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宮城黎子のテニクラ通信 vol.10

2002.8

夏の国内大会観戦記
小学生に学んで世界をめざせ!

 

 7月28日から世田谷の第一生命グラウンドで行われた全国小学生大会。松林に囲まれたクレーコートで見た、ちびっ子たちの元気なテニスには感心。
 小学生とはいっても、全国選りすぐりの男女各48人。フォアハンドもバックハンドもきちんとマスターしている。背が低いから、サーブはスピンをかけなければ入らないのだけれど、けっこうキレのいいスピンサーブだ。
 まだ小さいから、球足の遅いクレーコートとはいっても、オープンコートに打たれると届かない。だから互いにオープンコートへの攻撃チャンスをねらって、広いコートを走り回る。
 走り回りながら、相手のボールが浅くなるとアプローチを放ってネットを取る。ボレーも、オーバーヘッドも難なくこなしてポイントを奪う。もちろん失敗もするのだが、それでも次のチャンスには臆することなくネットへ出る。状況に応じてトップスピン、フラット、スライスを使い分け、ドロップショットやアングルショットも使う。
 正に、フレンチオープンで世界のトップ選手たちがやっているテニスである。
 1週前に見た、昭和の森(昭島市)での関東ジュニアで見たテニスとはちょっと違う。
 中学・高校生が中心の関東ジュニアで見たテニスは、体が大きくなり、足が速くなって守備範囲が広がったぶんだけ長いラリーが続く。
 グラウンドストロークも、小学生よりパワーと安定性は数段上。
 ところが、こちらはどのコートもストローク一辺倒。それも俗に言う"シコリ"というスタイルで、ひたすらラリーを続けるだけ。アングルショットやタッチショット、高い打点から打ち込むハードヒットというものさえほとんど見られない。サービスダッシュをする選手は、18歳以下のクラスにいた1人だけ。
 残念なことに、この傾向は大学生の大会(インターカレッジ)を見に行っても同じだった。
 ことしはウィンブルドンでもストロークプレーヤーが強かったから、早くもその影響かとも思ってはみたが――そこまで世界のテニスに敏感だったら、同じストロークでもちょっと違うテニスになっているはずだ。もっとライン際をねらうとか、ライジングを多用するとか、高い打点から積極的な攻撃をしかけるとか。
 テニスは心理的なかけひきを楽しむスポーツである。
 いろんなショットをいろんなコースに打ち、いろんなアイデアでいろんな戦略を使い、いろんなペース配分で相手を悩ませたほうがゲームの主導権を握ることができる。
 一見、卓越したグラウンドストロークが目立つ最近のトップのテニスも、『何でもできる』という大前提の上に成り立っている。自分がいちばん得意なショット、得意なパターンを軸にしてはいるが、それだけでは勝てない。得意な武器を生かすために、あらゆる技を有効に使うのが世界レベルのテニスなのである。
 どんなサーブでも、サーバーが必ずベースラインにステイしているなら、レシーバーは深く返すことだけを考えればいい。だが、たまにネットダッシュするだけで、レシーバーは深いボールを打つべきか、足元に沈めるべきか、パッシングを打つかを考えさせられることになる。
 そのかけひきこそテニスなのだ。
テニスを深く理解し、世界に通用するプレーができるようになるためには、あらゆるテクニックをマスターしなくてはならない。そして、テクニックをマスターするのは、12〜14歳までが勝負。15歳を過ぎたら、覚えたテクニックを使いこなすテニスをしていなければならない。
 なぜ、小学生のやっているバラエティーに富むオールラウンドなテニスが、年齢とともに画一化されてしまうのか。
 ミスすることへの恐怖心が芽生えるのかもしれない。そこには、目の前の試合に勝ちたい気持が強く作用するのかもしれない。
 でも、それではいいプレーヤーになれない。いくら練習しても、テニスのほんとうの楽しさを理解することもできない。
 日本の子どもたちに十分な可能性があることは、小学生のテニスを見ればわかる。この可能性の芽を枯らさない方法はただ一つ、『世界をめざす』こと。指導者が世界のテニスを理解し、子どもたちが世界のトッププレーヤーを夢見ているかぎり、間違ったテニスが日本の子どもたちにまんえんすることはない。成長とともに、トップのテニスを、自分たちと別次元のものと思い込んでしまうような寂しい環境を決して作ってはいけない。


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