ball1.gif ジャンプ
ジャンプといえば、冬季大会のなかでも日本選手の活躍が期待される種目のひとつです。この当時、以前の強さはなくなりつつありましたが、少なくとも世界でまったく勝負できないことはない…。大多数は、そんなイメージを抱いていたのではないでしょうか。この大会から団体種目が新設され、個人では難しくとも国別対抗ならばと、私も考えていたのです。
しかし、結果は予想もしなかったものでした。出場11か国中11位、つまり最下位です。私は自分の目を疑いました。いつのまにか日本は、出場したどの国よりも弱くなってしまっていたのです。
この大会を境に、私はテレビのジャンプ中継を見ることがなくなってしまったような気がします。日本は弱い。その事実が、ジャンプへの興味をすっかり失わせてしまったのでした。
さて、そんな日本勢とはうらはらに、前回大会で金銀ひとつずつを獲得していたフィンランドのニッカネン選手が、文字通りの大活躍を見せました。彼はまず、最初に行われた70m級で順当に金をとり、続いて90m級も制覇。最後は団体でも勝って、見事3冠を達成したのです。
とにかく、全盛期の彼の強さはずば抜けていました。どんな競技会でも、出場者に「ニッカネン」の名前があれば、最後に台の中央に上がるのは彼以外にありえなかったのです。まさに連戦連勝、向かうところ敵なしの感がありました。
ところが、この大会後、いつのころからでしょうか。気づいたときには、彼の名を聞くことはなくなっていました。詳しい事情など知るはずもない私は、ただ漠然と「引退したのだろう」と思っていました。そして、その後の彼の動向など、考えることすらなかったのです。
その後、長野五輪の翌年だったでしょうか。とあるテレビ番組で、あのニッカネン選手を訪ねる…という企画がありました。現地へ赴くのは、当時の日本のエース船木選手。今のトップが過去の王者のもとへ…おそらくはそんな趣向だったと思います。
しかし、私はそこで思わぬ事実を知ることになりました。引退後の彼の人生は、まさに波瀾万丈のものだったのです。
 

■70m級

ニッカネン(フィンランド)
プロッチ(チェコスロバキア)
マレク(チェコスロバキア)
11 佐藤 晃
25 長岡 勝
51 田尾克史
52 田中信一

■90m級

ニッカネン(フィンランド)
ヨーンセン(ノルウェー)
デベラク(ユーゴスラビア)
38 佐藤 晃
47 田中信一
48 長岡 勝
52 田尾克史

■団体

フィンランド
ユーゴスラビア
ノルウェー
11 日本(田尾克史、田中信一、長岡勝、佐藤晃)
15th ski jumping

 第13回 第14回 第15回 第16回 第17回 第18回
 
トップページ冬の競技−なつかしのオリンピック第15回カルガリー大会ジャンプ