候群とおっしゃる先生がいますが、そんな風に考えていただけると良いかと思います。

小児期崩壊性障害は、少なくとも2歳までは全く正常に発達していたけれどもその後話していた言葉が消え、自閉症の症状が出てくるものです。頻度はあまり多くなく、私自身もまだ出会ったことはありません。

レット障害は女児のみに見られる非常にまれな障害で、生後数ヶ月の正常な発達の後に、手の能力や歩行の能力が失われ、対人関係や行動などで自閉症に似た特徴を呈し、重度の知的発達の遅れを認めます。

この2つは、非常にまれな障害ですし、自閉症的な症状よりも発達の遅れの方がより問題となるものであるので、あまり考えなくていいかと思います。

さて、問題は「特定不能の広汎性発達障害」です。これは自閉症の3つの主たる特徴を不完全に満たすものです。例えば、対人関係の障害や言語発達の障害は特徴的だけれども、こだわりはあまりはっきりしないなどといったものです。こだわりは年齢の幼いうちははっきりしないことも多く、後になると自閉症の基準を満たすと言うことも少なくありません。いずれにしても、自閉症と本質的な違いはないと考えて、対応して頂く方がわかりやすいかと思います。

もう一つ、「高機能」という言葉について述べておきます。「高機能」とは知的な遅れがないということを指します。知能検査をして知能指数(IQ)が70以上の場合に使います。

では、アスペルガー障害と高機能自閉症は同じなのか違うのか、という疑問が出てくるかと思います。

定義からすると、言葉の発達に遅れのなかったアスペルガー障害に対して、遅れがあったがそれを成長の中で取り返して知的発達の遅れのなくなったのが高機能自閉症ということになります。研究者の間では、今でも議論になっていますが、本質的には両者は同じ物ではないかと考えています。

次に「自閉的」という「用語」について述べたいと思います。

「自閉的と言われましたが、自閉症とは違うんですか?」という質問も受けることがあります。「自閉的」というのは、自閉症の特徴が見られると言う意味の単語ですが、正式な診断名ではありません。この言葉の使い方は医師によって違うようですが、大体は、はっきり自閉症の特徴がそろっていないが自閉症の疑いが強いようなとき、すなわち先に述べた特定不能の広汎性発達障害の時が多いのではないでしょうか。「自閉的」と言われたときには「診断名は何ですか?」とはっきり聞いて頂くとはっきりするのではないかと思います。

アスペルガー症候群と犯罪との関係について、最後に述べたいと思います。

昨年起きた少年事件の加害者の少年について「アスペルガー症候群」との鑑定結果が出た事が報道され、それまでなじみのなかったこの障害名が一気に有名になりました。こういう形で知られるようになったのは大変残念なことです。アスペルガー症候群や自閉症の人の犯罪の報告は決して多くはありません。人の心を読むことが苦手な人たちですので悪意と言うものは生じにくい傾向にあると思われます。あるとしても、社会のルールを理解できないが故のトラブルや彼の特性を理解できずに対応したことに対する反応がほとんどです。逆に、真正直だったりずれた反応をしたりすることで、いじめや犯罪の被害者になることの方が圧倒的に多いと思われます。

ただ、先の事件もそうですが、犯罪を起こしたアスペルガー症候群の人のほとんどはそれまで診断がついていない例でした。診断がついていないために、周囲が彼らの内面を理解できずに受け入れられなかったり、彼らの特性に合わせて社会のルールや対人関係のあり方を学んでいってもらうように配慮することが出来なかったことが、大きく影響したようです。早期の診断と周囲の方の理解が何よりも大切だと思います。

(今回の内容が前回の予告と異なったことをお詫び申し上げます)



 【第4回掲載分


・・・自閉症って何なの (前編)・・・


自閉症の特徴として、対人関係の問題、言葉・コミュニケーションの問題、こだわり・興味の偏りの3つについて以前述べました。どうしてこういう特徴が見られるのでしょうか?まだはっきりとした結論は出ていませんが、現在最も有力な手がかりをもとに説明を試みてみたいと思います。

一つは、「他人の気持ち・意図を読み取るのが苦手」ということです。

当初は、他の人にも心があって、自分に対して思っていてくれる、あるいは関心を抱いていてくれるということさえピンときていません。このため自閉症の乳幼児にとって、身近な人がとても大事な存在であると思えないのです。生活していく中で、身近な人(特に母親)は自分の世話をしてくれて生活を助けてくれる存在であるということは分かってきます。しかし、情緒的な結びつきがなく、一緒にいると安心できるという感じを持っていないので、用がなければ一緒にいようと思わないですし、離れていても平気です。だから外に出ると好き勝手に走っていき迷子になっても不安な様子がありません。強い関心を持っていないのであえて注目して顔を見る(視線を合わせる)こともないですし、呼ばれる声にも返事をすることはそれほど大事なことではありません(本人にとって)。そのため人に対して関心が薄いという特徴になります。

自閉症の子どもの赤ちゃんの頃の話を聞くと、「人見知りがない」と「おとなしくて手がかからなかった」という話がよく聞かれます。人見知りは一般的には6−10ヶ月頃から始まり、慣れない人に抱かれたりすると大泣きし、お母さんのところに戻ると泣き止むというものです。これはお母さんと他の人を区別し自分の安心できる人を認識している現れです。おとなしくて手がかからなかった子というのはあまり人を求めなかったということを意味します。一般には赤ちゃんのうちは、泣いてお母さんに抱いてもらってあやしてもらって安心して泣き止むということを繰り返すため、手がかかって大変という時期があるのではないでしょうか。もちろんこういった特徴のある赤ちゃんがすべて自閉症というわけではありませんが、後から振り返ってみるとこの時期から人を求める気持ちが薄かったと言うことになるのだと考えられます。

もちろん自閉症の子どもの対人関係も発達しますので、だんだんと母親を認識し、べたべたするようになります。外でも勝手に行ってしまわないで目の届く範囲にはいて母の方をちらちら確認したりします。言葉も話すようになり、意思の疎通も可能となります。この頃の特徴としては、人見知りがなく馴れ馴れしく知らない人に話し掛けたり、一方的に相手の反応を構わず接近していきます。急に気に入った子に抱きついて、相手が泣きそうになっていてもニコニコしています。他者に対して興味関心が出てきたのですが、「相手がどう考えているかを感じる」のが苦手なのです。

集団行動には、かなり発達した子どもでもなかなか苦労します。周りの人の意図を読み取るのが苦手ですので、まず、先生が「みんな、○○しましょう」という時の「みんな」が自分を指しているかがはっきりしない。それから、その場の空気を読んで行動するのがピンと来ない(式典のときは静かに座っているとか)。あるいは周りの行動に合わせて自分も行動するという事がなかなか出来ない。だから具体的に何をするべきかを指示してあげる必要があります。

ところで、自閉症の子どものこうした対人関係の遅れは生まれつきの脳の問題です。自閉症の子どものお母さんと話をしていると、「小さいときにあまり構わなかったから」と言う話が出てきます。しかし、お母さんが構わなかったから愛着が育たなかったのではなくて、もともと生まれつき人に対して関心の薄い子どもで、一人でいても平気だったのです。子どもの方から求めてこないので結果的に関わりは少なくなる傾向になりますが、それが根本の原因ではないのです。そこは周囲の方もよく理解して頂ければと思います。

さて、言葉の遅れにも対人関係の問題が大きく影響しています。そもそも言葉というのはどうして発達していくかというと、相手に関心があって、相手が何を言っているのかなと思ったり、相手の言っていることややっていることを真似しようとしたり、あるいは自分の意志を何とか相手に伝えようとしたり、そういったコミュニケーションの意欲があって言葉が獲得されていくのだと考えられます。人への関心がしっかりしていないと言葉を使う必要はあまりないのです。もっとも、言葉の発達は知的な発達の状況が大きく影響します。自閉症の子どもの中には知的な発達がゆっくりな子どももいますので、その場合は対人関係と知的な発達の両者が揃うことで言葉が発達してきます。自閉症の子どもと会っていると、母親との愛着が見られ対人関係が発達するときに、同じ頃に言葉もぐんと伸びる場合をよく経験します。

オウム返しも特徴の一つです。「これ何?」と言われて「これ何?」と答える、あるいは「りんご食べる?」とりんごが欲しいときに疑問文のように語尾を上げて話します。「りんご食べる?」とお母さんから言われると同時ににりんごをもらえた経験があると、自分もりんごが欲しいときにはそう言えばいいという風に認識します。状況や相手の意思・立場によって言葉の使い方が変わるということがなかなか理解できないのです。

言葉の発達が良好の子どもでも、一方的に自分の話をしたり、場にそぐわない会話になったり、あるいは目上の人にでも同じように話したりします。これは相手の意図を読んでそれに合わせる事がうまく出来ないからと考えられます。

相手の気持ちが読み取れないということから自閉症の子どもの特徴について考えてきました。3つの特徴のうち、対人関係の問題と言葉・コミュニケーションの問題についてはある程度説明できたのではないかと思います。

もう一つ、大事な手がかりがあります。それは、入ってくる情報を整理して全体として捉えて考えることが苦手なところです。次回はこれについて考えながら、更に自閉症の子どもの特徴について整理していきたいと思います。



 【第5回掲載分



・・・自閉症って何なの (後編)・・・


前回は、自閉症の特徴を考える上で、「他人の気持ち・意図を読み取るのが苦手」という有力な考え方をもとに、自閉症について考えました。今回はもう一つの大事な手がかりである「入ってくる情報を整理して全体として捉えて考えることが苦手なところ」について説明しながら、自閉症の子供の特徴について考えたいと思います。

 自閉症の3つの主たる特徴として、対人関係の障害、言語・コミュニケーションの障害、こだわりがあるという話は今までに何度か述べてきたと思います。今回の話は主にこだわりに関係する所です。常同行動、興味の偏りというのも、大きくこだわりの仲間に入れて考えればいいかと思います。

 「入ってくる情報を整理して全体として捉えて考えることが苦手」だと、どういうことが起こるのでしょう。

一つには、状況の理解が難しくなります。

 我々は生活する中で、様々な情報を取り入れています。こうしているだけで、いろいろな音が入ってきます。エアコンの音、外の車の音、テレビの音、家族が自分を呼ぶ声、我々はその中から、自分の必要な音のみに注意を絞り、他の音はあまり意識の中に入ってきません。また、その中でも自分の身近な人の呼び声には、ことのほか敏感に反応します。

それが出来ないとどうなるでしょう。様々な刺激がワーと洪水のように入ってきてそれをうまく整理が出来ず、意味がつかめないと、とても不安な気持ちになります。例えば我々が言葉の通じない外国に一人で行って通りの喧騒の中に立ったときのことを想像してみて下さい。よく分からない話し声が周囲から聞こえてきますが、それはただの騒音でしかありません。そうしたときにどうするか。例えばCDを聞いたり本を読んだり、ぼーっと考え事をしたりといったことに集中して、周りから聞こえてくるものを気にしないようにするかもしれません。常同行動というのはそういうことなのかなあと思います。手をヒラヒラさせてそれを見ていたり、くるくる回っていたり、そうしている間は呼んでも反応はなく、周囲の世界とは断絶しているかのようです。本人としては、訳のわからない「音の洪水」に振り回されず、自分のわかる刺激を楽しむことで精神的な安定を図っているのでしょう。

もう一つは、あいまいなことがよく理解できないということです。

自閉症の子どもはユニークなものに興味を持つことがあります。

それは文字や数字、マーク、キャラクター、カレンダー、あるいはコンピューター、時刻表、地図、いろんな「特定の知識」・・・

これらに共通することは、答えがはっきりしていて変化しない、無機質なものということです。マクドナルドのマークはどこにあっても同じです。数字は誰が書いても大体似た形をしています。例えばこれが「犬」になると、柴犬とセントバーナードとブルドックとが、総て犬なのかというのは、大変分かりにくい。明確な指標が決まっていないからです。また、コンピューターだと打ち込んだものに対応した決まった答えが返ってきますが、人との付き合いでは、相手によって反応が違います。文脈や態度からニュアンスを感じ取らないといけません。なかなか難しいことです。

あともう一つは、何が大事かがよくわからないということです。

例えば、ある状況で嫌なことが起こった時、何が原因か分からないときには自分で判断するしかありません。母親が赤い服を着ていたときに歯医者に連れて行かれて痛い思いをすると、赤い服も大嫌いになります。逆にある状況でうまくやれているときにちょっとでも変わったことがあると、何か大変なことが起こるんじゃないかと心配になります。だから置いてあるものの位置も、日常生活の順序も母親の服も、みんな同じだと安心します。これがこだわりの要因の一つだろうと考えています。

まとめると次のようなことになるのかなあと考えています。常同行動は、周囲の世界がわからないのですべてを遮断している状態。興味の偏りは、分かるものだけを選択してそれにのみ意識を向けることであいまいなものは気にしないようにすること。こだわりは、あいまいな現実を本人なりに分かりやすく無理やり枠にはめて理解しようとすること。

この3つの特徴は、違うようで似ているように思えてこないでしょうか?

常同行動は、知的に幼い段階に多く見られ、成長とともに少なくなります。興味の偏りやこだわりは、知的な理解が発達して、周囲の世界がわかってくると少なくなりますが、常同行動と比べると、かなり成長してもその特徴がどこかに見られたりします。

こだわりについてすべてこれが原因というわけではなくて、いろいろな場合があります。これを読んですべて当てはめるとしっくり来ない場合のほうが多いのではないでしょうか。

大事なことは、彼らのする行動について、「なんでかな?」と考えてみることだと思います。訳のわからない不思議な行動にも、彼らなりの理由があるのです。すべてわかるわけではありませんが、わかろうと努めることが、彼らをよりよく理解し、うまく付き合っていくための第一歩となるのだろうと思います。



 【第6回掲載分


・・・自閉症の「治療」について・・・


自閉症の子どもについて理解するための手掛かりになるような事柄を前回までに述べてきました。今回は「治療」について考えていくことにしたいと思います。

以前にもお話しましたが、自閉症は生まれつきの脳の障害です。もともと、脳の働きがうまくいっていないところがあって、そのために生活する上で極端に苦手なところが出てきます。苦手なところというのは、前回までにお話ししたような「他人の気持ち・意図を読み取るのが苦手」とか「入ってくる情報を整理して全体として捉えて考えるのが苦手」といったようなものです。そういった苦手なところが原因となって、視線が合わないとか、言葉が遅れるとか、オウム返しとか、こだわりとかといった自閉症の特徴が出てくると考えれば良いかと思います。

脳の障害と言いましたが、実際のところ、現在はまだ脳のどこがどのように問題なのかははっきりしていません。そのこともあって、自閉症の治療法は特効的なものはありません。一時期、自閉症の治療薬なのではないかと言われた薬がありましたが、その後の研究で効果が認められないことがはっきりし、現在は使われていません。特別な訓練というのもありません。一部の子どもには言語訓練や感覚統合訓練が行われることもありますが、必要があるのは一部の子どもですし、自閉症自体を治療するわけではありません。

では何もしなくてもいいのかというわけではなくて、適切な働きかけにより、大きく変化・成長をします。苦手なところを治そうというのではなくて、苦手な所を周りの人が理解し、混乱や不安を与えないよう、本人がわかるように関わってあげ、わかるような働きかけをしてあげる必要があります。

人とうまく付き合えない初期の段階では、人に対して関心の非常に薄い状態に対してまず対処する必要があります。「分かりやすい指示」をしても、あるいは訓練をするにしてもこちらに対して関心を持ってくれて言うことを受け取ってくれなければ意味がありません。

まず、「自分以外にも周りに人がいて、自分に対して働きかけたりあるいは自分のことを思ってくれている」「その人と一緒にいるととても楽しいし、安心する」といったような他の子どもならばごく自然に感じていることについて分かってもらうことが必要となってきます。

そのためには、まず一番身近な人との関係をしっかり作ることが必要です。多くはお母さんになるでしょうか。ひとつにはよく遊んであげることです。とは言っても彼らが遊んでいるところに加わろうとするとかえって怒られたりしますし、あやしてあげても反応がなかったりあるいは長続きしなかったりします。それはお母さんに遊んでもらっているということがよく分かっていないからです。

だから最初は難しいあそびは出来ません。最初は身体を使った遊びがよいと思います。くすぐったり、揺さぶったり、持ち上げたり、振り回したり・・・。後は手遊び、親子遊びの類になります。こういう遊びの良さは、ひとつには身体の感覚を刺激する遊びは理解力に関係なく誰でも楽しめます。それから、本人にその気がなくてもこちらがその気であれば遊んであげられます。それからこれは一人では絶対に出来ない遊びです。

最初のうちはなかなか乗ってこないかもしれませんが、本人から求めてこないからやらないとしてしまうと機会がなくなりますので、本人がいつもの遊びに一段落ついた頃に父母の方から積極的に仕掛けていくのが良いかと思います。一人で車を並べているよりもお父さんお母さんと遊んでいると楽しいなと思ってもらえて、自分からせがんでくるようになれば成功です。一緒に遊べるようになれば、手遊びやマネ遊び、ボール投げなどやり取りのある遊びを少しずつ取り入れていけば良いかと思います。

やってみれば分かりますが、こういった遊びは疲れますので長くは持ちません(大人の方が)。また、他の用事ももちろんありますから、ずっとべったりである必要はありません。折をみてやってあげるよう心がけるということでよいと思います。

こういったことは、家でずっとやっているのは、何をしたら良いか考えるのも大変ですし、反応の少ない子ども相手にやっていると気が重くなることもあります。そこで市町村でやっている療育教室に行かれるのを勧めます。親子教室は保険センターが主となってやっており大抵は月に12回です。母子通園施設は週に3−5日で、特に自閉症の子どもにとっては初期の段階で通う適応となるところです。

母子通園施設は、お母さんと子どもとが一緒に通う園で、母子関係を深め、集団活動に乗る練習が出来るよう、親子遊びや簡単な集団遊びを中心としたプログラムを組んでいます。身辺自立なども園の先生に手伝ってもらいながら他の子どもたちと一緒になることで出来るようになったりします。特別な活動や訓練をしている訳ではありませんが、実際に通いだした子どもたちに会っていると、数ヶ月のうちに多くの子が変わっていくのを経験します。母子の愛着・対人関係の育成にはとても有効であると思います。

ところが、母子通園施設というのは市町村によってある所とない所があります。当センターが地域療育で担当している海部郡・津島市・西春日井郡の20市町村のうち、母子通園施設があるのは、5つ(師勝町、西春町、西枇杷島町、津島市、蟹江町)です。少なくとも人口3万人以上または年間出生数300人以上の市町では必要な対象児童が十分いると思われますが、他の市町村ではまだ設立の話は聞こえてきません。

母子通園のない地域では、親子教室を利用するか、自主グループの運営する療育機関への参加が多いようです。詳細は在住の市町村の保健センターに相談してください。

「治療」という言葉からはかなりイメージの違う話になってしまいました。「治療」を期待された方はがっかりされたかもしれません。しかし、自閉症の子どもに対しても、こういった対人関係を中心とした全体的な発達を促す療育が初期の段階では最も必要なことであり、その後必要があれば訓練を考えれば良いかと思います。

対人関係が少し出来た後に問題になってくるのは、いかにわかるように働きかけるかでしょう。彼らとうまく付き合うためにはどこに気を付ければ良いのか。そのあたりについて、次回お話したいと思います。




【第7回掲載分


・・・うまく付き合うためには・・・


前回は、自閉症の子どもたちに「人に関心を持ってもらう」にはどうするかといったことについて書きました。今回は、自閉症の子どもたちとどう付き合うか、すなわち自閉症の子どもたちとコミュニケーションをどうとっていったらいいのかということについて述べていきたいと思います。

 自閉症の子どもたちと付き合っているお父さんお母さんや先生方と話していると、次のような話をよくお聞きします。「わかっているのかどうかよくわからない」「わかっているのにやらない」・・・などなど。

以前にもお話しましたが、自閉症の子どもたちは「入ってくる情報を全体として捉えること」が苦手です。字を読んだり、物の名前を覚えたりということは出来ても、それを実際の生活の中で利用したり、状況に合わせて使い分けたりするのは出来なかったりします。何と結びついているのかがピンと来ない。勘の悪い所があります。従って彼らにわかってもらうためには苦手な部分に配慮した伝え方が必要です。

それには、4つぐらいのポイントがあると考えています。「本人がそのことに関心を向けているタイミング」に「具体的な手がかり」を用いて示し、「手がかりと言葉をセットにして伝える」。これを日常の中で「繰り返し」続けていく。

具体的な話に入りましょう。

どうやって叱るか。例えば、高い所に何度も登ってしまう時・・・登ろうとした瞬間に、いつもよりも厳しい声で「登らない」「降りる」と声をかける。声かけと同時に身体をつかんで止めさせる。

登ってからしばらくした後に叱っても、何で叱られているのかがピンと来ません。叱っても登るのを見ていて止めさせなければその行動はしても良いと解釈するかもしれません。もちろんいつも未然に止められるわけではありませんが、出来るだけ早く止めるようにする方が本人にとってわかりやすくなるのです。ある時は良くてあるときは止めさせるというのではなく、いつも注意をすることが必要です。これはなかなか大変です。だから叱る事柄は理解力があまりないうちは最小限に絞るべきです。あれもこれも叱っていると本当にいけないことがわかりにくくなります。

言葉を覚えてもらうにはどうするか。彼らがその瞬間に注目していることについて声をかけることがわかりやすいでしょう。日常生活の中で状況が理解しやすい時というと、例えば物を渡す時やお風呂や歯みがきなどの特定の行動をしている時でしょう。お菓子を渡す時に目の前に見せて「お菓子どうぞ」と声をかけます。あるいは歯磨きしながら「歯磨きしよう」「ゴシゴシだね」と語りかけます。この時に長い文章ではかえって何を言っているのかわかりにくいですので、単語かせいぜい2語文ぐらいでゆっくり話してあげてください。

他の子供とうまく付き合えるかどうかも気にかかることです。友達に興味を持ってもなかなか入っていけなかったり、自分勝手に入っていっては嫌がられたり、関心を引くつもりで急に押したりちょっかいをかけたりしてかえって問題になったりします。

同年代の子どもと付き合うというのは彼らにとってはなかなか骨の折れる課題です。大人のように彼らに合わせてくれないですし、付き合うには暗黙のルールが数多く存在します。こういうあいまいなもの、答えの決まっていないことはとても苦手です。ですから、当初は大人が間に入って具体的に付き合い方を練習させないといけません。「貸して」「良いよ」とか「入れて」「どうぞ」とかのやりとりを大人が促しながら実際にやってもらうのです。ですから最初は少人数のお友達と遊ばせるのが良いでしょう。いきなり集団では複雑で混乱してしまいます。本人に自信がついたら自分から集団に入っていけるようになります。ところで、おもちゃの貸し借りなんかでは、「貸して」「良いよ」を教えることが多いですが、「後で」「待って」といった「いや」の表現を覚えてもらうのを忘れがちです。友達に「貸して」と言われておもちゃを渡した後、パニックになったりします。YESNOの両方の表現を覚えてもらうことをお忘れなく。

状況の理解が苦手ですので、前後の状況を結びつけることが難しいです。ですから何について話しているのかがわかっているかを確認しながら話すことが必要です。また、抽象的な言い方はよくわかりません。その場で目に見える形で示される物や体験をもとに、具体的に話をしていきます。毎回毎回が、断片的な体験になっていて、同じようなことでもなかなかそれが同じ物として理解されません。ちょっとでも状況が違うと、あるいは別の日にはもう全く新しい体験と感じられ、前回の教訓が活かせなかったりします。この辺りが「勘が悪い」と表現するとぴったりするのかなと思いますが、それでも何回も何十回もくり返して体験を積み重ねていくうちにわかってくるようになります。日常生活の中で繰り返し教えていくことが大切だと思います。日常の場面は同じ事が毎日のようにありますのであっという間に何十回も繰り返せます。また、状況がわかっているので勘の悪い子どもたちにもピンと来やすいでしょう。
 「わかっているのにやる、あるいはやらない」のは、意味としてわかっていても状況に合わせた使い方がわからないのです。ひょっとしてわかっていないかもという目で見て、丁寧に教えてあげて下さい。きっとコミュニケーションが身のある楽しいものとなるでしょう。



 【第8回掲載分



 ・・・自閉症の子どもたちの「これから」について


  今回は、自閉症の子どもたちの「これから」のことを述べていきたいと思います。

自閉症の子どもたちの将来について予測するのは実はまだ難しいところがあります。今現在の自閉症の大人の方についてのデータが必ずしも当てはまらないというのも、その理由の一つです。今の自閉症の大人の方が診断を受けた20―30年程前までは、自閉症は10000人に46人ぐらいだとされていました。その後、乳幼児健診が行われるようになったり、自閉症やその仲間についての知識が一般にも医療関係者の間にも広がったりしたことにより、現在は、自閉症の子どもはその頃に言われていたよりもずっと多いということが分かってきました。自閉症の診断を満たすのは1000人に2人ぐらい、自閉症の仲間全体では100人に1人ぐらいというのが最近のデータです。そのうち半数は知的な遅れの見られない、いわゆる「高機能」の子どもたちです。

 「自閉症が軽症化している」と言う人がいます。それは小学校に入学する子どもたちを見ていて、今まで考えられていたよりも普通学級に進む子どもが多いことからも言えるかもしれません。自閉症の割合の増加と、自閉症の軽症化は関連があるのだと思います。一つは、自閉症やその仲間についての知識の広がりとともに、今までは自閉症とは考えられていなかった軽いものや発達の良いものにも診断がつけられるようになったこと。もう一つは、乳幼児健診が始まったことなどから、早期に自閉症が発見され、早期から療育を受けるようになったため、良好な発達をしているということが、あるのだと思います。

  だから、今の自閉症の大人の方に比べると、ずっと軽いあるいは発達の良い自閉症の大人がたくさん認識されていくことになるんだろうと、思います。そういう人達がどんな生活を送っていくのかについては、残念ながら今のところまだ、確定的な話は聞こえてきません。今現在、丁度大人になろうとする人達が模索している最中ぐらいなのでしょうか。ただ、おそらくは、今言われているよりもずっと高い割合で、社会で自立して暮らしていっていくのだろうと考えています。

  このような話をしていると、よく受ける質問があります。

 「自閉症は治るのか?」という質問です。これには2つの意味があるのかなと思います。 一つは、自閉症が治って、自閉症でない状態になるのか?例えば、肺炎が薬を飲んで菌がいなくなって症状がなくなったら「完治」となるように・・・

  以前にも述べましたが、自閉症は生まれつきの脳の障害です。詳しいところまでははっきりしていませんが、脳のどこかの部分に細かい障害(または機能不全)があってそれによって、発達が邪魔を受けます。自閉症の子どもももちろん発達をしていきますし、発達の良い子どもはいわゆる自閉症的な特徴がだんだん薄れて分かりにくくなっていきます。日常の生活の中では他の子どもと変わりなく過ごしている子もたくさんいます。しかし、「障害」ですので、「治る」ということにはならないのかなあと考えています。

  例えば、通常の生活の中では全く問題なく過ごせ、普通に付き合っているとどこが自閉症なんだろうという子どももたくさんいます。ただ、そういう子でも、ちょっとユニークなところがあったりとか、あるいは大人になっていく過程で、生活の変化(進学、就職、転居、結婚、育児、家族の変化など)や対人関係の変化(年齢が上がってくるにつれて、友達付き合いが複雑になってくる。グループに入らないといけなかったり、親友付き合いをしたり、異性と付き合ったり・・・)などがあったときに、それまでのやり方ではうまくいかなくて混乱したり不安になったりする子がいます。

  ですから、例えば発達が非常に良くて生活に問題がない子どもの場合、特別な訓練や配慮が必要でない子どもも多いですが、彼が自閉症の子どもの持つ苦手なところを持っていて、ひょっとしてそれで困ることもあるかもしれないということを、周りの方が思っているだけで随分と違ってくるかなあと考えています。そして、本人が困った時に、苦手なところに対応した援助をしてあげて、また、必要があれば我々の所に相談に来て頂けたらと思います。

  もうひとつ、「治るのか?」との質問の中に含まれる意味として、「追いつくのか?」というものがあるのかなと思います。

  前々回で述べたように、対人関係の発達により、言葉も含めた知的発達は大きく改善します。早期療育、適切で積極的な働きかけにより飛躍的に成長します。しかし、特に知的発達はその子どもの本来持っている生まれつきの発達のスピード・能力がやはり関係してきます。我々が出来ることは、彼らが本来持っている能力・発達のスピードを最大限発揮できるように援助することと言うことになるのかなと思います。

 

 この連載も8回目となりました。まだまだ書きたいことはたくさんあるように思えますが、ここで一段落にさせて頂くことと致します。

  最後だというのに、あまりすっきりした話にならなかったかもしれません。自閉症の子ども達の「これから」について、手放しで大丈夫と言うわけにはいかないと思っています。ただ、当たり前ですが、みんなそれぞれ、必ず大きく成長していきます。かれらと付き合うのはなかなか大変なこともありますが、必ずそれに見合うものを周りの人に与えてくれるといつも感じています。

  長い間乱筆乱文にお付き合い下さいまして、本当にありがとうございました。

     
                                                                                     
 <おわり>