網走テニス協会
宮城黎子さんのテニクラ通信
1922年5月27日、東京都出身。 全日本選手権シングルス10回(8連覇を含む)、ダブルス11回、ミックスダブルス11回、合計32個のタイトルは史上最多。 64年第2回フェデレーションカップ日本代表。 78〜82年フェデレーションカップ日本チーム監督。 現在は、テニスクラシック編集長、日本女子テニス連盟会長、日本テニス協会委員を務めながら、自ら設立したグランドスラム基金などの活動を通じて日本テニス界の発展に尽くしている。 98年7月には網走で「宮城編集長の子どもテニス移動教室」を開催し、たくさん子どもたちにテニスをおしえてくれた。
2008年6月1日に永眠されました。慎んでご冥福をお祈りいたします。
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日本のジュニアは磨けば光る テレビを使って目で見て学べ
vol. 2 2001-11
vol. 1 2001-10
この通信は、管理人の友人である日本文化出版鰍フ中川智文氏から届く通信を掲載しています。