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テニスクラシック編集部
中川智文の網走紀行

プロローグ
前任者に代わり、オホーツクオープン取材に出かけたのは96年の夏。あれから4年間、わたしは誰にも奪われないよう細心の注意をはらいながら、この大役を守り続けてきました。
今では、年に一度の網走行きが、グランドスラムの取材より楽しみになってしまったほどです。
さて、毎年、夏の網走で軟らかな芝生に寝転がり、テニスコートの上に広がる青空を見上げ、カニを食べビールを飲み、カラオケを歌いながら、冬の網走体験を夢見るようになりました。
氷点下20度の世界、流氷のきしむ海、厚く凍りついた湖、冷たく乾いた風、網走の雪景色。
「うひゃー、しっばれるぅ!」
などと言いながら、中鮨に駆け込んで熱燗一杯……。
そんな光景を夢想して、独りニタつくことが多くなってきたのです。
ああ、流氷が見たい!
こうなったら「行くっきゃないっしょ」と思い立ち、カミさんに流氷ツアーを持ち掛ければ、
「わたしだって流氷が見たい。流氷も見たいし、タンチョウだって見たいさ!」
と合意。
さらに、噂を聞きつけた母ちゃん2人と、86歳の婆ちゃんまでも
「行きたい。連れてけ!」
と騒ぎ出し〔ババア2人+大ババ1人+カミさん〕を男独りで引き連れての網走旅行と相成った次第。
ありきたりの観光ツアーではつまらないと、さっそく古田さんにメール送信。貴重なアドバイスをいただき、JTB網走支店・森嬢の協力も得て、阿寒・網走2泊3日『タンチョウと流氷の旅』へと出発いたしました。
ところで、極寒の地を訪れるにあたっての不安は"寒さ対策"。
中でも、80歳を超えるまで九州以外の土地で暮らしたことのない祖母の凍死が心配されました。そこで古田さんに相談すると、
1、耳が隠れる帽子、または耳かけ
2、手袋(毛糸の分厚いやつ)
3、ズボン下(北海道では股引という)、ご婦人は厚めのタイツ
4、靴はくるぶしが隠れるくらいの深めの物で、底は滑らない素材、形状の物
5、コーディロイのズボンに、シャツとセーターの着合わせがお奨め
6、外套は長めのダウンか、綿のたくさん入ったいわゆるオーバーがお奨め
7、マフラーがあれば完璧
8、適度の脂肪
行きつけないアウトドア用品店でカミさんが防寒グッズを買いあさったおかげで、旅行の小遣いはだいぶ減ってしまったものの、やはり命には代えられません。旅行バッグをパンパンに膨らませて、準備万端で釧路空港に到着。
★ところが旅行中の3日間。東北海道は記録的な暖かさ。拍子抜けという感じもないではありませんが、祖母の命も縮めずにすみました。
感動@
銀白の原野に遊ぶタンチョウの群
気さくなオジちゃんがハンドルを握る小さな古い観光バスで、まず最初に訪れたのは「タンチョウの里」。
きれいとは言えない展望小屋に、大した期待もせずに入場。ところが、その先には夢のような世界が広がっていました。
真っ白い雪原にタンチョウの群。
目の前ですまして立つ鶴。遠くで群れる鶴。助走をつけて優雅に舞い上がる鶴。
いつまで眺めていても飽きることのない、夢のような風景でした。
しかし、観光時間はわずか30分。隣接するタンチョウ資料館を駆け足で閲覧すると、ちんたらと歩く婆さんを急がして駐車場へ。
せめて1時間、できれば2時間くらい時間をとってもらいたいものだというのが、中川家、並びにツアー参加者全員の意見でした(JTB森さんへ)。
(ところが、網走で協会スタッフにこの話をしても、誰も冬のタンチョウなど見たことないとのこと。「お前、知ってっか?」「うんにゃ」「あ、俺見たことあるよ、夏休みに」「へー、釧路にタンチョウいるんかい」という始末。網走の皆さん、冬のタンチョウはいいですよ。是非一度、たずねてみてください)
感動A
うまい!きれい!気持いい!!
さて、あそこにも、こちらにも、エゾシカが点在する山道を通り、バスは阿寒湖へ。
温泉に入って眠るだけと思っていたのですが、宿泊した「阿寒グランドホテル」がよかった。バイキング形式の食事も種類が豊富で美味しいし、部屋は広くてきれい。 そして何より風呂がいい。
暗くなるまで氷上で遊び(スノーモービルで暴走した義母が指導員の制止を振り切り大幅コースアウトという事件発生)、チラチラと雪の舞うアイヌ・コタンで土産を買い、美味しく食べて、温泉を堪能。朝の露天風呂では、髪をバリバリに凍らせながらご来光を拝むこともできました。
一族郎党大満足です(森さんへ)。
感動B
嗚呼……、流氷
2日目は、摩周湖、硫黄岳を経由して、いよいよ網走へ。
流氷がびっしり押し寄せたオホーツク海。バスの窓から眺める景色は、力強く、繊細で、美しい。皆、言葉もなく景色を見つめる。ガイドの声がちょっと鬱陶しい。
流氷船に乗って海に出るが、大量に押し寄せた流氷に行く手を阻まれ、沖に出ることはできませんでした。それでも、厚い流氷を間近に見下ろし、遠く水平線に流氷の蜃気楼を見、500円で借りた双眼鏡でオジロワシを発見。
太平洋しか知らないわたしにとって、見るもの全てが初体験。生まれてこのかた85年、玄界灘しか見たことのない祖母など、沖に向かって手を合わせておりました。
……来てよかった。
感動C
再開、そして網走の夜
網走グランドホテルは、テニスコートからの帰りに一度泊まってみたいと思いながら眺めていたホテル。
しかし、部屋はよかったのですが、阿寒湖グランドホテルと比較すると、温泉と食事がいま一つ。
温泉街ではない網走ですから、風呂で劣るのはいたしかたないと思います。格安ツアーの食事に注文をつけるのもどうかと思うのですが、網走の美味しさを知っているわたしとしては残念でなりません。
網走に宿泊する観光客を増やすためには、温泉でなくてもいいから大浴場を整備すること、そして、例えば五十集屋(イサバヤ)の炉端焼きのように網走ならではの美味しい料理を食べさせることだと思いました。特にグランドホテルなど、街から離れた場所では、夜、ホテルにこもる客が多いのです。贅沢なカニ料理でなくても、ホッケ(できればメンメ)の干物やホタテの刺し身、秋鯵料理で十分なのですから、観光協会の皆さんはそこのとろを理解してほしいのもです。
網走が、食べ物で阿寒湖に負けるなんて、絶対にあってはならないことなのです!
閑話休題。
網走の夜。古田さんにお誘いいただき、すっかり顔なじみのテニス協会スタッフとスナックへ。いやはや、選手でもカメラマンでもなく、年に2〜3日会うだけのわたしのために集まっていただきまして、ありがとうございました。この温かさが、網走なんですね。
楽しく話し。古田さんと歌をうたい。気持よく酔っ払ってホテルへ帰り、ぐっすりと眠りました。
感動D
旅情、人情、海の幸
最終日。
午前中は市内観光。
古田さんのお勧めで昼食は中鮨へ。タコの卵、タラバの内子など珍味をいただきました。文句無し、これぞ網走の味!
午後は古田夫妻の好意に甘え、富永水産(社長のご冥福をお祈り致します)、北方民族資料館などに連れて行っていただきました。街中の土産物屋より格安料金で海産物を仕入れ、古田夫人のアドバイスによりCOOPでホッケを購入。住宅街を抜け、地元の人たちがいつも買い物をするスーパーに入るなど、パッケージ・ツアーでは味わえない旅行気分を堪能。
古田夫妻の解説を聞きながら回る網走観光で、家族に網走の優しさを味わってもらえたような気がします。
まるで都会の通勤列車のように、すし詰めの路線バスで女満別空港へ。いつものとおり、オホーツクラーメン味噌味を食べてから搭乗口へ。
思い出をかみしめながら、羽田空港に止めてあった車に乗り込み、首都高速を通って横浜の我が家へ。
「ああ、楽しかった」「いい旅だった」と言い合いながら、おかげさまでわたしの株もちょっと上がったようです。
エピローグ
というわけで、ほんとうに素晴らしい旅行でした。
オホーツクオープンがなかったら、本井さんの紹介がなければ、網走を訪れることはなかったかもしれません。そして、網走で出会った人たちが皆さんでなかったら、家族を連れて行きたいと思うこともなかったでしょう。
網走の皆さんに、心から感謝です。
さて、私事ではございますが、実は旅行から帰ったあと、4月からゴルフクラシック編集部への異動を命じられました。家内に報告すると、
「えっ! もう網走行けないの!?」
わたしの仕事のことより、すっかり惚れ込んでしまった網走との縁が薄れることを心配しているのです。
残念ながら今年のオホーツクオープンには伺えそうにありません。その代わり、仕事とは関係なしで、網走の皆さんとつながっていたいと思います。異動直前に網走旅行ができたのも、偶然とは思えません。
今度はラケットを持って行きます。いっしょにテニスしてください。そして、わたしがテニス編集部に復帰するまで、オホーツクオープンをしっかり守っていてください。
それでは、また。
東京方面にお出かけの際は、是非ご連絡ください。知られざる観光スポット、美味しいお店、テニスコートなど、なんでも紹介いたします。
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