since 1999.7


宮城黎子のテニクラ通信 vol.3

2001.12

2002年を日本男子テニス復活元年に
小さくたって、もっと勝てる!
 

 

  2001年のATPファイナルで、L・ヒューイット(豪)が優勝。ついに世界ランキング1位の座についた。
 
弱冠二十歳。180p、67sの華奢で小柄な若いチャンピオンは、 間近に見ると「180p、あるかしら?」と思う。とにかく、街を歩いている日本の若者と比較しても、目立つ体格ではない。
 
そんなヒューイットを頭に、2001年は決して大きくない選手たちの活躍が印象に残っている。
 
例えば、
 
オーストラリアンオープン準決勝で5セットの死闘を繰り広げた2人のフランス人、A・クレメント(175p)とS・グロスジャン(173p)。優勝したA・アガシ(米)は180p。

 フレンチオープン準優勝のA・コレチャ(スペイン)も
180pで、モナコでファイナリストになった、わたしのお気に入りH・アラジ(モロッコ)は175p。香港で優勝し故障から復活したM・リオス(チリ)も175p。スウェーデンの若手注目株A・ヴィンシグラは178p。ランキング上位50には、このほか4人も175pのプレーヤーがいる。
 
トップ50の5人に1人が
180pに満たないわけだ。
 
小柄な彼らのプレーを思い浮かべると、
    足が速い
  
  多彩な技術を持つ
  
  予測が早い
  
  闘争心の強いファイターである
  
  体力があり持久戦に強い

 
という共通した特徴があることに気づく。上背とパワーに任せた破壊力の強いショットでポイントをもぎ取るのではなく、あの手この手でポイントを奪う彼らのプレーは見ていて楽しく、記憶にも残りやすいのだろう。

  日本選手の体格的劣勢が長く語られてきたが、2001年AIGオープンの鈴木貴男、全日本選手権の寺地貴弘のプレーは頼もしかった。鈴木の力強いサーブと動きの速いネットプレー、寺地の積極的なサービスリターンやネットダッシュは世界トップ50の小柄仲間と比較して見劣りするものではなかったと思う。
 
皆、がんばっている。
 
では、日本の選手が世界の小柄仲間とほんとうに肩を並べるには、あと何が必要か。並み居る大柄選手たちを相手に、たとえ5セットの連続になろうとも、1週間戦い続けられる体力と気力を養うこと。
 
鈴木がM・チャン(米)を破ったプレーをすれば、グランドスラムでも勝ち星をあげられるだろう。しかし、あのプレーをいつでもできるようにするには、さらなる努力が必要だ。
 
日本の選手が、海外の小柄な選手に比べて劣っていることに環境的な問題がある。

「僕は小さいときから、自分より力のある大きな選手と戦うのが普通だった。彼らに勝つにはどうすればいいかを考えて練習し、どうやって勝つかを考えながらプレーしてきた。だから僕にとって、自分が大柄な選手たちに勝ってチャンピオンになることは特別なことではない」

 
これはヒューイットの言葉だが、グロスジャンもクレモンも同じように考え、自分はトップにいけると信じてテニスをしている。
 
残念ながら、日本の選手たちは、子供のころから自分より圧倒的パワーを持つライバルたちと戦いながら育つことはできない。ある年齢に達し、国際大会を経験して初めて実感するのだから、世界ツアーで体格差がハンデとなってしまう。これを克服するには、トッププロ以上の努力が必要だし、成果が現れるまでには時間も必要になる。それが不可能でないことは、近いうちに鈴木や寺地が証明してくれるだろうが、スタート地点に大きなハンデがあるのは事実である。
 
しかしこれも、指導者の意識のもち方しだいで、日本のジュニアプレーヤーから将来の足かせを軽減することはできる。
 
とにかく、世界のトップで日本人と変わらない体格の選手たちが活躍している事実。日本からも世界レベルの選手が育ちつつある事実を正しく認識して、2002年からは、日本の男子選手、ジュニア選手、そして彼らを指導するコーチたちに大いに活躍していただきたい。

宮城黎子のテニクラ通信 TOP