【アテネニュース】  2004年7〜9月  2004年4〜6月  2004年1〜3月  2003年以前

●2004年
9月

1日

日本代表選手団の解団式が行われ、これにてすべてが終了。

8月

31日 日本選手団本隊が帰国。
29日 第17日、レスリング男子フリースタイル60kg級で、井上謙二選手が銅メダルを獲得。
男子ハンマー投げで、金メダルを獲得していたアドリアン・アヌシュ選手が、ドーピング再検査を拒否したため、メダル剥奪と室伏広治選手の金が確定。
28日 第16日、レスリング男子フリースタイル55kg級で、田南部力選手が銅を獲得。
27日 第15日、シンクロナイズドスイミングのチームで銀を獲得。
26日 第14日のメダル獲得はなし。
25日 第13日、シンクロナイズドスイミングのデュエットで立花美哉/武田美保組が銀を、野球で銅を獲得。
24日 第12日は、今大会で初めてメダルのない日に。
23日 第11日、レスリング女子は全階級でメダルを獲得。55kg級の吉田沙保里選手と63kg級の伊調馨選手が金、48kg級の伊調千春選手が銀、72kg級の浜口京子選手が銅。体操男子種目別の平行棒で冨田洋之選手が銀を、鉄棒では米田功選手が銅を獲得。
22日 第10日、陸上女子マラソンで野口みずき選手が金メダルを獲得。陸上男子ハンマー投げでは室伏広治選手が銀(のちに金が確定)、体操男子種目別あん馬の鹿島丈博選手と女子ソフトボールが銅に。
21日 第9日、自転車・トラックの男子チームスプリントで、日本が銀を獲得。セーリング男子470級の関一人/轟賢二郎組と、競泳男子4×100mメドレーリレーの日本チームは銅メダルに。
20日 第8日、柔道男子100kg超級の鈴木桂治選手、柔道女子78kg超級の塚田真希選手、競泳女子800m自由形の柴田亜衣選手が金を、競泳女子200m背泳ぎの中村礼子選手が銅を獲得。
19日 第7日、柔道女子78kg級で阿武教子選手が金、アーチェリー男子個人で山本博選手が銀を獲得。
18日 第6日は、柔道、競泳とも二つずつ金を獲得。柔道は、女子70kg級の上野雅恵選手が金、男子90kg級の泉浩選手が銀。競泳は、男子200m平泳ぎで北島康介選手が2個目の金。女子200mバタフライで中西悠子選手が銅。
17日 第5日、柔道女子63kg級で谷本歩実選手が金を獲得。競泳男子200mバタフライでは山本貴司選手が銀メダルに。
16日 第4日、体操男子団体総合で日本が28年ぶりの金メダルを、競泳男子100m背泳ぎでは森田智己選手が銅メダルを獲得。
15日 第3日、柔道男子66kg級の内柴正人選手が金を、女子52kg級の横澤由貴選手が銀を獲得。競泳男子100m平泳ぎでは、北島康介選手が本命・ハンセン選手を破って金メダル。
14日 第2日、柔道男子60kg級の野村忠宏選手、女子48kg級の谷亮子選手が、期待どおりに金を獲得。
13日 開会式、無事に終了。
聖火の最終点火者と噂される、陸上短距離のコンスタンティノス・ケンデリス選手が、抜き打ちドーピング検査の直前に選手村を抜け出し、事故を起こして入院したとのこと。真相は不明。
12日 サッカー日本男子、前半の失点に泣く…。勝ち点はもぎとれず。
夜、聖火がアテネに到着。
選手団主将の柔道・井上康生選手、開会式で旗手を努めるレスリング・浜口京子選手など、レスリング女子と柔道男子重量級の選手がアテネ入り。
男子サッカーのギリシャ×韓国戦のテレビ中継が、放送システムの故障で試合開始から約25分間中断。地下鉄は信号機の故障で20分間不通になり、ほかにADSL回線がとぎれるなどのトラブルが続発。
11日 競泳、卓球の選手たちが、本番会場で練習。柔道陣は視察。
開会式より一足早く、サッカーの予選リーグ開始。
10日 選手村の「国際ゾーン」で、日本など5か国の入村式が行われ、日本からは選手・役員計43人が参加。

8日

日本選手団の本隊がアテネ入り。
夜、五輪スタジアムで開会式の全体リハーサルを挙行。
世界中で五輪をテレビ観戦する人は、史上最多の39億人以上になる見通し。

5日

アテネ北部を局地的な豪雨が襲い、その影響で選手村が浸水。
五輪期間中の特別手当を求めて、ギリシャの救急隊員が予定していたストは、事前に回避。

4日

ホッケー女子、体操男子、ソフトボールなどの代表70人がアテネに到着。

2日

世論調査によると、ギリシャ国民の88%は「今大会が近代五輪史上最高の大会になる」と確信。
入村式のトップはマケドニア選手団。

1日

アテネ市内の交通規制開始。主要幹線道路では1車線を五輪専用レーンに。

7月

31日 五輪開催期間中のアテネは、猛暑と暴風雨が襲う見込み。気温は毎日36℃以上に上るとか。
30日 アメリカの「スポーツ・イラストレーテッド」誌の予想では、日本の金メダルは7個。内訳は、柔道4人とレスリング女子3人。
選手村が開村。
29日 アテネでは、あいかわらず問題が続出>五輪関連施設を中心に、50000件近い電話が10時間以上にわたって不通に。柔道会場に搬入された畳も、木枠の問題で設置できず。
26日 アテネ上空は、パラリンピックが終わる9月28日まで、治安目的や定期運航などを除く飛行はいっさい禁止に。
マラソンコースの整備が完了。
24日 日本選手団の結団式と壮行会を開催。
23日 アテネ中心部で五輪反対のデモが行われ、若者を中心に約2000人が参加。
22日 選手村が完成。22日にアテネ五輪組織委員会に引き渡され、23日にプレオープン、正式オープンは30日。
20日 日本選手団は選手312人、役員201人、計513人で確定。東京五輪を除いては史上最多。
開幕に向けて、警備を強化。沿岸警備隊や警察官を、競技施設、主要交通機関、宿泊施設などに配置。
19日 五輪の各競技施設を結ぶ、路面電車の運行が開始。
16日 サッカー男子の代表を発表。
15日 サッカー女子の「なでしこジャパン」18名が決定。
12日 陸上の追加代表6人を発表。男子110mハードルの内藤真人選手と谷川聡選手、男子400mハードルの吉沢賢選手、男子4×400リレーの向井裕紀弘選手と伊藤友広選手、女子ハンマー投げの室伏由佳選手が新たに代表入り。
正午すぎ、アテネで首都圏全域が停電、1時間ほど都市機能がほとんどストップする事態に。原因は、暑さのために電力需要が増加し、それを補うために使った送電設備の故障とのこと。

9日

ビーチバレー女子の徳野涼子/楠原千秋組が、五輪予選ランキングで最終的に23位以内に入ることが決まり、五輪出場が確実に。
聖火がギリシャに戻り、残すは国内でのリレーのみ。

5日

アテネの五輪スタジアム脇でボヤが発生。幸い10分で鎮火したため、被害は外壁の一部が黒く焦げた程度。

1日

ボクシングライトフライ級で、五十嵐俊幸選手の五輪出場が正式決定。
五輪の警備を本格的に開始。ただし、工事の遅れなどから、完全な警備態勢が敷かれるのは8月10日になるもよう。

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