ball2.gif フィギュアスケート

[注:長文を覚悟のうえお読みください。また、思い入れが強すぎるあまり、暴走する面が多々見られます。あらかじめご了承ください]

サラエボから4年。伊藤みどり選手が待ち望んだオリンピックの年が、やってこようとしていました。
この4年間の伊藤選手は、必ずしも順調な競技生活を送ってきたわけではありませんでした。彼女はこれまで、実に二度も骨折を経験しています。年々高さを増すジャンプに、まだ成長過程にあった彼女の身体が追いついていかなかったのです。
ケガ防止のために、トリプルアクセルも封印しました。彼女がこのジャンプを跳ぶようになったのは、のちのことと思われがちですが、実は以前にもプログラムに取り入れていたことはありました。NHK杯でも挑戦していて、試合では失敗しましたが、エキシビションで見事に成功させており、世界の舞台で披露するのも時間の問題だったのです。しかし、度重なるケガがそれを阻んだのでした。
また、世界選手権で思うような結果が出ないこともありました。最初に出場したサラエボ直後の大会では7位に入ったものの、翌85年はケガで出られず、86年は失敗が重なって11位。オリンピック前年の大会でようやく8位となって、上昇のきざしも見えてきていました。
もちろん、ジャンプに関しては、当時から高い評価を得ていました。スピードの豊かさや技の切れという点でも、他の追随を許さないものがありました。芸術面で多少の課題は残していたものの、自由演技では、すでに世界のトップクラスの仲間入りを果たしていたのです。
そんな彼女が上位に行けない理由は、ひとつしかありませんでした。規定の存在が、重い足かせとなっていたのです。
規定とは、スケートのエッジで氷の上に図形を描いていくものです。一度描いた円の上を2〜3周し、その円がどれだけ正確に描けているか、2、3周目がちゃんと1周目の上を通っているか…などが主な採点のポイントとなります。これで1位をとる選手はほとんど毎年決まっていて、そういう人たちは、最初に描いた円の上をほとんど狂いなくなぞっていったそうです。まさに数mm単位の争いであり、数cmのズレはもはや致命的なミスだったのです。
    

■男子シングル ■女子シングル

ボイタノ(アメリカ)
オーサー(カナダ)
ペトレンコ(ソ連)
17 加納 誠

ビット(東ドイツ)
マンリー(カナダ)
トーマス(アメリカ)
伊藤みどり
14 八木沼純子

■ペア

ゴルデーワ/グリンコフ(ソ連)
ワロワ/ワシリエフ(ソ連)
ワトソン/オペガード(アメリカ)

■アイスダンス

ベステミアノワ/ブキン(ソ連)
クリモワ/ポノマレンコ(ソ連)
ウィルソン/マッコール(カナダ)
18 田中智子/鈴木弘幸
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