シドニー五輪というと、青い空と海がやけに印象に残っていたりします。1956年のメルボルン以来、実に44年ぶりに南半球での開催となり、このところ続いていた「灼熱の五輪」とはうってかわって、春の日差しのなかで行われた、さわやかなイメージの大会となりました。考えてみればそのイメージは、もしかしたら青い空の下を疾走する、高橋尚子選手の姿からきているのかもしれません。そう、この五輪は日本の陸上界、いえスポーツ界全体にとって、大きな意味を持つ大会となりました。この何年か、ずっと期待され続けていた女子マラソンで、悲願ともいうべき金メダルを獲得したのです。しかも、高橋選手は勝っただけではありませんでした。自らレースを作り、後続を突き放しての勝利。王者のレース、文句のつけようのない勝ち方でした。彼女の走りには、それこそ日本国中が注目し、優勝が決まった瞬間のボルテージは最高に高まったのでした。 そして、バルセロナ、アトランタと、今一歩のところで金を逃し続けた田村亮子選手の、「三度目の正直」とでもいうべき金メダルもありました。そのほかの柔道勢もメダルを量産し、野村忠宏選手、瀧本誠選手、井上康生選手が金を獲得。ただ、篠原信一選手の誤審による銀は、とても悔しいものになってしまったのが、残念でしたけど…。 競泳陣も大活躍を見せてくれました。金こそなかったものの、銀、銅を量産し、前回のなんともいえない後味の悪さを、完全に払拭しました。特に記憶に残るのは、「金がいいです〜」の名言で話題をさらった銀メダルの田島寧子選手。それから、銅を獲得して涙、涙だった、女子400mメドレーリレーの4人の選手でしょうか。4人の中には個人でメダルを獲得していた選手もいますけど、「チームで、しかもとれそうにないと思われていたメダルをとった」というところに価値がありました。 また、それ以外の競技や種目で獲得した銀の中には、金と大差ない…と思われるものもありました。シンクロのチーム演技はすばらしく、金を与えられてもいいような内容でした。ソフトボールは、金をほとんど手中にしていながら、最後の最後で日本チームの手から転がり落ちてしまいました。 この大会で獲得したメダルは金5、銀8、銅5。ここ2大会というもの、3個にとどまっていた金が増えたことは、とても喜ばしいことでした。 ただ、ひとつ「…」なことを付け加えるとしたら…あの開会式の虹色マントは、なんとかならなかったのでしょうか…。日本チームのユニフォームを作るにあたっては、毎回一流のデザイナーを起用しているはずなのに、「いい!」と思えるものを見た記憶がないのです。あふれるほどの才能を持つはずの彼らも、「オリンピックのデザイン」にだけはその才能が発揮されないのはなぜなんでしょう(失礼を承知で書かせてもらいます)。 考えてみれば、開会式ではいつも「J」の番を心待ちにしてて、でもってやっと出てきたと思ったら、ユニフォームを見てがっかりしてしまうんですよねー。そろそろこの「毎度の現象」から、脱してほしいものです。 |
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