メモいろいろ
2016年
11月3日
2016年日本シリーズ終了

 その瞬間は悲しさとあきらめが同居した気持ちで迎えた。職場のカープファンの友人は8回のレアードの満塁ホームランの時点で怒りのあまりテレビを消してしまったそうだが、私は最期を看取らせていただいた。
 なぜジャクソンを登板させた?(6連投。さらにコントロールが良くないジャクソンは西川、中島に非常に相性が悪い。)なぜ満塁で中田翔を迎えたところで交代させなかった?(このシリーズ、ジャクソンは中田に決勝打を2度打たれている。内1本はホームラン。既に格付けは終わっている。)なぜ押し出しのところで交代させない?なぜピッチャーのバースに打たれたところで交代させない?(次は第4戦で決勝ホームランをジャクソンから打っているレアード)、、、というのは緒方監督以外全員が思っただろうから、それについてはこれ以上突っ込まない。(ジャクソンは来シーズン、使い物にならないだろうな。)
 調子や相性に関係なく、思考停止したかのように決まった継投、守備固めを出さずに逆転負け、淡泊な攻撃。幸いにもランナーをどぶに捨てるかのような無駄な“機動力”は見られなかったものの(そういうランナーが出なかったし)、第3戦以降は去年さんざんっぱら見せられた無様な野球そのまんまではないか。今シーズン、緒方監督は変わった、と皆信じていたが、結局去年から緒方監督は何も変わっていなかったのだ。
 シーズンを制した形に殉じた、と言えば聞こえは良い(今村が勝ち継投に入ったのはヘーゲンスが先発に回った後からだが)。しかしそれは負けた時にすがる言い訳に過ぎないのではないか?勝つための方法を全力で考え、勝負することから逃げただけではないのか?
 これで黒田は日本シリーズのマツダスタジアムのマウンドに上がることなく引退となった。大リーグヤンキースのエースが、高額契約を蹴って不振にあえぐ古巣に帰り、チームを数十年ぶりの優勝に導く、という伝説を去年緒方監督はあの無様な野球を行うことでぶち壊した。それは何とか1年遅れで実現したが、1年遅れとなった分のおまけが必要である。それが日本シリーズ最終戦の本拠地マツダスタジアムのマウンドであり、しかも相手は漫画の主人公を超越する才能をきらめかせる大谷。日本中誰もが見たいと思うぞくぞくするようなカードだ。栗山監督もこれを見たかったのではないか?だから大谷を第6戦ではなく、第7戦に回したのではないか?(第6戦に先発させてしまうと、第7戦では大谷は代打でしか使えない。)さらに中田が押し出し四球を選んで勝ち越した後でピッチャーのバースをそのまま打席へ向かわせたのは、「もうこれ以上点はいらない。たった1点差なのだから、逆転して第7戦を見せてくれ」と栗山監督自身も強く思ったからではないのか?(普段打席に立たないパ・リーグの投手があの場面で打席に入ることなど通常はあり得ない。パ・リーグの投手が日本シリーズでヒットを打つことはほとんど無いので(第1戦で大谷が打ったのが10年ぶりとかなんとか)、とどめを刺すために代打を出す。)もし実現していれば、最終的にどちらが勝ったとしても、今後100年語り継がれる伝説となったであろう。しかし、その野球の神様が用意してくれたプレゼントを、野球が今後も文化として継承されていくために絶大な効果を発揮するであろう伝説を、緒方監督はどぶに捨てた。劣勢にあらがうこともなく、なりふり構わぬ必死の継投を試みることもなく、最終回まで希望をつなぐ努力をすることもなく、壊れていく試合をそのまま放置した。日本中が注目する最高峰の舞台で無様な姿をさらし、野球の神様のプレゼントを2年続けて穢した罪は極めて重い。野球の神様は決してこれを許しはしないだろう。
 ただ単純に、私は黒田の最後の雄姿が見たかった。日本シリーズ、マツダスタジアムで投げる黒田を見たかった。それが実現しなかったこと、そのための必死の努力を監督がせずに試合を壊してしまったこと、私はただそのことが悔しい。

2016年
9月10日
晴れの暁 旨酒をくみかわそう!
2015年
4月8日
カープの現状について

 今シーズン初めてまともにカープの試合を見た。本当は仕事をしなきゃいけないんですが、気になったので書きなぐる。

野村祐輔:球威も球の切れも戻ってきている。しかしあの精密機械と言われたコントロールはどうした?一歩間違ったら危なかったね。

丸:選球眼と打席での落ち着きは相変わらず見事だが、スイングがおかしい。ああいうのを手打ちというのだろう(下半身の力を使わず、手だけでミートポイントにバットを誘導し、当たったら左手で押し込むだけ)。あれではボールは前に飛ばない。全く怖くない。足腰に故障を抱えているのを隠して試合に出ている感じ。確かに、まともに塁に出られる選手がほとんどいないという事情があるので丸の選球眼は大変貴重であるが、本当なら無理せず休ませたい。

菊池:いつもの感じだったが、まともに打っているのが自分だけだから自分が決めなければ、という気負いがあるかも。

松山:全くバットが振れてない。ストレートにことごとく振り遅れている時点で言い訳の余地はない。二軍で再調整の用有り。この調子の選手を3番にしなければならないほどまともな選手がいない、という状況なのだがら最下位も当然。

ロサリオ:この選手、調子の良し悪しは私には正直わからない。しかし、甘いストレートも仕留められないし、追い込んでしまえば外の変化球で終わりなので、いないよりましかな、という感じ。当たったら怖いバッターには違いないし。

會沢:笠原のストレートをきちんととらえるあたり、バッティングはさすが。将来に期待したくなる。しかし、リードにはまだ不満がある。初球はボールで入らなければならない、というルールでもあるのか?あと、見せ球の使い方がへたくそ。カウントを悪くしているだけ。この球がストライクだったらやられてたな、とバッターに思わせないと、本命の勝負球を見切られてしまう。また、そのためにフルカウントになってピッチャーを苦しめていることをわかっているのか?(今日に関しては、野村のコントロールがいまいちで苦労したとは思う。) 阿部を見習って、ピッチャーとバッターの力量差を見極めて、二流や不調のバッターは少ない球数であっさり討ち取る術を身につけて欲しい。

野間:金本が緒方の筋肉を持っていたら・・・という夢がかつて語られていたが、そういう選手をカープは手に入れることに成功した(体格に恵まれていないので(金本+緒方)×0.6くらいだが)。現在バットも振れているし、育成したくなる気持ちは十分わかる。うまく育てば3番を打ってカープの屋台骨を支える選手になるだろう。しかし、阿部になめられ切っているように(直球3つで空振り三振って。。。)、現状はまだ1軍レベルにない。セーフティーバントでアウトになったところとか、まだ経験不足(初球セーフティーバントの構えでカーブを見逃したら、2球目は相手も警戒してくるために失敗の確率が上がるので、バントをやめてストレートに絞ってひっぱたいて欲しかった。)。打線をぶった切っている。これまでは1番、今日は6番だったが、育成は7番か8番でやって欲しい。

堂林:2軍で何をしていた?あんなへなちょこドアスイングでボールが前に飛ぶとでも思っているのか?サード守備も劣化して不安定。練習不足が見え見え。チームの足を引っ張る前に、けがをして引退する羽目になる。いくらシーズンオフから緒方監督がモチベーションを下げるようなことを言っても(誠也の方が上、とか)、それでも来たるべきチャンスで見返すために虎視眈眈と牙を研ぎ続けるのがプロというものだ(実際チャンスが来たわけだし)。この選手には大変期待しているが、その程度の心構えなら一流になることはない。もし今生まれ変わる覚悟がないのなら、さっさと引退してファッションモデルにでもなってしまえ。

田中:成績は現在ひどいことになっているが、バットはちゃんと振れているし、きちんと球もとらえられている。打率はそのうち上がっていくだろう。安部が1軍に昇格したらしいが、もし明日田中を先発から下ろしたら、緒方監督に不幸の手紙を送ってやる。
ただ、守備は長期スパンで強化して欲しい。昨日延長でやらかしたみたいだが、それとは関係ない話で、決してへたくそといっているのではない。もっと上に行ける素材だから、真剣に向上に取り組んで欲しいと願っている。あの阿倍のショートゴロをきちんと裁いてダブルプレーをとれるようになれば、ゴールデングラブが視野に入ってくるだろう。さらにこのまま打撃も精進を続ければ、その先も。。。

鈴木誠也:バットスイングは悪くないが、阿部に手玉に取られるあたり、現状はまだ2軍の選手。もう少し選球眼も必要だし、相手投手の球種とか配球とかを考えて打席に入ってはどうだろうか?現状は広瀬に遠く及ばない。
彼の体格とスイングを見ていて、ひとまず打率を度外視し、後ろ足に体重を残して思い切り強烈なスイングをするようにして、2割5分40本の選手にしたいな、とふと思ってしまった。

あと、全体的に高めのストレートの見極めが出来ていない。あれではまともに打てない。ちゃんと練習してくるべき。

緒方監督:記録やニュースを見ていて、心の底から疑っているが、今日は幸いにも采配について特に問題になるようなことはなかった(松山の3番と野間の6番以外)。ただ、試合に出られない選手のやる気をそぐようなことは今後は言わないで欲しい。そういう選手の気分を盛り上げることも監督の重要な仕事なので。九里とか大丈夫ですか?先発をのぞみ、そして実際に結果を出したのに、その希望を打ち砕くようなことを言ったら、その選手をつぶすことになりかねませんよ。堂林が現状そうなってるし。あと、ヒースはちゃんと出来る子だがら、自身をつけさせてあげてください。

確かに、いろいろ問題を抱えているようで、最下位も納得です。今日は幸いにもありませんでしたが、記録やニュースを見る限りでは走塁にもかなり問題がありそうです。首脳陣はマネジメントをがんばってください。
2014年
12月28日
復帰

 この件について触れないわけにはいきません。昨日、黒田投手のカープ復帰が発表されました。以前からその可能性が噂されていたものの、本当に戻ってきてくれるとは思いませんでした。もちろん、来年どうなるかはわかりませんが、戻ってきてくれたことだけで素直に感動し、そして尊敬します。
 石原、倉の両ベテラン捕手は心配ないと思いますが、會沢捕手は相手がヤンキースのエースだからと縮こまることなく、遠慮無く自分の意見をぶつけて欲しいと思います。黒田投手はそれをいやがるような器ではないと思いますし、そうしてこそ得られる成長があると思います。
 来年の成績はわかりませんが、来年も心からカープを応援したいと思います。
2014年
10月20日
シーズン終了

 いろいろ立て込んでいて遅れたが、カープの今シーズンが10月12日に終わった。今年は久しぶりに夢が見られて充実した1年だった。交流戦で10連敗したり、最後の最後でチーム状態が最悪なものとなり、失速して3位に転落したのは残念ではあったが、これも貴重な経験である。CSでは結局1点も取れずに敗退してしまったが、これについて批判するつもりはない。前半に大活躍したエルドレッドが沈黙状態では他に歪みが出て当然だろう。丸にしても、仮に自分が打てなくても神様のような4番につなげばよい、という気持ちで打席に入るのと、自分が決めなければどうせ4番は大型扇風機、という気持ちでいるのとでは、バッティングにも影響するだろう。そもそも、一戦必勝の覚悟でマウンドに上がるメッセンジャー、能見というセ・リーグを代表する好投手からそう簡単に点は取れない。0封されるのもある程度仕方のないことだ。それを批判するよりも、未来のある若い選手たちが、こういう舞台で、メッセンジャー、能見と対決できたことをポジティブにとらえたい。これはカープが強いチームになるために必要なステップだと考えている。また、当日は学会中でテキストの速報しか見られなかったが、特に第2戦、鳥谷、ゴメス、マートン、福留と並ぶ阪神の中軸に対して大P良大地が真っ向から立ち向かい、見事に抑えきったのには大いに感動した。もし仮に前田健大が大リーグへと旅だったとしても、エースの座は近いうちに大P良に受け継がれることだろう。今年も甲子園は去年以上に真っ赤に染まったそうだ。チームとしての成長は順調に続いていると思う。野村監督の花道を飾れず、その点は残念ではあったが、緒方新監督にそのバトンをしっかりと受け継いで欲しい。
 今シーズンのカープを見ていて少し気になったことがある。カープは例年交流戦に弱い。今年はさらに10連敗を喫し、成績悪化の主要因となってしまった。また、特に終盤で、対戦経験の少ない無名の投手に苦しめられることがよく見られた。別にものすごい球を投げるわけでもない投手がなぜ打てないのか?例年の交流戦の不振とあわせて、私はカープのスカウティング能力の低さと、バッターの対応力の低さを疑っている。スカウトに余力が無く、対戦経験の少ないパリーグの投手や、2軍を主戦場としている投手の調査が十分にできていないのではないか?またバッターの方も対応力が低く、情報がない投手をどう打って良いのかわからなくなっているのではないか。自分より力の劣る投手を普通に打てば良いように傍目には見えるのだが、なかなかそううまくはいかないのだろう。来年度以降、是非この点を改善していただきたい。
 そしてもう1点、堂林である。あなたはこの2年成長が止まっている。いろいろ試行錯誤しているのだろうと想像している。しかし、結果が出ていない以上、その試行錯誤は無駄ではないが方向性は間違っていたのだと言わざるを得ない。私が今のあなたを見ていて最も気に入らないのは、バットを一握り短く持っていることだ。おそらく三振王になったことを反省し、確実性を高めようとの思いだろうが、それは間違っている。あなたは決して器用なバッターではない。あなたの美しいが不器用なスイングでは、確実にバットに当てて打線をつなぐ、という仕事は出来ないだろうし、それは他のもっとそれが適した選手にまかせればよい。私はあなたにそんなことは期待していない。あなたの魅力は長打だ。長打のないあなたなど、ちょっと顔がいいだけの2軍の選手に過ぎない。あなたは即戦力を期待された入った選手ではない。将来の長距離砲を期待されて入った選手が、成長過程で多少三振が多くてもいいじゃないか。江藤智も、金本知憲も、新井貴浩も、栗原健太もみんなそうだった。みんな、当たったら飛ぶんだけどとても当たる気がしない(加えて守備もへたくそだった)、という初期状態を乗り越えてカープの4番となっていったのだ(そして守備もちゃんとうまくなった)。彼らの初期に比べれば、あなたの長打は出る確率が高く、しかも勝負所で出ているのは評価すべきである。あの日の千葉マリンスタジアム、1点ビハインドの状況で、当時マリーンズのストッパー藪田のストレートをはじき返し、センターのフェンスにライナーをダイレクトでぶち当てたのを目の当たりにした私は、あなたの将来を想い、胸を熱くしたものだ。もし、その後のあなたの成長が順調であったならば、カープの今シーズンが終わったあの日、逆転3ランを打ったT岡田の隣のページに写っているのは、カープを勝利に導くホームランを放つあなただったはずなのだ。
 あなた自身、よくわかっていると思うが、来シーズン、あなたに約束されたポジションはない。FA(流出)や外国籍選手の動向にもよるが、チャンスは今までよりも限られるだろう。その中で結果を残し、出場機会は自分の力で勝ち取らなければならない。それは厳しい戦いになると思う。しかし私はまだあなたの才能を信じている。バッターは7年我慢して育てろ、という言葉があるらしいので(いつか田淵が解説で言っていた)、25歳のシーズンまでは待つつもりだ。もちろんそれで終わりではない。バッターの成長はその後も続く。山本浩二がホームランを量産したのは30歳を過ぎてからだ。あなたには是非山本浩二のようなバッターになって欲しい。私はそれを夢に見ている。
2014年
6月5日
ポスドク募集

 国立環境研究所でポスドクの募集が始まりました。簡単に言うと、生態系モデルをつくれる人を募集しています。どんなモデルでなければならない、とかの制限はありません。多様性が議論できるようなモデルが望ましいな、ぐらいです。具体的にどんなモデルをつくるか、はこれから一緒に考えることになります。どうかよろしくお願いします。
2014年
1月16日 
伝統の技

 先日話題にした電源スイッチ接触不良のワークステーションですが、また例の症状が出ておりました。幸い、何回か“自動リスタート”を繰り返している内に立ち上がって、その後は特に電源が切れたりしないので、特に計算させるぶんには問題ありませんでしたが、あるときあんまりにもむかついたので本体の横っ面、電源スイッチの部分を掌底の部分でひっぱたいたら、一発で立ち上がってくれました。電気製品の動作不良をひっぱたいて直す、なんて昭和のブラウン管テレビにしか通用しないと思っていたんですが、あの伝統の技は現代のワークステーションにも立派に通じるようです。
2013年
8月13日
速水格先生御逝去

 去る5月27日、速水格先生が逝去されました。速水先生は偉大な先生ですので、いかに偉大かについてはしかるべき場所にしかるべき人が記されると思います。ということで、ここではあくまで個人的なことを書かせていただきたいと思います。
 私が地学科に進学したとき、第四講座(古生物学研究室)の教授を務められていたのが速水先生であり、そしてそのまま私の卒論のご指導もしていただきました。私が修士1年の時に退官されたので、博士号取得までご指導いただいたわけではなく、その意味では私は速水先生の弟子だとは名乗れない立場ではありますが、私に始めて学問を教えていただいた先生でございました。学問を始めたばかりの頃は右も左もわからないので初歩的なことや変なことを聞いたりしました。
Q「古生物学とは何ですか?」A「時間軸を伴う生命現象に関する学問である」
Q「科学的とはどういうことですか?」A「論理的に正しく、検証可能であることだ。」
Q「仮説ってどうやって思いつくんですか?」A「それはあるときふっと思いつくものだ」(後に、ご自身の半生を記された「珊瑚樹の道」(非売品、関係者にのみ配布)に補足がありました。幅広く勉強し、知識を身につけることで、全く関係していないように見える知識同士が結びつき、新たな発想が生まれる、という様子が記されておりました。)
当時の私は真剣に悩んでいたので、これらの3つについては良く覚えております。このような類の質問にも明確に答えられるのは、ご自身が学問に真摯に向かい合ってこられたからだと思います。これらの教えのおかげで、道に迷ったときに変な方向に行かずにすみました。
 もう一つ速水先生に助けていただいたことがあります。私は基本怠け者ですし、そのせいもあって出来の良い学生ではなかったので、卒論も修論も、そして博論もすんなりとはいきませんでした。フィールドに調査に行っても、露頭を目の前にして、一体ここで自分は何をすれば良いのか全くわからず、日がな一日、途方に暮れていることがたびたびありました。天気が悪いのを言い訳にしてその場から逃げ出したこともあります。こんな不真面目でいい加減な自分は研究を続ける資格はない(というかそもそも研究者になれない)のでは、と思っていました。しかし、速水先生も学問を始められたときに同様のご経験をされたそうなのです。そのお話を伺って、救われた気分になりました。自分が研究の世界に存在することを許されたような気になったのを良く覚えております。途中で怠けたり逃げ出したりしても、そのまま逃げっぱなしでなければ、休憩が終わって戻ってきてまた努力を続ければ良いのだ、と自分を楽にすることができました。こういう私ですので、修士も博士もすんなりとはいきませんでしたが、途中で心が折れることなく、何とか博士号を取得し、現在まで研究を続けられております。このきっかけを与えていただいたことを心から感謝しております。
 以前にも記しましたが、私は確かに博士号は取得したものの、速水先生が“こういうタイプの研究者になってはならない”と常々おっしゃられていたタイプの研究者になってしまいました(現物に基づかず、机上の理論だけを扱う研究)。これについては大変申し訳なく思っております。これについてはいずれその時が来たらお詫び申し上げることとして、それまでは、せっかく研究者にしていただいたのですから、研究を続け、学問の発展に尽くしたいと思います。もちろん私ごとき小物ができることは速水先生とは比べものにならないほどわずかだと思いますが、(結局こうなってしまった経験も含めて)私の後の世代の役に立てるように微力を尽くしたいと思います。
 速水先生は、生物学的古生物学が日本に導入されて以降の変革期をそのまま生き抜いてこられ、現在の古生物学を創りあげる過程のまさに中心となられた偉大な研究者であられたと思います。もう少し学問の行く末を見ていただきたかったと思いますが、このようなことになり大変残念に思っております。速水先生のご冥福を心からお祈り申し上げます。
2012年
12月26日
変わらないもの

 25日に早速修理に来ていただきました。中身を全部すげ替えるんじゃないか、という勢いで大量の部品が送られてきていたので、どんなすごい修理になるのかとびびっておりましたが、修理は30分ちょっとで終了しました。結局原因は“電源スイッチの接触不良”でした。つまり、電源スイッチがずっと入りっぱなしのような状態になっており、電源オンと強制終了を延々とかけられ続けているような状況であったわけです。そういえば、強制終了をしようとしてもすぐに言うことを聞かなかったような気がします。強制終了を何度も繰り返したことになるので、HDへのダメージが気になるところではございますが、今のところ無事のようなので、とりあえず様子を見ます。それにしても接触不良とは・・・。子供の頃に「電気製品の故障原因の8割は接触不良である」という記述を新聞で見たことがありますが、時代が変わって技術が進歩し、マシンが変わっても電気製品の本質というのは何も変わっていないのかもしれません。
2012年
12月25日
DELL 2連敗

 先日、DELLのワークステーションPrecision T7600を導入しました。初期設定をしようと思ってスイッチを入れると、立ち上がりかけて電源が切れる、という動作を何度も繰り返し、全然立ち上がりません。ひょっとしてスイッチャー(2台の計算機を1セットのモニター、キーボード、マウスで使用するための機器)と相性が悪いのかと思い、“電源を入れっぱなしにしたまま”、それを外して直接接続すると起動しました。初期設定を終え、必要なソフトウェアのインストールをしました。インストールをすると、必然的に再起動をすることになるのですが、そうするとまたさっきの症状が現れました。ひょっとしてCDを入れっぱなしにしていると、CDから起動しようとして、当然のように起動ファイルは入っていないので、立ち上がらないのかな?と思って“電源を入れっぱなしにしたまま”CDを取り出すとたちがありました。初期設定が終わったので、もうスイッチャーを認識するだろうと思い、電源を落とし、スイッチャーを接続するとまた例の症状が現れました。どうしてもスイッチャーを認識しないのか、と落胆しながら直接接続しましたが、それでもどうしても立ち上がりません。強制終了し、再度立ち上げを試みましたがやっぱりだめでした。こりゃだめだ、ということで、DELLに電話。前回、転送を繰り返されて、対応してくれる部署にたどり着くまで30分かかったので、聞いておいた番号にかけたら、今度は5,6分で担当者につながりました。(このとき、この番号はどうやって知ったのか聞かれました。前の担当者さん、教えてくれてありがとう。)ただ、このときに、「そのマシンは大変問い合わせが多くてお待たせするかもしれません」とのこと。そんなに故障の多いマシンを買ってしまったとは。。。
 そして担当者さんの言われるままにマシンをチェックしました。電源を入れると例の症状を繰り返しているので、F8とかF12を連打せよと言われ、しばらく連打していたら立ち上がりました。そして、インストールしたものをすべて削除しろと言われたので、すべて削除し、再起動したらまた例の症状になりました。だめですね、とか話をしてたら、いつの間にか立ち上がりました。どうやら、何度か自動的な電源のオンオフを繰り返しているうちに、偶発的にたちがあるようです。というわけで、電源の強さが疑われ、電源を無停電電源装置経由ではなく、壁のコンセントから直接とってスイッチをいれましたが、やっぱり同じ症状になりました。次にマシンをあけ、ささっているメモリをすべて抜いてもう一度差し直すように指示されたのでそのようにしましたが、やっぱりだめでした。そこまで2時間かかりました。ということで本格的な外れマシンであることが認定され、出張修理をしていただけることになりました。その打ち合わせをしている間に、いつの間にか立ち上がってました。もう笑うしかありません。どうやら、今まで何度か立ち上がったのはすべて偶発的な事象であり、スイッチャーを外したりとか、何かのキーを連打したりだとかはすべて関係なく、ただ単に電源を入れっぱなしにしたまま作業していたためにたまたま立ち上がっただけだったのです。
 そしてDELLの担当者さんに「○時から外出するし、△時からは電話に出られないから、△時までに電話してくれ」とお願いし、さらに、前回も同様のお願いをしたけどそのようにならず、しかもその翌日にも電話がなかったから、今回は事務連絡はちゃんとしてくれ」とお願いしたのですが、やっぱりだめで、電話をかけるな、と言った時間に携帯電話がぶるぶるいってました(マナーモード)。そっちの方の改善も必要ですね。まあ、マシンの方がしっかりしていれば、事務連絡の不徹底など問題にはならないので、まずはマシンの不良発生確率を下げるように最大限の努力をすべきだと思います。DELLは外れが多いのは超有名ですが、高額な部類に入るワークステーションで2連敗というのは、メーカーとして恥だと思いますので。
2012年
8月7日
 昨夜、女子サッカーの準決勝を見ました。決勝進出ほんとにおめでとうございます。途中で切り上げて寝なければいけなかったのですが、ついつい最後まで見てしまいました。それにしても後半の攻め込まれ方はすごかったですね。心臓に悪いです。ほんとに良く守りきったと思います。キーパーの福元選手が神様に見えました。
 変な話ですが、後半は何か懐かしい気持ちで見てました。少し前まで、98年フランスW杯の予選の頃までは、日本の男子のサッカーでも同じ展開が良く見られ、そして、あの有名なドーハの悲劇や、97年の国立競技場での韓国戦のように、試合終了間際に同点、もしくは逆転というのが良くありました。そういえば男子では最近そういう場面はとんと見なくなりました。男子のサッカーの昔と今を比べれば、「相手の攻撃を跳ね返してもこぼれ球を拾われ、波状攻撃を浴びる」というのを避けられ、もう少し楽に勝てるようになるのではないかと思われます。是非とも決勝でもがんばっていただきたいと思います。今日は男子の準決勝があるので、楽しみにしております。
2012年
8月1日
 ラオスから帰って参りました。緯度的にはかなり南でしたが、雨季で曇っていたし、モンスーンの影響でこの季節はちょっと涼しいらしいし、調査地は山奥のダム湖だったので日本よりもだいぶ涼しかったです。しかも、前回のタイと違って調査船としてチャーターしたのが、日本で言うところの観光屋形船でして、大型でスペースがあり、屋根付きだったので、移動中の内職も含めてかなり快適に過ごせました。ぼちぼちメモリーをアップして参ります。
 帰ってきたらオリンピックが本番でした。当たり前ですが、実況が日本語でわかりやすかったです。向こうでサッカーの日本―スペイン戦を見ましたが、さすがにタイ語(たぶん)の実況では気分が出なかったです。2戦目のモロッコにも良く勝ちましたね。それと、かつてやっていたこともあって、卓球も注目して見てました。福原選手はほんとにカットマンが苦手ですね。ベスト16の試合を見ましたが、あんなに弱点のはっきりしたカットマン相手にあれだけ苦労するとは。。。下回転のボールに対して、ループドライブしかなく、速いドライブが打てないのが致命的だと思います(速いドライブとループドライブを混ぜられると、カットマンにとってはつらいです)。パワーがなさそうなのは仕方ないと思いますが、フォームにも問題がある気がします(打点が遅い。野球用語で言うところの、方の開きが早い。あと、肘があまり使えてなくて力が伝わっていない)。カットマンの突っつきへの対応も良くないし、見ていると自分(注:18歳の時の。。。)でも勝てそうな気になってくるから、テレビって怖いですね。それに対して石川選手にはまるで歯が立ちそうな気がしません。石川選手のベスト16の試合も見ましたが、福原選手の相手よりもレベルが高いカットマンを見事に蹴散らしていました。どうやって戦うか、その糸口すら見つかりませんでした。
 まだまだ熱戦が続いておりますが、選手の皆さんが悔いのない戦いができることを祈っております。
2012年
7月22日
 明日から1週間ほどラオスに行ってきます。この間タイでやった調査をラオスのダム湖でもやるんだそうです。とにかく付いてこいと言われているので行かなければならないのですが、現地で私が何をやるのか、今日まで何も聞いていません。ま、出発前日まで何も話がないと言うことは、現地では何もすることがないという意味なのでしょう。モデル屋を野外調査に連れて行っても役には立たない(そもそも素人が出したデータなんか信頼できない)ことはたぶんわかっているでしょうから、前回のタイと同じく、おそらく湖岸で放置だと思います。放置プレイは、それはそれでなかなかの苦行なのですが、現地で突然無理なミッションを押しつけられるよりもましです。ダム湖にパソコンは持って行けないから、ノートと鉛筆でモデルの新モデルの構想をやるしかないかな。とにかく、健康に生きて帰れるように全力を尽くします。
2012年
7月4日
 無人島から生きて帰って参りました。死ぬかと思いました。普段、仮想世界に引きこもっている身にとっては無人島はあまりに過酷でありました。とりあえず生きて帰ってきたので、調査記の続きを追々アップしていきます。
2012年
6月28日
 
 現在、小笠原諸島の父島に来ております。現在取り組んでいるプロジェクトの野外調査です。とりあえず暑いです。真夏です。明後日早朝から媒島というところに行きます。そこは全く日陰が無く、ものすごい暑さらしいので、暑さ対策のため、今日は午後から近くを歩き回っておりました。しかし風があったせいなのか、地獄の苦しみ、というほどではありませんでした。果たしてこれで明後日からの調査で生きて帰ってこられるのでしょうか?今日は途中でアイスの自販機を見つけて休憩したりしてましたが、無人島にはそんなものはないでしょうからね。それにしても、野外調査は17年も行ってなかったのに、いきなり今年の1月にタイで、今度は灼熱の無人島とは、幾ら何でもハードルが高すぎます。もうちょっとマイルドなところでなれておきたかったです。これも厄年のせいなのでしょうか?大変不安ではありますが、がんばって生きて帰ります。
2012年
6月28日
 6月13日QVCマリンフィールドに行ってきました。千葉ロッテマリーンズ対広島東洋カープの交流戦を見てきました。大変きれいでいい球場だし、おいしいものもたくさんあって家族も大変喜んでいました。5回終了時の花火もいいですね。あれだと何回も通いたくなります。千葉ロッテマリーンズと言えばファンの熱い応援が有名です。球場にいると大変見応えがありました。若き日の落合博満が無人の球場で打ちまくっていた時代を知るものにとっては隔世の感があります。千葉移転以降、チーム全体の努力の成果だと思います。心から敬意を表したいと思います。
 試合は最終回に広島が追いつき、延長10回で引き分けにおわりました。広島が粘ってよく追いついた、と新聞では短く書かれていましたが、本来ならば広島の勝ちゲームでしたね。なぜ広島が万年5位なのかがよくわかる試合でした。

1:9回表の緒方3塁コーチの判断

 9回表、1アウト1塁で、7番堂林がセンターオーバーフェンス直撃の2ベースヒットを打ちました。この場面で緒方コーチは1塁ランナーを本塁に突入させました。しかし、ランナーが三塁を回ったとき、ボールは既に中継のショート(少し深めの位置にいました)に届いていました。当然間に合うはずがありません。草野球のコーチでもランナーを三塁で止める場面です。結果は当然アウトでした。クロスプレーにもなってませんでした。あのような、草野球以下の判断しか出来ないのなら、プロのコーチの資格はないと思います。選手としては大好きだったんですけどね。大変残念です。

2:4回裏のダブルプレーの取り損ない

 4回裏のロッテの攻撃ノーアウト1塁で3番井口がサードゴロ。当然ダブルプレーを狙います。サード堂林はこのゴロを待って捕球し、セカンド安部に転送。そこで安部がボールをお手玉して送球が遅れ、井口が1塁セーフとなりました。お手玉した安部はもちろん論外ですが、サード堂林の守備も少々問題です。無理に前に突っ込んでエラーするよりも確実にセカンドでランナーを殺す方が良いに決まっています。ですから、堂林の守備は悪くはないです。しかし、守備の良い選手なら、判断早くもう一歩前に出て、一つ早いタイミングで捕球します。そうすればセカンドの安部が焦る必要もなくなるので、エラーの確率が下がり、ダブルプレーを取れる確率が高くなります。もしダブルプレーを取っていたら、あの回は0点で終わっていたはずです。堂林には大変期待しているので、是非とももっとレベルの高い選手になって欲しいと思います。

3:4回裏の連打について

 この回、ロッテは野村祐輔のシュートに狙いを定めて来ました。全部同じ球を打たれているのだから、先制点を取られたところくらいで相手の狙いを察知して配球パターンを変えなければならないでしょう。しかし学習効果は発揮されず、(1本は外のストレートだったのですが)その後も同じ球を連打され、ずるずると3点を失いました。球種を捕手が決めているのか投手が決めているのかは部外者にはわかりませんが、強いチームだったなら、3点は取られていません。
 この回、野村はマウンド上でいらいらしているのがよくわかりましたし、その前の回、3回裏に四球で初めてのランナーを出した時も同じようにいらいらしており、3回裏終了時に石原と話し込んでいたので、何か不一致があったのかもしれません。もしかしたら、野村祐輔と石原は合っていないのかもしれませんね。

 広島の弱さを痛感した試合でしたが、良いこともありました。ロッテ先発のグライシンガーには手も足も出ず、子供扱いされていましたが、2番手以降の投手に対して必死に食い下がり、打線をつないで3点ビハインドを追いついたのはすばらしいと思います。特に9回表、緒方コーチの判断ミスで2アウトとなってから丸が四球を選んで打線をつないだのはすばらしかったです。そして同点タイムリーの小窪選手、(もちろん、聞こえているはずはないと思いますが)「どうせ打てないんだからフォアボール狙い1本でいけ」と言ってしまって済みませんでした。心からお詫び申し上げます。藪田のストレートを見事にとらえた美しいセンター前同点タイムリーヒットでした。4番の岩本は、この日は4番らしい働きはいまいち出来ていませんでしたが、「追い込まれてもいないのにボールになる変化球につられて体勢を崩し、結果凡打に終わる」という悪癖が消えていたので、もう少ししたらもっと打つようになるでしょう。売出し中の堂林は、現時点ではまだ二流のバッターですが、9回表のあの場面でセンターフェンス直撃の打球を打てるのは、未来のある証拠だと思います。少々の三振なんか気にせずにバットを振り続ければ、一流のバッターになれるでしょう。あと良かったのは今村。今シーズン序盤はふらふらしていたようですが、完全に化けてました。本人がどういう方向を目指すのかはわかりませんが、このまま抑えを目指しても、立派にやっていけるでしょう。現在の弱さを見せつけられることによる後味の悪さと、未来への希望が混在する愉しい試合でしたね。
 この日は期待の先発野村祐輔から始まり、上記の選手に加えて前田智徳もミコライオも見られたし、プロ野球では年に1,2回しか見ることが出来ない、「何でもない外野フライをぽとりと落球」という大変珍しいプレーを、こともあろうに延長10回裏にライトの丸がやらかしてくれたし、そのおかげで怪我から復帰したロッテ荻野とミコライオを見ることができたので、エンターテインメントとしては大変楽しめました。サヨナラ負けしなくて良かったですね。
2012年
3月24日
殿様商売

 先日、電気屋さんでiPadを見てきました。他のタブレット端末とも比べてみましたが、iPadが一番洗練されている印象でした。馬鹿売れするだけのことはあります。当然値段も洗練されておりまして、記憶容量32GBのものが5万円ちょっとしました。もうちょっと安くならないかなと思ったのですが、通常その店で行われている会員割引のようなものも含めて、一切の値引き行為をアップルから禁じられているとのことでした。なかなかの殿様商売ですが、これなんかかわいいものでして、iPadの破損保険(AppleCareというらしい)の方がちょっと怖いものでした。追加で8800円払えば、操作中や不慮の事故で壊れた時に対応した保険に入れるそうですが、その保険の内容が「壊れた時の修理を1回4400円でやってやるけど、2年の間に2回までだよ」というものでした。一般の家電量販店では3000円くらい追加で払えば5年間無償修理というのが相場だと思いますが、それに比べてびっくりするほど高額だし、無償修理でもなく、しかもそれがかなりな高額で、その上認められる修理の回数がたった2回とか、いくらなんでもボリ過ぎでしょう。殿様商売という言葉ではとても形容しきれないので新たな言葉を想像しなければなりません。また、そんな設定をされると、「1年に1回の割合で、修理不可能で新品に交換するしかないような故障をする」のか、と勘ぐってしまいます。かなり印象悪いです。売れている内に稼げるだけがっぽり稼ぐ、という戦略なのかもしれませんが、そういう搾取戦略は持続可能ではありません。
 ずうっと昔、Windows95が出る前のことです。あのとき、マックの方がDOS/Vマシンよりもかなり洗練されており、研究室では多くの人がマックを使っていました。しかし「マックはすごくいいんだけど、高いしすぐハングして困る」と言われていた記憶があります。実際、当時使っていてかなり困りましたが、抜本的な解決は特になされませんでした。そこに登場したのがWindows95でして、その発売当時は「Windowsマシンは貧乏人のマックだ」と揶揄されておりました。確かにWindows95は少々垢抜けていない印象でしたが、実際に安いのは魅力でしたし、マックよりもハングする確率がかなり低かったのと、動作が怪しくなったときの自己修復能力がかなり高かったのを覚えています。あの後Windowsが圧倒的なシェアを獲得するようになったのはマイクロソフトの販売戦略のせいだけではないでしょう。現在、タブレット端末については確かにiPadはかなり優秀なようでした。使ったことがないのでよくわかりませんが、もし機能的に困ることが放置されたままで殿様商売を続けていたりするのなら、また長い冬の時代が来ると思います。もうあの人はいないのだから、次に冬が来てしまったらもう次の春は来ないかもしれません。研究の世界ではファンの多い会社なので、できることならあのときと同じ過ちは繰り返さないようにして欲しいと思います。
2012年
2月15日
新ページ追加

 先日、タイに行ってきたので、旅行記のようなものを書き始めました。書いてるといろいろ思い出して長くなりそうです。ぼちぼち追加していきます。
2012年
2月12日
Let’s Note

 先日ニュースでPanasonicのLet’s Noteがノートパソコンでトップの販売を記録したと報じられていました。私が現在使っているノートパソコンもLet’s Note (CF-F9)です。購入したのは1年以上前なのですが、14型の液晶モニターを積んで重量が1.7キロくらいの軽量のノートパソコンは他にありません。プロセッサ、HD容量も満足しています。これだけの軽量でこれだけの高性能のマシンは見つけられませんでした。売れるのも当然かなと思います。しかしいくつか我慢できないことがあります。まず一つ目、ワイヤレスネットワークの立ち上がりが遅いです。これよりもはるかに旧式のDellやSonyのマシンでさえ、スリープからの回復と同時にネットにつながるのに、Let’s Noteは1分以上たってからでないとネットにつながりません。二つ目は液晶モニターです。自分の目の方が悪いのかもしれませんが、全体的に青みがかっています。どう調整しても改善しません。さらに、モニターの真ん中を見ていていると、画面の上下端が暗く見えます。そのため、目線を動かすだけでは画面いっぱいに広がった文章や図を見ることができません。いちいちスクロールしたり、首を上下に動かしたりしなければならず、大変苦痛です。さらにどうしても我慢できないことがあります。それはキー配列です。なぜLet’s Noteだけ、ファンクションキーとコントロールキーが逆なのでしょうか?普通は左からCtrl, Fnの順番なのにLet’s Noteだけはその逆になっています。コントロールキーはショートカットキーとして頻繁に使うので、このマシンを使うときだけ、いつも操作をミスしてしまい、いらいらします。最近はやっと慣れてきましたが、それでも使い始めはいつも戸惑ってしまいます。わざわざ不便な仕様にするとは、開発した人はいったい何を考えていたのでしょうか?キー配列の問題が改善されないようならば、次の機会ではLet’s Noteは買わないと思います。基本性能がいいので大変もったいないのですが。。。
2012年
2月11日
無事帰還

 ご報告が遅くなりましたが、タイ抑留から無事帰還しました。思っていたよりも良いところでした。絶対おなかを壊すに違いない、と思ったのですが、ベテランの方のアドバイスもあり、何とか健康で帰ってこられました。現地の人が一緒についてきてくれて、いろいろ気を遣ってくれれば生きていけます。バンコク以外で暮らすためには、現地語を覚える必要があるでしょう。そうでないとレストランで号泣する羽目になります。本気のタイ料理は、初心者には耐えられません。異国に行くときは、段取りをきちんとしていないと余計な労力が増えますね。これについてはまた時間を作って詳しく報告させていただきます。
2012年
1月17日
海外野外調査

 とある研究プロジェクトに拉致されることになり、来週末からタイの現地調査に強制連行されることになっております。タイと言ってもバンコクとチェンマイとか、聞いたことのある場所ではなく、タイ東北部の、ラオスとの国境付近のメコン川流域です。野外調査らしきものに最後に行ったのが17年前なので現地では荷物運び以外に全く役に立たないことは確実であります。むしろ確実に足手まといになります。現地でみんなが何かしてるのをただ眺めているだけになり、ただ邪魔なだけだと思いますが、それでも現地を見なければならないとのことであります。
 「ホテルの部屋の中でも盗難あり」「セキュリティボックスも信頼できない」とかデフォルトです。ま、そもそも日本以外はそんなもんですよね。現地の大学で研究計画の発表をしなければならないし、仕事が立て込んでいるので、どうしてもノートパソコンを持って行かなければならないのですが、もし仮に盗まれても痛くも痒くもないように、ほぼ退役状態のものを持って行きます。どうせネットにはつながらないだろうし、たいした仕事もできないだろうから、スペックは適当でいいでしょう。その他いろいろネットで調べると「特に立ち寄るような場所はない」とか「ラオスへ行くときに素通りする」とか「画像無し」とかそんなことが書いてあったりします。タイ軍とカンボジア軍がちょっと前にドンパチやって現在もにらみ合いが続いていて外務省から行かない方がいいよ、というお達しが出ている世界遺産の寺院遺跡は今回の最初の目的地から100キロ南にあったりします。

 以上のことは以下のことに比べれば些事に過ぎません。

昨年10月には、2隻の中国商船がメコン川のタイ水域で何者かに襲われ、船員ら13人が殺害された。」「4日未明、・・・4隻の中国商船に対して何者かがロケット弾を2発撃ち込んだ。」(以下の記事より引用)
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120106/chn12010622440004-n1.htm
あのー、今回行くところって、そのエリア(↑)なんですけど。。。
これって大丈夫なんですか?という話はしたんですが、中止を検討することも一切無くそのままスルーされ、何事もなかったかのように淡々と準備が進んでいます。初めての海外野外調査にしてはえらくハードルが高いんですが、果たして私は生き延びることができるんでしょうか?????
2011年
12月11日
百薬の長

 しかしその後も症状が改善せず、パソコンのモニターを見ているだけで、車酔いをしているかのような気持ち悪さにおそわれて、仕事するのもちょっとつらい状態でした。とある会合でその話をしたら、とある先輩から「そんなもんは酒を飲めば直る」という大変ありがたいお言葉をいただきまして、その会合の後の宴会で、その“お薬”をおいしくいただきました。それで翌朝目が覚めたらびっくり、あれだけふらふらして気持ち悪かった症状が劇的に改善しておりました。アルコール恐るべしです。酒は百薬の長とはよく言ったもので、ほんとに効くんだ、と大変感動いたしました。お酒はあまり好きな方ではなく、普段は全く飲まないのですが、これから定期的に晩酌しようかな、と本気で考えております。
2011年
12月10日
後遺症

 この間の綱渡りの後遺症か、先日突然の体調不良に襲われました。突然頭を締め付けられるような感じがして座り込んでしまい、その後両手両足の先がしびれて動かしづらくなり、細かい作業ができなくなり(マウスのポインターが思ったところに定まらない)、舌も麻痺して話しづらくなり、さらにふらふらして歩きづらくなりました。とりあえず寝れば何とかなるかな、と思ったのですが、翌朝になっても、その次の日になっても症状が回復しなかったので、ついに自分の頭も終わったか、と覚悟して病院に行きました。しかし診察の結果、頭の中は健康そのもので脳が原因の症状ではありません、とのことでした。しかし、その原因は結局わからず、しばらく様子を見て症状が改善しなかったらまた来てください、と言われました。私としては、安心して様子を見ていられることがわかったので、それだけで十分だと思いました。
2011年
12月9日
綱渡り

 研究所のとある事情のため、今年度末までに終わらせる計画だった仕事を11月初旬までに片付けることになり、綱渡りのような日々を過ごしておりました。とても間に合わないと思いつつも、夜を日についだ突貫工事を行い、期限日の前日になってやっとデータが出始め、土下座の危機から救われました。それから大急ぎで結果をまとめ、、、というのを久しぶりにやる羽目になってしまいました。学生の時はいつもこんな感じで別になんと言うことは無かったのですが、もうさすがにこういうのはやってられませんね。いつ何時不測の事態が起こっても余裕を持って対処できるよう、計画的に仕事を進めなければ命がいくつあっても足らん、ということを体にたたき込まれました。
2011年
7月21日
近況

 久しぶりの更新になります。昨年度から小笠原諸島に関するプロジェクトに参加させていただいておりますが、(http://www.ogasawaraproject.jp/index.html)それに関するモデル作成が年明けから佳境に入り(どつぼにはまり)、生態学会に出発する直前までシミュレーションを走らせる、という綱渡りを久しぶりにやってしまいました。死ぬかと思いました。学会を乗り切ってほっとしたと思ったら次は震災でした。震災発生当時は札幌だったのですが、そこでは周期の長い揺れが長く続きました。1993年に発生した北海道南西沖地震の時、私は北海道中央部の穂別というところにいたのですが、ちょうどそのときのような、乗物酔いでもしたようないやな感じの揺れだったので、またあのときみたいに遠くの方で大きな地震でもあったのかな、と思いました。しかしまさかあんな巨大な地震だったとは思いもよりませんでした。「つくばエキスプレスの架橋がばたばたと倒れて復旧の見通しが立たない、とツィッターに書き込まれていたらしいのですが、実際はそこまでひどくはありませんでした。研究所もそれなりの被害を受けたのですが、幸いにも私がいる場所は致命的な被害は受けませんでした。4月1日から第3期の中期計画が始まり、それに伴う組織改編で私は「生物・生態系環境研究センター 生物多様性保全計画研究室」の所属となりました。その直後に高熱で丸々1週間寝込み、何とか回復した後は新中期計画のスタートに伴う種々の書類や資料の準備がありました。この手の仕事は、そんなにたいしたことはないんですが、精神力を消耗しますね。それが終わったら次は研究室の引っ越しがあり、耐震補強工事に伴う避難先から元の場所へと戻ってきました。やはり慣れた場所の方が落ち着きます。その後は夏に備えての節電計画の策定がありました。研究所全体で25%の節電を目指し、各研究室で使っている電気製品を調べ上げ、止められるものは全部止めることになりました。私も節電期間中の昼間にはシミュレーションを行わないことにしました。集計してみて改めて思ったのは、照明器具の消費電力の大きさです。天井には32ワットの蛍光灯が14本はまっているのですが、これだけで448ワットを消費することになるんですね。デスクトップパソコンがだいたい150ワットくらいなので、パソコンをちまちま消すよりも、照明を落とす方が効率的に節電できるんですね。私の部屋だと、照明を消して冷蔵庫を止めるだけで4割くらい節電できました。これだったらわざわざ研究を遅らせることもなかったかな、と思ったりもしましたが、このご時世でぶんぶんパソコンを回すわけにもいかないのであきらめました。その後で研究所一般公開用のポスターの作成がありました。ぼちぼち手間がかかりましたが、無事公開できることになりました。今年の環境研の一般公開は7月23日(土)です。これらの間に、小笠原モデルの改造とパラメータ依存性のチェックを行っております。今年は色々あって針の穴に毛糸を通すような研究計画にせざるを得なかったので、結構大変な年になりそうです。このホームページでも書きかけのものもあったりしますし、現実的なモデルとは何か、というテーマについても書かなければならないのですが、ちょこちょこ時間を作って書いていきたいと思っております。
2011年
2月5日
Windows 7

 以前VISTAを導入する羽目になったときにひどい目にあったので、慣れ親しんだXP環境にしがみついていたのですが、世の中の流れに逆らえず、Windows 7(64ビット版)の導入を始めることにしました。マイクロソフトさんもVISTAで反省したのか、“対応していないソフトウェアのCDを入れると30分あらゆる操作を受け付けなくなる”、などのようなことはなく、思っていたよりもスムーズに移行できました。また、いくつかはネットから64ビット版用の修正ファイルを入手しましたが、結構古い32ビット版のソフトもインストールでき、問題なく使用できております。エクスプローラーに不満な点は少々ありますが(一つのフォルダーの設定を変えると、それが全部のフォルダに適用されてしまうので、いちいちいらいらする)、また、一番心配していた、十数年前に買ったC++の開発環境について、完全なインストールはできませんでしたが、エディタ、コンパイラ、デバッガ、そしてできあがった実行ファイル、という大事な部分は動いたので安心しました。とりあえず今のところはXPモードを使用しなくても問題ありません。ただ、岩波の生物学事典はインストールできませんでした。ちょっと探してみたのですが、生物学事典の64ビット版は見つかりませんでした。修正プログラムも見つからなかったので、今のところ放置しております。岩波さんが何とかしてくれるといいのですが。
2011年
1月20日
 昨日、濱田隆士先生が亡くなられたそうです。
 濱田先生との出会いは古く、私が小学生の時にに買った「化石入門」という本を監修されたのが濱田先生でした(余談ですが、その本の表紙に載っていた化石をその後卒論で研究することになります)。そして私が専門課程に進んだ時に、(確か)自然史の授業を担当されたのが濱田先生でした。本来は別の先生の担当だったのですが、その先生がたまたま在外研究中だったので、その年だけのピンチヒッターとして濱田先生が担当されたのでした。その授業は大変印象深いものでした。興味深いトピックを厳選し、生命と地球の歴史について、大変わかりやすく、そしてわくわくするように解説していただきました。あんな話ができるような、血湧き肉躍るような研究がしたい、と思ったのを覚えています。それは私がこのような研究をするようになったきっかけの一つとなりました。
 私は濱田先生の門下生ではありませんが、それでも濱田先生との出会いは大変貴重なものでありました。謹んで先生のご冥福をお祈り申し上げます。
2010年
10月16日
書評について

 先日、書評を書かせて頂きました(注1)。生態学会のニュースレターを見ていたら、書評依頼の中に、卒論の時にご指導を頂いた先生の著書がリストアップされているのをたまたま見つけたのがきっかけです。生態学会にはもう1人その先生に師事した方がいらっしゃいまして、格から言えばその方の方がふさわしいのですが、その方は大変お忙しい方なので、ここは私が書くしかないと思って申し出た次第でございます。というか、これをスルーしたらそれが思い切りばれてしまいそうで、申し出ないわけにはいかなかったのです。そうすると、先生に「絶対やるな!」と言われた研究をやっていて(注2)ただでさえ破門されそうでやばい状態なのに、今度こそ完璧に破門されてしまうに違いありません。さらに、私はその先生のご指導を受けた卒論生としては海底ツモ(注3)の一人になるので、それなりの責任を果たさなければなりません。
 書評を書くに当たって注意したのは、他分野の方への紹介になるので、細かい話をしないこと、特に内輪ネタは絶対に書かないことです。内輪ネタは関係者でないとしらけるだけだし、内輪ネタなんて書いたら単なる自己満足になってしまい、それこそ著者の先生に失礼です。こういう書評は通常良い評価をするものですが、そういう意識をしなくても私には十分に価値のある本に思われました。先生はその分野を極めたお方であり、そしてこの本はおそらく御自らの研究人生の集大成として、後に続く人(特に新しくこの分野に入る学生)に伝えたい内容を厳選して記したものだと思われます。
 あの書評がうまく書けたかどうかは私にはわかりません。かえって先生に「理解もせずに変なことを書くな!」とのお叱りを受けるかもしれません。ただ、化石というものがどれだけ「取扱注意!」なものであるか、そしてそれを用いてサイエンスの議論をするためにどれだけの努力と工夫をしてきたのかについて、理解していただくきっかけになれば幸いです。

(注1)その本はこちら↓
「古生物学」 速水 格著(2009) 東京大学出版会
(注2)その先生が御退官される前日に「我々の強みは、実際に存在しているものを研究対象としていることにある。そうでなければ、他分野の専門家に勝てるはずがない。だから絶対に“モノ(化石、もしくは関係する現生生物そのもの)”から離れないように。」というお言葉を頂きました。ちなみに修士以降にご指導頂いた先生にも「抽象的なテーマは一切禁止」というご命令を受けていたにもかかわらず、結局D論は完全にモノから離れ、仮想世界の中だけで書いてしまいました。そして今も人生の大部分を仮想世界で生きています。あの状況ではああするしかなかったので、どうかお許しください。
(注3)内輪ネタの一つです。海底で私のような変なのをつかませてしまって大変申し訳ございませんでした。
2010年
10月12日
毒ガス

 私が所属している研究室が入っている建物で耐震工事が行われることになり、研究室が引っ越すことになりました。引越し先になった“箱”(部屋と呼びたくない)は、当初床が斜めになっており(注1)、その部屋の中にいると気持ち悪くなってくるため、床を平らにする工事をやってもらいました。いわゆるフローリングの、それなりに見た目のよい床になっていたのですが、その床からどうやら毒ガスが出ているらしく、異臭や体調の悪化を訴えた数人が別の部屋に避難していきました。私は臭いに鈍感なので最初は気がつきませんでしたが、引っ越した日から毎日頭痛と吐き気に悩まされるようになりました。風邪かと思ったのですが、朝になると症状が軽くなり、研究室にいると症状が悪化することを繰り返すので、試しに1日研究室に入らないようにしてみると、症状がどんどんと軽くなっていきました。どうやら私も毒ガスに犯されていたようです。思い出してみると私に出た症状は、以前カイガラムシを駆除したときに薬剤を吸い込んだときの症状に大変良く似ていました。それ以来、ノートパソコンと資料を抱えて図書館や空き家になった引越前の研究室などを転々としています。シックハウス症候群などがこれだけ有名になった現在において、しかも、そういうことを積極的に研究する部署を持つ環境研において、そんな腐った工事が行われるとは夢にも思いませんでした。窓を開けて1ヶ月も換気していれば毒ガスは抜けていくのでしょうが、引越し先の“箱”は窓がないのでそれが出来ないんですよね。今、換気口の工事をしていますが、耐震工事が終わって元の場所に戻る頃になってやっと毒ガスが抜けた、というオチは勘弁して欲しいです。
2010年
8月9日
進化学会

 月曜日から木曜日まで、東京工大で行われた進化学会に参加してきました。東京工大の丸山先生と岡田先生がシンポジウムの枠を全てジャックする、という大変野心的なシンポジウムが企画されていました。評価は分かれるかもしれませんが、丸山先生は地球科学の巨人であることは間違いなく、その丸山先生が研究人生のラストスパートに向かって何を考えているのかを知りたかったので、今回は自分のポスター発表の時間以外はずっとこのシンポジウムに張り付いてました。
 生命を含めた地球の進化は大宇宙の変動と無縁ではないので、宇宙の変動も考慮に入れ、それが地球の岩石の中に、また生物の遺伝子の中にどのように刻み込まれているのかを明らかにしながら、地球と生命の進化を考え直そう、というのが趣旨だと感じました。そのこと自体は私も子供の頃に確かブルーバックスかなんかで読んだことがあります。しかしそれをどのように科学の議論に乗せていくのかが問題だったのですが、近年の学問の進歩により、それがいよいよ可能になって来つつあると強く感じました。既にプロジェクトに参加するメインの研究者の陣容は固まっているようで、これから10年の間にどのような成果が出されるのかが大変楽しみです。太陽系外の惑星観測を行う人も加わっているようですが、おそらく、「過去の地球の直接観測」も視野に入っているのでしょう。
 今回進化学会をジャックしたのには、生物系の研究者を対象にメッセージを強く発信し、将来につながる一大ムーブメントを起こしたい、という意図があったのかもしれません。しかし、立地条件の問題(会場が遠くに分散していて、あの暑さの中で移動する気がしない)があったのかもしれませんが、参加者は少なく、その目的は十分には達せなかったかもしれません。プロジェクトの体制は整っているようなので、成果を出して引きつけるしかないでしょう。また、科学の枠内から出るべきではないとも思いました。変に外へ飛び出すと“トンデモ”の烙印を押されかねません。
 いずれにせよ魅力的で壮大なプロジェクトであると思います。私には表面的な成果しか知ることはできませんが、今後の進展に注目したいと思います。
2010年
8月6日
退役

 以前から挙動が不安定なパソコンとして登場していた例のマシンですが、本日本格的にお亡くなりになったようです。画面表示が部分的にぐしゃぐしゃになり、さらに画面全体が小刻みに明滅を繰り返し、そのうち、マシンはぶんぶん動いているにもかかわらず「entering power save mode」という表示が出てモニタが真っ暗になります。グラフィック関連のボードかメモリに異常があるのではないかと思われます。しかし、既にエースマシンではない上に原因不明のトラブルも抱えているので、修理しても復帰は望めないと判断し、退役させることとしました。このマシンには大変お世話になりました。死ぬほどぶんぶん走ってくれて、たくさんのデータを生み出してくれました。心からの感謝を捧げ、ご冥福をお祈り申し上げます。
2010年
7月28日
グミの話(その9)

 何年もかけたプロジェクトでしたので、ここまで来たらもう引き下がれません。私は再びホームセンターに行き、本当のナツグミの苗を購入してきました。今度こそグミの実を楽しめるでしょう。ただ、ナツグミはビックリグミよりも開花時期が少し遅いらしいので、室内で育てるなどして少し開花を早める必要があるそうです。しかし、面倒くさがりの私のことなので、来年なっても何もせず、開花時期がずれてまた実が付かない、というオチが待っているのかもしれません。
 それから一月ほどたったとき、ビックリグミの葉の裏に赤いものが隠れているのを見つけました。なんと、一個だけグミの実がなっていたのです。たまたまどこからか花粉が運ばれてきたのか、それともビックリグミ同士の花粉で受粉したのか、真実はもちろんわかりませんが、来年はこれがもっとたくさん実ってくれるに違いない、と期待しております。
2010年
7月27日
グミの話(その8)

 ちょうどその時、たまたま立ち寄ったホームセンターでナツグミの苗を売っているのを見つけました。見ると、自分の内にあるナツグミとずいぶん印象が違います。葉の色や形、花の付き方に違いがあるようです。そこでふと、自分の内にあるビックリグミと“ナツグミ”が「まるで双子のようだ」という印象を持ったことを思い出しました。その時確かに「あれ?“まるで双子のように”ってちょっとおかしいな。同種じゃないはずなのに、こんなにそっくりなものなんだろうか?」とほんの少しだけ気にかかりましたが、私は植物は素人だし、区別が付かないだけだろう、と思って特に追求はしませんでした。しかし疑惑がほぼ確信に変わりました。家に帰った後、初めてネットで区別の仕方を調べ、じっくりと比べました。なんと言うことでしょうか。“ナツグミ”として購入したものはなんとビックリグミだったのです。無知とは恐ろしいものです。見事にだまされました。買ってすぐだったら通販会社に文句を言えるんでしょうけど、3年も気がつかず、しかも600円程度の商品ではさすがに文句つけるのもはばかられますね。
2010年
7月24日
グミの話(その7)

 植え替えの効果は抜群でした。今までの停滞が嘘のように、“ナツグミ”は暖かくなるに従ってぐいぐいと成長し、葉も見事に茂り、そして4月には小さな白い花をたくさん咲かせてくれました。受粉がうまくいくように、同じく満開に花を咲かせているビックリグミと並べておきました。まるで双子のように、二つ並んで満開の花を咲かせているのはなかなか見事な眺めでした。受粉に貢献してくれそうな虫もたくさんぶんぶん飛んできてましたので、やっと今年は実を楽しむことができるだろう、と期待しておりました。 しかし、しばらく時間がたつと白い花がぱらぱらと落ち始めました。受粉がうまくいかないと花がどんどん落ちていくという、ここ何年も見慣れた光景です。さすがに全部受粉することはないだろうから、うまくいかなかったのが落ちているだけだと思っていました。しかし花が落ちるのは止まりませんでした。
2010年
7月17日
グミの話(その6)

 鉢をひっくり返してみたらひどいことになってました。何が原因かはわかりませんが、最初に苗を買ったときに苗木用のポットに入っていた土がそのままの形を保ったままガチガチに固まっていたのです。おそらく購入後のかなり早い段階で土が固まってしまったのでしょう。そのため、根が全く外へ出てきていませんでした。これでは栄養はもちろん、水も十分に吸収できなかったでしょう。花が咲かないのは当たり前です。むしろ、よくぞ枯れずに生き延びてくれた、と感謝の気持ちでいっぱいでした。早速私はガチガチに固まった部分を突き崩し、新しい土を入れた鉢に植え替えました。
2010年
7月15日
グミの話(その5)

 次の年、通販で購入した“ナツグミ”はほとんど花を咲かせませんでした。小さい苗木だから仕方がないか、と覚悟はしていましたが、既に購入していたビックリグミに比べて、葉っぱが勢いよく出ていないのが少々気になりました。その次の年もナツグミは数輪の花をつけただけでした。虫は来ていたので、その数輪の花から花粉を運んでくれて、少しは実が楽しめるか、と淡い期待を抱いていましたが、結局淡い期待だけで終わりました。そしてもう一夏過ぎましたが、“ナツグミ”は相変わらず葉っぱに勢いがなく、背も高くなっておらず、どうもほとんど成長していないようでした。面倒くさがって今まで放置していたのですが、これは何か変なことが起こっているに違いないと思い、ついに今年の2月、私は“ナツグミ”の植え替えを決意しました。
2010年
7月6日
グミの話(その4)

 翌年、早速薬品を使ってみましたが、使い方が悪かったのか、結局実をつけることはありませんでした。その次の年もだめでした。受粉用のナツグミがあれば、との思いが強くなりましたが、最近流行っていないのか、ナツグミはホームセンターでもなかなか見つけることはできませんでした。ある時ふと思いついてネットで検索をかけてみたら、なんとナツグミの苗木が通販で売っているではないですか!しかもご丁寧に「ビックリグミの受粉用に」という宣伝文句までついて。そこで私はそれをネット通販で購入することにしました。本体価格は確か598円だったと思います。それは苗木用の小さな黒いポットに入れられてすぐに配達されてきました。私は早速それを大きめの鉢に植え替えました。小さい苗木だったので、来年は無理かも知れないがきっと再来年はたくさん花をつけ、たくさんのみを楽しませてくれるだろう、と夢を見ておりました。
2010年
7月5日
グミの話(その3)

 それで早速ホームセンターに行きました。残念ながらナツグミなどの受粉用の苗木は売ってませんでした。薬品を使うのはちょっと抵抗があったので、ビックリグミを2本並べたら実がなるのかを聞いてみたところ、それでも大丈夫とのことでした。しかし、もしだめだったときにベランダに無駄なものを2本置くことになるからだめ、とのことで却下されたので、「トマトトーンを使えば一発だ」との店員さんのアドバイスに従い、それを購入することにしました。
2010年
7月4日
グミの話(その2)

 購入した翌春にグミの木は白くて小さな花をたくさんつけました。実が鈴なりになるのを想像して大変わくわくしていたのですが、結局実をつけることなく、花は全部落ちてしまいました。春先は強風が吹くことが多いのでそのせいかな、とも思ったのですが、いくらなんでもちょっとおかしいということで調べてみたらビックリです。ビックリグミは不稔であり、自家受粉では実がならないので、ナツグミなどの近縁種を受粉用に用意するか、ジベレリンという薬品で処理をするしかないとのことでした。まさか購入した後に実がならないことをしってビックリするからそういう名前が付いたのか、ってそんなわけはないですね。
2010年
7月2日
グミの話

 小学生の頃、グミの実には大変お世話になりました。水筒を持ち歩く習慣なんかなかったし、ジュースを買うお金なんかもちろん持ってなかったので、そういうときは道ばたに生えているグミの実をありがたく頂いてしのぎました。数年前にホームセンターで苗木を売っているのをたまたま見かけたので、あの懐かしい味を楽しみたいと思って軽い気持ちでよく調べずに「ビックリグミ」の苗木を購入しました。それが苦行の始まりになるとは。。。
2010年
6月17日
セミナー

 今日の研究所のセミナーは大変おもしろかったです。ベイズ統計とリスク評価について、盛りだくさんの内容を大変丁寧に話していただきました。そのままどこかの大学で集中講義ができそうなほどの内容でした。何と言っても統計の話をしているのに、質疑応答も含めて2時間にわたるご講演にもかかわらず、この私に一睡もさせなかったことだけでも、神の領域に達していらっしゃると申し上げて差し支えないと思います。今日は本当にありがとうございました。
2010年
5月18日
 5年という歳月の持つ意味は対象によって様々ですが、コンピュータに関しては大変長い時間のようです。昨年度末に購入したコンピュータでシミュレーションを走らせてみましたが、5年前に最新鋭だったマシンと比較してその違いに感動しました。脳みそ(プロセッサ)一つ当たりの計算速度は、カタログ上は落ちているかのような表記だったのですが、脳みそ一つ当たりで比較しても3倍近い実行速度をたたき出していました。また、脳みその数も倍になっているので、処理速度は6倍に跳ね上がったことになります。これからは、今まで3日かかっていたシミュレーションが1日で、しかも今までの倍の数を走らせることができます。しかしその弊害が二つほど。一つ目は、シミュレーションを早く終わらせることができるので、ますます「締めきり直前にならないとエンジンがかからない病」が重症化するのではないか、ということ。二つ目。コンピュータの計算速度が遅いときには、プログラムを改良し、以下に高速化するか、に知恵を絞ることにより、プログラミングの技量が上がっていったのですが、プログラミングの腕を上げるよりもコンピュータの計算速度が上がるのを待った方がおそらく効率が良いので、今後プログラミングの腕はあがらないのではないか、と懸念されることです。どうやら「プログラマーとしては三流」という呪縛からは永久に逃れられないようです。
2010年
4月19日
挙動不審(その2)

 何度か登場している例の不安定なマシンですが、先日また同じ症状が出て電源が入らなくなりました。いよいよ退役かなと思ったのですが、週末にコンセントを引っこ抜いて放置しておいたところ、月曜日にテストしたらまた元気に動き出しました。電源が入らなくなったらコンセントを抜いて放置すれば回復する、というのはこれで4,5回目なので、再現性があると言っても良いかと思われます。どこかの部品が変に帯電していて、それが原因で起動できないという症状を起こすが、コンセントを抜いておけば帯電が解消され、再び起動できるようになる、というところでしょうか
2010年
4月17日
ウィルスバスターその後

 ウィルスバスター2010をしばらく使ってみた感想です。2008,2009に比べると、インターネットとメールの立ち上がりが遅いです。1.5倍くらい時間がかかっている印象です。迷惑メールのチェックにも時間がかかっています。そういえば「サクサク軽快!」ってCMでは連呼していたような気がするんですが。。。ま、いろいろ事情があるんでしょうね。ウィルスバスター2010のせいだけでもないかもしれませんし。
2010年
3月27日
ウィルスバスターとシミュレーション

 ちなみに、私がやっているシミュレーションとウィルスバスターの相性はあまり良くないようです。動作が不安定になることはないのですが、シミュレーションの動きをウィルスバスター様がいちいちチェックしてくださいますので、ウィルスバスターを生かしたままシミュレーションを行おうとすると死ぬほど時間がかかってしまいます。そういうわけで、シミュレーションを走らせるときは、LANケーブルを抜き、ウィルスバスターを終了するようにしております。確かに、ウィルスバスターにとってみれば、メモリを浪費し、次から次へと属性不明のファイルを生み出すアプリケーションなんて怪しいことこの上ないですよね。もし、“シミュレーションの結果のデータをネットを経由して転送”なんてことをやったら、きっと動作を止められるでしょう。
2010年
3月25日
ウィルスバスター2010

 環境研ではウィルスバスターをライセンス契約して使っております。私は二つ前のバージョンの2008を使っておりました。ウィルスバスター2009は2008に比べると起動も検索も早く、その点では大変良かったのですが、私の使用環境(Windows XP, Outlook Express 6.0)と相性が悪く、メールを送ろうとする度に再起動しなければならない、という大変ひどい状態でした。そのため、メインのマシンでは2008をそのまま使っておりましたが、この度、2008の所内でのサポートが終了するとのことなので、思い切って2010にアップグレードしました。起動に要する時間は少々遅く、2008並でしたが、最も懸念していたメールソフトとの相性は悪くなかったようでその点は安心しました。ところが、エクセルのTMPファイルが次から次へと保存されるという欠陥が発覚。そういえば以前のバージョンを導入したときも同様のトラブルがありました。同じミスを繰り返すとはちょっとどうしようもないですね。ただ、さすがに発売されてからかなり時間がたっていることもあり、修正パッチが公開されておりました。
http://esupport.trendmicro.co.jp/Pages/JP-2064267.aspx
2010年
3月24日
楽天ファンの皆様へ

 ブラウン監督は打線をつなぐ術を知りません。非力な打線で好投手からいかに点をとるべきか、ということについては全く考えていないかのようでした。そのため、岩隈、田中将大が投げるときにはロースコアの展開が多くなると思いますので胃薬のご準備を。また、選手起用に関しても「?」と思われることが多々あるかと存じます。それが意図的なものか非意図的なものかはわかりませんが、結果的に多くの選手が一軍での実戦経験を積むことになりますので、育成には一定の効果があるものと思われます。3年くらいすると「こんな選手いたっけ?」というような選手が大きく成長している姿を目にすることができるかもしれません。
2010年
3月12日
命の値段?

職場自宅問わず、マンションのセールスの電話がよくかかってきます。その中の一つでちょっとおもしろいことがありました。

(私)「マンション買うなんて、そんなお金ないです。ローン破産で自殺とか嫌ですよ。」
(セールスマン)「大丈夫ですよ。ローン申し込みと同時に生命保険にも加入して頂いて、そちらの方で保証されるシステムになっておりますので、支払いの方はご安心ください。」
(私)「え・・・。それはちょっと・・・。ほんとに自殺することになったら嫌ですし、あなたもさすがに寝覚めが良くないでしょうから、それだけはどうかご勘弁を。」

マンガとかドラマでは“借金を生命保険で払う”というそう言う設定が出てきますが、現実の世界でそれを要求されたのは初めてでした。たぶん、万が一のことがあっても生命保険に加入するから残されるご家族がローンで苦しむことはありません、ということが言いたかったのかもしれませんが、なんにせよ、大変貴重な経験でした。
2010年
3月6日
挙動不審

 昨年電源トラブルを起こしたコンピュータは現在シミュレーション専用マシンとなっております。つまり本当の“計算機”として活躍していた訳ですが、昨日、そのマシンが接続している突然無停電電源装置が、突然怪しい警告音を「ピーッ」と一瞬だけ発し、その後コンピュータの電源が落ちてしまいました。無停電電源装置自体には異常はなさそうだし、他のマシンは無事なので、原因はどうもそのコンピュータ自身にあるようです。何かの拍子に過電流でも流れたんでしょうか?このトラブルで計算中のシミュレーションはパーになりましたが、これは緊急に必要なものではなかったのでやり直せば良く、特に困ることはありません。しかし、留守にしている間に火事になったりしたらたまりません。このマシンは2番目に新しいので、もう何年かがんばってもらおうかと思ってたんですが、もう少し様子を見て、トラブルの頻度が増してきたら退役させた方が良さそうですね。
2010年
2月21日
アウトカム?

 前項の続きです。それで、報告書の書き方を見ていると「アウトプットとアウトカムの両方を記載し・・・」というのがありました。アウトプットはよくわかるのですが、恥ずかしながら“アウトカム”って初耳だったのでちょっとネット検索をかけてみたら、行政評価の動きの中で最近広がってきた言葉だそうで、意味は“その人の持つ目的や目標、あるいは望ましい状態のこと”なんだそうです。ううむ、よくわからん、ということで英英辞典でしらべたら、“ある出来事や条件の結果や影響”なんだそうです。これらから解釈すると、“自分の行った研究が世界に対してどのような影響を及ぼし、それが世界を望ましい状態に近づけることにどれだけ役に立ったか、ということを報告書に記載すれば良い”ということでしょうか?これであってますか?
2010年
2月18日
研究課題

 外部評価の報告書を書く季節が参りました。新しい中期計画が始まってからの4年間で自分が研究所に登録した研究課題を並べてみてびっくりしました。年度ごとの整合性がきちんととれていて、しかも段階的に発展しているように見えるではないですか!自分は元々計画性がある方ではないし、日進月歩の世界の中で研究とは生き物であり、そもそも当初計画通りに研究が進むはずはなく、何かある毎に修正を繰り返していたので、さぞかし行き当たりばったりに見えるんだろうな、と思っていただけに、この結果には大変驚きました。

2010年
2月1日
○a○○hi○o Yoshida

 昨年の後半に、明らかに人違いではないかと思われる論文審査依頼が来ました。そもそも所属が違うからメールアドレス見たら間違いようがないと思んですが。。。間抜けなことに査読を承諾した後、引用文献リストを見て始めてその疑いに気がついてしまったので、その後で断ることができず、そのまま審査してレポートを提出しました。最近、また別の審査依頼が来ました。アブストラクトを読むと、私がほとんど知らない手法に基づく研究でしたが、内容はもろに以前私がやった研究の内容に関係していました。というわけで審査を引き受けたのですが、引用文献リストを見ると、また例の人違いの相手と思われる方の有名な論文が引用されていました。不吉な予感がしましたが、内容からして今度はたぶん人違いではないと思うんですけどね。そう信じて論文を読ませて頂きたいと思います。

2010年
1月15日
研究者が無知であること

 自分が目にしているものに学術的な価値があるのかどうかに気がつくためには、関係する学問について、それまでに蓄積されている知識を身につけている必要があります。例えば、新種の生き物を見つけていても、その生き物が属する分類群の知識がなければ、それが新種であるかどうかには気がつきません。そのために見過ごされた、もしくは公表が遅れてしまった新発見は結構たくさんあるのではないでしょうか?研究者が無知であることは科学の進歩を遅らせる、ということをつい最近も思い知らされました。

2010年
1月14日
未来の予測

 未来を予測するためには元になるデータが必要です。精度の高い予測をするためには、それだけの質と量のデータが必要になります。しかし、十分な質と量のデータがそろっていることはそれほど多くはありません。2,3年の調査で100年後の未来を予測する場合さえあります。調査した2,3年の中に10年に一度の事件が起こることは十分に考えられますし、それは予測の方向に大きな影響を及ぼすでしょう。また、観察できるのは自然のシステムのごく一部に過ぎませんし、調査の際に観察が正確にできている保証はありません。また、予測に使うモデルがそもそも正しくない可能性もあります。そんな条件で、モデルや統計を弄くり回して何らかの予測を出しても、それはほらを吹いて人をだますことと同義なのではないか、と私は常に疑問に感じてきました。
 しかし、現実に目の前に迫っている危機があるとき、データがそろうまで待っている時間はありません。目の前の危機に対応するためには、今できることをやらなければなりません。そのために、たとえ不十分なデータであっても、それらを利用して未来を予測しなければならない場合が多々あるのだろうと思いました。もちろん、予測に用いるモデルが単純なものである必要があるでしょう(複雑なモデルであるほど多くのデータが必要になりますし、また、システムを単純化するセンスも必要だと思います)。もしくは、データがなくても生態学的な常識が通用するようなシステムでなければ手も足も出ないと思います。しかし、何よりも、それが徒労に終わるかもしれないという絶望感に打ち勝ち、厳しい制約条件の下で全力を尽くすという強い心が必要なのだと先日思いなおしました。今後は、針の穴に毛糸を通すような工夫をどのようにしているのか、という視点で学ばせて頂きたいと思います。

2010年
1月12日
 シミュレーションを複数個同時に走らせると、結果を記録するフォルダが複数個できます。それをメインのコンピュータに移すときにUSBメモリーを使っております。そのため、複数のフォルダから一つのUSBメモリに同時にファイルを書き込むことになりますが、そうすると書き込み速度が極端に遅くなります。一つのフォルダからの書き込みが終わってから次の処理を行う、というようにする場合と比べると10倍くらい時間がかかります。CPUの方は並列化が進んでいるようですが、ファイルの処理はそうではないということなのでしょう。せっかちにならずに落ち着いてやれ、ということなんでしょうか。できることなら改良を御願いしたいと思います。
2010年
1月11日
 先日、以下の本を読みました。
【書名】プレートテクトニクスの拒絶と受容:戦後日本の地球科学史
【著者】泊次郎
【刊行】2008年6月2日刊行
【出版】東京大学出版会,東京
【頁数】vi+258 pp.
【定価】3,800円(本体価格)
【ISBN】978-4-13-060307-2
【参照】http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-060307-2.html

 日本ではプレートテクトニクスが地質学分野の研究者に受容されるまで、欧米に比べて10年の遅れがみられたそうですが、その原因は日本の地質学に地域主義の傾向があったこと、地質学関係のある団体、そして昔の東大の先生が戦前に発表した学説をかたくなに守ろうとした弟子の方の抵抗によるそうです。確かに、私が昔見た地学の教科書にはその学説に基づく記述が載っていましたし、大学に入るまで、それが正しいものだと思い込んでおりました。また、私が地質学教室に進学するほんの数年前まで、地質学の近代化は行われていなかったらしい、というのはなかなか衝撃でした。そういえばプレートテクトニクスの授業を担当されていたのは構造地質学の先生ではなく、岩石学の先生だったように記憶しております。
 その他、日本地質学会がある団体のほぼ完全な支配下にあったこと、私の指導教官の先生のさらに指導教官であった先生が、その団体の創始者と同級生でいらっしゃったことは初耳でした。また、その団体の創始者はある東大の先生(前述の学説を発表された先生で当時は講師)を大変敵視していたらしく、そのせいか、本書ではターゲットとなった東大の先生は、その先生の弟子の方(私の卒論の指導教官)から聞いていた話よりも独裁者的に描かれていました。敵視している人の関係者から得た情報と、感謝している人から得た情報は当然違うでしょうし、ターゲットとなった東大の先生が”講師”であったときと”教授”になってからとでは違っていたのかもしれません。
 著者の方は地球物理学科を卒業された後、新聞社に長く努めておられたそうです。新聞記者さんらしく、大変綿密な資料の裏付けに基づいて書かれており、おそらくこれが”正式な歴史書”となっていくと思われます。ただ、著者の方の出身分野の関係か、プレートテクトニクスに関する記述が地球物理の分野に偏っていると思われるのは少々残念でした。また、本題とは多少ずれるかもしれませんが、昔の学説で苦しげに説明されていたことがプレートテクトニクスによってどのように明快に説明されたかについての記述がもう少し欲しいと感じました。
 また、事実の歪曲や推測が入り込む余地をなくしたかったせいかもしれませんが、事実の羅列に近い印象を受けました。歴史の教科書を読んでいる時と似た感覚でした。
 問題となっている団体の創始者が初期の理想を忘れ、どのように俗物と化していったのか、創始者の取り巻きがその団体、そして地質学会を支配下に置いてどのようなうまみを得ていたのか、などについて、もっと生々しく書いて頂ければワイドショー的なおもしろさは増したと思います。ただ、下手をすると個人批判になりかねないので難しいですね。
 本書で取り上げられている団体の名前は学部在学中から聞いていました。強い影響力を持っていたこと、そしてそれがあまり好ましいものではなさそうなことは感じていました。しかし、詳しく教えられることもなかったし勉強することもなかったので、私にとってその団体は長い間謎の存在であったのですが、本書を読んで長年のその謎が半分くらい消えたと思います。

2010年
1月8日
 かなり前の記事ですが、広島の宮島のサルが全部捕獲されて別の場所に移されるプロジェクトが始まったそうです。
http://www.asahi.com/national/update/1004/NGY200910040032.html
子供の頃、私が初めて宮島に行ったときから既にサルがいたので、あそこのサルは昔からいるものだと思い込んでいたのですが、そうではなかったというのは初めて知りました。
 宮島のサルは観光目的で移入されたそうですが、厳島神社が世界遺産となり、有名観光地としての地位を確固たるものにした今となっては、サルは観光資源としての役割を終えた、ということなのでしょう。弥山への登山道の周りにサルの群れが待ち構えていて確かに怖かったですし、実際に子供だった私は手に持っていたキャラメルを奪われました。農業被害もあるとのことですし、サルがいない方が安心して観光ができるようになると私も思います。しかし、ありきたりな感想ですが、人の都合であちこち連れ回されたサルにはかわいそうだという気持ちを禁じ得ません。幸いにも、捕まえられたサルは“処分”されるのではなく、最後まで面倒をみてもらえるとのことです。どういう面倒の見方をするかについてはわかりませんが、せめて、サルの方が絶望しないようなものであってほしいと願っています。

2009年
10月15日
カイガラムシ その8

 1週間後に観察しましたが、カイガラムシはみられませんでした。さらに1週間経過観察を続けましたが、あの忌まわしい白い固まりは発生していませんでした。どうやら根絶に成功したようです。カイガラムシについてまとめると

・カイガラムシがつきやすい植物とそうでないものがある。
・同株内での移動能力はあんまり高くない?
・カイガラムシに侵された植物は枯れてしまう。
・見つけ次第、早めに除去することが望ましい
・駆除するときはまずは大きい固まりを除去する。
・びっしりついていたら、枝ごと切り落とすか、株ごと捨てる方が楽。
・その後ならば市販のカイガラムシ用の殺虫剤が効く(少量でも間違って吸い込んでしまうとかなり気持ち悪いので注意)

 枝を切り落としたり、葉っぱをほとんど全部むしり取ったりした木も再び勢いを取り戻し、元気に成長していました。根元から切り倒したシソも、残された部分から再び葉を出し、さらに花も咲かせてくれました。しばらくたって、復活したイチゴの1株に、季節外れの実が一つだけついているのを見つけました。
2009年
10月7日
カイガラムシ その7

 鉢植えのスダチは大きく二股に分かれる構造をしていましたが、カイガラムシは片方の枝に密集しており、もう一つの枝にはほんの少ししかついていませんでした。あれだけ感染を拡大させるくせに、同じ木の中での移動能力はあまり高くないのでしょうか?訳がわかりません。スダチはこれ一本しかないので、これだけはどうしても救わなければならなかったので、むしろ好都合でした。カイガラムシが密集している枝の方をばっさりと切り落としました。こっちの枝の方も回復傾向にあり、新しい葉っぱが出ていたのでもったいないと思いましたが、仕方ありません。あまりついていなかった方の枝は夏ミカン同様、先端部の元気な新しい葉っぱだけを残して、カイガラムシがついている部分の葉っぱを全部むしり取って幹を露出させました。そして再び薬剤を散布しました。
2009年
10月6日
カイガラムシ その6

 夏ミカンは二鉢あったのですが、そのうちの一鉢は薬剤散布後1週間たっても葉っぱが真っ黒のままでした。幹にも駆除しきれなかったカイガラムシが残っているのが確認できました。新しい葉っぱも出ておらず、回復の見込みがなさそうなのでそれは引っこ抜いて捨てることとしました。祖父の家で採れた夏ミカンの種から育てたので、捨てるのは大変心が痛みましたが、またカイガラムシが増殖してしまってはもっと悲しい思いをするので、思い切りました。もう一つの夏ミカンは新しい葉っぱが元気に出始めていたので、てっぺんの方の元気な葉っぱを3枚だけ残して、残りの黒い葉っぱは全部むしり取り、再び薬剤を散布して効率よくカイガラムシを打倒するために、幹を露出させました。
2009年
9月23日
カイガラムシ その5

 手をこまねいていては手遅れになってしまいます。抜本的で徹底的な対策をとってカイガラムシを根絶しなければ、残ったものから感染が広がり、植物が枯れる、というサイクルが永遠に続いてしまいます。個体群縮小の主要因は生息地の破壊と侵入生物だったな。生物を侵入させることは難しい(何がカイガラムシの敵なのかわからん)ので、生息地を破壊する、つまりばっさり行くしかありません。シソは食用に植えたのが2鉢あったのですが、一つは真ん中の幹全体がカイガラムシに覆われていました。引っこ抜こうかとも思ったのですが、下から3,4センチくらいの高さにあった一番下の葉っぱの付け根に新芽らしきものがかすかに見えたので、そこからまた葉っぱを展開してくれるかも、という生命力を期待して、その部分から上をばっさりと切り倒しました。もう一つの食用のシソは、カイガラムシの白い固まりが1個しかなかったので、とりあえずそれだけを除去し、しばらく様子を見ることにしました。また、こぼれ落ちた種から生えたシソがいくつかあったのですが、それらは全部引っこ抜いて捨てました。その根元に遅れて発芽したと思われる3センチ程度の高さしかないシソが7,8本あったのですが、それらも全てカイガラムシに冒されていました。カイガラムシ恐るべし。
2009年
9月14日
カイガラムシ その4

 1週間後、イチゴの苗の半分はすでに手遅れで、株の根元もすでに腐り始めていましたが、残りの苗は何とか間に合ったようで、きれいな緑色の葉っぱが出てきていました。幸いにもそれらの葉っぱにカイガラムシはついていませんでした。全滅は免れたようで、来年もイチゴが少しだけ楽しめそうで良かったです。薬剤を使用したものをみてみると、確かに薬剤は効いたようで、白い固まりの大きなものはなくなっていましたし、その数も激減していました。カイガラムシの数が減ったせいか、植物の方も元気を取り戻し、息も絶え絶えだったスダチと夏みかんは新しい葉っぱが元気に出始めていました。しかし、根絶にはほど遠く、新たな白い固まりが小さいながらもまだまだたくさんついていました。また、先週は発見できなかったのですが、感染していないかに見えたシソにも白い固まりが増殖しており、その隣に置いてあったビワに再感染していました。
2009年
9月12日
カイガラムシ その3

 その他の鉢植えの方も始めようかとしたところで一気にやる気が失せました。すでに白い固まりがびっしりとついていて、とても手作業で根絶できるような状態ではありません。小さい固まりも相当な数がついており、この状態では必ず取り残しが出てしまい、そこからまたカイガラムシが増殖することは明白でした。そこで私は手作業で根絶することをあきらめ、近所のホームセンターに行って、お店の方に勧められた、マシン油という成分が入っている市販の殺虫剤を購入しました。しかし白い固まりの中に入っている個体には殺虫剤は効かないとのことでしたので、歯ブラシで白い固まりの大きいものだけを何とか取り除き、そしてカイガラムシに感染した鉢植えを1カ所に集めて殺虫剤を噴霧しました。
2009年
9月10日
カイガラムシ その2

 カイガラムシを打倒するにしても、イチゴはもちろん、食用ではない他の植物にもできれば薬剤を使いたくはなかったので、最初は手作業でこそぎ落としてやろうと思いました。イチゴに関しては、病気に感染して変色した葉っぱは置いておくだけ無駄だろうと思ったので全部切り落としました。根元の方についていたカイガラムシは使い古しの歯ブラシで取り除きました。そのせいでイチゴは根元の株だけを残して丸裸になってしまいました。新芽が少し顔をのぞかせているものもあったので、何とか復活してくれるように祈るしかありません。ビワは新しい葉っぱだけを残し、古い葉っぱは全部切り落としました。新しい葉っぱにもいくつかついていたのですが、それは歯ブラシでこそぎ落としました。
2009年
9月8日
カイガラムシ その1

 ここしばらく、カイガラムシと戦っておりました。去年から、ベランダにおいてあるグレープフルーツの鉢植えになんか白い固まりがついてるな、というのには気がついていたのですが、その時はそれがこれほど大きな被害をもたらすものだとは思いもせず、どうせそのうちいなくなるだろ、くらいの軽い気持ちで放置しておりました。事の重大さに気がついたのは今年の6月くらいです。いつもなら初夏を迎えると新鮮な黄緑色の葉っぱが生えてくるはずのグレープフルーツに全く元気がなく、葉に真っ黒なカビが生えたようになり、ついにはそのまま枯れていってしまいました。そして気がついたらその白い固まりは近くにおいていた月桂樹、シソだけでなく、少し離れたところにおいてあったビワ、スダチ、夏ミカンの鉢植え、さらには7,8鉢あったイチゴの苗にもことごとく伝染して白い固まりが密集してついており、グレープフルーツ同様、葉に小さな黒い斑点がたくさんでき、その周りの色素が落ち、どんどんと枯れていってしまいました。事ここに及んでは放置するわけにはいきません。そして私はカイガラムシを打倒することとしました。(近くにおいてあったにもかかわらず、グミ、アロエ、君子蘭、カーネーション、ベラルゴニウム、ブライダルベールには伝染しませんでした。生意気にも好みがあるようです。)
2009年
8月29日
迷惑メール判定

 皆さん迷惑メールには迷惑していらっしゃると思います。私も例外ではなく、一日に100通近くのそういうメールが送られてきて閉口しています。最近ではアドレス詐称とやらで、ちゃんとした研究機関とか政府組織のメールアドレスを盗んで迷惑メールを送るという手口が横行しているので、環境研でもそれに対応し、メールサーバーの迷惑メール判定を厳しくし、“由緒正しい”アドレスからのメールも怪しいと思われたらはじかれるようになりました。はじいたメールのリストは後で送られてきて、本人がチェックできるようになっています。しかし、変な薬やブランドのばったもんの宣伝とか、「今日あいませんか」みたいな変なメールばっかりなので、まじめにチェックするのもたるいなぁ、といい加減にしかチェックしていなかったら、重要なメールの見落としをついにやらかしてしまいました。ご迷惑をおかけした皆様には心からお詫び申し上げます。次回以降ちゃんと働くことでこのお詫びに代えさせて頂きたいと思います。
2009年
8月8日
 「栄冠は君に輝く」は高校野球を象徴する有名な歌です。この歌を某民放局では変なアレンジでがなり声で歌う男性グループに歌わせて、それをテーマ曲として採用していました。時代の流れに合わせたのかもしれませんが、個人的には、あの歌は変なアレンジを加えてはならない歌だと思います。いくら時代が変わっても変わるべきでないものはあると思います。
2009年
8月2日
新しいパソコン その4

 先日その新しいパソコンが届きました。通販パソコンで大変不安なのが、届いた物が当たりか外れかです。外れだと予定が狂いまくるからほんとに困ります。今回のは幸いにも当たりの部類だったようで、ファンが轟音を立てたりとか、挙動が不安定だったりとか、液晶に赤い線が入りまくるとか、そういう致命的な症状はありませんでした。心配された実行速度に関しても、使っている限りは以前と全く変わりないというか、むしろ少し早いくらいでした。Cドライブのパーティション分割サービスが選択できなかったのは大いに不満です。現状ではCドライブに1TBも必要ないですし。これは自分で何とかしました。一つ大いに困ったのは付属モニターの液晶です。確かに製品としては問題ないとは思いますが、どうにも表示が変です。具体的には白色が強すぎて目が疲れます。白色を押さえると画面が暗くなりすぎて見えづらくなるし、色が変になったりします。どう調整しても解決できず、結局モニターだけは前のパソコンのものに戻しました。本体が外れの場合よりはもちろんましなのですが、各メーカーの方には、液晶の品質について、なるべく当たり外れがなくなるように、もう少し改善して欲しいと切に御願いしたいです。
2009年
7月28日
新しいパソコン その3

 昨日の続きです。というわけでXP搭載マシンを探していたら、一般向けの窓口ではなく、公的機関向けの窓口でXP搭載マシンを発見しました。CPUのクロック数は現行のマシンよりも少し落ちるようですし、お世話になっている業者の方にもそのように言われたのですが、とにかく緊急に入手しなければならないこと、また、スペックの割にかなり安く(3年前に現在のマシンを買ったときの3分の1)、手持ちの経常予算で十分に購入可能なこと、クワッドコアだからいくつも同時にシミュレーションを走らせるときに便利なのではないかと期待したことからそのマシンを購入することにしました。ほんとに計算速度を重視するのなら、ワークステーション仕様のマシンを購入し、64ビットOSに対応したプログラミングアプリケーションを用意すれば良いとは思いますが、それはもう少しでっかい予算を入手したときに考えたいと思います。
2009年
7月27日
新しいパソコン その2

 昨日の続きです。新しいパソコンを購入するに当たって、近々発売されるというWindows 7の導入も一応検討しましました。Windows 7は、聞くところによるとあまりの不評のために普及しなかったVISTAの反省から、XPとの完全互換性を実現したOSなんだそうです。また、近い将来への64ビット環境への移行にも対応しているとのことです。しかし、XPとの互換はエミュレーターによってなされるとのことなので、これは計算速度を重視する私には致命的です。変なのが間に入るとどうしても実行速度は落ちます。また、かつてVISTA搭載マシンを買ってしまったときの反省から、新しいOSは少なくともサービスパック1が配布されるまで導入しないことにしております。発売されたばかりのOSの実験台になるのは真っ平御免です。前に発売されたばかりのVISTA搭載マシンを買ってしまったときにはひどい目に遭いました。思い出したくもないです。近い将来、XPは時代後れのOSになるとは思います。しかし、64ビット環境への移行期という不安定な時代に、安定したコンピュータ環境を確保しておくことはWindows上でシミュレーションを行う私にとっては大きな意味を持つだろう、と考え、XPをインストールした状態で出荷されるパソコンを購入することにしました。(つづく)
2009年
7月26日
新しいパソコン

 前回の続きです。それではどんなのを買うか、が問題となります。私は、自分でパーツを調達して組み立てるほどハードに精通しているわけではない(というか、正直めんどくさい)ので、既製品を購入することにしました。OSはWindowsでいいです。この10年くらい、Linuxなどの他のOSは使ったことがありません。シミュレーションを生業とする以上、計算速度が命なので当然最新型に目がいくのですが、最新型のマシンはOSがVISTA以外選択できないようになってました。VISTA搭載マシンも持っているのですが、あれはどうにも使い勝手が悪いので避けたいです。まあ、最新型のマシンは私の経常予算をあっさりと上回ってしまうので買いたくても買えないんですけどね。(つづく)
2009年
7月24日
パソコンの電源が入らない

 現在メインで使っているパソコンの調子が本格的に悪くなりました。今年の3月に、シャットダウンしたりスリープさせたりした後、電源が入らなくなるという症状が出始めました。そして本体の電源スイッチのところに「電源はきているけど内部の電気系統に異常がある」というエラーのサインが表示されました。さすがにそれでは仕事にならないので修理に出しだのですが、「症状に再現性がなく、チェックしても特に異常はない」ということで帰ってきました。しかし、チェックと内部の掃除をしてもらったせいか、とりあえずその症状が出なくなったので安心して使っていました。ところが、6月に入ってまたその症状が出始めました。前はコンセントの抜き差しを何回か繰り返すと立ち上がってくれたのですが、今回は何度やってもだめでした。それで修理をお願いし、コンセントを外して数時間放置しておき、修理に出す前に症状の再現性を確かめようとしてもう一度立ち上げを試みると、ちょうど担当の方がマシンの回収にきていただいた瞬間に立ち上がってしまいました。これではまた修理に出しても異常なしで帰ってくるということで、修理に出すのはやめ、急遽新しいマシンを購入することとしました。
2009年
7月15日
 モデルいじりをいろいろやりつつあります。今のモデルにいろいろ組み込まなければならないこともたくさんあります。個人的には必要ないな、と思われるものでも、他のモデル屋さんが組み込んでいる要素については、研究の目的に合わないなどの、他の人を納得させるだけの説明ができなければ、とりあえずそれらを組み込んだモデルを作り、結果を比較しなければなりません。しかし、新しい要素を組み込むということは、新しいプログラムを組まなければならないと言うことなので、私のような三流のプログラマーにとっては大変骨の折れる仕事になります。また、それだけモデルが複雑になるので、挙動の解析が難しくなり、たとえ何かの結果が得られたとしても、それがどのような因果関係でもたらされたのか解釈が難しくなります。モデルの複雑化には、果たしてそれだけのコストをかけるだけの価値があるのか、十分に考えなければなりません。
2009年
6月24日
職場での買い物

 先日、職場での買い物について書いたのですが、問題の商品は1週間で手に入れることができました。今までの経験からすると驚異的に早かったです。手続きをしてくださった方から、届けてくださったお店の方まで心から感謝いたします。このように大変うまくいく時はいいのですが、買い物に関して一ついらっとした話を思い出したので少々愚痴を。以前にある物の購入を頼んだのですが、その物が2ヶ月たっても届きませんでした。いくら何でも遅すぎだろ、と思って事務をやってくださっていた方に確認してもらったら、「物は営業所に届いているが、別の物の入荷を待っているのでまだ配達していない。数日後までそっちに行く予定はないので、もし欲しいのなら営業所まで取りに来い」というちょっと面白いことを言っていたので、さすがに頭に来て、自ら直接電話をかけてすぐに持ってくるように要求しました。そうしたらさすがに慌てて持ってきましたが、怒られないとちゃんと仕事をしない、というところは困りますね。ちなみにそこには注文を忘れられたこともあります。大して営業努力をしなくても、研究所から安定した注文が降ってくる、と思って、普通のお店ならばとっくにつぶれているような手の抜き方をするようなところとは二度と取引したくないです。

2009年
5月28日
気温の上昇?

 先日、「静かになった」と書いたノートパソコンですが、再び冷却ファンがブンブンと回り始めました。気温の上昇が原因でしょうか?それならいいんですがそうでなかったらと思うとぞっとします。そこでノートPC用冷却台というものを早速発注したのですが、さて、いったいいつ届くんですかね。電気屋さんでさっさと買ってきて後で精算、というのが不可能な職場なので。。。いつぞやは、ただのCD-RWを入手するのに1ヶ月もかかったことがありました。そのときは自分が文明から隔絶された世界に住んでいるかのように錯覚してしまいました。その悪夢が繰り返されなければいいのですが。。。
2009年
5月25日
高速道路の走り方

 例の「高速道路1000円」を利用し、ゴールデンウィークに四国の実家に帰省してきました。「どこまで行っても1000円」ということではなく、高速道路の運営会社をまたぐ度に1000円が加算されるシステムになっていたのは少々残念ではありましたが、それでもかなり安い料金で目的地まで行くことができました。
 ちょっと面白かったのが高速道路の走り方です。名古屋より東側では、混雑している場合を除いて、普通の速度の車は左側の走行車線を走ります。追越し車線を走っているときに後ろから速い車がくると、多くの車は左側の走行車線に入って道を譲ります。ところが、名古屋より西側では、少数の遅い車が左側の走行車線を走り、普通の速度の車が右側の走行車線を走るようになります。そして特筆すべきことは、後ろから速い車がきても、スポーツカーやベンツにプレッシャーをかけられても決して道を譲らないのです。普通の車が右側の追越し車線を走っているため、追越し車線は常に渋滞しているような状況になるので、そのために譲っても仕方がないと考えているのかとも思ったのですが、たとえ自分の車の前に大きなスペースがあっても、決して道を譲ることはありませんでした。この走行パターンの違いはいったい何によってもたらされているのでしょうか?
2009年
5月20日
階段のセンサー

 研究所の私がいる建物の階段は少々暗くて、さらにこまめに消灯されるものだから、少し帰るのが遅くなると足下が暗くて階段の上り下りが危なくてしょうがなかったのですが、先月なんとセンサーがついて人が通ると自動で明かりをつけてくれるようになりました。ところが、センサーが少し鈍いようで、登るときはまだましなのですが、降りるときは踊り場を通り過ぎて階段を1,2段下り始めたときにやっと明かりがつく状態です。もう少し反応の早いシステムにしてもらって、明るい光の下で階段を降り始められるようにしてもらえるともっと良かったですが、まあ、足下に気をつけてゆっくり歩け、ってことなんでしょうね。
2009年
2月6日
パソコンが壊れた話(後遺症)

 さて、生まれ変わったパソコンで環境の再構築をしておりました。とあるソフトウェアをインストールしていたら、定められたライセンス数を超えています、との悲しいメッセージが流れてきました。通常は、アンインストールをしてライセンス数を回復するのですが、そういえばインストールしてクラッシュ、というのを何回か繰り返したし、最後にインストールしたハードディスクは持って行かれたな。ということで、電話サポートに連絡。しかしフリーダイヤルの方は何度かけても全くつながりません。それでやむなく普通の番号の方に電話すると2,3回目でつながりました。簡単に事情を説明すると、すぐにライセンス認証手続きをしてもらえました。しかし、許可されたライセンス数は一つだけでした。「またこのパソコンが壊れたら、また電話しなきゃいけない、ということですか」と聞いたら、あっさりと「そうです」と言われてしまいました。パソコンが壊れ、ライセンス数を無駄に消費した顛末を涙ながらに熱く語ろうかとも思いましたが、どうせやってもらえないだろうし、電話代もかかるのでやめておきました。壊れないように祈ることしかできないようです。
 ところで中身が全部変わってしまったパソコンですが、入れ替えられた部品は在庫処分、ということではなかったらしく、ハードディスクが前に比べてかなり静かになりました。また、使っていると「いつか火傷するんじゃないか?」と不安になるくらい発熱が激しかったんですが、すっかり落ち着いてくれたのはよかったです。今回の手間と釣り合うかどうかはわかりませんが。。。
2009年
1月27日
パソコンが壊れた話(その4)

 パソコンは出張修理で対応ということになりました。修理の内容は、メモリ、ハードディスク、そしてマザーボードの交換でした。ちょっと待て。なんじゃそりゃ。修理というか、中身を全部真新しいものに交換ということかいな。さすがにこれだけやればもう不具合なんか心配する必要は無いからこっちとしては言うことはないからいいんですけどね。多分、持って帰って詳細な動作チェックでもするのでしょう。
 来て下さった方は、午前10時過ぎから、お昼ご飯も食べずにパソコンをくみ上げてくれました。どうせなら、真新しいものとそのまま交換してくれればいいのに、それなら作業して下さった方に断食させる必要もないのにな、と思いましたが、さすがにそういうわけにはいかないのでしょう。とにもかくにも、1ヶ月弱かかりましたが、めでたくパソコンは不具合から立ち直りました。
2009年
1月22日
パソコンが壊れた話(その3)

 今回はメーカーに送って修理、ということにはならなかったようで、数日で戻ってきました。メーカーの担当者に連絡をとったら、どうやらまたもやメモリに問題がある時の症状だと言われたそうです。それで、中をあけてメモリをチェックしたら、メモリが完全に差さってなかったそうで、差し直したら症状が改善したということでした。ちょっと動かしてみましたが、確かに動いているようです。ということで受け取って環境の再構築をしていたら、またあの症状が・・・。びっくりして再起動して作業を続けているとまた同じ症状がでます。頻度は前よりも少なくなってましたが、結局直っていなかったようです。それでまたまた担当者に取りに来てもらうことになりました。
2009年
1月17日
パソコンが壊れた話(その2)

 壊れたパソコンはメーカーに送られて修理されることになりました。販売店の人は「グラフィックボードでも壊れたんですかね」と言ってましたが、2週間ほどして戻ってきたら、故障の原因はグラフィックボードではなく、メモリの故障とのことで、メモリを新しいものに交換したそうです。メーカーに修理してもらったんだから、もう大丈夫だろう、と思ったのですが甘かったです。アプリケーションの再インストールを行っていると、ポインタの矢印が、反応待ちを示す“くるくると回る円”に変わり、そのまま待てど暮らせど、何も起こらなくなりました。なんだこりゃ、と思って他の操作をしようとすると、同じ症状が起こります。幸いマウスは認識しているので、画面左下の「スタート」をクリックして再起動をかけようとすると、この操作でも同じく“くるくると回る円”が出てきます。メーカー修理に出して、壊されて返ってくるとはいったい何なんですかね。少なくとも動作確認ぐらいして欲しいな、と思いました。それでまた販売店の担当者に連絡し、修理をしてもらうことになりました。
2009年
1月13日
パソコンが壊れた話

 昨年末にこのHPの情報が入っているノートパソコンが壊れました。昨年末に更新できなかった理由の一つはこれです。使っていると液晶画面が突然紫色に反転し、フリーズしました。リスタートしても少し時間がたつとすぐに同じ症状が出ます。セーフモードで立ち上げるとその症状が出なかったので、最初はWindowsに何か変なことが起こったのかと思い、とりあえずセーフモードで立ち上げて大急ぎでバックアップを取り、Windowsの再インストールを行いました。Windowsの再インストールをしている最中は無事だったのですが、アプリケーションのインストールを行っている最中にまた同じ症状が出ました。これはちょっと自分の手には負えないな、と思い、販売店に連絡し、修理をしてもらうことになりました。保証期間内だったのが幸いでした。(続く)
2009年
1月8日
 最近は新しいテーマに絡んだモデルをいじってます。この間の日記の内容とも関係しますが、計算のための式を変えてみたりしてます。研究の本質的な部分ではないので今まで後回しにしていたのですが、プログラムの高速化にも手をつけました。そうすると計算時間が大幅に短くなってびっくりしてます。これから計算量がますます増えてくると思われるのですが、これなら手持ちの設備でもうしばらく大丈夫そうです。
 しかし、設定を変えたシミュレーションの結果をまぜこぜにするわけにはいかないので、現在の研究用にやったシミュレーションを全て再計算しなければいけなくなりますが、こればっかりは仕方ないとあきらめてます。
2009年
1月4日
 明けましておめでとうございます。今年もどうかよろしくお願いいたします。今年は去年から仕込んでいたことを形にすることを目標とします。これまで棚上げにしていたことにも挑戦したいと思います。泥沼にはまり込む確率が高そうなことには二の足を踏んでしまうのですが、まともなモデルにするために必要なことは、出来る限りモデルに組み込んでいきたいと思います。
2008年
9月3日
 「奇跡のプログラム」

 先日から続いているプログラムの話です。おおむねうまく組み上がり、現在試運転の最中なのですが、これがまた大変困ったことに、バグが一つ残っています。バグ取りをすればいいのですが、それがまたなんというか、大変でして、ある処理を行うと、だいたい20000000回に1回の確率でエラーが出ます。”二千万回に1回”って、なんじゃ、そりゃあ。よくもまあそんな奇跡のようなプログラムを作り上げたものだと、自分自身に感動してしまいました。バグ取りするのにも、2000万回に1回の確率で起こることを明らかにしなければなりませんが、、、
最初から作り直した方が早いかも。
2008年
8月22日
無念。野球日本代表。
 今日の準決勝は大変残念でした。順調に準備ができていたように思っていたので、絶対勝つと思っていたんですが。。。もちろん試合は生では見られなかったで、詳しいことはわかりませんが、試合を決定づけたのは、8回裏に岩瀬がイ・スンヨプに打たれたホームランです。スライダーを武器とする左のサイドハンドのピッチャーが左バッターと対戦すれば、当然外角のスライダーが中心となります。イ・スンヨプの方も、特に何度も対戦しているのでそう意識するはずです。それで追い込んだあと、打者の意識は思い切り外角にいっているから、インコースを速い球でついて裏をかく、というのは実際に有効な戦略ですし、近年の阪神の黄金時代を支える矢野がそう選択したのですから、あの場面で決して間違っていたとはいえないでしょう。そして岩瀬が実際に投げたコースも、ビデオを見る限りでは、いいコースに決まっていたように見えました。しかし、イ・スンヨプは見事にその球に反応し、そしてスタンドまでボールを運びました。おそらくあの場面、イ・スンヨプは球種やコースの読みなどしておらず、ただ来た球に反応できるよう、極限まで集中力を高めていたのではないでしょうか。その執念と、そして実際にボールとらえてスタンドまで運ぶ技術とパワーに日本は敗れたといえるでしょう。でもやっぱり、セオリーとしてよく言われることではありますが、一発のあるバッターに対して、一発が許されない状況でインコースをつくのは怖いですね。楽天の野村監督が今頃ぼやいているかも。
 その他敗因についていろいろ考えることはあると思いますが、まずは明日の3位決定戦に集中し、是非とも勝って欲しい願っています。敗因は後ほどゆっくりと解析し、そしてそれを来るべきWBCに生かして欲しいと願っています。
2008年
8月21日
 女子ソフトボール金メダルおめでとうございます!
 今日は試合の終盤からみました。さすがに連投の上野投手は昨日よりも球威が落ちていましたし、6、7回はおそらく握力もなくなってコントロールも定まらなくなってきたようでしたが、丁寧に粘り強く投げ抜きました。6回フォアボールを与えて1アウト満塁にしたときは、さすがに「終わった」と思ったのですが、そこから内野フライ二つ打たせてピンチをしのいだピッチングは見事でした(アメリカ側からみると、コントロールに苦しんでいるピッチャーに対して満塁から内野フライ二つというのは大変もったいない拙攻ということになります)。最終回のピッチングも非常に苦しそうでしたが、三塁後方のファールフライをショートがおさえたプレート、ジャストミートされたサードライナーを見事にキャッチしたプレーは大変すばらしかったと思います。次回オリンピックでソフトボールが開催されないのは大変残念ですが、とにかく今はゆっくり休み、故障など残さないようにしてください。

 さて、明日は野球の準決勝ですね。震えがくるような戦いを心ゆくまで楽しませていただきたいと思います。
2008年
8月20日
 また野球の話ですいません。今日のオリンピックのアメリカ戦、先発がダルビッシュと知ったときは、せっかくの切り札をこんなところで、、、と一瞬驚きましたが、2回で交代して納得でした。初戦以来登板してなかったので、調整登板と言ったところですね。とはいえ見事なピッチングでした。準決勝以降で当たる相手に対して、強烈なデモンストレーションになったでしょう。これは終盤に2イニングを投げた川上も同様だと思います。それにしても田中将大は見事でした。消化試合で負けてもいい試合とはいえ、打ち込まれるとチームの士気に関わるところだったのですが、見事に役割を果たしてくれました。さすがは楽天の主戦投手。マイナーリーガーごときに打たれるわけはないですね。明後日の準決勝は韓国との試合になりますが、ダルビッシュはもちろん、杉内、和田、川上と誰でも先発できるので、対戦相手は頭を悩ますことでしょう。ギャンブラーの私としては、ずばり杉内に賭けます。
 岩瀬が打ち込まれたのはちょっと気になりますが、あれ以上長引いても疲れが残るだけなので、わざと打たれたと勘ぐることもできます。実際、三振を3つとってますので、状態は悪くないと思います。
 しかし気になるのは打線の低調さです。村田はついに沈黙したままでした。俊足好打の川崎が復帰したのは好材料だと思います。内野手が一人増えたから、村田を外すのが妥当なのですが、代わりのサードがいません。森野も打撃は好調ではないし、西岡も川崎も中島も本職はショートなんですよね。そういえば新井は広島時代にサードを守っていたな、、、とはいえ、そんな危険な札を切るのは4番コレクター時代の巨人くらいです。僅差の展開になることが明白なので、守備に少しでも不安があってはいけません。突然の爆発にかけて村田を継続して使うのか、守備重視で宮本を使うのか(今シーズンは打率も高い)、森野で無難にいくのか。これは大きな悩みどころですね。キャッチャーも不安ですね。阿部も里崎も打つ方は不調だし、いっそのこと準決勝は矢野でいくというのはどうでしょうか?実は矢野は結構な強打者なので、いい案だと思いますけどね。
 何はともあれ、あと2試合、息詰まる戦いをじっくりと楽しませていただきたいと思います。

 今日は女子のソフトボールも7回からみてました。とにかく選手の皆様、特に上野投手はお疲れ様でした。それにしても、上野投手を見殺しにするかのような7回裏からの日本の攻撃は残念でした。絶対間に合わないのにサヨナラのランナーを本塁に突入させて憤死させたり、たった1点取ればいいところなのに、大量点を狙うかのように強行させてダブルプレーを食らったり、せっかくのタイブレークのランナーが牽制に引っかかったり、と何度もサヨナラのチャンスをどぶに捨てたのをみていて、草野球かと思ってしまいました。こんなめちゃくちゃをやっていたら普通は負けるんですけど、何とか勝ってくれてよかったです。上野投手を中心とした守りは大変見事でした。
 普通にやれば、上野投手の球数を50球ぐらいは減らせたんじゃないでしょうか?このツケは必ず明日の決勝に回ってきます。明日の決勝も上野投手が先発すると思いますが、ダブルヘッダーの延長戦を一人で投げ抜き、万全の体調ではないと思われるので、それが大変残念ですが、是非悔いのないように戦って欲しいと思います。


 最後に仕事の話ですが、現在作成中のプログラムは一つの大きな山を越えました。もう少しがんばります。
2008年
8月19日
 北京オリンピックの野球の日本代表について。
 たまには仕事と関係ない話も。昨日カナダにぎりぎりで勝って、現在3勝2敗です。かなり苦しんでいるように見えます。しかし個人的には現在は非常にうまく戦っていると思います。金メダルを取るためには、予選は4位までに入ればよいので、その条件を満たす範囲内であれば、多少負けても全く問題ありません。むしろ、準決勝以降で2連勝するための準備を行う方が優先されます。そういう視点で現状を見てみます。星野監督は投手も野手も全員出場させ、試合勘を落とさないように気を遣っています。また、昨日成瀬が先発し、すばらしいピッチングをしたことで、準決勝以降、誰が先発するのかをよむのが大変難しくなってきました。今日の中国戦(おそらく涌井)と明日のアメリカ戦で先発した投手は準決勝以降で先発する可能性が限りなく低い、ということ以外、手がかりがありません。対戦相手は、エースダルビッシュをどうしても意識せざるを得ませんが、かといって杉内も和田も簡単に打てる投手ではありません。今日と明日の試合展開によりますが、中日の大エース川上が先発する可能性もあります。決勝には成瀬も中4日で登板可能ですし、準決勝、決勝の勝負所でダルビッシュをリリーフに突っ込むことも可能でしょう。しかし、もし今日の中国戦に負けてしまうと、明日のアメリカ戦にダルビッシュを先発させざるを得なり、この戦略が崩れてしまうので、今日の中国には絶対に勝たなければなりません。(今日涌井が7,8回投げ、明日田中将大が7,8回投げて、終盤を岩瀬、藤川、上原の調整登板に使うことができれば最高なのですが、さすがにそれをあてにするのはちょっと厳しいか。アメリカ戦は杉内かな。)。さらに、準決勝以降は僅差の展開になることが予想され、そのためにリリーフが大変重要になってきますが、準決勝以降で対戦が予想されるキューバには岩瀬と上原を隠し、韓国には藤川と上原を隠すことに成功してるんですよね。これは準決勝以降で非常に重要な意味を持ってくると思います。このように星野監督は手の内を隠し、選手の試合勘を維持しながら予選を突破しつつあり、大変すばらしいチームマネジメントを行っていると思います。この点は「全勝で金メダル」という少々無謀な目標を掲げ、最後に失速した前回のオリンピックとは大きく違うと思います。野手もけが人を温存しつつ、うまくローテーションさせていると思いますが、得点の少なさは確かに問題ですね。中軸を打つバッターの駒が1枚足りない印象です。ここでは村田の不振が痛いですね。セリーグのホームラン王だということで、大変期待しているので、そろそろ爆発して欲しいです。そうでないと、準決勝以降、川崎と西岡が帰ってきたらポジションはないと思います。
 今大会中国はなかなか健闘しており、決して侮れない相手ではありますがとにかく勝って準決勝進出を決めて欲しいと思います。
2008年
8月18日
 シミュレーションを始めるとき、いきなり複雑な条件で行うのではなく、多少非現実的であっても単純な条件で行ってみる、ということはよくあります。果たして何か興味深い結果が出そうかどうかを確かめるための予察的な実験、という意味もありますし、いきなり複雑なプログラムを組むとエラーが出まくって大変なことになる、ということを避けるという意味もあります。それで現在進行中の研究で、まずは単純なシミュレーションを行ってみました。それなりにうまくいきそうなので、この条件でとりあえずまとめるということも可能だとは思います。しかし、やっぱり条件が非現実的すぎて、10年くらい前の研究と比べて大きな進歩しているとは思えず、個人的におもしろくありません。というわけで、バグ取りにさらに苦しむかもしれませんが、もっと複雑な条件のシミュレーションを行えるようにプログラムを組み直します。
2008年
7月22日
 今ちょっと複雑なプログラムを組んでいるんですが、自らのプログラム技術のなさに鬱になります。もうちょっと精進します。
2008年
6月29日
 今年度からつくばで生物と地球の相互作用に関する話題を議論する研究セミナーが始まりました。私もその主催者の一人になっております。セミナーは月1回で、これまで3回行われ、主催者となった皆様の研究紹介が終わったところです。これからどのようになるのかはまだまだわかりませんが、是非とも長く続けて、ここから新しい研究の芽がたくさん出てくるように私も貢献できるといいなと思っています。
2008年
5月5日
 VISTAその後です。結局XPをインストールする方法はなく、CDドライブのトラブルを解決する方法もありませんでした。CDを入れた瞬間にフリーズするマシンなんか怖くて使えないなぁ、と思っていたら、出ましたね、VISTA SP1が。新聞記事で見つけたのですが、500以上(!)の修正がなされているそうですね。そんなに修正が必要な状態で発売するのもどうかと思うのですが、もしかしたらましになってるかな、と思ってSP1をインストールしてみました。さすがに認識しなかったCDはそのままでしたが、もっとも致命的な問題であった、「CDを認識しない時になんの操作も受け付けなくなる」という問題は解決できていました。CDを取り出す操作もできるし、その他の作業もできるようになってました。最初からこの状態にしてから販売しろ、とマイクロソフトには強く訴えたいです。
 XPとは操作の仕方が大きく変わっているのにも困ってますし、いくつかの古いソフトウェアが使えなくなっていたりして困ったりもしてます。最も恐れていたのは私が普段使っているプログラミング用のソフトウェアが使えなくなることでしたが、何とかインストールできたので安心しました。しかし、永久にXPマシンでシミュレーションを行うというのも不可能でしょうから、今後に備えて、VISTAに対応した新しいプログラミング環境を導入してそれに慣れておく必要があると思いました。
2008年
4月16日
 新しい年度が始まりました。大学とかだと新入生が入ってきたりして新年度を強く意識するんでしょうけど、私の方は仕事上でに特に大きな変化がなかったので、特に新年度を意識しませんでした。そういえば年度末にいくつか締め切りがあってあたふたしてたので、それが終わったときに少し意識した程度です。今年度も粛々と研究を続けます。
2008年
3月17日
 先日の続きです。そのパソコンを調べてもらったところ、どうやらハードディスクのドライバーがVISTAにしか対応していないため、XPのインストールが出来ないとのことでした。BIOSをいじったら何とかなるかも、とメーカーに言われて試してみたけどやっぱりだめだったそうです。現在他の方法がないかメーカーに確認してもらっているそうですが、見込み薄だそうです。動作不良を起こすVISTAしかインストールできないってのもどうかと思いますね。そのパソコンが使えるようになるのはいつでしょうか?数ヶ月後にVISTA SP2とかでるまで我慢しなきゃいけないんでしょうかね。
2008年
3月15日
 最近パソコンを購入しました。OSはWindows VISTAしか選択肢がなかったのですが、これがとんでもなかったです。ソフトウェアをインストールしようとすると、いくつかのCDを認識しません。ドライブはブンブン動いているんですが全く認識しません。30分ぐらいして自動的にCDをはき出してくれる時もありますが、その間何の操作も受け付けません。ひどいときにはそのまま固まってしまいます。納入した業者の話によると、そういうことがよくあるらしく、これはVISTAの問題であってXPにダウングレードすれば良い、との事でした。で、修理に出していたパソコンを返してもらって手持ちのXPをインストールしようとすると、なにやらエラー表示の青い画面が出てきて、全くインストールできません。パソコンは再び修理におくられました。
2008年
3月13日
 私は花粉症です。花粉の最盛期であるこの時期はとてもつらいです。杉は成長が早いので植林に盛んに用いられた、と小学校の社会の授業で聞いた記憶があります。そのときは、その杉によってこれほどの悪影響が出るとは想像もできなかったでしょうね。未来に起こることは簡単には予想できないと思いますが、何かのアクションを行うときは将来起こるかもしれないことについてできるだけ慎重に考えて欲しいと思います。もちろん、もし自分がそういうことを行わなければならないときはできる限りそうしたいと思います。
2008年
2月13日
 現在モデルをいじっております。毎度のことですが、いわゆるランタイムエラーに苦しんでおります。しかしここをちゃんとやらないと、シミュレーションをやっても全く意味のないものになってしまうので、丁寧にエラーをとっていきます。
2008年
1月15日
 皆様あけましておめでとうございます。今年もどうかよろしくお願いします。年度末に向けて帳尻を合わせられるように頑張ります、と去年も書いてましたね。来年は書かずにすむように頑張ります。やらなきゃ行けない仕事だけに限定してれば比較的楽なんでしょうけど、生来怠け者の私は、そうしているとそのまま腐っていきそうなので、自分で鞭を入れる元気があるうちは頑張ろうと思います。
2007年
12月27日
 今年ももうすぐ終わります。年初には色々思い描いていたのですが、順調に進んだとはとても言い難いです。大いに反省しなければなりません。研究についてのページも未完成のままですし。しかし、大変便利なことに3ヶ月後には年度末というもう一つの区切りがあります。あと3ヶ月がんばって年度末には”ぼちぼち予定通り出来たかな”と言えるようにしたいです。ずうっと昔、1年の始まりは1月なのに何で学校は4月に始まるんだろう、と不思議に思っていましたが、区切りを2つ設定することで自分を頑張らせる効果があることを知った今は、結構便利な仕組みだな、と勝手に感心しております。
2007年
10月31日
 小学生の頃、学研の「ひみつシリーズ」には大変お世話になりました。あの頃は大人気でして、小学校の図書館では常に貸し出し中の状態でした。先日あるところで「化石のひみつ」を見つけました。昔何回も読んだ本だったので懐かしくて手に取ってみたら、化石発見のエピソードの登場人物が「ゴルゴ13」だったのです。小さい頃からずっと長距離ライフルで狙われていたのを知らずに喜んでいたみたいで、大変ショックでした。
2007年
9月29日
 年をとるとだんだんと研究以外の仕事をする機会が増えてきます。その中には時間と労力のかかるものもあります。で、それをやっていると何となく仕事をした気分になってしまうんですね。しかしこれには気をつけなければ行けません。その仕事をやっている間は研究は全く進んでいないのですから。
2007年
9月3日
 進化学会から帰ってきました。運営には様々な困難があったようですが、学会の運営に携わった皆様には心から敬意を表させていただきたいと思います。
 さて、進化学会とは幅広い分野から研究者が集まる学会です。そこで感じたのは、専門外の分野については皆必ずしも完璧に理解しているわけではないということです。例えば古生物学については、ただ化石を掘ってくるだけの学問だと思われていることもあります。もちろんそんなことはなくて、その化石からいかに良質な生物学的な情報を引き出すかということが重要な要素の一つであります。そのように誤解されたくなければ、古生物学者の皆様は積極的に他分野の学会に参加し、研究発表とディスカッションをするべきでしょう。
 ”モデル屋”についても同様で、モデル屋ならばどんなモデルでもすぐに使いこなせると思われている節があります。当然そんなことはなく、モデルにもたくさんの種類があり、それぞれに習熟するためには、真摯な努力の積み重ねが必要であります。もちろん、いくつかのタイプのモデルを使えればその方が便利なんでしょうけど。ただ、あんまり無茶苦茶な要求をされないように、その点は理解していただけるように丁寧に説明をしなければならないでしょう。
 最後に、もちろん私も自分の専門外の分野について、大きな誤解をしていると予想されます。他分野のことを少しでも正確に理解できるよう、真摯に努力したいと思います。
2007年
8月8日
 論文が1本受理されました。受理されるっていうのはいいものですね。しかし、そういえばあのデータを入れた方が良かったのかな、とか今更ながら思ったりします。 ま、ほんとに今更なんでどうしようもないですけど。また次の新しい研究をがんばります。
2007年
7月15日
 昨年、食物網に関するワークショップを行いました。その後、そのワークショップのProceedingの編集作業を行って参りましたが、それもようやく終わりました。御協力いただいた皆様には心から御礼申し上げます。この縁を大切にし、今後の研究の発展に生かして行ければと思います。
2007年
6月27日
 最近、アウトリーチという言葉をよく耳にします。どうやら広報活動の意味で用いられているようで、それをすることが社会貢献の一環であるとされているようです。研究成果は当然公表するべきものだと思います。しかし、公表するにも、元になる研究成果がなければ話にならないわけで、まずは良い研究をして、質の高い論文を書くことに集中したいと思います。研究者の本分は研究をすることだと私は思っていますので。
2007年
6月11日
 投稿論文を修正するとき、審査員のコメントには従順になる必要があります。しかし、コメントの中には???というものが入っていることがあります。そういうときは思い切り困ります。従順に従っていれば受理されるんでしょうけど、そうすると印刷になった後で別の人が読んだときに???と思うんじゃないか?と悩んでしまいます。たぶん、最終的には進行中の他の仕事も含めて、色々バランスを見ながら決めることになると思います。
2007年
5月31日
 暇を見つけながら「研究について」の中のモデルについての原稿を準備しておりますが、本業なだけに気をつけないとはまりこんでしまいます。あまり長くなりすぎないように気をつけます。
2007年
4月29日
 「研究について」の公開を始めました。書き始めてみると結構大変です。正式な論文ではないといっても、さすがにいい加減なことはかけませんので。。。現在公開されている内容は、大急ぎで書き上げたものですので、不完全なところがたくさんあると思います。これから少しずつ修正していきます。また、読んでいただいた皆様の参考になるように、参考文献情報も少しずつ加えていきたいと思います。新しい内容についても、随時追加していきたいと思います。
2007年
4月18日
 つくばエキスポセンターの新規常設展示の作成に協力し、それが公開されます。「サイエンス・ワークス 科学者の仕事」というテーマで、科学者の仕事とはいったいどのようなものかを特に小学生向けにわかりやすく伝えることを目的とした展示です。わかりやすさ、親しみやすさを重視したため、仮想的な生態系をいじって遊ぶゲームになっております。私の研究そのものではありませんが、研究のコンセプトが伝わればいいなと思います。2月28日にビデオ撮影したものもここで公開されています。私も見てみましたが、ちょっと落ち着きなさそうに写っていました。
2007年
3月30日
 生態学会でインフルエンザに感染してしまいました。39度の熱を出して苦しみました。しかし苦しみはそれだけでは終わらず、家族まで感染させてしまいました。今日からやっと仕事に復帰できました。今はとにかく、9ヶ月の息子が感染しないことだけを願っております。
2007年
3月23日
 生態学会に行ってきました。私にとっては巨大な学会で、たくさんの研究発表を見てきました。おもしろいものもたくさんありました。そのうちいくつが論文になるんでしょうか?全部論文になったらすごいですね。
2007年
3月5日
 研究室の掃除をしました。あまりのゴミの多さにびっくりしました。かなり整理したので、少しはすっきりしたと思います。
2007年
2月28日
 本日、ビデオ撮影をやりました。ビデオの撮影とは、同じ事を何度も繰り返すものです。小学生の時、たまたま博物館で何かの番組の撮影を見たことがあります。その時は、インタビューをされているおじさんがよくわからないギャグを言って、レポーターの女性がクスリと笑う、ということまでも何度も繰り返して撮影してました。今日は、さすがにそこまではやりませんでした。結局撮影がうまくいったのかどうかは、自分ではよくわかりません。思ったよりも短くすんだので、その点では良かったのではないかと思います。
2007年
2月20日
 現在、編集作業を行っておりますが、これがなかなか大変です。でもがんばります。
2007年
2月5日
 古生物学会に参加してきました。どっぷり化石の話を聞いたのは久しぶりで、化石を研究する上でのおもしろさ、もどかしさ、苦しさを思い出せて大変新鮮に感じました。また、久しぶりにあった先輩に興味深い話も聞けましたし、卒論の時に研究していたトウキョウホタテガイが1万7千年前まで生きていたことが分かって大変感動しました。そうか、あの時御大がお持ちであったあの標本がやっぱり一番新しいものだったのか。
2007年
1月30日
 大阪大学のセミナーで発表させて頂きました。皆さん非常にアクティブで、私も大変刺激になりました。誠にありがとうございました。
2007年
1月17日
 年度末は忙しい、とよく聞きますが、ほんとにそうですね。毎年のことではありますが、色々イレギュラーにやらなければならないことが飛び込んできます。
2007年
1月3日
 新年明けましておめでとうございます。今年もどうかよろしくお願いします。さて、1年の始まりではありますが、年度末に向けて、仕事を追い込みたいと思います。さて、どこまで帳尻を合わせられるやら。
2006年
12月31日
 今年ももう終わりです。今年一年を振り返ってみると、不満が大きいことはないですが、満点の年とは言えません。できなかったことも多いです。来年は、やると決めたことはきちんとできるようにしたいです。
2006年
12月24日
 怠け者の節句働きとはよく言ったものです。はい、その通り、私は怠け者です。しっかり働きます。
2006年
12月11日
 遠い異国の地の頂で闘っている我が息子に神の御加護があらんことを。
2006年
12月5日
 大学の研究室で毎年恒例になっている、とある集まりがあるのですが、今年は前から決まっていた里帰りの予定とかち合ってしまい、参加することができません。ついに第1回からの連続出場が途切れてしまい、無念至極でございます。また来年に向けて修練を積みます。(相手はコンピュータですが。)
2006年
12月1日
 今のモデルでやりたいことはたくさんありますが、何もしなければいつか時代遅れになってしまいます。改良は続けていますが、根本から新しくしなければならない時が近いうちにくるでしょう。
2006年
11月20日
「初歩なればこそ原則であり真理である」
バウル・フォン・オーベルシュタインの言葉。例え稚拙で単純に見えても、初歩として確立されたものは原則、真理からそれほど離れてはいないのだろう。「銀河英雄伝説」(田中芳樹)中に登場。
2006年
11月16日
 あるデータを取らないことについて、確かに筋が通っていて、もっともな理由を言っていても、実際にやってみて、それができないこと(もしくはやっても意味はないこと)を示さなければ、単なる見苦しいいいわけとしか思われないかもしれないな、と思いました。学生の時、うじうじと考えるよりもとにかく手を動かしてデータを出せ、と言われましたが、それと同じですね。
2006年
11月15日
 ここには様々なメモを書いていきます。HPを作り始めてしばらくたちますが、ぼちぼち更新していきます。それにしても「研究テーマ」についてのページが未完成なのはいけませんが、ただ、本来一番大事なところなんで、それなりに時間がかかるということで、どうか御容赦を。