第24回ソウル大会ご記憶の方もいらっしゃるでしょうか? 1988年の五輪開催に、実は名古屋も立候補していたということを。過去に東京、札幌と二度の開催はありましたが、さすがにそれは昔のことでありすぎました。でも、もし名古屋で開催されれば、私は初めて、自国開催のオリンピックのすばらしさを存分に味わうことができるのです。新聞にも「名古屋優位」「ほとんど決定」などと書かれていて、私は名古屋開催を信じて疑わなかったのでした。
その予想が無惨にもうち砕かれたのは深夜、開催国決定の瞬間を眠い目をこすりつつ見ていたときでした。投票が終了し、都市名が記された紙を司会?の人が広げたとき、私は彼が「ナゴヤ」と言うのを確信していました。その言葉を聞くためだけに、起きていたのです。が、次の瞬間、彼の口から出た名前は「ソウル」。私は自分の耳を疑いました。嘘だ、と思いました。
もちろんこれが、接戦とか、名古屋劣勢とかいう下馬評だったのなら、まだあきらめはつきます。ですが、あれだけ優位といわれていたのが土壇場でなぜひっくり返ってしまったのか、わけがわかりませんでした。私は、脱力感にさいなまれながらテレビを消し、眠りにつきました。日本での開催、という夢がうち砕かれたことは、まぎれもない事実でした。
それでも、さすがにソウル大会が開幕するころには、そのショックもほとんど消えていました。たまにちらりと、「本当なら今ごろは名古屋で…」なんて、未練たらしく思うことはありましたが。
やはり私にとっては、「やっと本当のオリンピックが見られる」といううれしさのほうが、何倍も大きかったのです。そう、二大会連続のすっきりしない片肺五輪ではなく、ようやく真の王者が決まる大会となる…。私は文字通り、胸躍る思いで開会を待っていたのでした。
しかし、始まってみれば、それは期待していたものとは少しちがっていました。特に日本にとっては、納得のいかない判定もありました。正直なところ、ソウルの思い出は、すべてがすばらしいものではありません。獲得したメダルも金4個、銀3個、銅7個と、前回の半分にも満たない数にとどまっています。
でも、そんな重いイメージを一新してくれるような活躍もありました。水泳の鈴木大地選手の、作戦勝ちともいえる見事な金メダル。そして、さわやかな旋風を巻き起こした、男子体操団体の銅メダル。特に当時まだ高校生だった池谷、西川両選手の活躍は、見ている私たちまで明るくしてくれるものでした。
ただ、この大会にどうしても暗い影がつきまとってしまうのは、やはりあの、ベン・ジョンソン選手のドーピング発覚があったからでしょう。彼は陸上男子100mで、それまでの世界記録を大幅に更新するタイムで走り、全世界から賞賛をあびたその翌日、薬物使用が発覚し、一夜にして名声を地に落とすことになったのです。「なんてバカなことを…」 これが、私がニュースを聞いて最初に思ったことでした。
ただそれは、これまでいろんなところで密かに行われていたドーピングの、氷山の一角が、ようやく白日のもとにさらされたにすぎなかったのでした。そのあとも、薬物汚染がやんだわけではなく、むしろ手口はさらに巧妙になりつつあります。世界新→ドーピング発覚→記録取り消し、という歓迎されざる事態は、現在も引き続き起こっているのです。
今後さらに検査が厳しくなっても、結局薬を使ってまで勝ちたい人は、なんでもやってくるのでしょう。ある意味ソウル五輪は、永遠に続く「いたちごっこ」の原点ともなった大会だったのでした。

結果
 陸上競技
 水泳
 アーチェリー
 
バスケットボール
 ボクシング
 カヌー
 自転車
 馬術
 フェンシング
 
サッカー
 
体操
 
ハンドボール
 
ホッケー
 柔道
 近代五種
 ボート
 セーリング
 射撃
 卓球
 
テニス
 
バレーボール
 ウエイトリフティング
 レスリング

獲得メダル
4 3 

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